それでも奴は四天王の中では最弱
不定期とはいえ、1ヶ月以上更新できないとは情けない。
にも関わらずその間もブックマークを頂けて大変感謝です。
では本編どぞ。
「はい、おつかれっ!」
よくコウメイ様が作業終わりに口にする台詞を試しに真似してみる、うん、確かに一仕事終わった感がある。悪くない。
そんなことを考えつつ杖代わりにした【接続棍】に体重を預け「ふぅ」っと一息吐き、辺りを見れば目に飛び込んで来るのは草の緑と土の茶が赤く濡れて斑模様に彩られている景色だ。どこもかしこも緑赤茶赤赤赤々ちょっと黒ずんだ赤……空はとっても綺麗な青色。
つい視線を反らした先、私の上には僅かに雲が浮かぶだけの清々しい青空が広がっている。それはかつてゴブリンだったモノが撒き散らかされた酷い有り様の草原とは大違いで、このまま鳥にでもなってあの青色の中を飛んだらさぞや気持ちいいだろう。
「なんて現実から逃げてもなぁ………どうしよう」
魔物の死体
それは下手したら生きてる魔物よりも面倒な…例えるなら呪物と言える代物だ。
放置された魔物の死体が一転して不死のゾンビとして蘇り生者を食らうなんてよくある話だし、そうならなかったらならないで魔物の血や臓物で穢れた土地や動植物が魔物になることもある
……らしい。
聞いたことがあるだけで見たことがある訳じゃないんだけど。
兎に角にも、大事なのはそんな厄介物があちらこちらに盛大に撒かれているということ。それを放っておかない方がいいとは分かっていても、一人じゃ片付けられそうもないってこと。
私に戦って欲しいと言ったご主人様だ。その結果であるこの惨状を怒ることはない、とは思うけど何事にも限度はある。犯人ですら"やりすぎ"という言葉が思い浮かんだ光景に……ちょっと自信ない。
お腹がイガイガしてくる
かと言ってふよりと浮かぶあの雲みたいにここから逃げ去る訳にもいかない。本当にどうしよう。
「むぅ~~~…ん?…あれ?」
無駄とは思いながらも頭の中に打開策を探していると、ふっと代わりに見つかったのはとある違和感だ。そのまま促されるように散らかりきった草原へと視線を戻『バゥ』「ぅわっ!?びっっっくりした!?」
何!?まさかゴブリンの生き残り!?
不意の後ろからの声(?)にドキリと跳ね上がる心臓に急かされるように慌てて振り返る……と見覚えのある毛むくじゃらが私を見つめていた。その悪気の欠片もないつぶらな瞳に「もうっ」と苦笑いしつつ、驚かされた仕返しとばかりに少し強めにその頭を撫でる。
「こいつめぇ、よくも驚かしたな。それからコボルトくんもおつかれ。」
コボルトくんこと二足歩行が特徴的な犬の異形はやや乱暴な労いにも関わらず気持ち良さそうに目を細める。その仕草がなんとも可愛い……かわ……それなりに力込めてるんだけど?
ちょっと悔しかったので更に力を込めてうりうりとしてみる。
『バゥ…』
「ふふ、参った?」
余裕気なコボルトくんが鬱陶しげに唸る様子に、よしよし満足。
そんな戦闘とは違った達成感に滲む清々しい汗を拭いつつ、思い出すのは裏腹に苦い記憶だ。
◆
『グルゥアッ!!』
それは大きく開かれた口に綺麗に並んだ凶悪な牙。
それは獲物を逃がすまいと的確に命を狙う血走った瞳。
それは振り抜かれる小柄な体躯に不釣り合いな大きな腕。
まとめると手加減など知らない訓練中のコボルトくんの姿だ。
それはまさに獣、いやあれはケダモノだった。間違いない。
迫る野生の殺意に無意識にブワッと吹き出る冷や汗を振り払うように我武者羅に振るった棍は何故か空中でくるりと躱され……殺、死……殴られただけだ。
え?あ?死…んでない!生きてる!
良かった、助かった!
って、馬鹿!違う、これ訓練!開けろ、眼!
