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名前を聞くのってこんなに大変だっけ

前回の投稿にブックマークを頂きました!

感謝です。今後ともよろしくお願いします。

「ん……ここって…は…えっ!?ちょっと!嫌、やめて!!」

「うぉとぉっ!?」


急に起き上がった彼女に胸を突かれ、その勢いを殺せずにバランスを崩してしまう。


何とか転ばぬように体勢を保とうとしてみたが、どうやら俺の体幹は仕事をする気がないようだ。代わりに払った代償は尻の痛み。


「痛ぁ……寝起きの割には元気だな。驚かせたか?」


床に尻餅をついた姿勢のままソファの上から俺を睨む彼女を見上げる。


「驚かせ……あ、え、わ、私、寝ちゃ……っ!?ちょっと!?今私に何をしてたのっ!?」

「いや、何にもしてないって。まぁ、今からしようとは思ってたけど。」


っと、しまった。要らぬ事を。

つい口が滑った。


「やっぱり!!何もしないなんて嘘だったんだ!絶対に騙されないんだから!」

「いや、何もしないとは言ってない……よな?」


改めて過去の発言を追及されるとちょっと自信ない。

むしろ世の中に自分の発言を一言一句覚えてる奴がいるだろうか。


少なくとも俺は覚えてない。


ただ、覚えてる台詞もある。


「酷いことをしない、とは言ったけどな。ちなみにそれは今も現在進行形だよ。」

「酷い事しない!?私の足をべたべた触ってたじゃない!!だったら一体どういうつもりだって言うのっ!!」


Oh……それで目を覚ましてしまったのか。

いや、まぁ、起きるかもなぁとは思ったけど、悪魔の誘惑には勝てなかった悲しい男の性かな。


だが、だ。


だがしかしだ。


確かに足は触らせて頂いたが、しかしだ。


決してやましい気持ちではない。

確かにすべすべつるつるでいつまでも触っていたい感触ではあったがそれが目的などと断じて無い。


きちんとした理由はあるのだ。


「採寸しようとしただけだ。」

「さいすん……採寸?」

「そう採寸。これを取り付けるためにな。」


ソファの傍らに置いてあったそれを手に取り彼女に見せる。


"それ"とはそこそこ重く、肌色で長く、ちょうど真ん中辺りでくの字に曲がっていて、先端は真ん中のくの字と逆方向に曲がっている物だ。


「それって……もしかして、あ、足?え、切り離されて……うっ、気持ち悪……」

「く、ないよ!勘違いするな。これは本物じゃない。足っつても義足。偽物の足だよ。今からこれを君に付けてやるから大人しくしてくれないか?歩けないの不便だろ?」


「……………え?」


俺の言葉があまりにも予想外だったのか彼女はきょとんとした表情を浮かべ、自分の左足があるはずの部分を見つめ、そしてまた俺を見つめる。



「義、足?嘘……そんな本物みたいな……足が義足な、訳…ないじゃない」

「お、高評価♪嬉しいね。でもこの断面見てみな。どう見ても造り物だろ?」


確かに見た目こそ人の足そのものだが、良く見れば造り物であることもまた明らかだ。


「ぁ……本当だ……偽物の足……今の義足ってそんな精巧なの?」

「ん?確かに見た目にはこだわったけど言うほど精巧か?こんなの普通だと思うけど?」


見た目にこだわったとは言え、それは所詮素人仕事だ。

今時の義足は本当に本物と見間違える程のクオリティの物は数多くある。俺の仕事なんてまだまだよ。


「ちなみに君が知ってる義足ってどんななんだ?」

「どうって…えと、棒が突き出してて……それだけ。」

「棒が突き出して?あぁ!フック船長の足か!そりゃあ精巧だわな。」


彼女の説明に頭に浮かんだのは、失われた足の先から飛び出した棒で船の甲板をコツコツと音をたてながら歩く最も有名な海賊の船長の姿だ。


確かにそれに比べたら、俺が持ってる義足はちゃんと足の形をしてるから精巧に見えるだろう。


「フック船長?」

「あー、気にしないで。でもそんなのしか知らないならこれが義足に見えなくても仕方ないか。でも、これは正真正銘、歴とした義足だよ。どう見ても足だろ?だから付けてみてくれない?物は試しってね。それともまだ俺の事なんか信用できない?って、あっ……無断で足を触ったことは謝る。すまんかった。」


顔の前で手を合わせ謝罪する。

その隙からチロリとソファの上の彼女を見上げる。


目を伏せ、一点を見つめている。

それは俺……ではなくてどうやら俺が握る義足を見つめているようだ。


(くっ、まさか、人生で義足に嫉妬する日が来るとは思わなんだ。義足よ。俺に勝っておいて、負けることは許さんぞ。)


