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早起きは100円弱の徳

前回の話はなかなか退屈だったはずなのに、いいね評価頂きましてありがとうございます。励みになります。


今回から少し盛り上がる展開になる…はずなので引き続き読んでもらえると嬉しいです。


では、本編どそ。


時刻は夜明け。


遠くの空が白んできた頃合い、広大な草原が広がるここ【ウルド平野】にも1日の始まりを告げる太陽の光が降り注ぎ、朝露で濡れる新緑がキラキラと輝き爽やかな朝を演出していた。


 『ガサッ』


そんな清々しい雰囲気に似つかわしくない不穏な音が1つ、2つ……無数に増え続け、やがて不気味な曲を奏で始める。伴って現れた小さな演奏者もまた同様に増え続け、不快な金切り声を上げる。


その様子を忌まわしげな表情で見つめる者がいた。


「ちっ。あいつら。一体何匹いやがるんだ。」


物見櫓で見張り役をしていた男【ハンツ】は舌打ちをする。


テボド村はウルド平原を抜けた先にある森から山菜や木材を採取して売ることで生計を立てている小さな村だ。そんな村に忍び寄る影をハンツは20を越えたあたりで数えるのを止めた。


「ゴブリン共、め」


そう、小さな影の正体は【ゴブリン】。

世間では"最弱"の魔物として有名で、特徴はくすんだ緑色の体表を持つ小柄な体躯、二足歩行、小さな牙、時たま武器を持つが基本的には闇雲に突っ込んでくるだけの知能。他の魔物に比べると危険度は低く、大の大人なら駆除することも容易い。


そんな存在だ。


村の周囲を巡回していた警備の連中が森の中にゴブリンの小さな群れを発見したのが数日前だった。何匹か仕留めてやったぜ、と首のないゴブリンを片手に自慢気に語る彼らの武勇伝を苦い顔で聞いていた村長がしばらくしてから"念のため"にと冒険者協会に『ゴブリン討伐』の依頼をしたのが確か2日前。


その時は何をゴブリンごときに、と村中で笑ったもんだが今となっては自分の財布から依頼料を払ってまでそうした村長の判断は正確だった、と感心する他ない。だてにあの口うるさいジジイも長年村長を勤めてはいなかったらしい。


ただ、目の前に広がる光景を前にすれば村長は1つだけミスをしたことも間違いなかった。村長は何がなんでも、例えば無理矢理に村の連中から金を集めてでも、追加料を払い依頼を"緊急"にするべきだった。


「こんなに数が多いなんて聞いてないぞ。くそっ、冒険者はもう間に合わない。早く皆を起こさないと。」


今すぐに戦えそうな者は戦闘の準備を、戦えない者は避難の準備をそれぞれしなくてはならない。つい力が入る拳に握っているのは非常時に鳴らすことに決めている警鐘を叩くための金槌だ。一刻も早く村全体に警告を伝えなければならない。


(それを、俺が決めるのか)


少し躊躇ってしまう。


確かにゴブリンは最弱の魔物で大の男なら相手をすることができる程度の力しかない。日頃から林業で鍛えている村の男達なら訳もない。ただ、それでも相手は魔物だ。怪我を負う可能性は非常に高いだろう。


しかも、これほど規模が大きい群れともなればその可能性は増すはず。最悪、死人が出る可能性だってあるかもしれない。


「できれば戦いたくない。」


そんな想いが金槌を握る手を躊躇わせる…が、いつの間にかゴブリンの影は今や50は下らない数が目下に見える。


「冒険者達が間に合っていればこんなことにはならなかったんだ。でも、だからって躊躇ってたんじゃもっと被害が出る。くそっ…」


無い物をねだっても仕方がない。

村の男たちで対応するしかないのだ。


意を決して、金槌を振りかぶる。


音を聞いた村は混乱するはず。同じくして音を聞き付けたゴブリン共がどんな行動に出るかも想像がつく。


(頼むから皆、無事で……ん?あれは?)


