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犬より猫派、というほど猫も好きな訳じゃない


動画を再生すると、


『グルゥ』


ネット評価なんと驚愕の星4.6な高性能スピーカーが重低音の唸り声を吐き出した。まるで本物かのようなリアルな不気味さに思わずビクッと肩が上がってしまう。現実世界では絶対買わないからって一番高いやつを選んだ貧乏性が裏目に出た。


 犬は少し苦手


小さい頃に追いかけ回されたトラウマはいい歳した今でもなかなか抜けないらしい……ならどうしてわざわざ犬の魔物(コボルトくん)を部下にしたのか、我ながら謎である


 うーん


まぁ大した理由も謎もない。異世界で最初に見た魔物がコボルトだったから魔物=コボルトっていう固定観念があるだけで別に拘りがある訳じゃない。フォルムチェンジをしても構わない。


……んだけど、あーでもないこーでもないと目に見えない箇所にまでカスタマイズを施した物に愛着が湧かない訳もなく。無闇に吠えたり乱暴に甘えたりはせず、二足歩行しながらカメラ片手に撮影もできる上に人語も理解し、本気出せば喋れる。家事全般を便利家電も駆使しつつこなし、アナログ掃除もできる、ってそれはもはや犬じゃないから問題ないのだよ。Q!E!D!


 ………


俺は一体何の話をしてるんだ?

野郎のトラウマ談話なんて誰が喜ぶんだよ。燃やせ燃やせ。


今、肝心なのはコボルトくんが唸った理由だ。


色々な便利機能がある彼の最も大事なお仕事は戦闘において犬以上の嗅覚と聴覚で不届き者を索敵すること。


唸り声はそんなターゲットを見つけた合図だ。

場所はコボルトくんが握るカメラの視線の先、スクリーンに写し出されたウルド平野を抜けた先にある森らしい。足元から伸びる何かを引き摺ったような跡も一本残らずその深い森に飲み込まれているから間違いないだろう。だとしたら…


「ゴブリンの死体が少ないのはそういうこと、か」


物騒な内容とは裏腹な凛とした鈴のような声がスピーカー越しに鼓膜を揺らす。森に続いてスクリーンに現れた声の主は淡い褐色の肌にお似合いの赤色の眉を訝しげに潜めた半炭鉱婦(ハーフドワーフ)のナナイナの姿だ。


 あ


話は変わる上にどうでもいいんだけどビデオとかで客観的に自分の声を聞くと「え?これって本当に自分の声?」って驚くことない?あれなんなんだろうな…いや、本当にどうでもいいんだけどさ。


『グルッ』

「っ!?悪かったって」


アホな話題の脱線に突っ込むようにコボルトくんがテノールな唸り声をバスに変えてくるもんだから、社会人の悲しい性かな、思わず誰もいない部屋で1人謝っちまったじゃないの。多機能にも程があるだろ。これって録画だぞ?だよな?


 兎に角


現状から言えることはナナイナとの戦闘に辛うじて生き残ったゴブリン達が取った行動は復讐に燃え勇敢に戦闘を続行してやろうでもなければ、情けない…と自分を責めながらも命惜しさに一目散に逃亡する、でもなくなんと仲間の亡骸だけでも家族の元へ持ち帰ろうという涙ぐましい見上げた行い。


 だったら感動するけど


それはちと考えにくい。そもそも魔物にそんな発想事態があるとは思えない。あるとすれば…埋葬?いや、糧に?どうだろな。


ただ言える事はあの森には不気味な厄介ごとが潜んでいるということだけ。つまるところ、もしかしたらこの行動は自分(ゴブリン)にとって有利な戦場に(ナナイナ)を誘き寄せるために敢えて、という可能性もある。


 触らぬ神に祟りなし


だから森は気になるとはいえ、撤退するのもありな場面だ。

それは賢いナナイナも承知のはず。もうぶん殴って唾を吐きかけてるも同然の相手に触らぬもクソもない訳だが。


さて、その上で彼女の決断はといえば…聞くまでもないらしい。


行くよ、と言わんばかりの深紅の瞳が俺を見ていた。


「さぁ、行くよ」


実際にこう言ってるし。

まぁ、そもそも収録された映像がここにある段階でナナイナが森に入ることは既に知っていたんたけど。


「……ふぅ」


ただし、俺が詳しく知るのはここまで。


 ゴブリン


それは確かに頭は悪いが小さな身体で大の大人を相手取る存在だ。

知能が低いのは逆を言えば、後先を考えない無謀さを兼ね備えているとも言える。


それが森などという死角が多い戦場で上下左右から襲ってくる。


 普通に考えて、怖ぇな。

 やっぱり止めた方がいいんじゃない?


と、思うがやはりそれでも最弱の魔物だ。

今のナナイナにとっては大したもんじゃない。


の、はずだ。そのはずなんだよ。


「だからこそ本当は止めたいんだけど…」


ナナイナが森に進んだ結果を断片的に知っている俺の本音だ。

でも、そんな思いが映像の中のナナイナに伝わる訳もないので、結局無理な話。


だから勝手に場面は移り始め、森がぐんぐん近くなる。

仕方ないと、酔いそうな移動シーンは ▶▶▶ だ

ナナイナとコボルト君はめちゃくっちゃ足が早い。



【 ▶ 】



「ここ、だね」


コボルト君に先導される形で到着したのはウルド平野の先に広がる森の入り口、と言っても分かりやすく看板が立ってる訳じゃないけど。木と木の間が踏み荒らされ、地面がならされている箇所がある。よく見れば血で濡れた草が…


『ギャッ!』

「んっ!」

『ヴッ!?』


視線を向けた木の影から躍り出たゴブリンを棍で打ち払う。

うん、残念。せめてもう少し私が近づいてからか視線を背けた時に出てくれば良かったと思うけど?


