来訪者1
今日は朝から母さんの様子がおかしい。
なにかそわそわとしている気がする。
普段落ち着いた雰囲気の母さんが珍しい。
焦った母さんなんて、水を俺にこぼした時以外見たことは無い。
あの時はかなり焦っていた。俺は色々な意味でびっくりしていた。
幸い、水だったから俺は濡れただけで済んだ。そういえば、あれは何が原因でこぼれたのだろうか。
兎にも角にも、母さんが落ち着いていないのは、珍しいことなのだ。
しかし、俺は水浸しになってないし、漏らしてベッドを汚したわけでもないと思う。そもそもちゃんとおむつを履いている。
そもそも、焦っているのとそわそわしているのは、微妙に違うだろうが。
それではなぜ、そわそわしているのだろう。
その理由は昼頃に判明した。
家に誰かがやってきたのだ。
お客さんが来るから、母さんは落ち着かなかったのだろう。それにしては、父さんはいつも通りだった気がするけれど。
来客者は男女の2人組のようだった。
父さんや母さんと何か話している。少しの間そうしていた後、俺の方に来た。
何か俺に話かけながら、顔を覗き込んでいるようだ。愛想良く笑ったりした方が良いのだろうか。
笑ってみた。
どうやら、喜んでくれているみたいだ。
笑いながら手を伸ばしてみた。最近の運動の成果を見せる時が来たようだ。
さらに喜んでくれた様に思う。別にこの為にやっているわけではないが、日々の努力が報われたようだ。
勿論、大袈裟な言い方で、別に大した努力をしているわけではない。暇つぶしと、父さんと母さんとのコミュニケーションを兼ねたものだ。
しかし、この人達は一体どこのどなた達なのだろうか。
知らない人達のはずだが、何か、知らないようでどこか知っている様な気がするのだ。
(何か、この感じ見覚えが、いや見覚えと言うのも表現としては正しくないだろうが、何というか引っかかるものがある。気がする。)
父さんと母さんも近づいてきた。
俺のそばでまた何かを話しだした。その様子を見て、俺は先ほどの疑問の答えを得た。
そう、何といえば良いかはわからないが、父さんに似ているのだ。
二人とも父さんに似ている、いや逆か。父さんが二人に似ているのだろうか。
意識すればする程、似ている気がする。
その男女2人と父さんに、交互に見るようにして意識を向けていると、母さん達と話をしていた筈の女の人が、唐突に俺の方を見た。
そして、直ぐに俺から視線を外し、また話し始めた。
(ん?なんで今、一瞬俺の方を見たんだ?)
やがて、母さんと女の人は俺から離れていった。父さんと男の人が俺のそばに残り、父さんがガラガラを振っている。
赤色を意識できるようになってから気が付いたことだが、地味にあのガラガラは家に数種類ある。
なぜガラガラを何種類も用意しているのかはわからないが、赤色の濃さが違うので多分間違いない。あと、ちょっと音の鳴り方も違うような気がする。
いつも通り喜ぶと、父さんもいつも通り喜ぶ。いつもと違うのは隣にいる男の人も喜んでいる事だろう。
父さんがガラガラを男の人に手渡して、今度は男の人が振っている。
少し悩んだが、父さんの時より少しだけ控えめな感じで喜ぶようにした。
これできっと父の面子も保たれるだろう。伝わっているかわからないけれど。
こうしていると、父さんが2人になった様に感じる。
今までの事を踏まえると、恐らくこの男女2人は俺の父方の祖父と祖母なのだろう。
(そう思えば、母さんがそわそわしていた事も納得ができる。)
姑が来るとなれば、緊張もするだろう。2人の仲が良好であってくれれば良いのだが。
お腹が減ったので母乳を貰って、満腹感からうとうとしていると、おばあちゃんが俺の方に来た。
すぐ傍までやって来て、俺の事を観察している様だった。
じっと見られているような、そうでないような、不思議な感じがする。
暫くの間、不思議な時間が流れていたが、やがて俺の眠気がピークに達してしまった。
おじいちゃんとおばあちゃんには悪いが、もうこれ以上起きては居られない。
何をそんなに見つめる事があったのか、と考えながら、俺は眠りに落ちた。