ただ今、歩く練習中
「ふ~ん、ふっふふ~ん♪」
ソファの上で足をバタつかせながら鼻歌を奏でる少女を眼球だけの動きで盗み見る。音楽に合わせて足が上下に揺れる度に、無理矢理にワンピースの形に仕上げられただけの粗末な布の隙間からは、チラリチラリと太股やら鎖骨やらが微かに覗く。
なんて無防備。心配だ。
故に仕方なく、彼女を守るために、そして同時に作業を進めるためにはこうするしかないのだ。決してやましい事がある訳じゃない。たまに髪の色と同じ淡赤色の睫毛が伸びる瞳と視線が合いそうになるのにドキドキするのも俺の警戒心の表れなのだ。
作業を進めていく。本来なら数分で済む仕事が不思議と今日は時間がかかる。クソ。手元が震える。これがスランプか。
こんな時はいっそ違うことを考えるといい、と映画か何かで観た気がする。
例えば彼女の鼻歌のタイトルを思い出す、とか。
「ふふん、ふーん♪ふ、はっ、ほ♪」
このつい口ずさみたくなるテンポのいいメロディは確か昔のスポーツドリンクのCM。今でも街を歩いていればどこからともなく聞こえて…来ないな。知らない曲だ。
そりゃあ当然か。ソファでくつろいでいるのは俺が今日購入した半炭鉱婦の奴隷少女であるナナイナだ。異世界のCMソングなど俺が知ってるわけもない。まぁ、異世界にファンタジーはあってもCMがあるのかも分からないが。
何はともあれ、実に機嫌が良さそうで何よりである。
「さっきまで私を捨てろーだの、死にたいーだの言ってた時とは別人みたいだな。」
「それは言わないで!」
ナナイナはつり目を更にキッと尖らせて俺を睨んだ。
「悪い悪い」
「もう……嬉しかったんだから仕方ないんだよ。」
ナナイナはぷくっと頬を膨らませ、そっぽを向いてしまった。
怒らせてしまったか、と少なからず動揺するが、それでもついさっきまでの殺伐とした雰囲気に比べれば遥かにマシだ。
「コウメイ様だってチラチラ、ニヤニヤして変だもん」
「み、見てないし。」
「む…(それはそれで)」
何やら唇まで尖らせ始めたがマジでマシなのだ。
とはいえ、また嫌われても立ち直れないので、手元の仕事に目を向ける。
ずっしり重く、若干の柔らかさを兼ね備えた義足は左足を失っている彼女の為に用意したものだが、未だに調整前の状態でやや彼女には短いらしい。
ぶっちゃけ長いかと思っていただけに、彼女のスタイルの良さには驚いた。だからか、ついナナイナの身体つきが気になってしまう。不思議とさっきまではただの"物"として接していた義足も彼女の生足に見えてくる。
誰だよ、こんなにリアルな質感に近づけたやつは。けしからん流石だよ、俺。滑らかな肌触り、足の指の間に自分の指を差し込めばいい感じの圧迫感…
「ねぇ、コウメイ様?調整っていつまでかかる?」
「ふえぃ!?ちょちょっとお待ち……今、終わりましたよ!」
「ほんと♪じゃあ、早くちょーだい!」
嬉しそうに手を伸ばしてきたナナイナに(たぶん)長さの調整が終わったばかりの義足を手渡すと、ナナイナはほぼ初めてとは思えない慣れた手つきで太股から先が無い、左足に合わせた。
「魔力を足に集中っと。うん、くっついた。」
ナナイナ本来の褐色の肌と義足の色が違うせいでその境目ははっきりと分かれているものの、すらっと伸びたナナイナ自身の足と比べても遜色無い造形美に惚れ惚れする。
「えっと、そしたら筋肉に魔力を通わせる感じで~……」
そんな俺の視線など意にも介さず、ナナイナは左足に視線を向ける。
今、ナナイナの集中は魔力となって太股から義足の爪先へ駆け巡っているだろう。その証拠に爪先がピクリと動いた。うん。ここまでの作業をスムーズにこなすナナイナには驚かされるばかりだ。俺が試しにと動かして見たときは散々だったもんな。
「……よ、よし、うん。動きも問題ない。立ってみるね……よっとと。」
特製の義足は爪先はもちろん、膝、足首も魔力を通して操作可能だ。だから、ナナイナの掛け声(?)に合わせてソファから彼女を立ち上がることもできる。
(まっ、ふらつかずに姿勢を保てるのはナナイナ自身の運動神経の良さだけど。)
舌を巻く俺の感想を更に上回るナナイナはその場で何度か足踏みまで始めた。本当に上達が早い。
「よしっ!うん!行くよ!」
気合いを入れたナナイナがトコトコ歩き始めた。
「義足を付けているとは思えないな」
流石に完璧というにはまだまだぎこちないが、今のナナイナがついさっきまで足が無く、死ぬことしか希望がなかった無力な少女だったと想像できるだろうか。
