第2話 翌朝の一杯
新入社員歓迎飲み会の帰りに、飲みすぎて寝てしまった上司の本間悠里を自宅に連れ帰ることになった新入社員の佐藤優斗。帰宅後は、疲れ切ってすぐ寝てしまった優斗が翌朝目を覚ますと…。
翌日、優斗が目を覚ますと午前7時過ぎだった。今日は土曜日なので、仕事は休み。もう少し寝るかと目を閉じた時、昨夜の記憶がフラッシュバックして飛び起きた。寝室を出ると、ソファーで熟睡中の上司を確認する。寝ていることを確認して、優斗は朝食の準備に取り掛かった。
「とりあえず、悠里さんは寝かしておいて朝飯作るか。」
優斗は、料理が好きな方なのでよく自炊をしている。さすがに休みの朝に炊飯はしないが、味噌汁くらいであればほぼ毎日作っている。いつもは前日の夜に作っているが、昨夜は作れなかった。そのおかげというかなんというか、いつもより作る量を増やすだけで、同じものを2回作る手間をかけずに済んだ。出来上がりが近づきいい匂いがしてきたころ、ドスンという鈍い音と共に「ふにゃっ」という間の抜けた声が聞こえてた。寝返りと共にソファーから落ちて目が覚めた悠里は、見たことのない景色に目を見開きながら、目の前に立つ後輩に聞いた。
「佐藤君?ここ…どこ!?」
悠里は、飲み会の途中から記憶がない。飛ばして飲んでいて、葛城にたしなめられた事までは覚えている。しかし目が覚めたら、見知らぬ部屋で新入社員の部下が料理している。情報量の多さに二日酔いも拍車をかけて、頭がクラクラしてくる。何とか発した質問にはこう帰ってきた。
「あ、悠里さん。おはようございます。すいません。悠里さんの家が分からなかったので、とりあえず僕の家に連れてきました。」
その回答で、自分が年甲斐もなく泥酔して寝込み、記憶を飛ばした上に異性の部下にお持ち帰り(?)された事実を認識した。その事実に恥ずかしさで身がちぎれる思いをしながら、顔を完熟リンゴくらい真っ赤に染めて、確認と希望を込めたもうの一つ質問する。
「その…わ、私…変なこととか…無かった?」
「変なことですか?そうですね。全然起きなかったことぐらいですね。」
この時、優斗と悠里の間に盛大なすれ違いが発生していた。悠里は、昨夜自分に起こったであろう現象に羞恥心を爆発させて、耳まで紅に染め上げて俯いていた。しかし、ふと目に入った自分のスカートに違和感を覚えた。もし自分の想像どおりであれば、自分は今、昨日の朝履いたこのスカートを履いているのだろうか?部下の性格と、この違和感を照らし合わせて、少し前の想像を全否定した悠里は、同時に襲ってきた別の恥ずかしさを振り切るために、聞こえた質問に答えることにした。
「悠里さん、朝ご飯いかがですか?お口に合うかどうかはわかりませんが…。」
「ん。じゃあ、お言葉に甘えて。でもその前に、シャワー借りてもいい?」
優斗が承諾すると、悠里は下着を買いに行くと言って出かけた。少し前の真っ赤な顔が気になった優斗は、もしかすると帰らないのではないかと思ったが、部屋においてある鞄を見て安心した。
悠里が戻ってきてシャワーを浴び、着替えてリビングに行くと、優斗が味噌汁とトーストを用意して待っていた。
「佐藤君ありがとう。おいしそうだね。」
だいぶ恥ずかしさの薄れた悠里は、優斗にすすめられるまま席に着く。対面で座った優斗に勧められて味噌汁を飲むと、丁度よい味付けが舌を包んだ。その味が、好みにどストライクだった悠里は、無意識に頬が緩んでいた。
「美味しい!!佐藤君って、料理上手なの?」
悠里の心から出た感想と、彼女の笑顔につばを飲み込んだ優斗は、なんと言えばいいか分からない気持ちを抱えながら答えた。
「上手だって堂々と言える自信はないですけど、料理自体は好きです。」
「そっか~。私はこの味好きだな~。そうだ!これから君を私の専属シェフに任命しようと思うんだけどいい?」
「?それは、僕が毎日悠里さんのご飯を作るということですか?」
「それじゃあ、プロポーズになっちゃうじゃない。そうじゃなくて、私が佐藤君の料理を食べたいときに作ってくれないかなってこと。」
優斗は、上司というのが少し複雑ではあるが、自分の料理を心から美味しいと言ってくれる人は大事にしたいと思い、了承した。一方、口には出さないものの、一杯の味噌汁に胃袋を鷲掴みにされた悠里は、上司と部下という関係や少し前の自分の妄想を認識した上で、それなりの頻度で通うことを決意した。こうして、飲みすぎた女上司と、図らずも彼女の胃袋を虜にし、興味をそそってしまった男部下の、微妙な距離感の関係が始まった。
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