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貴方がいない綺麗な世界で

今回はナナイナ目線。


では本編、どぞ。

「留守番よろしく。」

「……うん。」


コチリカチリと鳴る小さな音がやけに大きく聞こえる。

視線は自然とコウメイ様の後ろにある扉の上に向かう。


 コチリ カチリ


(あと少しだ。)


丸形のそれは時間が経つに従って中の3本の針を刻一刻と進めていく。


聞けば精巧に組まれた歯車が寸分の狂いもなく内部で噛み合うことで正確に針を進め、時間という曖昧な存在を確認できるようにした『時計』という代物らしい。機械仕掛けのそれはどれ程私が願っても止まることはないようだ。


(まだかなりあると思っていたのにあっという間。時間なんて外が明るいのか暗いのか程度にしか気にしたことがなかったのに。)


それが今では、あの細い針達が動く度に胸をカリカリと引っ掻かれるような感覚がしてしまう程に気にせずにはいられなくなってしまった。


時計から視線を下ろす。


そこには今日、私のご主人様になったコウメイ様が立っている。


黒髪黒瞳。うっすらした堀の浅い顔は街で見かけても印象に残ることはない、所謂、何処にでもいそうな顔といった印象の男性だ。


「俺がこの扉に入った後はすぐに開けないようにな。普段は裏庭に通じてるから大丈夫だと思うけど万が一ってこともある。誰かにこうして見送ってもらうなんて初めてだから俺がいなくなった後の【夢の工房】がどうなってるか聞ける訳もなくて知らないんだ。」


声も特別美しい訳でもない。

あはは、と笑うその表情もどこか頼りなさ気だ。


「はは………あれ?ナナイナ?聞いてる?俺、今大事な話してるんだけど…」


だけど、その表情は見てるだけで安心する。


それは私に対する敵意のようなものが一切ないからだろうか。彼の発する言葉には私を蔑むような感情を1つとして感じない。それは今まで私に投げつけられた言葉とは全く違う音色だった。奴隷としてではなく、まるで友達として接してくれているかのような親しい感情が込もっている。


そんなご主人様はおろおろと優しそうな大きな瞳を右往左往しながら、次に何を言うべきか困ってるようだ。

その姿をいつまでも見ていたい。だから、


(このまま黙っていようかな。)


そんな意地悪な考えが浮かぶ。でも、そうはいかない。

奴隷である私はわがままを言っていい立場じゃないのだから。


そして何よりも、残された僅かな時間を黙って過ごすなんて勿体ない。


「大丈夫。ちゃんと聞いてる。」

「え?な、なんだ。そうか。なら良かった。っと、そろそろ時間か。他にも色々喋りたかったんだけど…時間が経つのは早い。」

「え」


(コウメイ様も私と同じ事を考えてくれてたんだ)


時計を見上げるコウメイ様は私の小さな声に気づいたろうか。

驚きと喜びで一瞬だけ変わってしまった私の表情に気づいただろうか。


(いけない。奴隷の私がご主人様を困らせるような事をしちゃダメ。だから、こんな表情見せる訳にはいかない。)


恐らく今の私の顔はとても見せられるようなものじゃない。咄嗟に俯く。



灰色だった私の心に色が塗られていく。


自分の意志で歩ける事がこんなに嬉しい色をしてるなんて知らなかった。誰かと別れる事がこんなに寂しい色なんて知らなかった。いつまでも一緒にいて欲しいと思う切なさの色も。


こんなぐちゃぐちゃの心。私はどんな顔を浮かべたらいいのか分からない。笑うことも泣くことも無い生活が長すぎたせいで自分の顔のはずなのにどうしていいか分からないんだ。そんな私の今の顔。様々な色が染み出して塗りたくられた酷い状態を見せられない、見せたくない。


「ぁ」


ふと頭に優しい感触がある。

訳の分からなくなっていた顔に更に困惑の色が塗り重ねられる。


「こ、コウメイ様っ!?どうしたの?」

「その、なんだ…俯いたままだと、な…別れ際にはナナイナの可愛い顔を見たいかな、なんて。」

「っ!?」


下を向いたまま自分の頬を揉む。


(ど、どうしよう。)


コウメイ様は私を買った理由を『戦う美少女』が見たいからと言った。

正直、自分の事を『美少女』だなんて思った事はない。そもそもそんなことを考えられるような人生じゃなかった。


だけど、少なくともコウメイ様は私の事を美少女だと言った。

つまりこの顔が私を奴隷に選んだ理由なのだ。


それが今や悲しいだか、嬉しいんだか、不安なんだか、驚いているんだか訳の分からない表情しかできない。


笑いたい。笑って見送りたいのに。


(なんでこんな顔なの)


表情だけじゃない。手に触れる頬の肉はずいぶんと薄い。


奴隷商にいた時の飢えない程度の食事。

コウメイ様に食べさせてもらったご飯と比べたら土以下の、あくまで最低限の量と質が守られているだけのそんなものしか摂れない生活ですっかり頬は痩けてしまった。触れる手だって骨張っていてとても女性らしい手とはいえない。