「本当に上手いもんだ。上達するの早いよな。」
「よっと、早いかどうかなんてっ、ほっ、私に聞かれても分かんないっよ!んー、今はこうでもっとと、あぶな...ほっ!前はちゃんと足あったんだっっっから普通に歩いてたし..はっ、とっ、ちょっと感覚を思い出せば普通に歩けるんだと思うーよっとと」
「そう、か」
しまった。
足を失った時のことを思い出させてしまっただろうか。
「気にっと、しなくていいよっとーほっ。」
「ん、ん?な、何が?」
「コウメイ様はっ、私の足のっ、ことなんか気にしないでって言ったの。コウメイ様が悪い訳じゃっと。ないんだからっ、ほっ、よっと」
「…おう」
(意外とよく見られてるもんだ)
ちょっと気落ちした声色から察せられてしまったのだろうか。
何にせよ、逆に変な気を遣わせてしまったらしい。
これは良くない。
良くないよな。
せっかくナナイナも明るくなりつつあるんだ。
暗いのは良くない。
「こほん。ナナイナ、義足に問題は?」
「ん~、ないっ!完璧っ!コウメイ様!本当にありがとう!」
最初に装着した時は長さがイマイチ合ってなかった義足も調整したおかげで特に問題はなくなったようだ。
「どういたしまして。それにしてもその"ほっ"とか"やっ"とか"はっ"とかいう掛け声、面白いな。」
「はえっ!?」
ふとした疑問を指摘するとナナイナは褐色の頬を赤く染め、俺を見る。
タイミングが悪かったのかちょうど変な姿勢で。よくその姿勢で静止できるなぁ。
「自然と出ちゃうの!こっちは必死なんだよ!」
「可愛いなぁって思っただけで馬鹿にはしてないよ。眼福眼福。」
「かわいい!?とっ、うわっ!?きゃっ!?」
「あ」
ギリギリ保っていたバランスを崩したナナイナは床に尻餅をついてしまった。
咄嗟に伸ばした手はとても間に合わなかった。情けない。触りそこね…
「げふん、ごほん。おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫か?じゃないよ。びっくりさせないでよ。」
「悪いって。立てるか?」
歯を剥き出しにするナナイナにちょうどよく行き場を失っていた手を差し伸べる。
「一人で立てる!よっと。」
ナナイナは左腕が無いにも関わらず、義足と元々ある右足と右腕、更に全身を器用に動かして立ち上がった。
こうなると差し出した手は本格的に迷子になってしまった。寂しい。
あれ、嫌われた?からかい過ぎたか?手くらい取ってもらえるくらいには仲良くなりつつあると思っていた自分が恥ずかしい。
「立つ練習もしなきゃ、でしょ。コウメイ様は"余計な事は言わずに"そこで見てて」
「はい」
そうだね。立つ練習もしないとね。嫌われたわけではないよ。たぶん。
言われた通り、歩く練習を続けるナナイナをハラハラとしつつも見守る。
その間に着実に上達する彼女の様子と、最悪転んでも大怪我はしないだろうと思い始めたところで、つい別の事を考えていた。
(う~ん……『コウメイ様』か。悪くないが故に未だに悩む。)
何をかといえば、俺の呼び方についてだ。
当初、奴隷を買ったら絶対に"ご主人様"と呼んでもらおうと思っていたが、結局"コウメイ様"にしてもらった。本音を言えば"ご主人様"は未だに捨てがたいし、"主様"あたりはもう一度、ゴミ箱から拾いたい。
だが、そうもいかない事情があった。
(今、思い出すだけでも胸が痛い)
俺の趣味丸出しの呼び名はどれも聞いた瞬間にヤバかった。どうヤバいって、俺の小さな心臓がぎゅぎゅっと握られているかの如く歓喜の悲鳴に悶え、このまま締め殺されるのではって思えるほどの破壊力。
悪くなかった。
むしろそう呼んで欲しかった。
だけど、その都度その都度にはぁはぁぜぇぜぇとリアクションを取っていたのでは、話が先に進まない。しかも胸を押さえる俺を泣きそうな顔で心配してくれるナナイナの反応が更に胸を高鳴らせるトキメキ至福の地獄巡り。
なので泣くに泣きつつ、一番心が揺るがない呼び方である"コウメイ様"に落ち着いたって訳だ。『コウメイ』という名前自体が俺に取ってはアダ名のような物だ。そこに"様"を付けられても負担は少ない。
(でも、たまには"ご主人様"なんて呼び掛けてもらえるように今度、頼んでみよう。美少女からの"ご主人様"はやっぱり良い物だ)
そうそう。
