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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

「真実の愛」という名の病

作者: れん

インスタントざまぁ。

深く考えずにお読みください。

「人権」なんてものはまだ発明されていない時代のお話。

とある王太子と公爵令嬢と、男爵令嬢のジェットコースター婚約破棄の話。


中世ヨーロッパのあの頭痛くなるくらいの姻戚関係が好きです。

家系図作って「だいたい親戚じゃねぇかこれ」と叫んだのもいい思い出。いや日本も大概だとは思うんですがね。うん。

「王太子である私は、フローラとの婚約を破棄し、デキストン男爵家令嬢のステビアと新たに婚約を結ぶ!」


 学園の卒業パーティにて王太子が「婚約破棄」を叫んだ。理由は真実の愛だという。

 そう叫んだ王太子と、寄り添う男爵令嬢はすぐさま捕獲、隔離された。

 後日、デキストン男爵家令嬢のステビア嬢は家族もろとも処刑され、王太子の周辺人事はごっそり一新される。

 もちろん婚約破棄はなかったことにされ、いまだに王太子の婚約者はスクラロース公爵家令嬢のフローラのままだ。

 まるで絵にかいたような急転直下の真実の愛劇場。だが関わった者達は誰一人騒ぐこともない。精々「またか」とため息を零す程度だ。

 どうしてか、この国の上層部ではこうしたことが繰り返し起こるからである。

 ……というと呪いや運命のように聞こえるが、実際のところ、原因はすでに分かっていた。


 病である。


 それも遺伝子が原因の不治の病なのだ。


 もちろんこの時代、この国の文明において「遺伝子」などと言う言葉はない。

 だが、人々は自然と血縁関係の濃さが原因ではないかと言う結論に至ったのだ。

 古くから貴族間での婚姻を繰り返してきたこの国では貴族のほとんどが親戚関係である。

 特に上位貴族は四代、五代遡ればだいたい親戚同士と言うありさまで、他国の血を入れたり、時には平民や下位貴族から優秀なものを養子にもらうなどしてはいるものの、一度濃くなった血は簡単に薄まらず、また養子に入ったものを差別するような風潮もなかなかなくならなかった。


 その結果、まるで濃くなった血を強制的に薄めるかのように、自分とは遠い遺伝子を持つ異性に惹かれるようになるのだ。

 逆に、血が濃い異性を嫌悪する。

 思春期の娘さんが父親を嫌悪するのと同じ原理である。

 ただ、大体にして高位貴族は親戚なので、大体の発病者の婚約者がこれ(血が濃い異性)にあたることが難しいところだ。


 それが上位貴族たちをむしばむ不治の病、「真実の愛」である。

 特に学園に通っているような十代中盤から後半、思春期と言われる年代に発病することが多い。

 この病を発病すると脳は脳内麻薬に冒され、正常な判断が出来なくなると言われている。

 それが分かってからは、運命の恋だの真実の愛だの言って暴走する生徒たちを見かけたら、皆一様に距離を置く。

 この病はどういうわけか他者の因子を刺激し、発病させることがあるのだ。

 だからこそみな発病者から距離を置く。誰だって世間に醜態をさらしたいわけではない。

 貴族と生まれたからには、何かとしがらみが付いて回るのだ。それは自分も、相手も同じことである。

 もちろん、この病が判明してからはあまりにも相性が悪い、もしくは初対面の時から何らかの兆候がみられる場合は婚約に至らないことも考慮され始めている。

 とくに王家や公爵家は血の濃さも他の家よりも比べ物にならない。

 思春期に入り、発病するリスクを考慮してあくまでも仮の婚約関係に留めておくことも多かった。


「フローラ様、残念でしたわね」

「えぇ、仕方ありませんわ。殿下の曾祖父が当家の五代前の当主の弟にあたりますから、可能性としては考えておりましたもの」


 友人に言われ、フローラは肩を竦める。「真実の愛」が原因での婚約破棄に関しては、する側もした側もお咎めはない。何しろ病である。

 それも血の濃さが原因の、本人にもどうしようもない、病なのだ。

 貴族たちは誰もがこのリスクを理解し、もし自身の婚約者や兄弟が発病した際は素早く対処することが、貴族の嗜みですらあった。――なお、発病リスクは思春期が一番高いというだけであって、何歳でも発病する時はする。


