決死の告白、笑わな損々
しばらく更新できない間もブックマークを頂き、感謝感謝です。ヒロインが戦うまでにはまだ少しかかりますが、引き続き楽しんで頂ければ幸いです。
では、本編どぞ。
カップに残っていた紅茶を飲み干し、一息つく。
長々と話したせいで乾いた口は砂漠のように干からびていたのか、量産品の馴染んだ風味が舌の中に深々と染み渡っていく。
俗に高級品、と呼ばれる茶葉で淹れた紅茶もこの【夢の部屋】ならいくらでも出せるのだが、どうも庶民派の俺の舌にはあの独特な風味は合わないらしい。
量産品の良さはこの誰の味覚にも馴染む親しみ易さだろう。
(っと。まぁ、そんな話はさて置きだ…気を遣わせてたかな?)
俺が一息つくタイミングを見計らっていたのだろう。
目の人物がピクリと肩を動かした。
「コウメイ様はまたこの白い部屋に来てからどうしたの?」
「別に話してる最中に質問してくれても良かったんだぞ?」
「そうなの?話しかけたらダメなのかなぁって。」
「あー、確かに最初にご清聴を、とは言ったな」
えーっ、と唇を尖らせる彼女は俺が購入した奴隷少女ナナイナだ。褐色の肌と淡い赤色の髪を持つ半炭鉱婦というなんともファンタジーな種族の彼女にとっても俺のファンタジー体験は質問したくなる内容だったようだ。
「ごせいちょー?」
「伝わってなかった件…静かに聞いてねってことだけど今更だからお気になさらず。えーっと、ここに来てからは初めて来た時と同じようにここから出られないか色々試したかな。この部屋は夢じゃなくて現実の世界だー、って初めから考えたみたり、森の中に行けるなら元の世界にも行けるんじゃないかって試してみたり。まぁ、結果は散々だったけどな。ちなみにその失敗作があちらになります。」
俺が指差した先には、正に男の独り暮らしっといった具合の部屋がレイアウトされた10畳くらいの区画がある。その誰も見学に来ないお粗末な展示会場は『元の部屋に戻りたい』と願った時に創造されたハリボテだ。
「そうじゃないんだっ」と寸分違わない俺の部屋もどきを前につっこまずにいられなかった事は言うまでもないだろう。ただ、何故そんな紛らわしい物がまだ残っているのかといえば何やかんやで一番落ち着くからだ。たまにあそこでゴロゴロするのが好きだったりする。
そんなハリボテをじっと見ていたナナイナが口を開く。
「コウメイ様はそのままずっとここにいるの?」
「いんや。この部屋で2日間過ごしたらまた月曜日に目が覚めて、そして次の金曜日の深夜にこの部屋に逆戻り。その繰り返しかよ、ふざけんなってのが、半年くらい前のことだな。」
「てのが、って言われてもまだよく分からないよ」
ナナイナは、ん~、と唸りながら首を傾ける。
まぁ、そうですよね。
夢の世界を経由して、この世界、俺からすると異世界にやって来ているなんて事をすぐに理解しろというのが無理な話だ。この世界に曜日という概念がないのも彼女の理解を苦しめる大きな一因だろう。
「要するに俺は2日間しかこの世界に来られない外国人ってこと。」
「外国……じゃあ、コウメイ様はその2日間以外はどこかの国に帰っちゃうのの?」
「国、というとちょっと違うけど、だいたいそんな感じ。5日間は元の世界に帰って、その後2日間はこっちに来て、また5日間は向こうの世界に帰る。その繰り返し。」
更に向こうの世界風に言うなら平日は会社で働き、週末の休み2日間は異世界生活という訳だ。我ながら実にシンプルながら荒唐無稽な話だと思う。
「そう、なんだ。じゃあ、次はいついなくなっちゃうの?」
「昨日ここに来たから今日の深夜に帰ることになると思う。あの針が2本とも真上に来たら帰るよ。」
見上げた壁にはアンティークな古時計がかけられている。
日本時間に合わせたその時計の長針と短針はそれぞれ上下を指し示している。
「あの針が上に……それってもうすぐってこと?そうしたら5日は会えないってこと?」
「あ…あぁ」
そう呟き、顔を伏せたナナイナを前に言葉が詰まる。
(え……なにその反応?まるで寂しくて仕方ない、みたいな。まさか俺と離れるのが嫌とか?)
