病院1
どうやら今日は病院に行く日のようだ。
前に病院に行ったのは3カ月程前だっただろうか。
あの時に比べ視力もだいぶ良くなったし、言葉も聞き取れるようになった。
外にはきっと、色々と見るべき事や聞くべき事があるだろう。
それに、長らく家の外には出ていなかった。
別に家の中に居るのが嫌いなわけじゃないが、外に出掛けるという変化があるのはいい事だ。
母さんに抱きかかえられながら家を出る。
前と違って首を自由に動かせるから、車だと思う物をよく観察する時間があった。
(やっぱり、車だよなこれ。)
暗めの深い赤色の車で、別段、おかしなところは無い。
しかし、なんというか見た目に違和感を感じた。
見たことが無いような見た目をしている。
母さんがドアを開けて車に乗った。
車内で違和感について考える。
別に俺は車に詳しいわけじゃない。だから俺の見たことが無い車というだけで違和感を覚えたわけじゃない。
俺は、短いながらも今までの人生経験から、ここを元の世界のパラレルワールドか元の世界そのものだと思っている。
そうなると、車の見た目は然程変わらない筈だ。
しかし、この車は、見たことが無い見た目であるのに加えて、違和感のある見た目をしている。
前の世界の車は、みな同じようなデザインをしていた。
同じようなとは言っても、当たり前だが、それぞれ特徴のあるデザインではある。
しかしそれは、同じグループの中での差異だったと思う。
だが、この今俺が乗っている車は、そのグループが根本的に違う気がする。
何と言うか、そう、まるで進化の系譜が違うような感じだ。
車に窓はあるが、体勢的に外の景色が良く見えない。
車の見た目の違いについて、思考を進める。
(少なくとも俺は、この車は異質な感じがしたが、この世界の他の車はどうなのだろう。)
窓の外を見る事が出来れば、他の車の見た目がわかるだろうが、生憎と今の俺は外を見られない。
(うちの車が変なだけか、この世界の車が皆こうなっているのかわからないが、この世界の車が皆こんな感じだと考えてみよう。)
そう仮定した時に疑問として出てくるのは、ここがパラレルワールドだとすれば、なぜこんな差異が生まれたのかという事だ。
いや、そもそも、パラレルワールドという認識を再確認した方が良いかもしれない。
まず、パラレルワールドとはなんだ。
昔、ネットの海で拾った知識を、頑張って思い出す。
(パラレルワールドは確か、元の世界から過去のある時点で分岐した世界、みたいな感じだったはずだ。)
少なくとも、この世界の動物は、俺の記憶にある元の世界の動物に酷似している。
父さんが持ってきてくれたぬいぐるみで、これが判明した。
動物が似ているという事は、自然環境と、自然環境が辿ってきた歴史は元の世界に似ている筈だ。
そして、父さんと母さんの話している言葉は日本語だった。
つまり、日本語を使う文明、恐らく日本、が存在するという事だ。
それによく思い出してみると、父さんと母さんの会話で、コップとかテーブルといった英語由来の言葉が登場していた。
ということは、少なくともイギリス、恐らくアメリカも存在する筈だ。
言語が、今わかっている範囲では、同じなのだから、人類が辿ってきた歴史もまた、ある程度は同じなのではないか。
やはり、この世界の本筋は元の世界と同じような気がする。
ここまでの事を踏まえると、ここはパラレルワールドと言えるのかもしれない。
しかし、パラレルワールドにも、元の世界から見てズレの大きいものと小さいものがある筈だ。
どれほどのズレがあればパラレルワールドと言えなくなるのだろうか。もしくは、どれほどのズレがあったとしても元々が同じならばパラレルワールドと言えるのだろうか。
逆に根本が違ったらどうなるのだろう。たった一つの要素が異なっていても、それ以外が全く同じだったなら。
その場合は辿る歴史がそもそも変わるだろうか。ただもし、途中までは元の歴史に類似していて、分岐した要因がそのたった一つのイレギュラーなら、それはパラレルワールドだろうか。
そんな事を考えていたが、気づけば病院に着いていたようだ。
母さんに抱かれて車を降りる。
(そうか、ここは駐車場だろうから、周りを見れば他の車を見られる。)
駐車場はそんなに大きくは無く、車もそんなに止まってはいなかった。
それでも近くに何台かは止まっており、その見た目はうちの車と同じ系統のものに見えた。
(やはり、この世界の車はこういう感じなのか。)
この違いにも理由がある筈だ。これが、大きな差なのか小さな差なのかはわからないが、元の世界との差が生まれるに至った理由が、大小は定かではないがある筈だ。
(そうだ、前に病院の屋上に植物みたいなのが生えているのを見たけど、あれは結局なんだったのだろう。)
病院のドアをくぐる前に、屋上に視線を向ける。
じっくり見る暇は無かったが、確かに何かしらの植物が生えているのが見えた。
前世で、病院の屋上に植物が生えていたことなんてあっただろうか。
そんな病院は、少なくとも俺は、見たことも聞いた事もない。
(これは、この病院が特殊なだけか?それとも、これも理由のある違いなのか?)