 ゆえに婚約破棄を宣言されたフローラも特に精神的にも何ら思うところはない。

 そもそもあからさまに自身に対して嫌悪感を隠さないでいたので、冷静に「あ、発病したんですね」と判断し、対応マニュアルに従って双方の家へと連絡をし、学園にも申請を行った。

 その結果、卒業パーティでの婚約破棄宣言である。

 なぜ病であるとわかっているのに対応しなかったのか、それは王太子がそう宣言し、醜態をさらした方がメリットがあると判断されたからだ。その結果が男爵家の処刑と王太子周辺の人事刷新である。





「なぜステビアを処刑したんだ! 私のこの気持ちが病によるものだとしたら、彼女に咎はないだろう!」

「あるに決まってるでしょう。いくら脳内麻薬に汚染されているとはいえ、法律ぐらいは覚えておいででしょう?」


 婚約者であるフローラを詰る王太子に、令嬢はハッと鼻で笑う。それから「失礼」と言って扇子で口元を覆う。彼女の後ろには護衛の騎士とメイドが一人。

 対して正面には婚約者である王太子と、その側近候補の青年が四人。

 皆一様に殺気だっていた。それもそうだろう、彼らが愛しいと周囲を侍っていた少女がむごたらしく処刑されたのだ。

 貴族でも下位貴族である男爵家の彼女たちには斬首は行われず、処刑場での首をくくられての処刑だった。

 令嬢は見に行ってはいないが、聞いたところによれば絞首刑は一月以上にわたって死体が晒され、その体は鳥に啄まれ、獣に喰われ、それはもう酷い有様になるという。


 いくら王太子と公爵令嬢の婚約破棄に関わったと言えどもそこまでむごたらしい扱いを受ける必要はないだろう。

 それが彼らの主張だった。

 その表情には男爵令嬢の処刑には公爵令嬢が関わっているに決まっていると言わんばかりだ。

 そのあまりの視野狭窄な主張に、令嬢はため息をついた。


 婚約破棄をした側もされた側も真実の愛と言う病が原因の場合は双方にお咎めはない。

 ただしそれは、あくまでも婚約破棄をした男と、された女だけである。

 婚約破棄の原因となった女は普通に不貞であり、不義密通の罪が適用されるのだ。

 そもそも病のことは貴族なら誰でも知っている話だった。

 突然高位貴族に惚れられた場合の対処はマニュアルがあり、庶民でも学園入学時に説明している。

 おそらくデキストン男爵家ステビア嬢も王太子が付きまとうようになってから改めて説明を受けたはずだ。

 「真実の愛」はただ一人を盲目的に愛するような病ではなく、相手からの拒絶を受ければ容易く相手を替える。

 精神的なものではなく本能的な生存活動なのだから、ただ一人に執着する意味がないのだ。

 むしろ男性の場合は多情傾向にあり、複数女性と関係を持つようになりやすい。

 そして、中には子が生まれたら快癒したケースもある。恐らくだが、自身の遺伝子が残されたことによって遺伝子の暴走が収まったのだろう。

 どこまでも病なのだ。

 にもかかわらず彼女は何の対処もしなかった。それどころか様々な罪を犯した。だからこその処刑だ。


「彼女は着服、横領、器物破損、虚偽申告、公文書偽造、脅迫、窃盗、強盗などなどの罪状がございました」


 学園は平等な場所だと嘯いていた男たちの前で、あえて不敬罪や名誉棄損は出さずに、彼女はその他の罪状を積み上げていく。


「まて、脅迫に窃盗?」

「強盗だと?」

「えぇ、庶民や男爵子息女を相手に自分は殿下のお気に入りだからと言う理由で、いろいろと搾取していたようです。被害届と損害リストはすでに提出済みだそうですわ」


 脅迫や実力行使などによって他人の財物を無理矢理奪う犯罪のことを示す。ゆえに、彼女がしていたことは強盗罪が適用されたのだ。

 脅迫された側は王太子が病により正常な判断能力を失っていることを理解していたので、王太子本人ではなく婚約者へと被害を訴えたのだ。

 そこから婚約者の家の方で被害をまとめ、王城に提出している。


 なお、王太子や側近候補たちからのプレゼントが横領、着服にあたる。

 それらのプレゼントは、特に王太子の場合は個人資産ではなく王太子の予算から購入されたものだったのが大きいだろう。