元々、敵がいるつもりで来ているのにそんな微妙な不意打ちもどきが通用する訳ないじゃない。やっぱりゴブリンの頭の中はいまひとつみたい……。


「……いる、ね。酷い匂い。」


ゴブリンが、じゃない。あ、ゴブリンはいるんだけど。


さっきまでのゴブリンは触れるだけでも致命的な棍の猛威に闇雲に突っ込んで来るだけだった。たった今の奇襲もかなりお粗末。どれも頭が悪いと言われるゴブリンらしい行動だと思う。


じゃあ、死んだ仲間を引き摺って森に逃げる行動はどうかな。

ゴブリンの生態に詳しい訳じゃないけど、それは"らしくない"行動な気がする。だとしたら…


「流石にちょっと緊張する。」


森から漂ってくるのはゴブリンの体臭をまとめてぐっと集めて濃縮させたような濃い匂いだ。それが充満しているのが分かる。潜んでいるゴブリンの数はさっきより多そう。


なのに、ゴブリンの声どころか他の動物や虫の音が一切聞こえない。真っ暗な森はまるで一匹の大きな生き物が口腔を開けているかのようだった。


 何かいる


きっとゴブリン以外の頭を持った何かがゴブリン達のらしくない行動と、この不気味な静寂の正体だろう。


「そう思うとさっきの奇襲も親切に"ここが入り口"って教えてくれた、かも?」


すっごくいらないおせっかい。


そんなものがなくても死体を引き摺った後もあるし、コボルト君達の索敵のおかげでここまで辿り着けられた。


「何はともあれ…強敵だ。」


少なくともこれから戦うことになる敵は"考えられる"ということ。数に物を言わせることしかなかったゴブリン達とは大違いだ。


「ふぅ……よし。」


だけど不思議と不安はない。

緊張感も程よく身を締め、高揚感を包み込む。


棍を握る腕には力が漲っている。

地を踏む足もしっかり体重を支えてくれる。


どっちも私の大切な人がくれた宝物。

こんなに心強い事はない。


報いる成果がある場所にどうして躊躇いなどあるものか。


「行くよ。コウメイ様。」


◆◇◆◇◆


「いた」


匂いの元を頼りに森を進むとゴブリンよりも二回りくらい大きい巨体が木々の隙間から私を睨んでいた。背中を猫背気味に丸めているから実際はもっと大きいかもしれない。


「確か…ホブゴブリン?」


それはコウメイ様から"いるだろう"と聞いていたゴブリンの上位種。

群れの親玉らしい威圧感はなかなか。血走った瞳に口から滴る赤黒い液体が…。


「すいぶんと栄養のある物を食べてるね。でもそのおっきな身体で避けら…」

『ギィギャアーー!!』

「とっ!?」


跳べば一息で詰められそうな距離を失くそうと力を込めた矢先、森中に響く叫びを上げたホブゴブリンに合わせるように茂みからゴブリン達が飛びかかって来た。


数は…


「今更3匹でどうなるっ!!」


棍をぐるんと身体の横で縦に回転させ、伸びてくるゴブリンの腕をまとめて弾く。苦痛に歪むうち一匹の顔面を上から叩き割り、そのまま身体の反対側へ持ち換え、もう一匹の顎を下から打ち上げる。


「のっ!」


最後に正面のゴブリンの頭を狙った打撃は…残念、寸前でずらされ頭への直撃は避けられたけど、横にずれた棍は肩にぐっとめり込み地面にゴブリンを叩きつける。


さぁ、これで…


『ギィアァアッ!!』


更に強く叫ぶホブゴブリンに続いて性懲りもなく茂みから追加で5体のゴブリンが躍り出る。


「ちぃっ!」


対して、地面すれすれに身体を屈ませながら棍を背中で一回転させ周囲を打ち払う。手応えからして…2、3匹…あと2匹


ガサリ、と草を踏む音を目掛けて棍を突き出す。

私の身長くらいある棍に腕の長さが加われば、その間の距離はないも同然。


ゴキリ、とゴブリンの首から鈍い音が棍を伝わって聞こえてくる。


(次っ)


そして、最後の一匹。

端を握った状態の棍を力任せに振るう。


風を切りながら、棍が最後の一匹の側面へと迫る。


そして、肉が潰れる音が…

 


  『カンッ』



反して耳に入ってきたのは乾いた音だ。

硬い物同士がぶつかったような高音。


  何、が


と思う間もなく右腕にビリッと痺れる感覚が広がり棍が地面へと吸い寄せられる。


それが棍が手から離れて落ちただけと気づいた時には、


『ギャハァアッ!!』

「!?」


目の前に深緑の巨体があった。

カラリと棍が落ちるよりも早く、もう聞き飽きたホブゴリンの叫び声に耳が犯される。


 塞ぐ間はない。


間近にあった口を裂いたように嗤う不気味な顔。

その向こう側から迫る太い腕の方が先だ。


 「きゃうっ!?」


 強い衝撃


舞う鮮血と一緒に吹き飛ばされる意識の中、『グシャ』っと潰れる音がした。


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