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舞巫女の紅~神様でモノノケで遊女な私の物語~  作者: 九里原十三里
第一章
5/11

仕事の報酬は仕事

 江田船屋の祝言のことがあって以降、私は舞台に出ずっぱりになった。

 大勢の人が私の舞を見たがったために、古くから鼓吹座のごひいきだったお金持ち達が面白がり、口実を作って私を舞台に上げたのである。

 さらに、江田船屋のお細の真似をして、新しく私のごひいきになったなるお客も何人も現れた。

 役者や踊り手は人気がすべてで、忙しいくて何ぼの商売だ。

 だが、こっちは「紅」としてこの世に生まれたばかりなのだ。

 さすがの多忙さに、もしかしたら自分は1年経たずに力尽きて死ぬのではないかと思ったほどだった。


「確かに、稼ぎ頭のお前に倒れられては元も子もないな。次から、舞台の値を思い切って上げるか」

 鼓吹座の座長・速水黒梅はやみこくばいも私がぐったりしてきたのを見かねて、とうとうそう言い始めた。

 多分、今ならかなりの無理な額を言っても客がつくだろうというのである。

「一番先にお前のごひいきになってくれた江田船屋のお細さんや古くからの鼓吹座のごひいきはそのままにして、新しくその仲間に加わろうっていうご新規の舞台の値を上げるのさ」

「ああ、なるほど……確かに、それなら今いる人たちにも逆に特別感があっていいですね」

 長くごひいきにしてくれているお客には安くしている、というのであればズルいだのなんだのと言い出す者もそんなには出ないだろう。

 それに、前よりも巫女舞の公演は増えているのだから、見栄を張って無理に自分で舞巫女を舞台に上げようとせずに、市井のお客たちと一緒に住吉橋の瓦版を待ったっていいのである。


 黒梅の予想は見事に当たった。

 巫女舞の舞台を行う際の金額を当初の倍の値に吊り上げたところ、ご新規で申し込もうとする者はがくっと減った。

 月に3、4件くらいどうしても自分で舞巫女を舞台に上げたいというお金持ちだけが来るようになり、どうにか私も休み休み仕事ができるくらいの余裕ができたのである。

 さらに、そうやって「高くても客がつく」となると世の中の見方も変わってくる。

 それまでは人気はあってもあくまで一介の興行主に過ぎなかった鼓吹座が、次第に一段上の存在として認識され始めたのである。 


「本当に、紅さまさまだよ。舞の舞台が増えたおかげで俺達の懐に入る金も増えたし、遊びにだって行けるようになったからさ」

 そう話すのは浄瑠璃の歌い手・承之助しょうのすけだ。

 舞を舞うのは私だが、舞台に上がるのは舞巫女だけではない。

 浄瑠璃の歌い手、長唄の歌い手、笛、太鼓、琴や、場合によっては胡弓や琴などの奏者も共演することがある。

 さらに、舞台の準備をする見習いの者や切符切り、掃除などをする下働きの者も大事な関係者だ。

 1回の舞台の収入はその全員に行き渡る。

 だから私が稼げれば稼げるほど、舞台に関わる全員が潤うのである。


 おまけに、舞の舞台を見たのをきっかけに鼓吹座の雰囲気を気に入り、漫才や狂言、田楽や落語の舞台を見に通うお客も出始めた。

 巫女舞の舞台が評判になる事で、鼓吹座全体が活気づき始めたのである。

 そのおかげで、新入りの私の活躍をやっかんで余計な意地悪をするような先輩もほとんどいなかった。

 たまに嫌みのようなことを言ってくる役者や演奏者などが2、3人いはしたが、ほとんどの鼓吹座関係者が私を歓迎してくれる雰囲気であった。


「それになにより、お前さんの舞台はどういうわけだか、やればやるほど力がみなぎってくるんだ。やっぱり、本物の巫女舞だから、共演者にもご利益があるのかねぇ?」

 承之助はそう言って冗談半分に笑う。

 実際、巫女舞を見たお客の中にも長年の頭痛が治った、痛風が前より楽になった、などと嘘か本当か分からないような事を噂する者が何人もいるようだ。

 いい噂が広まるのには悪い気がしないが、私自身、今の自分が何なのかがよく分かっていないだけに、あまり大袈裟なことを言われるのは困ったものだと思った。


(確かに「末摘花命すえつむはなのみこと」は神様だったし、モノノケにも神様と人の魂を繋ぐくらいの力はあった。だけど、今の私はどう考えても呉藍と同じ、ただの人間だよねぇ……)

 鏡を覗き込むと、そこに映るのは元遊女・呉藍くれあいと瓜二つの女だ。

 お細に憑いた魚のモノノケは、私には「神気」と「妖気」があると言っていた。

 だがそれがどれほどのものなのかは、この時の私にはまだわからなかった。

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