ふと目線の端に遠くからやってくる人影が見えた。数は…3つ。


朝日を逆光にしている上に遠くて姿ははっきり分からないが確かに3人分の影が見える。


「ゴブリン、にしては大きい……もしかして、冒険者が間に合ったのか?痛っ!?」


ほっと、緊張感が緩んだ拍子に、だらんと落ちた手に握られた金槌が自分の足を打った。ジンジンと痛むがおかげですぐに緊張感を取り戻せた。


「くぅ~っ、そうだ。こうしてる場合じゃない。」


金槌を床に起き、物見櫓から降りる梯子に足を掛ける。


さっきまでは皆が素早く避難するために警鐘を鳴らす必要があった。だが、冒険者が到着した今、騒音を立ててあえてゴブリンの注意をこちらに引く必要はない。


(冒険者が間に合ったのは良かった。だけど、彼らが必ずゴブリンに勝てるとも限らない。なにしろあの数に対してたった3人だ。 )


俺たちが戦闘準備、少なくとも逃げる準備を全くしなくていい理由にはならない。


彼らのおかげでそれなりの時間は稼げるはずだ。

それはつまり、言い方は悪いが…


「彼らには囮になってもらうしかない。今のうちに、だ」


ハンツは静かに、そして素早く村を駆け回った。


◆◇◆◇◆


(今さらだけど、この数を1人で大丈夫か)


緑が映える草原の彼方に黒い粒々が見える。

あれ1つ1つが生き物かと思うとそれなりにゾッするが、止めようなんて今更俺から言える訳がない。


……見方を変えてみればいいか?


まるで緑茶の中に黒タピオカを浮かべたような…違うか。なんて酷い例えだ。口に出さなくて良かった。


兎にも角にも。

どうやら目的地に着いたらしい。


【ゴブリンの群れの討伐】か、なるほど。


ポップに例えてみても、やはり現実として目の前には不気味な光景が広がっている。先程より近づいたおかげで、タピオカのような粒々の1つ1つが小汚ない緑色の生物なのが見て取れる。軽く50匹以上はいそうだ。やっばりキモい。


この距離であれをポップな気持ちで誤魔化すのは無理そうだ。諦めて現実的な話をしよう。


「ここがウルド平野で、あれが依頼にあったゴブリンの群れみたいだな。何匹いるんだか。まぁ、不幸中の幸いは村がまだ無事そうなことか。何より何より。」

「そうだねぇ。」

「?」


面白くもない例えをしていた俺も大概だが、横を歩く人物から発せられた声は、朝の澄んだ空気に凛と響く鈴の様、ってのを差し引いてもどことなく不満げな色を含んでいた。見れば、後ろに縛った淡い赤髪が軽やかに揺れるのと対照的にやはりその顔はどこか不満そうだ。


「どうした?何か不満そうだけど……もしかしてまだその格好が気にくわないか?悪かったよ。」

「え?あぁ、これはもう気にしてないこともないけど気にしないことにしたから大丈夫。」

「…悪かったって。」


ナナイナの反応に思い出されるのはここへ来る前の攻防だ。そう、今のナナイナは見るも恥ずかしい姿。それはとても戦いに来たとは思えない露出度の高すぎる際どいビキニアーマー…


「ビキニアーマー?は分からないけど、コウメイ様が用意してくれたなら少しくらい露出しても良かったのに。もう。」

「いや、流石に初戦でそれはない。」


…は、却下した。何故かノリノリのナナイナを説得するのが大変だった。


もちろん、ナナイナのビキニアーマーに興味はある。

とはいえだ、初っぱなからそんなもん着せて大怪我でもされたら立ち直る自信がない。


露出度が高ければ高いほど防御力が上がるのは素敵ファンタジーだが、それは俺の発想の遥か上をいくもので俺の想像力を具現化する【夢の工房】には無理な話だ。我ながら情けないとは反省してる。


「だからってこの装備は、ねぇ?ううん。私のこと信じてくれなくても全然気にしないけど。」


ナナイナがこれ見よがしに上げた右腕には革製の腕当てが身に付けられている。更に見れば、腕当てとお揃いの胸当てに額当て、腰当てがそれぞれの箇所にかっちりと装備されている。それは正に一般的な冒険者の完全装備といった風体だ。


正直、その何が気にくわないのかと言いたいところ、というか言ったんだが彼女的には「なんで自分の皮膚より弱い装備を着けなくちゃいけないの?」とのことだ。


聞けば、炭鉱人(ドワーフ)の血が半分流れているナナイナの身体は一般的な革なんかよりも頑丈らしい。異世界ファンタジーだ。そりゃあ、不必要な代物を着けることに納得するのは無理な話だろう。それが本当ならだが。