彼女の視線は今だに義足から離れない。

どうやら一応、悩んでくれてるらしい。


(あぁ、にしてもやっぱり目を伏せる仕草いいなぁ。うぉっ!?チロッとこっち見たよ。)


下目遣い、いただきました!ふはは、見たか義足野郎。

お前ばっかりモテると思うな。


「……変な所、触らないで、くれるなら……ちょっとだけ、なら」

「えっ!?ぇ!?お、おぅ、もちろんだ。」


しまった。予想外の答えについ、変な声出た。

もちろん期待していたけど、まさかすんなりオッケーが出るとは思ってはいなかった。なんかドキドキしてきたじゃないか。


「よっ、と」


そんな胸の高鳴りを抑えつつ、床から立ち上がり彼女の座るソファに近づき、手の届く距離まで来たところで膝を折る。


「(ふぅ) んじゃあ、失礼します。まずは右足を伸ばしてもらえるかな?」

「……ん」


彼女は俺の提案に一瞬、躊躇したようだったが素直に右足を動かしてくれた。




突然だが、話を変えてもいいだろうか?


彼女の今の服装についてだ。

彼女が今着ているのは奴隷店で与えられていたワンピースのような造りの服だ。ズボンではなくシャツとスカートが一体化している服だ。知ってる?


伸ばした足の隙間からそんなワンピースの中が見えないように右手で裾の部分を押さえている。分かる?


分かるかな?

それが逆に良いということを!


見えないのがむしろエロい!

覗きたいという欲望が想像を駆り立てるっ!


顔を上げて彼女の顔を見たい!

一体、今、君がどんな顔で俺を見ているのか知りたい。


恥ずかしがって頬を赤らめているのか……良い!

それとも怪訝な顔で睨み付けているのか……それも悪くない!


そしてどっちだとしても今だに信用できずに怪しんでいるはずの俺に、恥ずかしさを圧し殺して素直に足を委ねてくれていると思うと……この罪悪感っ!


良いスパイス使ってる!効くぜ!



(………あかんあかん。集中集中。)



欲望に負けて彼女の顔を見ようものなら採寸に集中していないことがばれてしまう可能性がある。それは良くない。なぜなら今後、彼女と良好な関係を築くには今が大事な瞬間だと馬鹿でも分かる。


焼き切れそうなほど熱を持ったシナプスを抑えて目の前の肌に集中……したらしたで邪な気持ちが湧いてくる。くそ。無限ループかよ。


邪な気持ちなどない。

下心ナッシング。

あくまでも俺は採寸のためにこの肌に触れている。


それを証明するためにも耐えるのだ


そう、今、手の平に感じるすべすべの感触。

実はこれは足ではない。そうだろ?足ではない気がしてただろう?



木だ。


木材だ。


高級なやつ。


俺はそれを測る計測師。いや計測機に過ぎないのだ。



「ふぅ……よし。」



落ち着いた。


落ち着いたはずだ。


見ろ!さっきほど手は震えておらん。


心を静め、メジャーを伸ばす。


「右木材の長さは……72cmっと。左木材は太ももの半分くらいから先が無いからマイナス15cmくらいか?ひとまず義足は57cmに調整するとして、あとは付けてみて微調整していくか。」


立て膝の姿勢から立ち上がる。


自ずと彼女に触れていた俺の手も離れる。


名残惜しい。


だというのに、俺が離れるやいなや瞬発的に彼女はババっと右木材をワンピースの裾に隠してしまう。


「………」

「………」


まだまだ絶賛警戒対象継続中。


(むぅ、ショック。まぁ、恥ずかしかっただろうし仕方ない。顔はっと、あらら、背けてらぁ。)


残念ながら採寸中のご尊顔は拝見できなかったが、この様子から察するにおそらく恥ずかしかったバージョンと予想する。



ありがとうございます。

もちろん採寸に協力してもらってだよ?嫌だなぁ。


まぁ、そんな冗談はさて置いて。


「早速付けてみるか?立てる?君………」


(って、そういえばまだ肝心な事を聞いてないじゃん。)



「君、名前は?そろそろ教えてくれないか?」



採寸までした仲だよ。

さすがに名前くらいは教えて欲しい。


(あ……そういえば"あれ"ってもしかしてそういう意味か。)


奴隷店の購入手続きをしている時に支配人が言った台詞が頭を過る。


『奴隷の名前ですか?それはご自身で聞いた方がよろしいかと。』


そう言っていた意味が今、なんとなく分かった。


自己紹介はいわば奴隷主である俺の初仕事なんだろう。

「名前も聞き出せずに奴隷を手懐けようなどと片腹痛いわ!」という支配人の試練とみた。


って、おいおい。

だとしたら一般人には難易度高ぇよ。


だって見てくれよ。

彼女は未だに目を背けたままだよ?


