結局、コミュニケーションが一番大事
「あ、ここです。」
声に合わせてガタガタ音が止まり、身体の揺れが収まる。
そこは街の一角。人通りがない静かな裏通りだ。どのくらい静かかといえば、俺達を乗せる荷台をここまで引いてくれた馬の息遣いがはっきり聞こえるくらいに。
「わざわざありがとうございます。」
「いえいえ、これからもご贔屓に。」
閑散とした見慣れた光景に安堵の息を吐きつつも、ここまで馬車で連れてきてくれた奴隷店の従業員にお礼を言うのを忘れないのが社会人の嗜みってね。家に帰るまでが仕事なのです。
彼がいなければここまで辿り着くのにどれ程苦労したことだろうか。むしろ今にして思えば一体、俺はどうやって帰ってくるつもりだったのか。
しかも、奴隷店は営業時間外だったというではないか。
つまり彼ももちろん時間外労働ナウということだ。
本当にすいません。こんな馬鹿のために。
ちゃんと残業手当が出る職場なんだろうか?
奴隷を買うぞ!買ってやるぞ!と意気込んでいたせいで、時間外と聞いても後に引けなかった俺を許してほしい。悪かった!
「…………」
いや、でも!でもだっ!聞いて欲しい。言い訳を述べさせて欲しい。
そもそも奴隷を買う事自体初めての俺が「奴隷の買い方 How to」なんて知る訳がないじゃん。買うのだけで必死だったんだよ。買った後の事まで考えが及ばなくても仕方なくない?買った奴隷は連れて歩いて帰ってくればいっかぁ程度にしか考えなくても仕方なくないですかっ!
え?じゃあ部分欠損の奴隷を歩かせるつもりだったかって?足が無いのなんて想像できたろって?その奴隷を希望したのもお前だろって?
あ、はい。全くもってその通り。
やっぱり私は大馬鹿野郎です。
次があるかは分からないが、今回の失敗を肝に深く銘じるしか今の俺にできることはない。
「どうしました?」
「あ、いえ、なんでも…」
俺の心の声がまるで聞こえていたのか。
苦笑い気味の従業員さんの視線に促され、同じく馬車の荷台に乗せてもらった例の奴隷に目をやる。それはもちろん俺が今日購入した女奴隷だ。
【手足を失った半炭鉱婦】
具体的に言えば、左腕と左足をそれぞれ失った薄い褐色肌の女の奴隷だ。
未だに布にくるまったままでその全身像は拝めていないが、その布の塊は人一人分にしてはやはり小さく、奴隷らしく栄養不足もあるだろうが、"人としての体積"そのものが小さいことを物語っていた。
まぁ、おかげで格安で買えた訳だが。
そんな彼女を連れての移動に難があるのは間違いなかった。実際に商品を見たいと言った時に「商品は足がなく歩けませんので」と奴隷店の支配人に言われた時に帰りの事まで気がつくべきだった。歩いて帰って来ようなんて、本当にアホだった。
まぁ、兎に角にもここまで辿り着いて良かった。馬車を出してくれて本当に助かった。しかも無料だという。サービス完璧かよ。
奴隷店という位だからどんな悪徳商売をしている不埒な野郎が出てくるかと思えば、支配人さんも秘書さんもこの御者さんも紳士的な方ばっかりだ。先入観よくない。
演技とはいえ高圧的な態度で臨んだ自分が間抜けそのものじゃないか。もちろん次があればまた贔屓にさせて頂きますとも。
「じゃあ、私はこれで。」
「本当に助かりました。支配人さんにもよろしくお伝えください。じゃあ、彼女を降ろすのでちょっと待っていてもらえますか。」
「手伝いましょうか?」
「いえ、大丈夫です。」
流石にそこまでしてもらうのは申し訳ない。
荷台の上に立ち上がり、改めて彼女を見る。
彼女はといえばそんな俺と従業員さんのやり取りに目をくれる事もなく、どこか遠くを見つめているような、どこも見ていないような……そんな固まった表情のまま身動き1つしない。
「聞こえてる?降りるぞ?えっと……」