 王太子の予算はその用途が細かく決められており、基本的にそれ以外に流用することは不可能なのだ。

 今回王子が彼女へのプレゼントは、王太子妃となるフローラへの贈り物を彼女へと贈っていた。


 さらに器物破損、虚偽申告は、彼女がいじめられたと言って学園の備品を破壊したり、景観を損ねたことが適応されている。

 あまり裕福ではない男爵家出身の彼女には学園に通う時に際して教科書や教材が貸与されていた。

 これを自身の意思で、故意に破損させたのだから当然だろう。


「あ、公文書偽造につきましては、彼女、担任教師に身体を売って成績に下駄をはかせていたらしく、それが当たるそうですわ。もちろん担当教師も職権乱用、公文書偽造ですでに懲戒免職にしておりますし、彼の上司も管理監督責任の不履行と言うことで減給および階級を一つ下に下げております」

「嘘、だ」

「国のきちんとした調査部門が出した結論ですので、私にどうこう言われましても」


 令嬢は肩を竦めた。令嬢がしたのは被害者の訴えのまとめをしただけだ。

 もちろん公爵家で裏取りもしているが、さらにその上で事実関係の調査をしたのは王家の諜報部である。そこに令嬢の意思は介入していない。

 もっとも、それらを並べ立てたとしても男爵一家全員が絞首刑となるほどのことではない。

 要するにこの一家は見せしめなのだ。もちろん、やらかす高位貴族にではない。

 巻き込まれる可能性のある下位貴族や平民に対するけん制だ。

 「真実の愛」の例外措置が取られるのは、婚姻関係にある当人たちだけで、それに巻き込まれる側の補償など一切ないのだという。


「学園は平等ですわ。えぇ、庶民であろうと王族であろうと、ひとしく教育の機会を与えるという意味で。決して、学園の中では身分差が、階級制度がなくなるという意味ではないんですのよ」


 そう言うと彼女は立ち上がり美しいカーテシーをした。この国で、王妃を除けば位の一番高い女の、最上級の礼だ。


「それでは皆様、今生の別れとなりますが、どうぞお元気で。

 遠く離れた場所にて皆様のご活躍をお祈りいたしておりますわ」


 彼女のその言葉を最後に、背後からは雪崩のように屈強な男たちが押し入り、側近候補の青年たちの身体を拘束すると引きずるようにして連れ去ったのだ。

 残された王太子もまた、身なりのいい男が丁重に、だが有無を言わさずに彼女の部屋から退出を促す。

 再びソファに座った令嬢は、ため息を一つつくと、それっきり彼らのことを思考から放り出した。




 さて、それからのことだ。

 王に子が一人しかいなかったこともあり、王太子は変わらず王太子のままだった。もちろん婚約者も公爵令嬢のままである。

 ただ、王子の周囲の状況は一新された。

 見知ったメイドも、従者も、教育係、護衛、彼の目に映るありとあらゆる人間が全く別の人間に変わったのだ。もちろん側近候補たちもだ。


 病に冒されていたとしても、公衆の面前で高位貴族の令嬢に婚約破棄を突き付けるなどと言う行為は看過できない。

 そもそも「真実の愛」の病は「遺伝子的に近しい異性に嫌悪感を持ち、遺伝子が遠い異性に愛情を感じやすくなり、異性関係において正常な判断が出来なくなる」と言う病なのだ。

 公衆の面前で婚約破棄をすることは、「異性関係において正常な判断が出来なくなる」に該当するとも言えるが、話はそう簡単には終わらない。

 実際、同時期に王太子と同じ病に罹患した生徒たちの中には婚約破棄に至ったものもいるが、至極円満に婚約関係の解消を行っていた。

 そもそも「真実の愛」の病は周知されているのだ。

 きちんとした手段と手順を踏めばいいだけで、わざわざ事を荒立たせる必要などない。


 つまり、王太子の一連の行動は、王太子自身の資質によるものなのだ。

 ゆえに、そのような行為を諫めることができなかった側近候補も、そのような考えを持たせた教育係も、そのような行為を止められなかった護衛も、そのような行為を上司に報告できなかったメイドも、従者も、全員が王太子の傍にふさわしくないとされ、排除されたのだ。


