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朝焼け不穏に気分は上々

更にブックマークに評価まで頂きありがてぇありがてぇ


不定期更新にも関わらず、引き続き読んでくださる方がいるのも本当に感謝です。今後ともよろしくお願いします。


では、本編どぞ。



熱気の中にいる。


そう錯覚してもおかしくない程に周りの同族は興奮していた。

遮蔽物も天井も無いはずの平野には腐った息と酸っぱい汗の臭い、そして食欲と性欲が重い煙のように充満していた。あぁ、なんて心地がいいのか。


右を見ても左を見ても真っ赤に充血した眼で獲物がいる村を睨み、僅かな理性を保つために荒い息を吐いている連中ばかり。仕方ない。仕方ない。人間共がたくさんいる村を襲う直前に気持ちが高ぶらないはずがない。今すぐに殺したい。早く犯したくて喰らって壊して蹂躙したい。


唾液が溢れ、血が沸き、脳が震える。


あの村に戦える人間が少ないことは分かってる。見回りに出てくる人間共はいつも同じ顔ぶれだから間違いない。それを誰に聞いたかなんてどうでもいい。とにかくそいつらを真っ先に始末してしまえば村の人間は無力だ。しかもこれだけの数がいれば万全過ぎる。堪らない。負ける気など微塵もしない。奪うだけの立場。堪らない。


あとは合図だ。早く早く早く!

何のためにここまで来たと…?


『クキャ?』


不意に遠くで何か弾けるような音がした。


合図、か?鐘の音には聞こえなかった。

周りの連中も動かない。じゃあ…なんだ?


『グゥ……クキャキャ!!』


吹く風の中に糞尿の臭いが交ざっている。可笑しい。これは傑作だ。

どいつかが興奮のあまり漏らしたらしい。それで騒いでいたのか。自分もこれ以上焦らされたら次の瞬間には火照る身体が爆発しそうだ。


『ギャッ!!』


横を見れば同じように嗤っていた同族…いやもはや敵か。敵と目が合う。

その視線に激しくイラつく。何を見ているんだ、ふざけるな。お前なんか目の前に極上の狩場がなければ今すぐに殺してやるのに。


早い者勝ちはこの世界の常識だ。

誰よりも早く村に侵入して一番良い獲物を独り占めする。


そうなったら今は協力しているお前なんかただの邪魔者だ。分かってるのか?あぁでも、獲物を奪ってやるのも悪くないかもしれない。その瞬間を想像するだけで下半身が疼いて仕方ない。


もうなんでもいいから早く!早く早くっ!

後は合図を待つだけなんだ。


横にいる奴より一瞬でも早く合図を聞き取り飛び出すために、滾る欲情と息を抑え、耳を澄ます。


そして、終に待ちに待った合図が聞こえた。


「うわぁ。やっぱりめちゃめちゃいるよ。」

『ギャッ!?』


静寂の中に聞こえたのは間の抜けた女の声だった。

咄嗟に見ればそこには赤色の髪と褐色の肌をした女がいる。


なんでこんな所に女が?村の人間?