言葉が詰まる。
(そういえば名前をまだ聞いてなかった。)
支配人さん達は確か彼女の事を……名前で呼んでなかった、か。
(ん~……まあ、それは後で聞くとしよう。これ以上従業員さんを待たせるのも悪いしな。)
左足がなく自分では立つ事もままならない彼女。
だから立ち上がろうとしないのは仕方ない。
とはいえ、全く降りる気配がないのは困った。
(う~ん、他に良い案を思い付かない。残念ながら時間切れです。頼むから暴れないでくれよ。では、失礼します。)
彼女を移動させる方法を実行に移すべく、すぐ横に近づき膝を立て、彼女の腰と1つしかない膝の裏に手を回す。
「(お姫様抱っこなんてしたことないけど)って、軽っ!?」
人間の足と手ってこんなにも重いのか。
無いとなるとこんなに簡単に持ち上げられるとは。
彼女はといえば腰が荷台から浮いた瞬間に小さく「あ」と息を吸うような吐くような声を漏らした……気がするが、とりあえず今は無視っす。
びっくりさせた事はあとで謝るから許して頂戴。
さっさと荷台から降りないといけないもんで。
「すいません、お待たせしました。本当にここまでありがとうございました。」
「いえいえ。そういえばお客さん?この場所はなんですか?」
ふと、傍らの建物を見上げた従業員さんの口からそんな台詞。
「ここですか?ここはもちろん俺の店ですよ。」
「店、ですか……まぁ、頑張ってください。それじゃあ私はこれで。」
「あー…はい、ありがとうございます。」
その背中が小さくなり、見えなくなるまで見送る。
「本当にありがとうございました~~……それにしても頑張ってください、か。」
今しがた自分の店と紹介した建物を見つめる。
【雑貨屋 煌綱工房】
堂々と掲げられた看板が何とも寂しい。
繁盛しているかどうかは、まぁ、従業員さんの反応で伝わると嬉しい。
◇◆◇◆◇
「よっと、ふぅ。あ"~ぁっ!!やっぱり人前は疲れるっ!」
仮にも商売をしようという身で人前が苦手というのもどうかと思うが、苦手な物は仕方がない。仕事で覚えた敬語を駆使することで心の距離を保とうとはするけど、実際のところ気休めなのはどうしようもない。
「奴隷店では舐められまいと高圧的な感じにしてみたけど慣れないことはしない方がいいって分かっただけだったな。」
まだ敬語のがマシだ。
結局、化けの皮は剥がれかけてた気がするし、支配人さんにも演技なのはバレてた気がする。本当に無駄な努力だった。
(最終的に一番恥ずかしい奴かよ、と、そんな俺のコンプレックスはどうでもいいって。今はソファの上の彼女が優先だ。さてと。どうしたもんか。さすがにこれは正解が分からん。)
俺の腕から下ろされるや否や、ソファの隅の方で汚れた布の中で小さくなっている彼女にどう声をかけるものかと悩む。
「あーーー……今日からよろしくな?えー、名前は何て言うんだ?俺はコウメイ、ここの店主だ。どうぞよろしく。」
「………」
「ここは雑貨屋♪名は煌鋼工房♪そして私が店主です♪…………んで、ここはそこの2階。普段は居住に使ってる。そっちが風呂であっちが台所。これから好きに使ってくれて構わない。」
「………」
「あー………はぁ。俺は確かに君を奴隷として買ったが酷いことをするつもりはない。だから、まぁ、そんなに緊張しなくてもいい。とりあえず名前だけでも。いんや。声だけでも聞かせてもらえない?」
「………うそ」
「ん?」
お、可愛いこe
「うそ…うそ、よ」
「何がかな?」
「何が?全部、全部うそ、うそよ、酷い事しない?絶対に嘘よっ!!!私を性奴隷にするつもりで買った!早く好きにして!捨てたらいいでしょっ!!」
「こんな手も足もない私を買って他にどうするって言うのっ!せいぜい抵抗できないだろうって思ったんでしょう!その通りよっ!」