そのまま黙ってしまったナナイナに妄想が捗る。
嫌、置いていかないで。
そんなこと言われても仕方がないんだ。
嫌よ!私は貴方がいないと生きていけない…
ナナイナ…
そこで二人は優しく唇を重ねて、互いに求め合…
(って、あかんあかん。いくらなんでも都合が良すぎる。これだから素人童貞はあかん。ついさっき出会ったばかりの異性に何を期待しているのやら。)
はぁ、と心の中で溜め息をつきつつ、未だに顔を伏せたままのナナイナを見る。
「訳の分からない話を急にしてごめんな。理解できないのも無理ない。しかもそんな話をドヤ顔で語るイカれた奴に奴隷として買われて落ち込むのも分かる。ただ衣…」
「…いよ」
「ん?」
衣食住で貧しい思いはさせない、と言おうとしたところを小さな声に遮られる。
「嫌じゃないよ。コウメイ様に買われたのが嫌な訳ない。ただ、ちょっと寂しくて…」
「はぇ?」
寂しい?寂しいって何が?誰だ?いつ?どうして?
「えっと、まさか俺がいなくなるのが寂しいのか?」
「さっきからそう言ってる。帰っちゃ嫌だよ…」
っ!?
そんな事を言われ、潤んだ瞳で見上げられたらどうなるか。
締め付けられる胸に圧迫された心臓が歓喜の悲鳴を上げる。
ドクドクと拍動する鼓動はまるでお祭り騒ぎの大太鼓。
(「誰が帰るもんかっ!!」)
そう大声で叫びたい。
俺だってずっとここにいたい。
美少女とケーキと紅茶を楽しみながら過ごしたい。
何が悲しくて美少女を見捨てて、行きたくもない会社に出勤せねばならんのだ。誰が退屈な仕事の合間に飲む、大して旨くもないインスタントコーヒーを啜ることに幸せを感じていた日常に戻りたいなどと言うのか。
ここで一生過ごしたい。
ナナイナに寂しい思いをさせてまで帰りたい訳がない。
でも、それでもだ。
ぐっとそんな思いを飲み込む。
「俺も可能ならもうしばらくここにいたい気持ちでいっぱいなんだけど、こればっかりはどうにもならないらしい。ごめんな。」
「……そう、なんだ。ううん…仕方ないんでしょ?私、留守番してる。5日なんてすぐだもん。」
「そう、だな………」
瞳を涙に潤ませたままに健気に笑う顔を見せてくれたナナイナをこれ以上悲しませないためにも俺は嘘であっても彼女の言葉に同意するしかなかった。
「コウメイ様?」
そう、するつもりだった。
彼女は奴隷だ。そんな奴隷の彼女にならどんな嘘をついても許される。
勘違いさせても構わない。困ったら適当な嘘をつけばいい。今みたいに。
そう考えていた数時間前の俺を怒鳴りたい。
俺は本当にどうしようもなく不甲斐ない男だ。
目の前の少女が涙ぐめば罪悪感に押し潰されて『言わなければならない事』を腹の中に留めて置くこともできず、絞り出されてしまうのだから。
『戻って来られるのか』
ナナイナのその質問に俺は答えずにはいられなかった。
「すまんナナイナ、嘘をついた。正直なところ、また戻って来られるかは分からない。」
「え?」
俺の答えに紙一重で保たれていた彼女の表情があからさまに曇る。
その様子に二の足を踏んでしまうが、既に投げた匙を拾うことはできない。
もう「戻って来られない」と口走ってしまった手前、どんな嘘を並べ立てようと誤魔化す術など俺は持ち合わせていない。
だったら、例え彼女を悲しませることになってしまったとしても、きちんと説明するのがせめてもの誠意だ。
「5日後に戻って来ることにはなると思う。でも必ずか、と言われるとそれは違うんだ。」
「どう、いうこと?」
「確かにこの世界に来ているのは俺の意志で間違いない。また5日後もここに戻って来たい気持ちに嘘はない。ただ、だ。今は【夢の工房】って呼んでるこの白い部屋に来られなければ、俺はナナイナ達のいるこの世界には来られない。そして、肝心のこの【夢の工房】は俺の意志で開いてくれるわけじゃない。週末の2日間、俺の意志とは関係なく強制的に気がついたらここにいるんだ。だからいつ来られなくなるのか、もしくは永遠に通うことになるのか…それは俺には分からないんだ。」
周りを見渡し、この部屋に来てからずっと繰り返した問い。
