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黒い瞳に秘密の決意

相変わらずの不定期更新ですが、お読み頂けると幸いです。


では、本編どぞ。

「誰を痛めつけるって?」


そんなの決まってる。

あいつらは気味悪い"男"と言ったんだから。


「敵…あいつらはコウメイ様の敵だ。」


それを自覚すると不思議と震えは治まっていた。

どうしようもないごちゃ混ぜの感情でいっぱいだった頭の中は真っ白に燃え上がって、後に残ったのはたった一つの想いだけ。他の事なんてもうどうでも良かった。


「今すぐにあの連中を殺さないと」


裏口から姿を消した男を追いかけるために目の前の扉に手をかける。


だけど、扉を押す手は進まない。

傍らを見ると光の無い大きな眼が私を見つめていた。


「……何で止めるの?」


それはしばらく私の近くから離れるように言ってあった異形、を模した存在の【コボルトくん】だった。細長い顔に垂れた耳がくっついた毛むくじゃらは大きな口がある癖に質問には答えず、ぐっと私の腕を掴んでいる。ただ行くなと言わんばかりに。


そんな静かな訴えに私の感情は更に熱を帯びていく。

いつまでもじっと私の腕を掴んで離そうとしない人形風情に無性に腹が立って仕方がない。


「いつの間に近くに…ううん、そんなの今はどうでもいい。離して。どっかに行って…"お願い"」


お願いにしてはずいぶんな言い方だけど肝心なのは"お願い"という言葉だ。

言うことを聞くように造られた彼らにとって必要なのは私の意志の明確さだ。


現にコボルトくんは特に不服とも不満とも表に出さずに私の腕から手を離し身を引いていく。それを尻目に改めて扉に手を掛けると「ちょっと!?」再び、腕を掴まれる。


「何で!?離してってお願いしたじゃない!もう私の腕を掴まないで。分かった?命令よ!」


再度、拘束を離れた腕を扉に…掴まれる。


「もうっ、なんなの!?行かせてよ!私の言うことを聞いて!あいつらをどうにかしてやらないと気が済まないの!大切な人を薄気味悪いって!痛めつけるって言ったんだよ!許せる?無理でしょ!邪魔しないでって言ってるじゃない!!」


細長い犬の顔に息が吐き掛るくらい近付いて怒鳴ってもコボルトくんは私なんか見えていないかのように無表情のままだ。それはまるで私の事を無視するように…。


「っ…もうもうっ!!もう、もう、もうっ!!これじゃあ、埒が明かないじゃない……もう……なんで止めるのよ…本当に…」


もちろんコボルトくんは答えない。

ただ、それは仕方ない。理由は分かった。分かったからこそ…分からない。


【コボルトくん】は命令を聞くだけの存在だ。そして彼らに命令できるのは私と、飼い主であるコウメイ様だけ。そんなコボルトくんが私の言うことを聞かない理由は1つだけ。


「私とコウメイ様の命令があったらどっちを優先するかなんて考えなくても分かるよ。君達の親みたいなものだもん、ね…。でもじゃあ、どうして?だって戦えって…コウメイ様が【戦う美少女】になれって言ったんだよ。コウメイ様を傷つけようとするあいつらと戦って何が悪いの。」


失った腕と脚をくれた上に、絶対に抜けられないと思っていた地獄から救い出してくれた恩人に言われた願いは私の存在意義になった。今こそそれを果たす時のはずだ。


「私はあいつらの存在が許せない。私の世界からいなくなって欲しいんだ。」


そして今、目の前に戦うべき敵がいる。


「野放しにしてたらコウメイ様が酷い目に合う。もし本当にコウメイ様が殺されちゃうようなことになったら、私は生きていけない。あの人を奪われるなんてもう耐えられないんだよ。」