視界の隅に僅かに見えた黒い影を目掛けて殴る、が当然躱され、足を蹴られる。ジンジンする足で何とか蹴り返しても飛んで躱され、崩れた姿勢を突くように叩かれ床に転がされる。繰り返し、繰り返し、何度も、何度も。
もう本っ当に手加減を知らない。正直、万全な状態の今でも勝てる気がまったくしない。まぁ、おかげでゴブリン達には臆せずに挑めたけど。
◆
「ふふ」
そんなコボルトくんがコウメイ様の命令とはいえ今は私に為されるがままなんて…もう少し撫でちゃおうかな。
「…む?」
だのに、ここぞとばかりに伸ばした腕はコボルトくんのふさふさの腕に遮られる。なんでだろ?訓練中じゃないからやり返せないよね?反抗する意志がある訳もないし。
コボルトくんの思わぬ仕草に首を傾げる私の目に映ったのはコボルトくんの腕…の先に握られたこれまた見覚えのある黒い箱だった。
箱と言っても色々くっついてるけど。特に真ん中にある丸いおっきな硝子がなんとも興味深い。こんなにつるっと滑らかに削り出す技術は素晴らしいの一言だ。箱の名前はえーっと、確か………そう『びでおかめら』とか言って……あ。
「っ!?待って!?もしかして今の全部撮ってる!?寄越…待っ!?」
目的地をビデオカメラに変えた腕はくるりと翻るコボルトくんに華麗に躱されてしまい、何も掴めない。2度っ、3度っ。掠りもしない。
それは今の今までされるがままの姿じゃない、訓練中の容赦無し状態だ。
反撃はない。だから、痛くもない。避けられるだけだ。なんともない。
「それっ!ちょっと!!こっちに!ちょうだいっ!てばっ!!」
『バフ?』
コボルトくんは私の声に見向きもせず、ただひたすらに撮影を続けるだけ。慌てふためく私を。ひらりくるりと。
「いやぁ!もう止めて、恥ずかしい!」
いや、攻撃は受けている。心だ。
コボルトくんに意地悪した邪な心を責められている。
コボルトくんに遠慮はない。加減もない。気遣いなんてもっとない。
早い、素早い捕まえられない。なのに何でビデオカメラの視線は的確に私を捉えたままなの!?
さて、ここで何故か
答えは簡単。彼もまたナナイナと同じくご主人様に命じられているからだ。それを死んでも守る。ただそれだけ。
『コボルトくん。君の仕事はナナイナの戦う姿を余すことなく撮影することだ。おーけー?全て完璧に一欠片も逃さず隅から隅までずずずいーっと、ね。』
『戦う姿を余すことなく』
『戦う姿を』
『戦う』
『たたか』
「違うのっ!!コウメイ様っ!コボルトくんを苛めてた訳じゃなくてその、あの、違うのっ!違うのっ!!ちゃんと戦ってたのぉ!!」
「撮影、ヨロシクね」なんて言ってたちょっと前の私が憎い。
心なしかほくそ笑んでるように見えるコボルトくんを負けじと追いかけ回すがやっぱり追い付けず、いつまでもビデオカメラの視線からも逃げられない。つまり未だにこの醜態はばっちり撮られてるってことだ。
もう後には引けない。
こんな恥ずかしい姿をコウメイ様に見せる訳にはいかない。なんとかしてビデオカメラを手に入れないと。それが例えこの犬っころの命を奪うことになっても!
◆
「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」
『バゥ?』
「今だぁもうッ!」
膝を付く私に釣られたところを狙う作戦も失敗に終わった。
もう少しちゃんと心配してくれてもいいと思う。
確かに私はコボルトくんを執拗に撫でたよ?
だからってこんなに酷い仕返しすることないじゃない。この人でなし、いや犬でなし。絶対に許さない。まだ諦めない。負けるもんか。
ゴブリンと戦闘後の全力追いかけっこに乱れた息を整えつつ、再び視線をビデオカメラに向ける。そして身構えるコボルトくんを力強く指差す。
「はぁ…ふぅ……絶対にいつか勝って見せるから!」
ただ、今はどう頑張ってもこの愛らしくも憎たらしい犬には勝てないみたい。ビデオカメラに関してはもう諦めよう。この悔しさを糧にするんだ。勝手に見せたらいいじゃない!
