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戻りたくない過去はサヨナラ

前回の投稿にブックマークと感想まで頂き感謝です。

相変わらずの不定期更新ですが、楽しんでもらえたら幸いです。


では、本編どぞ。


「ナナイナ、大丈夫か?」

「え、あっ、ああっ!?コウメイ様っ!?わた、私ぃ~…ごめんなさいぃ~」


店に転がり込んで来た連中がバケモノと呼ぶ黒い塊を前にしゃがみこんでいたナナイナに声をかけると、彼女は泣きじゃくりながら俺の足にしがみ付いて来た。


女の子に足にすがり付かれる、なんてテレビで見たことしかないシチュエーションは男として一度は経験してみたかったんだ!と思うが流石のナナイナの状況を前に、それを口に出せる雰囲気じゃないのは俺でも分かる。


深夜ではあるが周りに撒き散りばめられた良く分からないぼんやりと淡く光る青白い光のおかげで彼女の顔は良く見えた。


涙でぐちゃぐちゃなのは言うまでもないが、所々に擦り傷があり、赤黒い痣が浮いている。顔以外の部分も同じような様相だ。服なんかビリビリで目のやり場に困るありがとうございます。ついでに黒い塊も近付いて分かったが、男二人が重なっているらしい。


ボロボロのナナイナとクソボロボロの男二人。


何かあったことは間違いないが、ひとまず事情はナナイナが落ち着いてから聞けばいいか。騒ぎを聞きつけたのか周りも騒がしくなりかけているようだし。


ナナイナと男二人を店の中に連行する。もちろん気絶した男二人を抱える力なんか俺にはないので、そこは特別製のコボルトくん達に任せた。


途中で、店の中に先にいた男達と目が合い、事情が聞けそうな感じだったが首を振りその考えを捨てる。


"先入観"ってやつは大きい。

時に事前に捨てろと言われるくらいに大切だ。


先に男どもから事情を聞けば、それが先入観になりかねない。

真実なんて人の目線によってコロコロ変わる世の中だ。

それなら、美少女の心中の真実を最初に聞いて先入観にしたいね、俺は。


「そういえば、……ナナイナの左腕はどこ行ったんだ?」


周りを探してみるが見当たらない、ってことはとりあえず人目に付く場所には落ちてない…なら、まぁ、いいか。


 ◆◇◆◇◆



 カチリ コチリ 


小さな音が真っ暗な部屋に鳴っていた。

音の出処である時計を見上げるが……まったく見えない。


「真っ暗だって自分で言ってるのに、失敗したなぁ。」


何に失敗したかといえばもちろん灯りを用意していなかったことだ。


暗くて時計が見えない、なんて今にして考えれば当然の事なのに、この時になるまでその発想がなかった。気がついていれば蝋燭の1本や2本なら自分で用意できたし、昼間のうちにコボルトくん達に部屋の灯りの着け方を聞いておけば良かったのだから。


「楽しみすぎてうっかりしてたなんて言えない」


そんなの恥ずかしすぎるから。


残念ながらコボルトくん達は近くにいない。

私がそうするように言ったから当然なんだけど。


「ふたりきりになりたかったから、つい、ねぇ」


我ながら小さなこだわりだったなぁと少し後悔している。でも、きっと次からもこの瞬間は一人にして欲しいと思うんだろうな。


「まだ、かな?今なら大丈夫かも?」


蝋燭を取りに行く時間があるんじゃないかな?

それとも地下にいるコボルトくん達の所に戻れる?


しばし悶々としてみるが、行動に移すには自信が足りない。

さっきから何回もおんなじ事を考えて、立っては座ってはを繰り返しているのはこの場を離れた隙に目の前の扉が開いたら困るから。


 カチリ コチリ


「絶対にお出迎えしなくちゃ」


奴隷とはそう言うものだと聞いたことがあるし、私自身もそうしたいのだから絶対だ。

だからいつまでだって待つつもり…では、あるけどやっぱりいつ帰ってくるのか正確に分からないのは困った。


昼間に観察した感じだと、どうやら時計は一番細い針がぐるっと一周すると二番目に細い針が一目盛り動いて、その針が更に一周すると一番太くて短い針が少し動くようだから、それぞれの針が時間の量?大きさ?を表してるみたい。


ただそんな時計の法則が分かってもコウメイ様がいつ帰ってくるかは分からなくちゃなんの意味もない。


「それはそうとぐるぐる回る針を全部一緒に見るのってすっごく難しいんだけど?これって本当に役に立つの?あっちの針がここにあるから、次はあの針がこう動いて、なんて考えてたら頭がこんがらがって仕方がないと思うんだよね。」