せめて説明書つけろや。


よーし、分かった。もう諦めてオレが名前つけたろ。

言わない君が悪いんだ。俺の絶望的なネーミングセンスに驚嘆するがいい。そうだなぁ。何がいいかな。奴隷のドレ子ちゃん…は流石に酷すぎる。



「…………ナナイナ」



いいね。その名前!

よし。今日から君はナナイナだ。って、え?



「お、おぉ?おおっ!!」



答えてくれた。なにこれ、感激!!マジかっ!?



「ナナイナ!そうか。ナナイナだな。ナナイナ!よろしく。よしよし。ナナイナ。じゃあ早速、この義足を付けてみたいんだけど…いけるか?ナナイナ?」

「そんな、何回も呼ばないでよ…私は大丈夫だけど。早速って、今から?調整するんじゃないの?」


「おう、調整するぞ。まぁ、任せろ」


◆◇◆◇◆


「任せろ、ナナイナ。」


彼、確か名前はコウメイと言っていた。


コウメイは手を伸ばし「触るぞ?ちょっと姿勢を変えるからな。」と確認を取った後で私の腰に手を回して、ふかふかの椅子の背もたれに私の背中を預けるような位置に変える。


その手はとても震えていて気丈に振る舞っていても怯えているのがすぐに分かった。



(そりゃあ、こんな身体じゃ気味悪いよね。)

 


まるで私に手足が無いことを気にしていない風のコウメイも内心じゃ役立たずの気持ち悪い奴とか思っているに違いない。今まで会った誰もがそうだったように。


(でも)


彼が少しだけ違うのは今まで誰も触れようとしなかった私の左足にそっと触れたことだ。あまりに躊躇いもなく自然に触れるもんだから、私が逆に息を呑んでしまったくらい。


「ん」


だから足に伝わる他人の体温は味わったことの無い感覚だった。恥ずかしくて声が漏れる。


―――我慢だ。


今のところは変に触られてないし……約束を守ってくれている。だから、これ以上変な場所には触れないはず。たぶん。きっと大丈夫。すぐに終わる。



――――我慢、我慢。



気を散らそうと視線を動かせばコウメイが私の左足に触れているのとは反対の手で義足を持ち、私の足が失くなった箇所に近づけて来るのが見えた。



そのまま、ゆっくり、ゆっくりと私の左足に近づいて来る。あと、少しで……



「ひゃぁっ!?」

「おっと。すまん。冷たかったか?」

「あ、うん……冷たかったけど…思ってた感触と違ってて」


ヒヤリとした感覚。でも私が驚いたのはその感触だ。


てっきり義足とは硬い物かと思ってたのに、左足に感じたのはプルっとした柔らかさ。


「すぐ慣れると思うけど、嫌なら一回離す?」

「あ、その……大丈夫、だと思う。びっくりした、だけだから。」


最初は驚いたが肌に触れたプルっとした冷たい感触はすぐに私の体温と馴染んで違和感がなくなった。


「良かった。じゃあ続けるぞ。ナナイナ?魔力って使える?」

「魔力?そりゃあ使えるけど…どうして?」

「義足との接続部分。左足の先端に魔力を流してみてくれないか?」


魔力を流す?

接続部分ってことは、要は左足に魔力を流せばいいってこと?


私の左足と義足の接地している部分を見る。


(できるかな)


そういえば、左腕と左足を失った日から身体に魔力を流すなんて久しくしてなかった。



――身体の中にある自分の魔力に集中する。



(ん……大丈夫、魔力の流れは分かる。)


身体を巡る魔力を自覚する。

それは血液の流れが如く、全身を回っている。


それを左足に集中させてみる。

次第に魔力の流れは意識を持ったように徐々に徐々にと移動していく。


足を失う以前ならこのまま足先まで魔力を通わす事ができた。

だけど、今は絶たれた太ももから先へは届かずに途中で止まってしまう。



「え?」



はずなのに、いつもと感覚が違う。


ううん。そうじゃない。


いつもと同じ感覚なんだ。


違う。違う。違う。


いつもじゃなくて…、あの頃と同じ……感覚だ。


「どうだ?順ちょ…う、って聞かなくても、か。」



魔力が、流れる。

細くて頼りないけど…確かに…間違いなく。


この感覚は、失くなった足に魔力が流れるのと……一緒だ。



これが義足?



……ううん。やっぱりあなたは嘘つきだよ。



だって、これは私の足だ。足なんだ。

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