どんな願いも叶うこの部屋は何故かその答えだけはやはり示してはくれない。
聞こえて来たのは、途切れ途切れの切ない声だけだった。
「じゃあ、コウメイ、様が私達の世界に来たいと思ってても」
「来られるかどうかは【夢の工房】の気まぐれ次第。だから、必ず戻ってくる、とは言えない。」
正真正銘。偽りのない現状だ。
それはどんなにナナイナが悲しい顔を浮かべても変わらない事実なのだ。
「そん、な。じゃあ…もし、コウメイ様が戻って来られなかったら私はどうすればいいのかな?」
奴隷身分のナナイナ。
もし、仮に主人の俺がいなくなったら、か。
(一人で生きていかなくちゃいけないんだろうな)
そんな当然の答えが口に出せない。
理由は明確で、そんな物は答えでもなんでもないからだ。
一人で生きていく事がそんな言葉1つで片付くような単純な話じゃない事は日本でも異世界でも変わらないはずだ。
奴隷身分の彼女は正当な扱いを受けられるのだろうか。
働くとしたら、正当な報酬はもらえるだろうか。
そもそも就職はできるのだろうか。
なんなら外を自由に歩くことも躊躇われるのではないだろうか。
最悪、自立できなければ再び奴隷として奴隷商に身を置かなければならないのかもしれない。
俺は奴隷の扱いを知らない。
知る必要なんかないと思っていたからだ。
「すまん…それはこれから考えよう」
だから、こんな軽い答えしか出てこなかった。
この世界に戻って来られない可能性はもちろん考えていた。
考えていたからこそ奴隷を買ったんだ。
(”その後”なんか何も考える気もなかった)
【夢の工房】に来る限り、せめてこの世界を目一杯楽しむこと。
俺が考えていたのはそれだけだった。
その目的のためにどうでもいい存在として奴隷を買った。
(奴隷を…ナナイナを買うまでそう思っていた俺は本当に馬鹿だ。)
「コウメイ様はどうして、奴隷を、私を買ったの?」
そんな俺の気持ちを察したかのような質問をこれ以上無いと思えるタイミングでナナイナが問う。
何故、面倒を見られず手放す可能性があるにも関わらず、無責任にも奴隷を買ったりしたのか、か。
正直、あまり話したくない。
そんな内容だからこそ"何をしても許される"奴隷を買ったのだから。
(だけど)
短い時間とはいえ義足と義腕を与えられ、泣く程に喜び、そのお礼にと身体まで捧げようとしてくれたナナイナを"何をしても許される"存在などと、もう思うことはできない。
無責任から生まれたこの罪悪感はきっとこのままじゃ一生消えないだろう。
なら俺ができることはせめて誤魔化さずに全てを話す。
それが潤んでいても、なお真っ直ぐに俺を見つめる彼女の瞳に対する誠意だ。
「ナナイナを買った理由…それは俺がこの世界で楽しむためだった。」
「楽しむ?」
「そう。俺にとって、いや、社会人にとって休日ってのはとっても大切なものなんだ。休日のために毎日生きてるといってもいいくらいだ。だけど、俺は【夢の工房】に休日のはずの週末に無理矢理来なければならなくなったんだ。いっそ、そのままこの異世界にずっといることになっていれば、残してきた仕事や、友人、家族なんかも諦めがついたのかもしれない。でも、そうじゃない。今も向こうの生活は続いている。明日になれば、朝起きて出勤して、ルーチン業務をこなし、帰宅し寝る。そんな毎日がまたやってくる。だから、週末、せめてこの【夢の工房】ではいつもの生活とは違う……ここでの時間を趣味に費やしたいって考えたんだ。」
「それで私を買ったの?趣味って?」
俺の趣味。趣向といってもいいだろう。
その趣味のために奴隷を買った。
ただそれだけが理由なんて本当に馬鹿だ、俺は。
「俺の趣味、は……戦ってる美少女が好きなんだ。」
口にすれば、我ながら改めて何を言っているのかと思わずにはいられない。
突然に、こんな話を聞かせることは果たして誠意なのだろうか。
でも、ここまで喋ったんだ。
どんなに格好悪くても、もう言ってしまえ、だ。