「いや、だってこんなに柔くて滑らかな肌だぞ?もちろん疑う訳じゃないけど、今回だけ!な!それにそれも凄く似合ってるぞ!」


もちろんいずれはビキニアーマー込みで俺が用意した装備を余すことなく使ってもらう所存だが、ひとまず今回は買ってきた装備(それ)で様子見させてくれ。


「似合ってるなら、良いけど……じゃなくて!私が気にしてるのは相手がゴブリンってこと!最弱の魔物だよ?私の活躍伝わるかな?どうせならドラゴンとかが良かったのに、私が戦えるって思ってないんでしょ!やっぱり信用ないんだぁ~。」

「いやいやドラゴン相手なら、たぶん信用どうこうの前に一瞬で灰だと思う。」


ドラゴン。それはファンタジーの定番で、もちろんこの世界にも存在している…らしい。龍とも言われ、その膂力たるや一国もたやすく滅ぼす…らしい。そして、今は関係ない。いつかはうちのナナイナと対戦願いたいがそれはまた後日ということでご期待ください。


「何はともあれ、今は目の前の敵に…」

「あいつら本当に許せない!こうなったのも連中が余計なことばっかり言ったからだ!もう!」


集中して欲しいんだけどなぁ。


 ◆◇◆


時は少し遡る。だいたい5時間くらい前。

不躾な男共が俺の工房を襲った上にナナイナを傷つけた報いとして無惨にくたばった後の頃。


「かぁ~っ、やっぱりここの飯は旨ぇなおい」

「だな!おいてめぇもっとよこせ!」

「はいはい。」


奴らは飯を食っていた。それはもう旨そうに、げらげらと笑いながら。

まったく仲間が死んだのに能天気な奴らだと思いながら、俺は飯を配って回る。


「おい、こっちにもだ!」

「まぁ、肝心のあんたが元気なんだから仕方ないか。」

「あん?」

「よくもまぁ腹に風穴開いた癖にそんだけ食えるもんだ」

「あん?てめぇさっきからなに言ってやがる?さっさとよこせ!」

「はいはい。」


俺から乱暴に奪ったおにぎりを口に放り込んだ腹風穴おじさんは横に座っていた心臓ナイフ刺さり男の肩を叩き、口からご飯粒を飛ばしながら笑っている。汚いなぁうぇ!?腕についたっ!?


慌てて水道に向かおう…とする俺の服を誰かが後ろから引っ張る。


「コウメイ様?これってどうなってるの?」

「あれ?先に休んでていいって言ったのにどうした?そんな、死んだはずの連中がなんで生き返ってるの?一度、死んだ事を気にしてないのは何で?みたいな顔して。」


男共にボロボロにされた服を着替えたナナイナが周りを警戒しながらピタリと俺の後ろにくっついていた。あんな事があった後だ。連中に囲まれて不安なのだろう。少し和ませようと尋ねてみる。


「そんなのどうでもいいよ。どうせコウメイ様の【夢の工房】でしょ?それよりも何であんな連中にご飯を配ってるのかってこと。こいつらコウメイ様のこと襲おうとしてたのに!意味分かんない!」


確かにこいつらの傷を塞いだのも、記憶を奪ったのも…正確には少し違うけど、【夢の工房】の効果ってのに違いない。


「なんだけど、早くも夢の工房に驚かなくなった娘の成長を喜ぶべきか悲しむべきか。」

「むぅ!コウメイ様が襲われたらどうするの!」


むすっと頬を膨らませるナナイナの仕草が何とも可愛らしいが、ナナイナの疑問はもっともな話だ。自分を害しようとしていた相手に良くする俺はさぞや頭がおかしく見えることだろう。どうやらそんな阿呆なことをしているぼーっとした俺を守るために後ろにくっついていたらしい。健気。


「まぁ、そんな心配しなくていいよ。こいつら"今"は俺を襲えないから。んで、理由だけど…お?」

「あなた誰?」


俺が振り返るのと、その原因となった人物をナナイナが睨むのが同じタイミングだったせいか目の前の人物は俺を見つけた安心感と思わぬ反撃による警戒心が交ざった微妙な顔をしていた。ちなみに最初にここを襲ってきた連中とは違う人間のようだ。


「あんた、こんな愛想のないガキが趣味とは変わってるな。噛まれちゃたまらねぇ。ちゃんと躾しとくんだな。」

「はぁ?」


ナナイナのドスの効いた声に一瞬ピクッと肩を震わせた男だったが、流石に泣いて逃げるほど臆病ではないらしく続けて口を開く。


「おっかねぇ。それよりも今日も情報買ってくれるんだよな?他の連中に越されちゃ敵わねぇ。」

「もちろん。今夜はあんたが一番乗りだ。」

「そりゃあいい。実は…」


ランプを持った手になんとか取り出したメモ帳も持ちつつ、男から聞いた話を書き込んでいく。「情報って?」と首を傾げていたナナイナも俺と男の話を聞く内に意味が分かったのだろう、途中から一緒になって話を聞いている。