(こんな私が笑わないでどうするの)


とても美少女なんて言えるわけがない私がコウメイ様に嫌われないためにできることなんて、せめて表情だけでも笑うこと。そう考えて、気をつけていたのにいざコウメイ様と別れるとなったら、そんな決意があったことすら今の今まで忘れていた。


笑わないといけない。笑うんだ。

顔を上げて笑顔でコウメイ様を見送らないといけない。


そうしないと嫌われてしまう。捨てられてしまう。


(ど、どうしたら)


だけど"笑顔"がどうしてもできない。

コウメイ様と分かれることが嫌で嫌で堪らない。


寂しい。泣きたい。行かないでと叫んで引き止めたい。


その感情を噛み殺した笑顔。


(こんな可愛くない表情の私を美少女じゃないってコウメイ様が気がついちゃったら、もう2度と帰って来てくれないかもしれないのに、顔なんて上げられる訳…)


「にゅっ!?」

「ぷっ、あははっ。面白い顔になってる。」

「おもひろいかおっ!?」


自分の頬を挟む手に熱を感じた。

次の瞬間、私の手を介して頬を挟んだコウメイ様にぐいっと顔を持ち上げられる。


目を見開くと、そこにあった黒い瞳と目が合う。


「あぁ。頬が潰れてなかなかの変顔だ。」

「それはコウメイひゃまが頬を挟むからでひょっ!」


手を振り払い、距離を取る。

見せたくなかった顔を再び伏せる。


「悪い悪い。そのなんだ…ナナイナ?そのー…あんまり難しく考えるな。」

「難しく?」

「そ。俺が元の世界に戻ってる間の事を心配する気持ちは分かる。けど色々準備はしといたからとりあえず何とかなるはず。ご飯も風呂も掃除も洗濯もな。」

「え……うん…」


コウメイ様は指を空中に立て「あれは用意したし、あれもある。それから…」と呟きながら確認をしている。


「ご飯はチンするだけで食べられるようにしてあるし、掃除も勝手にしてくれる。トレーニングはして欲しいけど基本的にはのんびり過ごしてもらって大丈夫だ。」

「チン?掃除も勝手に?」

「それはちと詳しく説明してる時間がないからコボルト達に聞いてくれ。だから不安にならなくてもいい。むしろせっかく主人がいないんだ。奴隷としては羽を伸ばすチャンスだろ?気楽に行こう。」


なっ?と笑うコウメイ様は本当に私が主人がいない間の生活を心配している、と思っているようだ。


(生活の心配をしている訳じゃ…でも不安、か。その通りかも。うん、私は不安なんだ。この嬉しい気持ちも寂しい気持ちも全部、コウメイ様がいなくなったら夢のように消えてしまわないか不安なんだ。でも…それを口に出したらやっぱりコウメイ様を困らせちゃうし、笑われちゃう。)



 顔を、上げよう



どんな顔ができているのか分からない。でも、もしこの瞬間が本当の最期だとしたら…下を向いてちゃいけない。


「なぁんだ、家事なんてしたことなかったからどうしようかと思ってたけど、全部用意してくれてるなら安心かな。でも、コウメイ様が居ない間のご飯がビビンバとかキムチ鍋みたいに美味しくなかったら許さないから。」

「ちょっ…帰る直前に何てことを。一週間不安で眠れない。」


どこか困ったコウメイ様の表情。

次がないかもしれない私にはそれすらも愛おしい。


「でも、まぁ、別れ際に"いいもん"見れたし良しとするか。じゃあナナイナ。また次な。」

「次…うん!待ってる!」


コウメイ様は笑う。

その表情に私の感じる寂しさの色はない。


(なんだ、ちょっと残念。コウメイ様の寂しい顔も見たかったな。でも無いかもしれない"次”って言葉を選んでくれたなら私も”次”を信じてみてもいいよね。今は…今はコウメイ様が笑ってくれるならそれだけでいい。今の私にできることをやろう。)


自然と頬から力が抜ける。


「………今週も頑張れそうだ。」


コウメイ様はそう言い残すと真っ白な部屋に入っていく。

そのまま扉は閉ざされ、程なくして……


時計の針が全て真上を指し示した。


「……えっと」


コウメイ様が中へと消えた扉に何の変化もない。

てっきり光ったり、消えたり、姿が変わったりと何らかの変化があるものと思っていたのに。


そのまま何の変化も訪れることが無く時計の針は進んでいく。


「コウメイ様?」


摩訶不思議な部屋に通じているはずの扉のあまりの変化の無さに今までの事が本当に夢だったんじゃないかという考えが頭を過る。


途端に体を冷たい物が流れるような感覚が襲う。


(嫌。嫌だよ。そんな訳ない…変化がないなら扉の向こうにまだコウメイ様がいるかもしれないじゃない。) 