 新たに側近候補になった者の中には、かつての側近候補の兄弟や親族もいる。だが、別の家からの者も多い。

 この貴族の少子化時代、王子の同世代の男児がいる家は、さらに王子の側近候補になれる家柄や実力の持ち主は多くはないのだ。

 今まで王太子の周囲を固めていたのは、彼の実母である王妃の実家の関係者だった。だが今回のことで人事が一新され、別の派閥から輩出されることとなったのだ。

 これによって王宮での王妃の実家の影響力は低下することとなる。

 王妃自身の発言力も弱まったが、多くの王宮で働く人間にとっては随分と風通しが良くなる結果となったのは皮肉な話だ。


「子は三人欲しいな。公爵家の跡取りと、スペアにな」

「えぇそうですわね。一人だけですと、いろいろと替えが利きませんものね」


 クスクスと公爵家の親子は笑いあう。

 王太子のおかげで王妃の実家の影響力を弱め、自身の家の影響力を強めることができた。

 彼女が王妃として王宮を掌握するのに大きな力となるだろう。


 「真実の愛」は病である。


 病にかかった者には罪はない。


 だが、その病をどう利用するかは、その周囲の者たち次第なのだ。

王太子は種馬EDです。

「真実の愛」なんて頭の悪いこと言うやつは病気なんだよ。という認識が浸透している世界のお話でした。

なお、恋に落ちる相手は特に傾向とかはない。多少本人の好みが反映されるけど、恋愛麻薬がドバドバ出ているので「好きになった人が好みのタイプ」状態なのも珍しくない。


男爵令嬢も余計なことしでかさなければ取り巻きの誰かと結婚できただろうに、そうするにはちょっと叩いて出てきた埃が多すぎた。

丁度いいので「病人相手にバカなことすんなよ」って釘を刺すつもりで処刑した。そんな感じです。家族もろともだったのは、別になくなって困る家でもなかったのと、抑止力として小娘一人だけよりも親もろとも処刑された方が強いからです。

それまでは「真実の愛のお相手に選ばれちゃったらどうしよう(キャッ)」みたいな夢見がちなお嬢さんもいましたが、処刑の話を聞いて「真実の愛のお相手に選ばれちゃったらどうしよう(gkbr)」に変わりました。


ステビア嬢

 男爵令嬢。

 頭の中お花畑で、いろいろ警告してくれた周囲の言葉は右から左に聞き流した。

 権力志向が強く、ついでに自分の価値も理解しているので、躊躇いがない。生き急いでいるともいう。

 今回ちょっとやりすぎた。本来ならギリギリ処刑されるほどのことではないのだが、ここのところ少し風紀が乱れていたので、ちょうどいいとばかりに見せしめに処刑された。


フローラ

 公爵令嬢。王太子の婚約者。

 政略結婚? 何当然のこと言ってるんだこいつ? と思いつつ、文字通り婚約者を政略の道具にした。

 正直どうせ政略結婚だって言っているのって男女ともに相手を「そういう道具」としてみているわけだから、自分だってそういう扱いされても文句は言えないよな。


王太子

 名前すら出てない。つけるならアセスルファムとかだろうか。(リプトンの500mlが手元にあった)

 「真実の愛」の病にかかり、うっかりひっかけた少女が性質が悪かった運の悪い人。そもそも「遺伝子的に遠い相手に惚れやすい」と言うだけで、その人しか目に入らない。と言うわけではないので、もともとアレな素質持ちだったともいえる。

 なお側近たちは全員「病気療養」のために領地に引っ込んだ。まぁ間違ってはいない。何人復帰できるかは不明。領地で素朴な平民や下位貴族令嬢と恋に落ちたらワンチャンあり。

 王太子ではあるが、おそらく彼の在位は短い。

 泣こうが喚こうが夜のお仕事はなくならない。〇たない? そのためのお薬は結構何でもあるぞ、王宮! 使いすぎると内臓に負担かかるけど、まぁ、どうせ在位は父親がギリギリまで頑張り、息子が成人するまでの繋ぎだからいいよね!

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[気になる点] この場合破棄したのが王子だから原因の男爵令嬢は処刑されたけど、婚約破棄したのが女性側の場合原因の男が処刑されるのですかね。それとも男しか発症しないからそうはならない? [一言] 面白か…
[一言] 名前を甘味料シリーズにするなら男爵令嬢ちゃんをアセスルファム、王太子をアスパルテーム、公爵令嬢がステビアで良かった気が やらかす側の男爵令嬢ちゃんが自然由来のステビアとか微妙に違う気しかない…
[気になる点] 「真実の愛」の本質的な原因に薄々勘付いていそうなのに頑なにそこを変えようとしないのは闇 この国の王族と高位貴族の先は長くないだろうなと思いました
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