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8種野菜のビビンバ丼

評価頂きありがとうございます!

「もう一口どうだ?」


器から一口分を掬ったスプーンを指し出す。


小さな空間に野菜とそぼろ肉とご飯をバランス良く乗せた自信作、を何とも言えない表情で見つめる彼女の意図は……うん、分かりかねる。


不意を突いてスプーンを口に押し込んだのはちょっと乱暴だったな、と反省せずにはいられない。


(だけど、あの警戒心MAXの状態で素直に食べてくれるか分からなかったし仕方ないとも言える。少なくとも味は良いはず。)


なぜならこの『8種野菜のビビンバ丼』には企業努力がたっぷり詰まっているのだから。


(あ、でも異世界人の口に合うのか?)


食わせてから急に不安になり、恐る恐る彼女の表情を伺う。


吐き出すこともなくモグモグと口を動かしている。

目はといえば、これでもかと見開かれている。


(味わっている気もするし、不味そうにも見える。それとも怒っててそもそも味なんか感じてないとか?)


いきなり口に物を突っ込まれたら驚くなり怒るなりで目を見開くのも無理はない。いや、でもあまりの美味しさに驚愕してる説もあるんでね?


……そう思いたい。


少なくとも吐き出さないってことは不味くはないってことだよな。だよね?ですよね?


「えっと、もう一口食う?」


この『8種野菜のビビンバ丼』


豆板醤の辛さの中にそぼろ肉と各種野菜の甘み。

更にモヤシを初めとした野菜達の心地よい歯ごたえ。

更に更に白米の中に混ぜられた玄米は野菜とはまた違った食感の変化をもたらし、健康面への気遣いもばっちり。


一杯で十分な満足感を得られるこの商品はマジでオススメ。

そして何が一番素晴らしいって全国どこのコンビニでもこの味が楽しめるって事で……


「どうして」

「ん?」


ごくりとビビンバを呑み込んだ口が発したのは旨いでも不味いでもなくそんな台詞だった。


「どうしてって何がかな?」


本来、この世界にないはずの『8種野菜のビビンバ丼』があること?それを無理やりスプーンを口に突っ込んだこと?


「なんで」


なんで?

俺が君を買ったこと?


「どうして……死なせて……うぅ」

「………」


どうして、死なせて?


あのまま死ぬまで奴隷店に放っておいてくれなかったのか、ってこと?


「君はあそこで死にたかった?」


「誰かに買われて酷い扱いを受けるくらいならあそこで死にたかったか?」



沈黙は肯定、か。



なるほど。ふーん。






えぇ、重くないか?

マジかよ。これってどうしよう。


腕組みをして天を仰ぐくらいしかできることがない。


(困った)


本当に世の奴隷主さんたちはどうやって買った奴隷のカウンセリングをしてるんだ?本当に単位が欲しい。割りと本気で「猿でも分かる奴隷学入門」とかいう本でも探して1から勉強した方がいい説。


もちろん俺だって別に軽い気持ちで買った訳じゃないよ?

いや、まぁ。結局、軽い気持ちだったんだろうなと今まさに痛感してるところだけど。


自分の趣味のために奴隷を買うなんて、さ。

後悔先に立たずとはまさにこのこと。


(………それにしても伏せ目気味のこの娘の顔……良い。)


良く見れば髪色と同じ赤みの帯びた睫毛はとても長い。その下のちょっとつり目がちの強気な瞳が印象的なのに、それが自信なさげに俯いているギャップ……堪らん!


「……………?」


「っと」


あかんあかん。

思考がどこぞにトリップしてしまった。

今はそれどころじゃない。



あーっと。そうだな……



「少なくとも俺は君に酷いことをするつもりはないよ。嘘じゃない。嫌なことは嫌って言ってもらって構わないし、したくなければしなくていいし。それに自慢することじゃないけど、俺ってばすげぇ弱いんだ。だから、君が本気を出せばやっつけるのも簡単なばずだぜ?だから安心して。あはは。」



嘘じゃない。

酷いことは…結局することになるかもだけど、嫌なら止めていいのは本当だし、俺が弱いのも本当だ。我ながら情けない話だがマジで事実だから仕方ない。


奴隷店で聞いた話だと、この半炭鉱婦(ハーフドワーフ)の少女の力は普通の人間と比べるとかなり強いらしいとのことだ。つまり、腕がなくても俺なんか指先で、ぷしゅんだろう。


だから、俺の事なんか怖がる必要なんかないんだよ?


