雪だるまの手ぶくろ 別バージョンその2
※このお話は、拙作『雪だるまの手ぶくろ』の別バージョンとなっております。独立したお話となっておりますので、『雪だるまの手ぶくろ』を読まれていない方でも楽しめるようになっております。
「よかったね、冬美ちゃん。優勝なんて、すごいよ」
クラスメイトたちが、冬美のまわりで口々にお祝いをいいます。何度もうなずく冬美の目は、かすかにうるんでいます。
「ちゃんとパパの手ぶくろつけた?」
「うん。でも、片っぽだけ」
「えっ、大丈夫なの、それで」
「だって、もう片っぽは見つからなかったの」
満月をじっと見つめながら、冬美は白い息をはきました。
「そうなんだ。でも、大丈夫だよ、今日は魔法の夜なんだもん。きっと大丈夫」
「うう、寒い。雪だるまのぼくですら、こんなに寒いんだ。君はもっと寒いだろうね」
真っ白な雪がつもった広場で、雪だるまがぽつりとつぶやきました。
「そうでもないよ。この町の冬は、何度も経験してるんだから。もうなれっこさ」
雪だるまのそばで、ノラ犬のノラが答えました。
「ぼくたちがしゃべって、動くのも?」
「ああ、なれっこさ」
ノラと雪だるまは、二人して笑いました。
「それじゃ、そろそろ行こうか」
「えっ? どこへだい?」
「どこへって、もしかして君は、記憶が戻っていないのかい?」
雪だるまは首をかしげるように、頭の雪玉を動かしました。ノラは目をしぱしぱさせました。
「うーん、おれもこの町には長いこといるけど、こんなことは初めてだ。いつもこの町の雪だるまは、人間のころの記憶を持っているんだけど」
「そうなんだ。じゃあ、もしかしてぼくも?」
「ああ。でも、覚えてないんじゃしょうがない。いろいろ町を見ていけば、なにか思い出すかもしれないし、ほら、ついてこいよ」
ノラのあとを、雪だるまはずりずりと、からだを動かして進んでいきました。
「さ、急ごう。満月が雲でかくれて見えなくなっちまったら、魔法の夜は終わりだ。そうすれば、お前もとけちまうぞ」
「でも、どこにも行くあてがないよ」
「うーん。あっ、そうだ、手ぶくろのにおいをかげば、どこの家かわかるはず」
ノラは、雪だるまの手ぶくろをクンクンとかぎました。
「男のにおいだな。あと、女の子のにおいもするぞ。これは……ああ、いつもおれに食パンくれる、冬美ちゃんだ」
ノラはしっぽをふって、雪だるまにいいました。
「じゃあぼくの記憶は、その冬美ちゃんって子となにか関係があるのかな?」
「さあな。そこまではわからないけど、とにかく行ってみようぜ」
ノラは雪をふみしめ、歩いていきました。しかし、ずりずりという音が聞こえてきません。かわりに、ずるり、ぺちゃりという音が聞こえてきます。
「おい、大丈夫か雪だるま。お前、とけてきてないか」
ノラはあわてて、空を見あげました。思ったとおりです。満月に雲がかかってきています。
「こりゃまずい。急ごうぜ、とけちまう前に」
雪だるまはとけかかったまま、ノラについていきました。そして……。
「ほら、ここだよ。ここが冬美ちゃんの家だ」
ようやく冬身の家についたころには、雪だるまはもうすっかりどろどろになって、今にもくずれてしまいそうでした。
「はあ、はあ、やっと、ついたね」
「どうだ、なにか思い出したか?」
「わから、ない。ただ、なにかなつかしい感じがして、雪玉の中が、ズキズキするんだ」
「思い出しかかってるのか? よし、だったら」
ノラは満月に向かって、ワオーンと遠吠えしました。冬美の家のドアが、がちゃりと開きました。
「……パパ?」
冬美の姿が現れると、ノラはパッとその場から逃げていきました。
「パパ? パパなの? そうよね、魔法は、本当だったんだ」
冬美はパジャマ姿のまま、雪だるまにかけよります。パジャマにとけかかった雪が、べちゃっとつきます。けれども冬美は、そんなことはおかまいなしに、雪だるまをくずさんばかりに抱きしめたのです。
「君が、冬美ちゃん? ごめん、ぼくはまだ記憶が」
「記憶が……ないの?」
冬身の顔がゆがみました。雪玉の中が、さっきよりもずっとズキズキと痛みました。
「ごめんね」
「ううん、いいの。だって、手ぶくろ片っぽだけだったもんね。それに、もう魔法の夜も終わりそうだもん」
ぱらぱらと雪が降ってきました。満月はもう、ほとんど雲におおわれています。
「この町の言い伝え、小さいころからあこがれてたの。雪祭りの日に、一番立派な雪だるまを作ったら、それに会いたい人の手ぶくろをつけるって。そうしたら、その人がたとえ二度と会えない人でも、雪だるまになって会えるんだって。でも、パパの手ぶくろ、片っぽしかなかったから……」
冬美は自分の頭を、雪だるまの頭につけました。
「でも、こんなことなら魔法なんてなかったほうがよかった。結局パパには、会えなかったんだから」
満月は雲におおわれて、ついには完全に見えなくなってしまいました。それとともに、雪だるまはとけて、雪へかえっていきました。
「パパ、会いたいよ、パパ……」
ぐちゃぐちゃになった雪を、冬美は手ですくいあげました。
「あれ、なにかある。これって」
雪の中から出てきたのは、なくなったはずのパパの手ぶくろでした。冬美は言葉を失いました。
『ごめんね、冬美。本当はもっと一緒にいてあげたかったんだけど、もう行かないといけない。でも、これだけは伝えさせておくれ。姿は見えなくても、パパはずっと一緒だよ』
パパの声が聞こえなくなると、手ぶくろは温かくかわいていきました。
「……パパ」
冬美は手ぶくろにそっとほおずりしました。かすかにパパのにおいがしました。
お読みくださいましてありがとうございます(^^♪
ご意見・ご感想、『雪だるまの手ぶくろ』と比べてどちらが好きなどもお待ちしております。