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誕生日2

 少し時間が経って、気持ちが落ち着いてきた。


 父さんはまだ帰って来ていない。


 1度情報を整理しよう。


 まず1つ、唐突に言葉が聞き取れるようになった。

 2つ、言葉は、俺には日本語に聞こえる。

 3つ、俺の名前は「楓」だった。


 1つ目だが、よく耳を澄ませば、言葉だけでなく、他の音も良く聞き分けられるようになった気がする。

 つまり、言葉が聞き取れるようになった、というよりは、耳が唐突に良くなった、とするべきかもしれない。


 (聴力ってそんな一朝一夕で変わるものなのか?それとも、あるラインを超えると唐突に良く聞こえる気がするようになるだけか?)


 俺は聴力の変化の仕方なんて知らない。少し、いやかなり疑問は残るが、こういうものだと今は納得するしかないだろう。


 2つ目、何故日本語に聞こえるのだろうか。

 最も可能性が高いのは、実際に喋っているのが日本語だからという理由だろう。

 というよりも、これしかあり得ないと言って差し支えない。


 強いて他の可能性を上げれば、何らかの理由で、俺がホンヤクコ〇ニャク状態になっているとか、俺の頭がおかしくなって幻聴を聞いたとかだろうか。

 しかし、どちらも可能性はほぼゼロに等しいだろう。


 それよりは、ここがそもそも異世界で無いか、パラレルワールドの日本、もしくはそれに準じる場所、といった可能性の方がよっぽど高い筈である。


 (よく考えれば、父さんも母さんも黒髪だったしな。日本人の特徴と一致はする。まあ、黒髪だからって日本人という訳でもないが。)


 (ただ、ここが日本なら、もしかして……。)


 ――もしかして。その言葉の先を紡げない。様々な可能性が脳裏をよぎる。


 居るかどうかもわからない。


 それにもう、完全に他人となってしまった。


 自分の心が嫌になる。いつまで引き摺るというのか。


 いや、違う、引き摺っているのが嫌なんじゃない。

 言い訳の為に後悔しようとする、奥底に在る醜い本心が嫌いなんだ。

 それだけじゃない。醜さを嫌うのに、後悔を悪しとしない心もまた、嫌いだ。


 一体、何度、この類の「後悔」を繰り返しただろう。


 その度に自己嫌悪し、されどまた繰り返す。

 道徳とか仁とか義の為ではない、ただ、自分が傷つきたくないが為の「後悔」。


 こんな醜い行為に意味は無い。


 もう、止めなくてはならない。


 もう、自分の為に過去を振り返ってはいけない。

 次にいつか振り返るときは、自分の為ではなく、他者の為でなくてはならない。


 俺は、俺が「楓」であることと、正面から向かい合わなければならない。


 (出来る自信はないけれど、やらなきゃいけない。)


 深く息を吸う。心の汚れを掃き出せるように、深く息を吐く。




 心の中で、自分の名前を噛み締めるように呟く。


 小さく、されど深く。


 不思議な気持ちになる。締め付けられるようで、でも、すごく嬉しいような。


 (なんだこれ、ついに頭がおかしくなったのかな。)


 そんな風に自嘲しながら、それでも、その感情を大事に味わっていた。


 


 (そういえば、楓って女の子みたいな名前だな。)


 ある時、そう思ってしまった。


 男の子でも無くはないけど、と続けようとした時、まるで、忘れてはいけないものを忘れていた事に気が付いた時、のような感じがした。


 例えば、宿題の提出期限、友達との約束、後で食べようと思って取っておいたケーキ。

 それを、間際で思い出した時のような焦燥感。


 しかし、今回のは、そんな日常のそれが霞む程のものだった。

 まるで体の中に、冷たい水をバケツで流し込まれたようだ。


 (えっ、あ、だって、いや保証はないけど、いやでも。いや、まだ、確認してないから、そう、思い過ごしかもしれないし。)


 震えながら起き上がる。この震えは筋力的なものだろうか、それとも精神的なものだろうか。


 (大丈夫、確率は甘めに見積もっても半々だから。)


 動揺からか、思考が論理的に行えない。


 そっと、自分の股間に手をのばす。






 どれくらいの時間、放心していただろうか。


 まともな思考が戻ってきた時、俺の喉からなにか変な音が出た。


 「どうしたの、楓?」


 母さんが心配して話しかける。


 (そりゃあ自分の娘が急に起き上がって股間触って呆けて喉から変な音出してたら心配になるでしょうね!!?)


 (いやまて、落ち着け、変なテンションになってる。落ち着け、落ち着け。)


 よし、だいじょうぶだ……おれはしょうきにもどった!


 今まで勘違いをしていた、と言うのも精神にくるものがあるが、自分が女だったという事実が何よりも精神にくる。


 別に女に生まれたのが嫌、というわけではないが、何と言えばよいだろうか。

 本当に何と言えばよいのだろう?


 「楓、大丈夫?」


 いや、大丈夫ではない。きっと今の俺の顔色と表情は酷いことになっているだろう。


 (母さん、こういう時、どんな顔すればいいかわからないの。)


 いや、ふざけている場合でも、笑ってる場合でも、現実逃避をしている場合でもない。


 (ああ、こんな時に気を失えたらどんなにいい事か。)


 意外とこんな精神状態でも、あまりのことに気を失う、といったことは無いらしい。


 とりあえず、座っている状態から寝ている状態に戻る。


 (もう駄目だ。落ち着くには、一度寝て、気持ちをリセットする他ない。)


母さんが心配そうにこちらを覗き込んでいるが、今はそんなことはお構いなしだ。


 (おやすみ!)


 そうして俺は無理矢理に、眠りについたのだった。

1話の中での温度差が激しくてすみません。私の構成能力の低さに依るものです。

一応、最初からそうではありましたが、ようやくまともにTS要素を出せました。これで現状のタグのニートっぷりが多少改善したと思います。主人公の名前ですが、一応男でも女でもあり得る名前、という事以外にも理由はあります(テキトウジャナイヨ)。

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