「なんで買ったの!ふ、ふざけないで……もう少しで。もう少しだったのに……私はあそこであのまま朽ちて死ねれば……他に、何も……誰にも傷つけられずに死ねればそれで……良かっ……う、うぅ…どう、して。」
「なんだ喋れるんじゃん。口まで利けないんじゃどうしようかと心配したよ。改めて俺はコウメイ。君、名前は?」
「うぅ……うぇ、うぐ」
彼女はひとしきり叫ぶと布に顔を埋めて泣き崩れてしまった。
マジか。
奴隷って皆こんな感じなの?だとしたら世の奴隷主さん達のメンタルカウンセリング能力やべぇよ。どこでその単位取れるんだよ?せめて奴隷を買う時に手引き書とかくれよ。
(本屋に置いてないかなぁっ……と冗談はさて置きまして本当にどうしたものか。)
コミュニケーションの基本、か。
会話はダメそうだよなぁ。優しい言葉をかけるのも逆効果な気がする。
うーん。ならやっぱり"あれ"しかないか。
てか、それくらいしか思いつかん。
頼むから上手くいってください。お願いします。
それでダメならトンボ返りで奴隷店に戻って、恥を忍びつつ親切な支配人さんに相談するしかないか。あー、でももう時間外だから明日以降は…無理だよなぁ。はぁ。
俺は諦め半分、願う気持ち半分で腰を上げた。
◇◆◇◆◇
「……」
コウメイと名乗る男性に私は買われた。奴隷として。
「……うそつき」
奴隷として買われた女の使い方なんて家事やら子育てなんて事もあるらしいけど、結局のところは性欲の処理機だ。知ってるんだから。
まして私なんて手も足もない。
家事だってもちろん、子育てなんて尚更できる訳がない。
そんな私を買うような目的なんてやっぱり身体目当てしかない。
なのに「酷いことをするつもりはない」?
そんな見え見えの嘘で私を懐かせようとしたって無駄だ。
懐いてなんかやらない。それが意味がないことだって私自身が一番知ってる。
(無駄なんだ。全部。だからさっさと私なんかに飽きて、また奴隷店にでも売り戻して欲しい。そうすればあそこで1人で死ねるのに。自分で死ぬ勇気は……ない。)
奴隷店は最後まで売れない商品は安楽死させてから、売れる部分を売ると聞いた。最初は絶望感でいっぱいになったその噂話も今や希望以外の何物でもない……なかったのに。
(買われ、ちゃった)
もうすぐ楽になれる土壇場で私を買った男。
あいつのせいで静かに死ねるはずだった私は性欲のおもちゃとして散々酷い事をされてから死ぬ事になってしまった。
(馬鹿にして)
お前が私を買った目的なんか分かっている。
分かっているのに、あの男は少しでも優しく奉仕してくれるとでも思ったのか、適当な嘘を並べた。
ふざけるな。
つい、叫んでしまった。
あんな大声いつぶりだろう。
喉がびっくりしてる。
でも、これに驚いてくれたらすぐに私を手放してくれるかもしれない。そうあって欲しい。
(1度くらいは襲われるかもしれないけど)
だとしても、延々と弄ばれるくらいならいっそ永遠に叫び倒してやろう。そうすればまたあの檻の中に戻れる。1人、苦しまずに死ねるはずだ。
痛いのは……嫌だ。2度と。
無くなった左腕があった部分に自然と反対の腕が伸びる。
『ガチャ』
あいつが戻ってきた。
「おい?」
「今度は何をっ、ん!?げほっ!!」
(え!?口に何か入れられた!?熱いっ!?何、毒!?)
感じた事のない熱が口内を焦がす。
舌先をヒリヒリと痺れる感覚が襲う。
慌てて歯を食い縛ればシャクシャクと小気味いい音が耳に響き、じんわり甘い油が舌に浸透して……
え?
……おい、しい?
これ、美味しい
「うぉっと、すまん!熱かったか?もう少し冷ますな。ふーふーふー……こんなもん?もう一口どうだ?」
男はスプーンひらひらさせながら不器用に笑っていた。