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舞巫女の紅~神様でモノノケで遊女な私の物語~  作者: 九里原十三里
第一章
8/11

飢えのモノノケ

 戦国武将の武枝深淵は快衣国かいのくに悦胡国えつごのくにとの境での戦いに勝利し、戦勝祝いの宴を催す。

 愛妾・お寿和はその席で、酔った勢いで深淵の愛刀を引き抜き、めでたやと歌いながら勝利の舞を舞う。

 本当なら相当に無礼な行為だが、舞の見事さに深淵はお寿和を大いに褒め、その場で刀はお寿和のものになった。

 それが剣舞「勝鬨かちどき」の物語である。


「アァ めでたやお館様 お寿和 刀を引き抜きて 騒ぐ侍共をすり抜けて 飛び出でたるは草筵 

 ひらりひらりと白刃をかざし もろ肌脱いで舞いたれば 深淵 目を見開きて 膝を叩いて笑いたり」


 承之助が滑稽な調子で声を張り上げて歌い、私は酔って調子に乗ったお寿和の舞を舞う。

 浄瑠璃には「もろ肌脱いで(上半身裸になって)」舞ったとあるが、さすがにそれをやるとお糸様がびっくりしてしまうのでそこまではしない。

 代わりに上に羽織った着物を開け、中に着た真っ赤な襦袢を見せて舞うのだ。

 表現するのは勝利によって乱痴気騒ぎになっていく場の高揚感である。


「侍共 やんやと笑い立て 小皿を叩き 手を叩き 各々好きに声を上げ 勝鬨 歌いたるこそいみじけれ

 お寿和 髪振り乱し 千鳥足 笑い笑いて 舞いたれば 深淵 うつくしめでたしと思し召し 御刀を与えたり」


 歌詞も音程もめちゃくちゃに騒いで歌い、お寿和は彼らが小皿を叩いて歌う酔っぱらいの勝鬨に合わせ、ケラケラ笑いながら楽し気に舞う。

 舞台でこの「勝鬨」を演奏する者達も、鐘や太鼓をにぎやかに叩いてこの場面を表現する。

 浄瑠璃の承之助も額に汗をかきながら力の限り声を張り上げていた。

(病人の前で演るのにはちょっとうるさいくらいだけど、お糸様は……)

 私はちらりと座敷の方に目を遣った。

 すると早くも、お糸様に異変が出始めていた。


(お糸に憑いてるのが、出る)

 頭の中で、モノノケの声がした。

 その途端にお糸様が「うわぁあああ!!」と声を上げ、苦しみ始めた。

 どうしたのかと明憲様や侍女たちが慌てふためく。

 私達の後ろから、黒梅が「続けろ!」と怒鳴るのが聞こえた。


(座長のいうとおりにしよう。舞は最後まで演るべきだ)

 モノノケの声もそう言った。

 承之助や演奏者たちはお糸様の方を見ないようにしながら舞台に集中している。

 私もいっそう気合を入れて舞うつもりで刀を振り、舞いを踏み続けた。


(一体何が憑いてる? お糸様の何の「欲」を食った?)

 この身に宿った神気も妖気も私には見えないが、お糸様に憑いたモノノケには届いているのだろう。

 私が舞えば舞うほど、お糸様はもがき苦しんだ。

 そしてついに、こう叫んだのである。


「食べたい! ああ、食べたい! 食べたいっ!!」


 胸を搔きむしり、布団に食らいつき、お糸様は叫び声を上げた。

 それに動揺したのは明憲様である。

 近くにいた養之助に向かって「仏壇の饅頭を下げてこい!」と怒鳴った。

「それから、くりやにある食えそうなものなんでもいい! 早くお糸に食わせてやれ!」


 養之助が一尺ほどもある朱塗りのお供え台ごと饅頭の山を持ってくると、お糸様は狂ったようにそれに食らいついた。

 その様子に怖くなってしまったのか、侍女たちは泣き出してしまっている。

 だが明憲様はお糸様がそうなった理由に何となく見当がついているのか、「よしよし」とその背中を撫で続けていた。

「よいよい、お糸。好きなだけ食べろ。これはみんなお前の物じゃ。誰も取ったりはせぬ。気が済むまで食べるがよい」


 私の舞が終わっても、お糸様の食欲は止まらなかった。

 厨に残っていた飯で握ったおむすびもみんな平らげてしまい、屋敷の者はすぐに食べられそうなものを、と外へ買いに走った。

 そして「この様子では新しく米を炊くべきではないか」と皆が言い出した頃に、ようやくお糸様の食べるのが終わった。

 お糸様がウウッ、と叫んで身を震わせると、その口から飛び出したのは一匹の蛇であった。


「嗚呼、食った食った! よう食った! 明憲よ、感謝する! 舞巫女の『勝鬨』と、飯をたらふく食ったことによって、お糸の欲は皆晴れたぞ!」

 蛇はむくむくと大きくなり、ぐったりとなったお糸の周囲を回りながら大声を上げた。

 この間の魚と同じような雰囲気だが、今回は個人的な欲だけだったのだろうか。

 モノノケは誰かへの恨みを口にはしなかった。


「あんたは……どうして、お糸様に憑いてたの?」

 私は思い切ってモノノケに聞いてみた。

 するとモノノケは「人の子ゆえに!」と怒鳴った。

「人の子は敵が死んでも敵を恨むもの! 傷が治っても傷が痛むもの! 食っても食っても腹が減るものだ! ゆえにお糸には我が巣食った! それだけのこと!」

「食っても食っても?」

「左様! 舞巫女、紅よ! 俺が消える前に教えてやろう! 貴様はいずれ、俺のような小物とは桁違いな奴に会うであろう! おっかない、おっかない、それはそれはおっかないモノノケだ!」


 蛇のモノノケは私の目の前にぐっと迫り、そう言った。

 消える前に舞の礼でもするつもりなのか。

 モノノケが言い残したのは、こんな事だった。

「人の子は! 死んでも欲を残すのだ! それこそ! 国を1つ潰せるくらいのモノノケを、この世を沈めるくらいのモノノケを生むだけの途方もない『欲』をな! 人の子を救いたくば舞を極め、『本当の己の姿』を手に入れよ!」


 それだけを言うと、蛇のモノノケは天に向かって勢いよく上っていき、姿を消した。

 曇天の中に消えたその様子を見て、承之助がこう呟いた。

「ありゃぁもしかして……『龍』になって天へ昇っちまったのか?」

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