それから言葉遣いに関して言えば、話しやすい話し方で良いことにした。
"奴隷"と"主人"という2人の立場上、人前でタメ口は不味い気もするが……不味いのかな?正直、俺には異世界の奴隷との距離感なんて想像するしかない。今度、奴隷店の支配人さんに聞いてみようか。紳士的な彼なら教えてくれる気がするし。
なので、とりあえず急ごしらえのイメージは上司と部下の関係だ。
そうなると"敬語"が当たり前なんだが、そもそもナナイナが敬語を話すのが苦手なようだ。
基本の"です""ます"を語尾に無理矢理付けただけの言葉を聞く限り、使い慣れてないのは明らかだった。
本人曰く「奴隷商で"最低限"教わった」とのこと。
確かに懇願するための敬語は上手かった。
奴隷としての最低限とはそういう意味だろう。
だが、日常会話はダメだ。なってない。
むしろ敬語を使わなければならないと教えてくれていただけマシなのかもしれない。もしかしたら、高級な奴隷ともなれば"最低限"のレベルも高いのかもしれないが。
ともあれ、そんな理由からコミュニケーションを第一ってことで話し安さを優先することにした。
どうしても敬語ってのは心の距離を感じてしまうしね。
俺は彼女にはタメ口で話しかけてもらう方が好みらしい。
ゆくゆくは日本人の得意技の1つ。
『相手によって言葉遣いを使い分ける』を習得してもらうのが理想的。T·P·Oである。
と、そんな事を考えてる間にだ。
「もう俺が見てなくても大丈夫そうだな。そのまましばらく練習しててもらえる?義腕を持ってくるよ。」
「え!?腕もあるの?わっ、きゃあ!?」
突然振り向くもんだから、足がこんがらがってナナイナはまた転んでしまった。
慣れては来たみたいだけど、自分の足と同じように使うにはまだ練習が必要そうだ。ファイト。
「大丈夫か?手、貸すぞ。」
「…はい」
今度は素直に俺の差し出した手を掴んでくれた。
ひんやり冷たくて細い指が俺の指に触れる。初手繋ぎじゃないか!?
「コウメイ様?……そのっ…腕って…私の?」
「そりゃあそうでしょ。他に誰のだって言うんですか?」
「もうなんか…本当に夢みたいで…」
「むしろ用意してないと思った?」
「えっと、その……まぁ?ちょっとだけ期待はしてたけど。」
「素直でよろしい。一階の工房にあるから持ってくるよ。少し時間かかるから、怪我しない程度に練習してるか、ソファでゆっくり待ってな。」
「うん」
ナナイナは満面の笑みで頷いた。。
やっぱり美少女には笑顔が似合う。間違いない。
「じゃ、行ってくるよ」
その笑顔を脳裏に焼き付けつつ、下への階段に向かう。
階段を下りる手前で振り返るとナナイナがヒラヒラと右手を振ってくれた。
うん、可愛い
◆◇◆◇◆
階段を下りていくコウメイ様を見送る。
「ふぅ、よし、もうひと頑張りっと。」
義足の左足を前に出す。次は右足。そして左足。右足。
「ほっ、よっ……あ、また声出ちゃった。まだ慣れないなぁ。」
とはいえ、義足を付けてもらった最初に比べればコウメイ様が言っていたようにだいぶ上達してきた。
「別人みたい、か」
コウメイ様の言葉を思い出す。
それはそうだろう。
さっきまでの私は左腕も左足も失くなって、奴隷として売られ、これから生きる希望もない無力で無気力で無意味などうしようない存在だったんだから。
あったのは静かに死ぬという望みだけ。
それすらも奴隷として買われたことで奪われた私は本当に何にもなかった。
もう本当にどうしようもないくらい絶望した。
なのに、私を買った……買ってくれたコウメイ様が諦めてた、どうしようもない物を全部まとめて与えてくれた。
そんな夢のような事が起きたんだ。
(別人みたいになるなっていう方が無理だよ)
コウメイ様。
義足だけじゃない。
私に夢みたいな現実をくれた。
あるかも分からない希望なんかじゃない。
だから、コウメイ様が用意してくれる義腕も使えない訳がない。
きっと素晴らしい物だ。
楽しみだ、な
だって、腕もあったらきっと色々な事ができる。
色々……何がしたいかな。
「おっとと」
考え事をしていたら躓いてしまった。
でも、今度はこけなかったよ。
「見てたコウメイ様っ!って、そっか。いなかったんだった、あはは……したいこと、か……お礼……何かしてあげたい、な。」
そのまましばらく歩く練習をしながら考える
したいこと。
してあげたいこと、を。
この恩に報いる方法を。
私にできることを。