そんな事を考えつつ、無駄と分かっていてもつい時計を見上げてしまう。


「え?あ!無駄じゃなかったかも!」


なんと、ぼんやり時計が見えるじゃないか。

そうか。暗闇に目が慣れてきたんだ。


目を凝らして時計をぐぐっとよーく見つめる。これなら、 


「って、時計の見方が分かんないんだってば。もう!」


それに、正直なところ時計の細い針なんて目が暗闇に慣れたところで見えやしない。お手上げだ。


どうしようもないし予定通り気長に待つとしよう。


「そのうち帰ってくるよ。こうなったら仕方ない。」


床に仰向けになり、お腹を曲げる。腹筋を鍛えるんだ。


あんまり汗臭いのも恥ずかしいから控えていたけど、流石に暇すぎる。

それに身体でも動かしていないと、コウメイ様が帰って来なかったらどうしよう、なんて考えちゃうし。


「ほっ、いーち、きっと、コウメイ様が、にっ、帰って、来る、まで、さーん、あと、少しっと。」


待ち遠しくてソワソワするけど、こうして待ってる時間も悪くない気分だ。

まぁ、できれば空が明るくなる前には帰ってきて欲しいけど。お腹痛くなっちゃうしね。



「えーっと、今、何回目、………何?」



小さな時計の音、そして扉が開く小さな気配も聞き逃さないためにずっと澄ませていた耳に妙な音が入ってきた。横になって床に耳が近づいたのもあるかもしれない。腹筋鍛えは中断だ。息を止め、床に耳を当て、更に耳に集中する。



じゃりじゃり、と地面を踏むような……ううん、これは本当に誰かが地面を踏む音だ。


(――、近づいてくる。)


次第に大きくなる音の原因に視線を走らせる。

それは向こうの部屋、の更に向こう。建物の外からだ。


「誰?」


近づく足音は気のせいかとも思ったし、たまたま誰かが近くを通っているだけかもしれないとも考えた。

ただ、その音がこの建物を通り過ぎずにピタリと止めば、淡い期待とは裏腹に足音の主がここを訪ねて来ただろうと分かる。


極めつけに…


「!?」


トントン、と扉を叩く音が聞こえれば間違いない。

しばらく動けずにいると再び、トントンと音が鳴る。


(コウメイ様、なら自分の家なんだから扉を叩かずに普通に入ってくるはず。私を訪ねて来る人、は思い付かないし、そもそも知ってる人もいないはず。他は…お客さん?)


そういえば、コウメイ様はここでお店をやっていると言っていた。

だから、お客さんが来るのはおかしくない。


(昼間に誰も来ない上にこんな夜中じゃなければ、ね)


この数日間、私はずっとこの家にいたが、誰かがここを訪ねて来ることは一度としてなかった。

お客さんなんて見たことない………お店、やってるってのは聞き間違いだったかもしれない。


兎に角、だ。


夜は何をするにも不都合な時間なのは間違いない。

灯りは必須だし、仮に灯りがあってもちょっと先は暗くて足元も完全には照らせない。お客さんなら絶対に昼間がオススメ。


「…」


音を立てないように慎重に2階へと上がる。部屋は暗いけど、毎日使う階段の場所は分かるし、すっかり暗闇に慣れた目ならぼんやりと周りは見える。付き合いこそ短いが左の義足もしっかりと階段の段差を捉えてくれるので、階段を登るのに不都合はない。その事にぽうっと胸の真ん中辺が温かくなるが今は浸っている場合じゃない。


溢れそうになる笑みを噛み殺して、2階の窓から外の様子を窺う。


「やっぱり誰かいる」


月明かりだけが頼りの曖昧な世界に黒い影が…4つ。


体格から恐らく男だと思うけど、闇夜に紛れて表情はもちろん顔の形も分からないから何とも断言できない。だから、それが悪い人なのか善い人なのかなんて分かるわけもない。


でも、何故だろう。

胸の奧がざわざわする。


それは彼らがこんな夜更けに出歩いてる時点で怪しいからか。


「ぁ」


でも、決定的だったのはその影が猫背だからとか、髪型が乱れているとか、フラフラと揺れるような歩き方もやっぱり怪しいとかそういう話じゃなかった。


眼が合った気がした。

一瞬の出来事だったから、本当に気のせいだろう。


なのに、さっきまでの曖昧な嫌悪感とまるで違う、胸の奧をドロリとしたモノが通り抜け、背中がゾワリと震える。


――、気持ちが悪い


「うっ」


胃を駆け上がる不快感を寸前で呑み込み、荒い呼吸で焼けた喉を冷ます。そうして何とか呼吸を落ち着けようとするが、どうしてもあの眼が脳裏に焼き付いて離れない。



思い出してしまった。


檻の中から何度も何度も見た、あの眼を。


何人ものあの眼をした人間達が檻の中の私を見ては嗤い、気味悪がって、聞くに耐えない言葉を吐き掛けた。その中に覚えている顔なんて1つもない。だからあの人間に会ったことがあるかなんて分からない。