そんな期待とは裏腹にいつまで待っても扉の向こうからコウメイ様が顔を出すことはない。


時計の針は更に進んでいく。


「……夢じゃないよ、ね?」


堪え切れず、忠告なんか忘れて扉に手をかける。



 カチャリ



そこに期待していた景色はなく、足に力は入らない。



「夢じゃない、よね……コウメイ様…また戻ってきてくれるでしょ?」



またこの世界に来られる保証はないとコウメイ様は言った。

それでも"次"という言葉を選んでくれた。



「勝手になら……信じてもいい、かな」




◇◆◇◆◇



「ほッ。はッ。やぁあっ!!」

「ガゥ。ガァ。バフン♪」

「あぁ!もう全然当たらない!」



 カラン



終に握れなくなった剣が音を立てて床に転がる。

その後を追うように私も床に倒れ込み、息を切らす。



「はぁ、はぁ、はぁ……私ってこんなに動けないんだ」



元々残っている右腕と右足がピクピクと痙攣する。


その一方で左側にある義腕と義足が何ともなってないのは当然な訳だが、そこに通わせている魔力が維持できるかといえば別問題だ。こちらも気を抜けばすぐにでも途切れてしまう。



「心配してくれる…訳じゃないか。」



倒れ込む私を面長な顔が覗く。

それは犬の顔をしながらも二足歩行を難なくこなす生き物。


犬でも人でもないそれは魔物と呼ばれるこの世界で最も忌み嫌われる異形の存在。


「本当に夢みたい。」 


本来、そんな魔物達が倒れる者に向ける視線は黒い感情と決まってる。

だけど彼らが私に向ける視線にそういった類いの感情はない。


そこにあるのは次の命令を待つ感情のない瞳だ。


「お水貰ってもいい?」



そんな犬の魔物『コボルト』に声を掛けるとすぐに冷たい水を用意してくれる。


身体を起こし、それを喉に流し込めば生き返る心地がする。


「生き返る、か。」


見渡せば、床に座ったまま水を飲む私を同じく感情のない瞳で見つめるコボルト達がいる。

更にその向こうには有り得ない程、広い空間がある。


どれも全て私の主人であるコウメイ様が作った物だ。


そんな場所でつい先日まで死ぬことしか希望がなかった私が必死に特訓しているんだから人生というやつは分からない。それこそ夢と言われたら納得できるほどだ。



「でも夢じゃない。夢じゃないんだ。」



これら全てが夢だとしたらコウメイ様が元の世界に戻った瞬間に覚めているはずだ。この部屋もコボルト達も跡形もなくなるはずだ。そうに違いない。だから、これは夢じゃない。そして夢じゃないならコウメイ様はまた戻ってきてくれる。


(それが淡い期待なのは分かってる。だけど、そう思わないとやってられない。)


戻ってきてくれると信じなければ私はもう生きていけない。

だから、どんなに非現実が目の前に広がろうと私がそれを嘘だ夢だと疑うことはない。



「気楽に、か。」



コウメイ様が去り際に言った台詞だ。

自分は"シュウマツ"を楽しむために趣味で来ているんだから、私もそんなに気負わなくていい。と。


「そんなの無理に決まってるのに。」


次々と沸いてくる初めての感情。


それはコウメイ様と出会ったあの日、たった1日で与えられた物。

何よりも貴重で、絶対に手放したくない初めての贈り物。


それをくれたコウメイ様の願いにどうして気楽に取り組めるだろう。


私は私の全てでコウメイ様にお礼をしなければならない。目の前の偽物じゃない"本物"と戦う事がどれ程怖くても私は戦わなくてはいけないんだ。



この救われた命も心もコウメイ様に捧げるためにある。

それこそ、そのために私の心は生き返ったのだから。



「だから……お願いだから帰ってきて」



『必ず帰ってこられる保証はない。だから期待しないで欲しい』



そんなこと言われたって期待しない方が無理な話だ。



「本気じゃなくてもいい。遊びで構わない。」



終わりが来るその日まで私は『戦う美少女』になるためにどれだけでも特訓しよう。辛くはない。会えない時間の寂しさを紛らわすのに丁度いいくらいだ。会ったら褒めてくれるかもしれないと考えるだけで胸がフワフワする。 



次に会った時に話せるのがすごく楽しみ。どれだけでも頑張れる。

貴方に会いたい。早く次の"シュウマツ"になってほしい。




「ふぅ……よーっし、休憩お仕舞いっ!次いくよ!コボルトくん達!」



ずっと牢屋にいたせいで落ちた体力。

それはどんなに休憩しても万全になる訳もなく、未だに足はプルプルと震えている。


だけど気づけば両足で立ち上がり、両腕は落ちていた剣を握っていた。

やっぱり力は入らないんだけど。



それでも魔頑張ろうって気力だけでいいならいくらでも沸いてくる。

気力があれば体力も魔力なんていくらでも、だ。


「うおー、やるぞー!!ほら皆、続きするよ!」


コウメイ様?


私、明日が楽しみなんて思ったことなかったんだからね。


絶対に責任取ってもらうんだから。

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