(と言っても信用できないわな。あらら。また顔を埋めちゃったよ。これは美味しいご飯作戦は失敗に終わったか。)


1つしかない膝に顔を隠す彼女をもうどうしたらいいもんか分からない。


(はぁ。これから心の距離を縮めていけたらいいか……縮まるといいなぁ。頑張れ、俺。負けるな、俺。)


「(ふむ)」


そんな彼女を見ているとなぜか無性に"そう"したくなった。


伸ばした手が彼女の頭に触れる。


「っ!?」

「うぉっと」


瞬間、彼女はビクッと怯えるように肩を震わした。

慌てて頭から手を離す。


「すまん。すまんすまん。さすがにボディタッチはまだ早かったな。ごめんな。あーっと、これ、置いとくから気に入ったんなら続き食べて。」


近くの机にビビンバ丼を置いて立ち上がる。


(しまった。ゆっくり心の距離を縮めると言った傍から手を出すとは情けない。)


慌てて部屋を後に反省する。


(う~ん、ご飯作戦がダメならどうすっかなぁ。時間が2人の距離を縮めてくれる可能性に掛けるしかないのか。ともあれこのままじゃ生活するのも大変だし、予定通り"あれ"の作業を進めますか。今のままだと出来上がったところでだけどさ。とほほ。時間もギリギリだ。)


◆◇◆◇◆


私を買った男が部屋から出ていったらしい。

コツコツと鳴る足音は遠ざかり、次第に聞こえなくなった。


埋めた顔を上げると案の定、人影はない。

安堵に息が漏れる。


「びっくりした……やっぱり嘘だったんだ。」


あいつは私に酷いことをしないと言った。


なのにすぐさま本性を現して私の口の中に訳の分からない物を押し込み、あまつさえ頭を殴った。


痛くはなかったけど……ううん、そんなの関係ない。

殴った事実は変わらない。



私が思い通りにならなかったからだ。



(さっさと済ませて欲しい。)


どんなに優しい言葉を掛けられようと、私がお前に懐くことはない。だから早く性欲の捌け口にでも使って手放して欲しい。そして元いた牢屋に戻りたい。


買われてすぐに返品されれば奴隷店の連中はどう思うか。

まず間違いなく私の事を役立たずと判断するはずだ。


そうすればすぐさま私の事を安らかに処分してくれるはずだ。


「うっ」


身体が震える。

涙が出そうだ。


怖くない。死ぬのなんか怖くない。

このまま生き続ける方がよっぽど怖い。


だから。だから。だから。大丈夫……



『くぅ~』


「ぇっ!?」


突然の音にお腹を押さえる。


「お腹………………空いた」


一度、空腹を意識をすると待ってましたと言わんばかりにお腹の真ん中あたりがきゅるきゅる、きゅるきゅる鳴って訴えかけてくる。



(お腹が空くなんて久しぶり)



奴隷店の檻の中では最低限の食事は出してもらえたが"美味しい"食事というのは記憶がない。あくまでも死なない程度の食事は味気なく、食べ物というよりは味のない砂や泥に近い物だった。



そのせいかしばらく食欲という物を忘れていた。



(美味しかった、な)


だから、何かを食べたいなんて感覚久しぶりだった。

ううん。あの味は生涯で始めての美味しさだった。


暖かい食事なんて久しぶりだし、舌先にピリッと感じる辛味も初めてだし、食感のある野菜なんかやっぱり初めて。あんな質のいい肉の味に比べたら、私が今まで食べていた物は本当に砂か泥だったのかと疑いたくなる程だ。




思い出すと、口の中に唾液が漏れてくる。止まらない。




 『ゴクッ』




視線を動かせば机の上に白い容器が置かれており、今だに中から上がる湯気がいい匂いを運んでくる。


「ん」


手を伸ばすと届く距離に置いてあったそれは気づけば目の前にあった。


「温かい」


容器から手の平に伝わる熱。

膝の上に乗せると身体まで暖まる気がする。


スプーンを手に持つ。


ほんのり赤く染まった艶々の粒々。

細かく切られた色とりどりの野菜はしっとりしなやか。

茶色の粒々は……お肉かな?キラキラ光って見える。



 あん



「はぅ……あぁ……美味しい。美味しい……あむ。」



温かい。甘い。辛い。美味しい。

柔らかくて堅くて噛むのが楽しい。楽しい。


もう一口。


「あむ。ん。」


もう一口だけ。


もう一口。もう一口。


手が止まるまであともう一口だけだから。


これでおしまいにする。絶対。

この一口で。こんな得体の知れないものなんかこれ以上食べてやらない。



「これでおしまいなんだから、だってもう無いし。あ、一粒、残ってる。あむ。ふぅ、美味しかった、けど…」


物足りない。もうちょっと食べたかった。

でも、こんなにたくさん食べたのは初めて、かも。



「ふぅあ」



あれ?なんか、すっごく眠い。なんで?

このふかふかの椅子はなんて気持ちいいんだろう。

このガサガサの布とは大違い。まるでふわふわの羽毛に全身を包まれているみたい。

  

「…って、ダメ!すぐにあいつが、帰って……来る……ん、だか、ら………寝たら、何されるか……ぅ……すぅすぅ……ぅゃ」

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