最初はただ恩を返したいと思った。


でも、今はそれだけじゃ収まらない想いで溢れている。

仮に恩を返し切ったとしても私はずっとあの人の側にいたくて堪らない。


たったちょっとだけの時間を一緒にいただけで、こんな気持ちになっちゃうなんて自分でも知らなかった。ずっと会えないことがこんなに辛いなんて知らなかった。


「だから、戦うって決めた。側にいてもいいって思ってもらえるように。あの人の為に頑張るって決めた。なのに、なんでコウメイ様が私を止めるのかな…ねぇ、教えてよ?」


掴み掛る姿勢のまま、震える声で訴え掛けてもコボルトくんはやっぱり答えてくれない。真っ黒な大きな瞳で私を見つめ返すだけだ。


「…………酷い顔」


その瞳に映っていたのは自分の情けない姿だった。

奴隷商店にいた名残で未だに痩けた頬を引き攣らせながら、訳分からないと泣いて喚いて叫んで出来上がった気味悪い女。


「これじゃあ【美少女】には程遠いなぁ……あぁ、そっか。やっぱり私にはちょっと難しいよ。」


自分が美少女だなんて考えたこともない。

考える余裕も機会もなかった。


"美しい"なんて言われるのは本当にごく一部の限られた存在だけなのに、こんな醜い私に、そうなれ、だなんて酷い話だと思う。似合わないと今でも思っている。


だけど、コウメイ様に買われた日からそれは私の目標になった。大切な相手の望まれる姿になりたいって。


だから、この痩せ細った身体は良くないかなって最近はたくさん食べて、たくさん動いた。痩せ細った身体でいざって時に戦えなくちゃダメだと思ったし、男の人はあんまり痩せてるのは好きじゃないって聞いたこともあったから。


けど、コウメイ様が痩せてる女性が好きかもしれないから、どっちに転んでもいいように程々にしなくちゃいけないのも大変だなって思ったり。


それに伸ばし放題の髪だって恥ずかしいから、一応自分で整えてみたけど、どんな髪型がいいのかなんて分からない癖に自分で切ったことなんてなかったから、正直切る前より酷い。


「せめて中身で頑張ろう」


どれだけ頑張っても姿はどうにもならないかもしれない。

生まれ持ったものだから仕方ないでしょ。


「心だけでも……美しくなりたい」


それは戦う特訓中に自分で決めた目標だった。

何が美しいかなんて分からないけど、なんて笑いながらコボルトくんに言ってみた曖昧な目標だけど。


「今のこの私が美少女な訳がない」


見た目が酷い上に大切な人を傷つけようとする相手を怒りに任せて殺そうとしている私が、コウメイ様にとって理想の姿なはずがない。


「ねぇ、もしかしてコボルトくんもあの時の事を覚えてる?だから、止めてくれてる……なんて、ね。」


コボルトくん達には本当にお世話になってる。私としてはすっかり愛着が湧いちゃってる。そんな彼らに心配されてると思うと嬉しいけど、どこまで行っても彼らは命令を聞いてるだけだから、そんな感情は持っていないだろう。


それでも同じ相手をご主人様にする同士だ。

助け合っていきたいじゃない。


「そりゃ、今の私を止めるのは当然かも。それに…正直言うとコウメイ様の為にって偉そうにしてたけど、嫌いな相手に復讐してやろうって気持ちも……あったような?」


自分の憎しみや復讐を大切な人の名前の裏に隠していたのは、流石に美しさがなんたるかがよく分からない私でも、駄目だって分かる。



「ふぅ」



怒りに燃えていた思考はなんか色々と考えていたら、すっかり落ち着いてきてしまった。こうなっちゃうとコウメイ様が帰ってくるまで外の連中を凌ぐのも良いかもしれないなんて頭を過る。



 パンッ



「痛ったい!特に左!」


自分で叩いた頬がジンジンと熱を訴えてくる。


「でも熱が消えた訳じゃないよ。コウメイ様に泣きついて助けてもらうのは絶対にカッコ悪い。私の力で何とかするのが絶っ対格好いい。ならやってやろうじゃない。」


そして帰ってきたコウメイ様にどうだって言うんだ。きっとたくさん誉めてくれる。


「そうでしょ?」


コボルトくんの頭を撫でると、そうだ、と言っているみたいに気持ち良さそうに目を細めた。


「あ、でもコウメイ様に貰った手と足は使うのを許してね。」


戦いのが怖くない、なんて思わない。

痛いのは嫌だし死ぬのなんてまっぴらごめんだ。


元々死ぬことしか救いがないと思っていた私をこんな気持ちにしてくれた相手に恥じるくらいなら痛いのなんて平気だ。期待に答えられないなら死んだ方が良い。


「勝てるかなんて分かんないよ。でも期待から逃げたくない。」


扉に手を掛ける。


私の外見はもちろん変わってない。

中身だって大して変わってない。

やることだって変わらない。


それでもコボルトくんの黒い瞳に映る私は、笑えている。

好きな人に見せるために一生懸命練習した笑顔だ。


戦いに行くのに笑うなんて変だと思う。

でも、それがコウメイ様は笑っていて欲しいと言っていた。


望まれてる姿の第一歩なら嘘でも無理にでも笑おう。



ぐっと、力を込めて扉を押し開けた。

今までの私と決別するために





「あの、……離してもらえる?」


まぁ、それも腕を掴まれなければの話だけど。


 ◆◇◆


結論から言うと、私の意志とか格好とかその他がどうこうの問題じゃなくて単純に私は外出を止められていたらしい。戦いとか関係なかった。恥ずかしい。ここまでの話は絶対にコウメイ様にしないでおこう。


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