「…てな訳だな。どうだ?いくらになる?」

「予想以上に面白い話だった上にタイミングが最高だ。これでどう?」

「っ!?こんなにか!?ありがてぇ。また頼むぞ。」

「こちらこそ」


俺が差し出した銀貨数枚を握った男が満足そうに闇夜に消えていくのを見送りながら、ナナイナに視線を向けると俺の顔を覗き込んでいた彼女と目が合う。そしてニヤリと笑う俺が言おうとしたことを察して、再びむうっと頬を膨らませる。


「と、いう訳で今から忙しくなる。話にあったウルド平原はここから30分くらいか?今のうちに休んだ方がいいぞ?」

「私は何日か寝なくても平気。それより一応聞くけど、【ゴブリンの群れ】が次に私の戦う相手でいいの?」

「そうなる…けどまったく寝てないよな?本当に大丈夫か?」

「大丈夫だってば。それより、どうして冒険者協会?への依頼をあの男が知ってるの?」

「あぁ、それはたぶん……冒険者協会に入る前の依頼主をどうにかしたんじゃないかなぁ?」


まだ誰も知らない情報だって念を押してたし、冒険者協会の掲示板に堂々と張り出された依頼じゃないだろう。なら方法に間違いないと思う。


「なんでコウメイ様がガラの悪い連中にご飯を恵んでるのか、なんとなく分かったよ…すっごく気にくわない」

「えぇっ!?すまん!確かに誉められた方法じゃない。次からは止めるから、見損なわないでくれっ!」

「え?違うよ。私が気にくわないのは【ゴブリン】なんて最弱の魔物の話を持ってきたあいつ。」


 ◆◇◆


そんな訳で夜中から今にかけて急ピッチで色々準備した訳だが、


「次はもっと凄い魔物の情報を持ってこいって言わなくちゃ。」


ナナイナのやる気はこことは違うところにあるらしい。


ただ、それはやはり良くないだろう。あの男もこのままでは血祭りに上げられかねない。後ろ暗い人間とはいえ、いくらなんでも可哀想だ。


「そういえば、ナナイナは魔物と戦ったことあるんだっけ?」

「ううん、ない。でもゴブリンって人間の大人が倒せるんでしょ?私、一応人間の大人を数人相手にできたし、それに今はもっと……それとも、やっぱり私のこと信用できない?」

「そんなこと…そうだな。」


そんなことない。最初から信用してる。


と綺麗事を言いそうになるが、考えてみると事実として俺とナナイナの間には未だに信用を築けるだけの実績は無いに等しい。出会って一週間足らずの俺達にそんなものあろうはずもないんだ。


だからナナイナは不安がっているし、最弱の魔物なんかではない活躍の場を求めているのだろう。なら、ここは誤魔化さない方がいい。


「なら、圧勝してみなよ。でも、きっとそれは無理。最弱なんて言ってもゴブリンは間違いなく魔物な上にあの数だ。」

「む?そんなのやってみなくちゃ分からないでしょ?」

「だな。だから、集中して。もし本当に圧勝できたら信用以上に勝ち取れるものは多いから。ご褒美もきっとある。」


例えば旨い飯とか、ね。


「っ!?本当に?なら、うん。頑張る。頑張るからちゃんと見ててね?」

「もちろん。じゃあ、ぼちぼち始めるか。邪魔な冒険者共が来る前に、な」


そうだね、とこくりと頷いたナナイナがその場で屈伸運動をしながら義脚の調子を確認する。呼吸を整え、徐々に真剣な表情に変わっていく様子につい見とれてしまう。


「ふぅ、完璧。よし…じゃあ、行ってきます。」

「おぅ、行ってらっしゃい。でもその前に1つだけ忠告。最初の一発は全力で、な。」

「?」


ヒラヒラと手を振る俺を不思議そうに見つめていたナナイナだったが、不意にニコリと笑った。


そして、


 ナナイナが消え


    ドンッ


遅れて地面が爆ぜる音が辺り一帯に鳴り響く。

慌てて、朝日のせいかいつもより赤く、まるで炎のように煌めく髪を探せば、遠くで断末魔の悲鳴が上がった。


「ちょっ!?早っ!?コボルトくんすぐにGO!!」

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