心臓の弱い方がいます。お控えください。
しばらく更新空いてしまいましたが、少しずつ書いていきたい。お付き合い頂ければ幸いです。
では、本編どぞ。
「ひぅッ」
ドンッと大きな音が鳴る度にびっくりする心臓と一緒に肩がビクッと跳ねる。
何事か、と原因を探すまでもない。
音の発生源は目の前の扉からだ。
規則的だがドンッその間隔は完全に一定ドンッドンではなく、大きさもまちまちだドンというかドドンッこれはドンッ
「ひっ、ひゃっ、わ、きゃっ…う………うるさいんですけど」
深夜。
自分以外誰もいないはずの部屋に鳴り響く扉を叩く音。
そんな泣く子も失神するようなホラーなシチュエーションに俺の心臓はバクバクと恐怖に震えた。
ただそれも節度あってこそ。ホラーにしろラブコメにしろ何事もムードが大事なのだ。
こんなにしつこい演出は逆に興冷めと言わざるを得ない。
扉がガンガンと何度も鳴る度に、逆に俺の心臓は落ち着きを取り戻して来た。
(扉が叩かれる以外に何も起きないのは一体なぜ?)
気持ちが落ち着いてくれば当然耳を澄ませたり、扉の様子を観察する余裕が出てくる。
(音に掻き消えちゃってるけど誰かの、声?何を言ってるかは分からないけど……男の声がいくつか。)
それから、
(扉はこっち側から施錠してある。すぐに入って来ないってことは鍵を持っていない。それに扉の下に空いた隙間から見えているのは足の影、かな?)
「足があるってことはお化けじゃない。たぶん。」
霊感とは無縁な上に心霊スポットとか不気味な場所は苦手で近づかない俺はお化けなんて見たことない。
それでもお化けに足がないのは知ってる。古今東西決まっている。だからあれはお化けじゃない。
「異世界のお化けには例外的に足がありますとか言われたらおしまいだけど。いや、でもお化けなら壁をすり抜けられるよな。うん。だから鍵のかかった扉の前で立ち往生してるってことはお化けじゃない。うん。」
え?異世界のお化けは壁をすり抜けられないかもって?
バカ言え。足があって壁もすり抜けられないお化けなんてもはやお化けじゃないんだよ。だから扉の向こうの彼らはお化けでないのだ。恐ろしい事言うな。
兎に角、扉の向こう側に誰かがいるのは間違いない。
「となると、泥棒?にしては騒がしすぎるか。強盗?だったらもっと強引だろうし。」
泥棒も強盗もやってみた経験がないので想像にはなるけれど、泥棒なら見つからないように慎重になるはず。派手に扉を叩く人は泥棒に向いてないと思う。転職した方がいい。
強盗なら扉を叩かずに壊すか、抉じ開けようとしそうだ。
ダラダラと扉を叩く以外しないとか…やっぱり転職した方がいいと思う。
「冗談はさておき、やっぱり今のうちに逃げた方がいいよな。」
現状、分かるのは扉の向こう側がエライことになっているという事。
そして、すでに目の前で事件は起きているので巻き込まれていないとは言わないが、ちゃんと巻き込まれる前に逃げることが得策という事だ。
でも、何が起こっているのか気になっている好奇心さんが足を止めろ、思考を止めるなと言っている。
残る可能性は何が考えられる、かと問いかけてくる。
泥棒や強盗のような招かねざる客じゃないとするとそれは誰か。
「招かねざる客…客?あ」
スッと頭から血が引き、過ぎったのは「しまった」という思いだ。
さて、ここで少し俺の話をしてもいいだろうか。
ここ一週間の話で大して長くならないから。
5日前、この異世界を離れてからというもの俺は自分でも分かる程、それはもう落ち着きがなかった。
夜は寝付けず常に寝不足で、仕事中は忘れ物やら書類の紛失やら、他にも挙げればキリがない小さなミスを連発した。もちろん上司からは注意されまくり、滅多に声を掛けてこない同僚からは心配される始末だった。
その理由は明白で、もちろんこの異世界のことだ。
ただ、それは最初の頃、週末限定で異世界に無理矢理転移させられていた数ヶ月前とは状況は違う。
寝不足だったのは同じだか、今回は困惑や不安から来るものではなかった。
――ナナイナに早く会いたい。
寝ても覚めても食事中も便所も仕事中も異世界に戻ること。
いや、ナナイナのことばっかり考えていた。
彼女はちゃんと飯は食べれているか。寝られているか。
何かお土産はいるだろうか。何か面白い話はあるか。
体力作りや戦う練習をしているか。無茶して取り返しの着かない怪我はしていないか。
一人で放置されて怒っていないか。
俺は恨まれていないか。嫌われていないか。
それとも、寂しくて泣いていないだろうか。
この一週間、俺は初恋相手ができた少年のような時間を過ごしていた。
恋は盲目、とは良く言ったもんだ。
文字通り全く周りが見えず仕事もままならなかったどころか、ニヤニヤ笑っていただろう俺を気持ち悪がる前に心配してくれた同僚はできた奴だったらしい。見えない時こそ普段気づけないことに気づけるとは皮肉なものだ。
まぁ、それはどうでもいいか。
ともあれ、そんな俺が果たしてナナイナの事以外を考えられる余裕があったか。
答えはもちろん否。
特に優先度の高くない事なんてすっかり忘れていても仕方ない。
という話。
つまり何が言いたいかと言えば…
「すっかり忘れてた。」
そう、俺はこんな深夜にやってきて不躾にノックをしてくる人物達に心当たりがあるのだ。忘れていただけで。