母さんが俺を抱いて待合室の椅子に座り、父さんが受付に歩いていく。
ここから少し遠いせいか、受付でのやり取りは聞こえない。
少しして父さんが戻ってきた。
「ママ、僕にも楓のこと抱っこさせて。」
「ええ、もちろん。」
父さんの腕の中に移される。
そういえば、父さんの腕はあんまり筋肉質じゃない気がする。ごつごつしていない。
「家でもそうだけど、楓は病院に来ても全然泣かないね。」
「手がかからなくて良いんだろうけど、少し心配になるわ。泣き止まなくて大変って聞いているのに。」
「そこら辺についても聞いてみようか。楓の様子を見ている感じ、特に問題は無いと思うけど。」
確かに、全然泣かない赤ちゃんは、親からしたら怖いかもしれない。
普通はもっと泣くのだろう。最初の頃は、あまり思い出したくないが、情緒が不安定になって泣いていたりした。
しかし、最近は泣いていない気がする。泣きたくなった事は有っても、実際には泣いていない。
「樋口さん、診察室へどうぞ。」
受付の人の声が聞こえた。
それと同時に、父さんと母さんが立ち上がる。
(俺の苗字は樋口だったのか……。樋口楓……、うん、いい響きの名前だな。)
自分の感情を自覚して、少し気恥ずかしい気分になったが、俺はこの名前を心底気に入ったようだ。
俺が内心でニマニマしている間に、気が付けば診察室に入っていた。
「どうもこんにちは、樋口さん。ああ、お父さん、楓ちゃんはベッドの上に寝かせてあげて下さい。」
いつもの様にベッドに寝かされる。
「何か体調不良だったり、気になる事はありませんか?」
「いえ、特には。ご飯もちゃんと食べてくれていますし、至って健康体だと思います。ただ、」
「ただ?」
「この子、全然泣かない子で、それが少し心配なんです。」
「なるほど。赤ちゃんによって泣く子と泣かない子がいるので、全然泣かなかったとしても大丈夫ですよ。安心してください。」
「そうなんですか。」
「ええ、特にこれからは、赤ちゃん個人個人の差が出てくる時期でもあります。周りと比べた時の違いを、過度に心配しなくても大丈夫です。」
では、検査を始めますね、と言って、お医者さんは俺の体を触り始めた。
(やっぱりこれは検査だったのか。でも、この触診みたいな事だけで一体何がわかるのだろう。)
暫く俺の体を触っていたが、検査が終わったのか、お医者さんは俺から手を離してこう言った。
「特に問題は無いみたいですね。生後6カ月ですし、魔力の発達についても調べて見ましょう。」
こんにちは、鰹節です。忙しかった原因に片が付いたので、そろそろ投稿ペースを戻せると思います。いえ、頑張って戻します。