すぐに周りを見るが皆が同じように虚を突かれた顔をしている。

どうやら見覚えがないらしい。なら村の人間ではないのか。


こんな目立つ風貌の女がもし村にいたなら見逃す訳もない。なら、こいつは…


『たまたま通りかかった女』


それが分かった途端に場の空気が一転する。


『合図があるまで村を襲うな。』という命令に該当しない獲物が目の前にいる。


それは燻り溜まっていた欲望が噴き出すには十分すぎるきっかけだった。

すぐに同族の一体が跳ねるように女に跳びかかる。


『ギィ…』


一足遅れた事に奥歯を噛む。


あの女は重厚な鎧も武骨な武器も持っていない。

あるのは手に握った木の棒と腰からぶら下げた同じような棒が2本。そんなものがせいぜいの驚威だなんて、滑稽を通り越して哀れですらある。


あぁ、あの細く長い手足はひ弱そうで凌辱心を煽る。肌の血色は良さそうで女らしい魅惑的な身体は性欲をくすぐる。格好の獲物以外の何者でもない。


本当に残念だ。

さっき飛び込んだ奴が正解だ。誰よりも先に獲物にありつけるのが腹が立つほど羨ましい。だから、ほんの一瞬だけ哀れな女を玩具にするのに自分も混ざろうかと思った。


だが、諦めて視線を村へと戻す。


今更、ボロボロのおこぼれを貰っても楽しくはない。

そうだ。別に獲物はこの女だけじゃない。


あの村にも獲物はたくさんいる。何も焦る必要なんかない。 

そう思えば赤毛の女の嬌声も蹂躙の口火に丁度いい。


「とっ。まだ準備できてないんだからちょっと待って」 


ふと、女の声が聞こえた。

準備?襲われる獲物が一体何の準備を。お前はさっさと気持ちのいい悲鳴を上げて…


「ねっ!!」

『ギャバアァっ!?』


悲痛な叫びが聞こえた。どう考えても女の物じゃない。

予想外の断末魔に慌てて、振り返れば女が棒を振り下ろしたところだった。


その先端では自分と瓜二つの姿だった物が首から上を無くして地面に黒い染みを作っている。ついさっき嗅いだばかりの臭いを撒き散らしながら。


「ちょっと焦った」


女は棒の先端にこべり付いた肉の破片を振り払うと、腰に下げていた2本の棒を取り、繋ぎ合わせた。そのまま一度、二度と長く変貌した棒を身体の周りで回し始めれば、ひゅんひゅんと鋭く鳴る風切り音が女を取り囲む欲望を孕んだ息を上書きしていく。


『ギャギャッ』


それがどうしたというのか。伸びたからなんだ?

まるで武器のようだが、所詮はただの棒にあんな真似ができる訳もない。よくよく死んだ仲間の足元を見れば、間抜けにも足に草が絡み付いている。


運の悪い奴だ。躓いて転んで頭を打つなんて笑える。本当に間抜けだ。

慌てるからそうなる。転んで石にぶつけて割れるような軽い頭じゃ仕方ないかもしれないが。


他の仲間達もそんな馬鹿な死体を嗤う。間抜けだ、好都合だと。

さっきまで獲物を譲る気だったが、一番乗りが叶うなら話は別だ。


「………」


平野を包む嗤い声に女はすっかり怯えてしまっている。

囲まれ、逃げる機会も失いその場で動けずにいる。


あぁ、堪らない。

強張ったその顔を悲痛に歪ませたい。


『ギギャアッ!!』


本能に促されるままに雄叫びを上げ女に襲いかかる。

他の仲間も我先にとほぼ同時に動き出す。


『ア?』


顔の左側からとてつもない衝撃。


真っ暗だ。


一体、何が……


◆◇◆


(一度、本気を出しておいて良かった。)


後ろに流れていく景色を見送りながらそんなことを考えていた。


それは怒りに身を任せ、魔力がすっからかんになることも構わずに暴走しかけた深夜の出来事……いや、良くはないかも。やっぱり忘れたい。うん、恥ずかし過ぎる過去だ。できることならやり直したい。


とは言っても、良かったっていうのは本当なんだよねぇ。


自分の魔力の量、つまり自分の限界を知る機会はそうそうない。だって、そんなことして魔力が空になったら普通は死んじゃうかもだし、できるわけ…あれ?ならもしかして奴隷商にいた時にそうしてれば楽になれたんじゃ、……まっ、過ぎたこと。忘れよ忘れよ。


兎に角。


自分の魔力が全部でどのくらいあるのか分かったおかげで、こうして魔力を使う配分を考えられる。


「はっと」


そう思えばあの連中との一戦も無駄じゃなかったかな。少しは感謝をして…いや、ないかな。ないない。うん、なら悪いことと良いことが同じくらいってことでこの話はおしまいっと。今はそんなこと考えてる場合じゃないし。


「ひっと」


余計な記憶は流れる景色と一緒に後ろに放って、目下に迫る地面をもう一度左足で蹴りつける。そうして再び身体を浮遊感が包む中で体勢を保ちつつ、義脚への魔力調整にも集中する。更に2度、3度と同じく左足で地面を蹴っては翔ぶを繰り返す。右足?ごめんね、今は休憩してて。


「ふっと」


どんどん加速する身体に風が猛烈に吹き付け、髪は乱雑に乱れる。

服はたなびき、体勢を保つのもやっとだ。


(これはちょっと減速した方がいいかも)


このままだとすぐに魔力を使い果たしちゃう。それじゃあ夜中の二の舞だ。

例えコウメイ様に『全力を出せ』と言われたとはいえ、このままじゃいけない。


「へっと、ほっと…は、ははは」


分かってる。そんなことは十分に分かってる…けど!