それでも、暗闇に浮かんで見えたあの眼は暗い檻の中の私を見ていた眼と同じだ。好奇と侮蔑に満ちた眼。忘れたくても忘れられない。


感じていた気持ち悪さがまるで形をもって全身にのしかかって来たのかと思うほどに体が重くなる。身体を動かそうにも、全身が震えて力が入らない。


「もし、見つかったら、また、あの生活に逆戻り?……嫌だ、そんなの絶対に、嫌……そんなの、もう、耐えられない」


満たされた生活を知ってしまった今の私があの地獄に戻れる訳がない。


額から汗が滲み出て、寒いのか熱いのか分からない。

胸が苦しいのに息を吸っても吐いても呼吸が楽にならない。

胃液がなぞった喉が熱くて、今すぐに、何か飲みたい。


視線を周りに向けるが、飲み物はなく、いつも手間を焼いてくれるコボルトくん達もいない。助けてくれる存在は、いない。


「誰か」


頼ることしかできず、昔も、今も、蹲っていることしかできない自分はいつまでも、どこまでいっても無力な存在だと痛感する。途切れそうな自分のか細い呼吸を聞きながら、自分を抱くことしかできないなんて。


「はぁ、はぁ…コウメイ様、助けて…早く帰ってきてよぉ」


私は変わった。コウメイ様に出会って変われた…つもりだった。


でも実際は違った。

私は何も変わってなかったんだ。


コウメイ様がくれた環境が居心地が良すぎて、私自身が、そして周り全てが変わったと勘違いしていただけだった。


世界は変わらない。私も変われない。

結局、左手と左腕がくっついただけで、死にたくても自分ではその決心もつかない臆病者のままだった。




こんな私はもう1人で立つことすらできない。

足があってもなくても関係ない。



だから、早く帰ってきて、コウメイ様

また私にこの残酷な世界を忘れさせて



 「え?」



空耳かと思った。

心の弱い私の都合のいい妄想だって。

でも、違う。



 カチャ カチャカチャ



それは確かに下の方から聞こえた。


「扉の音っ!?コウメイ様が帰ってきたんだ!」


耳に届いた小さな音が落ち込みきっていた顔を上げさせる。

震えて動かなかった身体も私を置いて行かんばかりに下の階へと向かおうとする。


負けじとまだ力の入らない足を引き摺り、這いながら、音が聞こえたであろう倉庫の裏口に急ぐ。それはコウメイ様が消えた扉だ。扉に向かうに連れて次第に大きくなる音が待ち望んでいた主人の帰りを知らせている。


階段で身体をぶつけたりもしたが、なんてことはない。


あの安心する笑顔を見られるなら。

このどうしようもない私を今すぐに助けてくれるならこのくらいの痛みなんか平気だ。


裏口まであと少し、もう目で確認できる距離。

それでも喉は辛いし、這って動いたせいで呼吸も途切れ途切れの私が出せる声が届くような距離じゃない。それは分かっていても、我慢できずについ呼び掛けてしまう。


「コウメイ、様…」

「あん?ここも閉まってらぁ。音がしたと思ったんだけど、誰も居ねぇのか?」

「!?」


這う姿勢のまま口を押さえたせいで体勢が崩れ、床に倒れてしまう。でも運良く転がる身体が物陰に隠れるような形で静止した。


何とか身体を起こして、息を殺しつつ扉を窺う……知らない男の顔が扉の外で月明かりに浮かんでいる。


「そんな、コウメイ様、じゃない…裏口を開けようとしてる」


希望で生まれた偽物の力が抜け、代わりに絶望感が満ちていく。


あの扉から男が無理矢理に入ってきたら私はどうなるの。

見つかったら本当にまた奴隷として売られてしまうんじゃないの。


そんなのは絶対に嫌だ。

お願いだから、開かないで…


「そんなの絶対に……もう、私の事なんて放っておいて…」


それ以上は何も望まないから

この生活を奪わないで



祈るように息を殺していると、扉を開けようとする音が止む。



「……行った、の?」



そっと物陰から裏口を見ると男がちょうど扉から離れていくところだった。

ほっと吐いた息が静寂の中に消える。


「良かった…このまま大人しくしてればきっとコウメイ様が帰ってくる。」


でも油断できない。

男がちゃんと離れるまで、足音が聞こえなくなるまでじっとしてなくちゃ。


男の出す一声一音も聞き逃さないようにと耳に意識を集中させる。


(何か話してくれれば、ちょっとでも男達の目的が分かるかも。)


「ちっ。こりゃあ、またあの薄気味悪ぃ男を死ぬまで痛めつけないと気が済まねぇな。」




……はぁ?誰をどうするって?

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