「きっかけは小さい頃に読んだ漫画だった...かな。その話に出てくる女の子はさ、身体に似合わない長槍を使うキャラクターなんだけど遠心力なんかを利用しながら戦場で暴れる姿がカッコ良かったのを覚えてる。重い槍をさ、足で蹴りながら振り回すんだぜ?そのせいか分からないけど、モンスターを狩るゲームでも女性キャラ選んで、大剣とか大斧とかばっか使ってたな。武器を持つと重いせいかすげーノロノロ動く癖に、いざ戦闘ってなるとそれこそ、武器の重さを利用した流れるような動作で武器を振り回すんだよ。それもカッコ良くてさ...戦う美少女っていうと身軽なイメージがけっこうあるけど、やっぱり大きな武器とのギャップ?それがカッコ良さを引き立ててる気がするんだよな。で!この世界に来たときに、思ったのが"戦う美少女"を見られるんじゃないか!って!でも、実際問題、やっぱり美少女が重い武器を使うのって筋力っていう壁があるのか、全然そんな子いないんだよな...軽装備の子は何人かいたんだけど。細い剣とか弓とか...まぁ、あれはあれでいいものだけど、残念なのは否定できなかった...弓もさ、同じ遠距離ならどちらかというと銃なんかの方がカッコいいと思わない?柔らかそうな感じの美少女が銃っていう武骨な物を持ってる姿だけでも、ドキッとするよな。やっぱりギャップがポイントなのな。大きな武器といい、銃といい。銃=メカっていう要素が男のロマンを感じさせてる説もある。それから魔術師ってのも美少女の定番だよな。全てを焼き尽くすような大魔法のシーンなんか、詠唱と相まって、テンション上がるし...あ、詠唱っていえば声もいいんだよ!優しそうでも、凛々しくても、可愛らしくてもいいんだけど、戦ってる時の声は普段とは違った凛々しさを感じさせてくれるし....えっと...それか、ら...そのぉ...」
(って、し、しまった。つい、夢中にいらんことまだ喋ってた。)
彼女の質問の中に俺の性癖まで含まれているわけもないのに、何をウキウキと語っているんだ俺は。
恐る恐る、ナナイナを見れば何かを考え込んでいる様子だ。
「……」
ナナイナさん?
そんなに考え込んでどうしたの?
「えっと、という訳なんですが……えーっと」
沈黙が辛い。
しまった。
やってしまった。
彼女の『何故奴隷を買ったのか』という質問に対する答えなんて、『君が必要だった』とでも言えば良かったんだ。それをいらんことまで口走って…何やってんだよぉ、俺ぇ
頭を抱えるしかない。
顔から火が出るほどに熱い。
穴があったら入りたい。
ポコっと横に小さな穴が出来上がる音が鳴る。
とても人が入れないだろう、その穴の小ささに自分の情けなさを思い知らされた所でナナイナが口を開いた。
「私に……あは、あははは、ふふ、あはは…はは…」
「え」
予想外の笑い声に俺の方が動揺してしまう。
「ふふ、あはは…ぅ、コウメイ様が何言ってるのかほっとんど分からない。」
「あ、まぁ、そう、だよな。悪い。あー、要は…」
「でも、私が必要なんでしょ?私に戦って欲しいんだよね?そのくらいしか分からなかったけど合ってる?」
「え?あ?はい……そうだけど……それだけ?」
責任感もなく奴隷を買うな、とか。
買った理由が趣味だなんて私を馬鹿にしてるの、とか。
戦う美少女が好きなんて気持ち悪い、とか。
ないんすか?
「それだけって他に何かあるの?他、えっと…他…コウメイ様は戦ってる美少女が……あ、私が美少女かはちょっと自信ない……でも、とにかく私に戦って欲しくて私を買ったんでしょ?え?やっぱり間違ってる?」
「いや、合ってるけど……そんなしょーもない理由でナナイナを買ったんだぞ?呆れるとか怒るとかないんすか?」
「奴隷を買う理由なんて皆、自分の事しか考えてないしょうもない理由ばっかりだと思うけど。それに…」
「それに?」
「この足と腕をくれた時から身体も心もあげるって決めたんだもん。私、戦うよ。まっかせて♪」
髪色よりも赤く染まる瞳から目が離せない。
故に、俺は誓う。。
一生、君を大事にすると。
いや、一生は無理かもって言ったばかりだけど。
そういう気概は大事。
兎に角
「ありがとうございます!!」
「立場逆だよ?」
床に平伏す俺をナナイナが笑っていた。