「それに…」
実のところビデオカメラを止める方法はとっくに思い付いていたりする。
コボルトくんを追いかけ回したのは一重に悔しかったからだ。
コボルトくんのつぶらな瞳に悪意も敵意もない。何なら感情さえもない。あるのは綺麗な白目と黒目だけ。
だからコボルトくんに"逃げる"なんて発想は生まれない。
じゃあなんで逃げるのかといえば、そうするように命じられているからだ。どうして頑なに撮影を続けるかといえばやっぱりそうするように命じられたからだ。
『カメラは死守。戦闘が終わるまでは撮影を止めないこと。』
コボルトくんの手に握られているビデオカメラを見据えつつ、自分のご主人様の言葉を思い出す。
『ナナイナ。というわけで戦闘の様子はこれで撮ってるから、近くに俺がいなくても気にしなくていいぞ。ちゃんと後から観させてもらうよ。俺が近くにいたら足手まといで迷惑だろうしな。んで、もし戦闘が終わったら…』
「コボルトくんに伝えて、だったね」
だから別にコボルトくんを追いかけずとも一言、"戦闘はおしまい"って言えばいいだけ。そうしたら撮影はおしまいだし、何ならビデオカメラを手に入れることも可能かもしれない。
「コボルトくん」
『バゥ』
「お仕事だよ。【索敵】よろしく。特にあそこの森を重点的にね。」
『バゥっ!!』
ビデオカメラを私に固定しながらも、鼻と耳をヒクヒクさせ始めたコボルトくんを尻目に改めて回りを見渡す……やっぱり違和感は勘違いじゃなかったみたい。
「やっぱり少ない」
もちろん空に浮かぶ雲がじゃない。
棍の手応えに対して、散らかるゴブリンの死体の数が、だ。
理由は明白
死体を引きずった跡がある。ひとつやふたつじゃない。
そして血濡れた道筋が向かうのはどうやら一ヶ所らしい。
【 Ⅱ 】
そこで1度動画を止める。
【夢の工房】内に作った一室で画面を食い入るように見つめながら「ほぅ」っと息を吐く。どうも息を吸ったっきり集中のあまり吐き出すのを忘れていたらしい。ずっと食い入るように観ていたからな。
「ゴブリンとの戦闘シーンはここまでか。ちゃんと撮れてたよ。」
ナナイナが棍を手に立ち回る姿は派手で実に素晴らしい映像だった。もちろんおまけもね。ブラボー。どこにお金を払えばいいのかすぐに確認しなくちゃ。
傾けたコップからコーラを啜りつつ、たった今の映像を反芻する。
「まるで自分がそこにいるみたいだった」
現場にいられなかったことを後悔する気持ちはもちろんあるが、今の映像を見れば俺の判断は間違いでなかったと言える。
まず近くにいたら棍の巻き添えを食らっていたことだろう。
飛び交うゴブリンの死体の巻き添えになっていた可能性もある。
もしナナイナが振る棍が誤爆して当たれば俺は即死だ。
ゴブリンが命中しても大差ないだろう。
なによりこの映像の中に映り込んでいたら最悪だ。
野郎はいらないのだよ、野郎は。
その点、カメラ役を任せたコボルトくんは最高だ。
拍手を送りたい。本当によくやってくれた。
無駄に身体能力が高いのは何もナナイナの訓練のためだけではないのだ。
的確に、かつ素早くモデルを捉えることができるのは世界広しといえど彼くらいなものだろう。戦場カメラマンと比べても月とスッポン…いやミシシッピアカミミガメに過ぎない。
それに言い方は悪いがコボルト君達なら死んでもいくらでも甦らせることができる。適材適所というやつだ。その特徴を生かして、念のためにもしナナイナがピンチになれば身を呈して守るようにとも命令していたがそれも無駄に終わって何よりである。
「ただ、まぁ、それもここまで、か」
たった今、潤したハズの舌がパチパチと弾ける炭酸の余韻と一緒に乾いていくのが分かる。
「さてさて、ここから何があったか分かればいいけど…では」
【 ▶ 】