魔力の配分がどうのこうのとか言ってた、たった今の話はなんだったんだろうと自分で笑えてくる。笑えて笑えて仕方がない。私は本当に馬鹿だ。


魔力を押し込んだ義脚で思いっきり地面を蹴れば今度は身体がめちゃくちゃな姿勢になるけど、構わずにまた翔んで、跳ねて、飛ぶ。


音を全部後ろに置いてけぼりにして、吐いた息と入れ換わりに冷たい風を胸一杯に吸い込んで……本当に風になったみたいだ。


 コウメイ様は凄い


この義脚を作ってくれたのはもちろんだけど、それを使いこなせるようにって私の身体も【夢の工房】で戦いに向いた理想の姿に調整してくれた。程よく筋肉が身に付き、痩せ細っていた時とは比べ物にならない活力が全身に漲ってる。


気づけば、さっきまで黒い点々にしか見えていなかったゴブリンの群れが一匹一匹の顔姿が分かるくらいに近づいていた。


つまり、いよいよ戦闘が始まるってことだ。


(緊張感はない。覚悟はしてきた。コウメイ様のために、私は戦える……なんて考えてたけど…ごめんね、コウメイ様)



距離を詰める最後の一蹴りと一緒に思いっきり息を吸い込む。



「全っ部どうっでもいい!ああっもうっ!!本っ当に気っ持ちいい!!!」  



戦うとか戦わないとかどうでもいい!これはもう無理でしょ!気持ち良すぎるよっ!


だって、だって!

風より速く駆けて、子供みたいにはしゃいで跳ね回っても息切れ1つしない。ついこの間まで自分で立つこともできなかった私がだよ!今、この瞬間、私は誰よりも速くて自由だ。なんにでもなれる気がする!


コウメイ様のことをちょっとだけ忘れるくらいに楽しくて仕方がないんだ。


『ギ?』


つい叫んだ私に反応したゴブリンが首を捻るのが見えた。


「さぁ、いくよ」


なら、浮かれるのもここまでだ。


『最初の一発は全力で』


きっと言われなくても、そうしてた気がする。

高揚しすぎたこの気持ちで手加減するなって方が無理な話。


『ギギィ!』


翔ぶ勢いそのままに腰に携えた"とっておき"に手を掛ける。


そして、ゴブリンがこっちを完全に見据える直前。

私の目と鼻の先にまで迫った瞬間にそんなゴブリンの目がけて全力で腕を振り抜いた。


まさに高速。もちろん、最弱の魔物ことゴブリンの頭はなす術もなく潰れる。





「え?」





予想外の出来事に慌てて速度を殺し、立ち止まった身体が軋む。


「嘘、でしょ?」

『ッ…』


立ち尽くす私の目の前には赤黒い液体をコポコポと溢し、ピクリとも動かない頭"半分"のみが潰れたゴブリンが地面に崩れている。それはどう見ても生きていようはずもないけど、それは問題じゃない。


「避けようとした?」


頭の真ん中を狙った会心の一撃だった。

風のような速度のまま思いっきり義腕で振るった攻撃は我ながらすっごく速かったはずだ。


それに反応した?

ちょっとだけとはいえ、頭をズラした?

振り向き様に?


『最初は一発は全力でな』


コウメイ様の言葉がゆっくりと頭に染み込み…今、意味が分かった。

あぁ、確かにこれは気合いを入れなくちゃダメそうだ。


深く息を吸い、ゆっくり吐き出す。

ドクリドクリと激しく拍動する心臓と高ぶっていた気持ち、そして無駄に漲っていた魔力を落ち着ける。


「ふぅ」


改めて周りを見渡せば、不細工な顔に埋まった血走った眼があちらこちらから私を見つめている。


「うわぁ。やっぱりめちゃめちゃいるよ。」


この数がみんなあの速度の攻撃を避けようとするのか。

本当にコウメイ様には困ったもんだ。大したお願いをしてくれた。


『ギギィっ!』

「とっ。まだ準備できてないんだからちょっと待って…」


これが最弱の魔物?じゃあ2番目に弱い魔物は一体どのくらい弱いんだろう。じゃあ、1番強い魔物は?


「ねっ!」

『ギャバアァっ!?』


飛び上がって来たゴブリン目掛けて思いっきり腕を振り下ろし、頭を潰す。

さっきと違って空中で狙ったから避けられることはなかったね。


(反応速度はかなり。頭は残念。さっき避けたのは…本能ってやつかな?数はたくさん、私は独り。うん、さすがに"これ"をこのままじゃ無理そうだ。)


手に握る黒色の棒を見れば、それは私の足くらいの長さしかなく、一見ただの棒にしか見えない。振るって汚れを飛ばす。


「これをこうして?こうか…できた。よっ、ほっ」


ただ、それを3本連ねれば余裕で私の身長を越える。

力を込めて、振り回せば、これは立派な暴力だ。


「名前は【接続棍】だったかな?さぁ、私のわがままな付き合ってもらうよ。覚悟してね。」


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