ただ「忘れていて、申し訳なかった」と思う相手は扉の向こう側にいる彼らにではない。
ナナイナ以外はどうでもいいのが今の俺。
「ナナイナに言い忘れてた。運良く寝ててくれたから良いものを…あいつらは教育上良くない。」
ナナイナが起きていて、事前情報もなしに彼らと鉢合わせていたらそれはもうめんどくさい説明が必要だったことだろう。想像してみる…吐き気がする。
かといってトイレに行く訳にも行かない。
このまま放っておけばナナイナがこの騒音で起きてきてしまう。
「寝起きの顔が見られるかも、とは思うけれど。」
寝起きの女性の無防備さはまた趣深い良さがあるのだ。
が、今じゃない。流石にこの騒音で起こすのは忍びない。
「というわけで、いい加減にしろよ。確かに忘れてた俺が悪いけどさ。」
そんなことを考えている間にもドンドンと扉は鳴っている。
うんざりと思いつつ、その音を出している連中に一言言うべく扉の鍵に手をかける。
扉を叩く音がノックと分かってしまえば、怖くもなんともない。
俺が知っているノックとはずいぶん力加減は間違っているし、時間も非常識。
だが、ノックには違いないのだから。
「本当にいつまでも迷惑な…」
そこでふと疑問が浮かぶ。
「…?」
これは、おかしい、と。
鍵に触れる指が妙に冷たく感じるのは気のせいだろうか。
目の前の扉は……玄関じゃない。
この扉は俺がいる倉庫と向こう側の店舗を繋ぐ扉だ。
外と直接繋がっていない。
そんな扉を叩く方法は1つだ。。
――すでに部屋の"中"にいる。
連中は玄関を無視して無断で侵入してきたということだ。
だのに、俺がいる部屋の扉はドンドン、ドンドン…ノックしている。
深夜に激しく何度も何度も。
ドンドン ドンドン ドンドン パキ ピキ
なおも不気味に続く扉を叩く音に紛れて、小さな音が混じり始める。
指が鍵から既に離れているのは無意識だった。
本能が無理解から身を守るために働いたのかもしれない。
見計らったかのようにピキリパキリと蝶番が歪む音が更に大きくなる。
そしてすべての音が一瞬、止む
バタッ
「何…」
「助けて、くれ」
何が、という俺の疑問は倒れた扉を踏みつけながら倉庫内に侵入して来た男の声に上塗りされる。
呆気に取られながら確認した男の顔は…恐らく、見たことない男。
部屋は薄暗いし、あまり人の顔を覚えるのは得意じゃないんだ。
頬が痩けた薄汚れた男は俺の怪訝な視線に気づく間もなく、バランスを崩してぐしゃりと倒れ込む。足場が床から不安定な扉に変わったせいだろう。
だが男は、それでも這いつくばりながら俺の横を抜けて倉庫の奥へと転がり込んで行く。そんな姿を目で追いつつ、やっぱり見たことあるかも、と頭の引き出しに手を掛ける……前に、足に縋り付く影に背筋がゾッと反応する。
酷く、臭い
「ひぃ、あぁ…やっと入れた…」
「た、助けて…」
足元を見れば今の男と同じような風貌の男が二人、俺の足にしがみついていた。鼻を突くのは、こいつらの体臭だったらしい。
「だったらしいじゃない!!離せ!」
むわっと立ち込める男臭に顔をしかめながら、足を振り払おうとするがびくともしない。男たちも必死なせいか恐ろしく力、強いです。
ついでに顔を確認するが、どちらも(たぶん)知らない。
少なくとも扉の向こうにいると思い描いていた顔ではない。
これは仕方ない、と手が出そうになるが状況がよく分からない中ではこんなおっさん達でも唯一の情報源に違いない。殴るのは流石に悪い。男汗に触れるのも躊躇われる。
「頼むから落ち着いてくれ。何があったか説明してほしいだけなんだ。どうして勝手にうちに入ったんだ?あんたらこれじゃあ"約束"が違うだろ?【ジルド】は一緒じゃないのか?」
混乱する彼らにまともな問答は期待できそうもなかったので、とりあえず質問を数打ってみる。どれか当たればいいな、と。
「お、落ち着…はぁ、ぜぇ、約束、約束なんか、気にしてる場合じゃねぇんだ…あいつ、が」
思いの外答えて貰えた。意外と話せるおっさんだ。
「分かったから今がどんな場合なのか教えてくれないか?」
「ど、どんな場合かだって!?そんなもん、あれを見りゃ分かるだろうがっ!」
あれ、とは?
おっさんが震える指で差すのは今まで扉があった場所…いや、その向こう側だった。
見れば深夜の暗闇の中にぽわりと青白く光るもの地面に横たわる黒い塊を照らしている。それは人一人分より少し大きいだろうか。
「ありゃあ、魔物だ…見たこともないバケモンだ!」
俺と同じものを見た男達は叫び、揃いもそろって身体を震わせる。
一方で俺はといえば、その姿に思考が真っ白になり声が出せずにいた。
『うぅ、あぅ』
黒い影は女性のような呻き声に続いて、ムクリと形を変えた。
そして、大きく息を吸い込んだ次の瞬間、
「うわぁん!!ごめんなさい!コウメイ様っ!こんな姿にしちゃって…わた、私のせい、で…死ん、うわぁあん、ごめんなさいぃい!コウメイ様ぁ~」
淡い赤色の髪に青白い光を反射した俺の美少女奴隷は、自分を買った主人の名を何度も何度も夜空に咆哮したのだった。
まるで天国へ逝った愛しい人を惜しむように。
「コウメイ様は空の向こうじゃなくてここにいるんだけどなぁ」
とりあえずおっさん達を引き剥がそう。




