第9話 告白
大きな仕事の受注が決まり、とりあえず喜ぶ本間班のメンバー。立役者の柚木をねぎらう飲み会が企画されるも、優斗に誘いは来なかった。残業前の休憩を終えた優斗が戻ると、悠里からその話を聞く。しかし、同じく残った悠里には目的があるらしく、優斗を飲みに誘うと…。
第9話です。個人的には一番盛り上がると思っています。お楽しみいただけると幸いです。
悠里が、もじもじしながら優斗を呼んだ。優君呼びをされて少し身構えた優斗は、口の中の物を飲み込んで姿勢を正す。
「こんなこと、素面じゃ言いにくいから今言うね。その…好き。」
最後の方は、恥ずかしいのか消え入りそうな声だったが、確かにそう聞こえた。突然の告白に驚きを隠せずに固まっていると、悠里が少し笑って口を開いた。
「驚きすぎ。聞こえてる?」
「え?ああ、はい。でも、その…なんと言ったらいいか…。」
優斗の頭の中は、突然すぎる衝撃に混乱していた。すると、向かいの席に座っていた悠里が、立ち上がって隣に座る。酔いもあるのか、妙に色気があるように見えた。何が起きているのか分からずに、戸惑っていると、耳元で囁かれた。
「このあと、私に付いてきて。」
雰囲気に圧倒されて思わず頷くと、悠里はにこっと微笑んで席に戻った。誰かにみられてないか、急に気になって周りを見回す。幸い見られていることはなかったが、不安は消えない。その後、悠里はごく普通の態度で酒とつまみを口に運んだ。それが1時間程続いたが、優斗は目の前の悠里が非常に気になって食事どころではなかった。
悠里の気が済んだのか、行こうと言って席を立つ。そのままお会計を済ませて店を出る。言われたとおりについていくと、電車に乗った。自分の最寄り駅でそわそわすると、腕をつかんで視線で訴えられる。そのまま3つ程先の駅で降りた。改札を抜けると、街灯があまりない暗い道を進んでいく。少し歩いたところで、悠里が腕を絡ませて寄り添ってきた。
「あのさ、優君私の家知らないよね?前に優君の家に泊めてもらったから、今日は私が泊めてあげる。」
酔っぱらっているせいで、根本から事情の違うことを言っている。優斗は逃げようか本気で考えたが、あたりは暗闇で土地勘もない。おまけに放っておけない泥酔上司が腕を絡ませている。結局、悠里のアパートまで来てしまった。悠里がカギを開けて中に入る。靴を脱ぐと、手を引かれて強引にソファに座らされる。すると、リミッターが外れた悠里が隣から、胸のすぐ下あたりに抱き着いてきて、甘い顔で上目遣いに見つめてくる。これをされて落ちない男はいないだろうと思った。そのとき、優斗が今まで感じていた違和感にすべて説明がついた。初めて料理を振舞ったあの朝、彼女の笑顔に感じた何とも言えない気持ち。初めて弁当を振舞い抱いた、彼女の笑顔に満足感を得る理由。結美にラーメンを出して、喜んでもらってもなぜか悠里の顔が思い出された理由。それはすべて、悠里の笑顔に惚れていたからだと気付いた。悠里のあの笑顔に惚れたから、自分の料理を食べておいしいと笑い、また食べたいと言ってくれる上司に満足感を得るのだと。気付くと、天井を仰いでいた優斗は、その気持ちを伝えようと悠里を見る。しかし、彼女は優斗の腹に手を回したまま、目を閉じていた。それを見た優斗は、フッと笑って彼女の髪をなでた。黒髪ロングのきれいな髪は触り心地が良く、優斗はなでながら眠ることにした。今から電気を消そうにも、スーツを脱ごうにも、抱き着いている悠里をどかさないとできない。ソファの上で、不安定な状態ではとても無理だった。
翌朝悠里がアラームで目覚めると、自分の家のソファーで、寝ている部下に抱きついていた。一瞬、混乱して発狂しそうになるが、昨夜の記憶がそれを抑えた。
「そっか。私、告白したんだっけ。」
悠里が、優斗を好きだと自覚したのはつい先日。柚木と飲んだ帰りに、優斗と結美を見つけて尾行した後の事だ。帰宅して部屋の明かりをつけると、その日の自分の行動が虚しくなってきた。
「私、何やってんだろ。部下の追っかけなんかやって…。」
そのまま部屋に大の字で寝転がると、つい口をついて出たのが、
「私、佐藤君の事好きなのかな…?」
だった。ハッとして「まさかね」と呟いたものの、それからずっと彼が頭から離れなかった。告白しようと決めたのは、連休明けの初日。優斗に弁当を頼んで、それを食べた時だった。いつも以上に美味しく感じた彼の料理で、自分が前から虜だったことに気付いた。当然、失敗する可能性もある。しかし、押しまくればいける気がした。そんな事は、素面ではとても出来ない。酔えばいけるのではないか?卑怯にならないか?などいろいろ考えたが、結局記憶を飛ばさない程度にお酒の力を借りることにした。結果、この状況なのだから上手くいったと思う。そんな事を考えていると、呻き声を上げながら優斗が目を覚ます。ふと目があった2人は、お互い顔を真っ赤にして固まる。その時、ハッとして悠里が叫んだ。
「あっ!今日金曜日!」
気付いた時には、いつもの電車まで20分しかなかった。朝食は間に合わなかったので、悠里の家にあったロールパンを電車で食べることにした。目についた新しいスーツに着替えた悠里と昨日のスーツのままの優斗は、家を飛び出てなんとかいつもの電車に乗る。
「優君ごめん。私がタイムカード押しとくから、着替えだけでもしてくる?」
「それ、いいんですか?あと、優君っていうのは会社では勘弁して下さい。流石に照れるので。」
優斗は、自分の最寄り駅で降りて一旦自宅へ戻った。電車から降りた彼の背中を見つめる悠里は、プライベートでの「優君」呼びを許してもらった事が嬉しく、思わず頬が緩んだ。
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