週末のプロローグ『終』
『終』と題打ってありますが、あと一話だけ週末のプロローグ編は続きます。本当に長くなってしまった。
全然、戦う美少女が出てこないタイトル詐欺な本作品ですが、またまたブックマークを頂きました。趣味の範疇を出ない拙い文章にも関わらず。大変、ありがとうございます。
相変わらずの不定期掲載ですが、楽しんでいただければ幸いです。
では、本編どぞ!
本当におもちゃかと思う程に軽い手応え。
例えるならカチリとボールペンの芯でも出すかのような感覚。
カチャ
引き金を絞る音までもプラスチックを爪で弾くような、それこそ本当にボールペンの芯を出したような軽い音がするもんだから手の中の【敵を必ず殺す弾丸】が内蔵されているなんて思えない。
それこそチープな名前のおもちゃだと言われても驚かなかったことだろう。
銃口から射出された弾丸がうにょうにょと不思議な軌道を描きながら飛ぶのを【強化した視力】で追いながら、これまた不思議なおもちゃみたいだ、そんな事を考えていた。
「……?」
だから、小さな弾丸が突如スピードを上げたと思った次の瞬間に空中に消えて無くなるなんていう現象を前にも「へぇ」くらいにしか疑問を抱かなかった。
『ぁァッ』
耳が捉えたのは小さな呻き声のような音。
呆けた意識でその出所は何処かと探す間もなく空中に赤い飛沫が舞った。
まるで空に咲く彼岸花だ。
そんな赤い絵の具を落としたように広がる景色を"美しい"などと思う間もない程に、それが血液だと理解するまでに時間はいらなかった。
飛沫を追うように虚空から出現した姿はもう見慣れてしまった毛むくじゃらの巨躯。その額から引かれる真っ赤な線が地面に崩れるコボルトの後を追う様に湿った地面に赤黒い水玉模様を刻んだのだから。
目の前で起こった出来事にしばらく放心していた俺の第一声はといえば。
「え?終わり………な、訳ないよな?」
これまでの苦戦が嘘かのようなあっさり過ぎる幕引きを疑うものだった。
だって、そうだろう。
ここまで散々俺を苦しめてくれたコボルトが文房具を扱う気軽さで放った、たった一撃でやられる訳がないじゃないか。だからあれはきっと倒されたフリをしているだけで、心配して(?)近くに来た俺をガブリと騙し討ちするための演技と考えるのが自然だ。
ふふふ。嘗められたものだ。大根役者め。そんな手に引っ掛かる訳がないだろう。俺からは絶対に近づかないぞ?そうこうしてるうちに痺れを切らすのはお前の方だ。あ、そうだ。そのまま下手な演技を続けるつもりなら今のうちにもう一発食らわして…
「……………おーい。」
試しに拳銃をコボルトに向けるが起きる気配はない。
呼び掛けてみてもコボルトは倒れたままで答えてはくれない。
念のため、もう暫くそのまま時間が経つのを待ってみたが……やはり変化はない。
(え?本当に倒した?)
周りを見回すが答えをくれそうな人はいない。ならば唯一答えをくれそうな相手は地面に横たわったままの彼以外にいない。
仕方なくゆっくり、ゆっくりと一歩、二歩と歩みを進める。
「やったか?」
倒した相手が実は生きている時に唱える呪文を以てしてもコボルトに起き上がる素振りはない。結局、何も起こらぬままに傍らまで辿り着いてしまった。
「本当に…死ん、でる」
そーっと覗き込んだ仰向けのコボルトの眉間からは赤黒く変色し始めた血の跡がくっきりと残り、見開かれた瞳からは完全に色が失われていた。コクりと唾を呑み込み、爪先で横になっている頭を突いてみても……反応はない。
素人目に見てもこの場にコボルトの命が残っていないことは明らかだった。
「は……はは、マジか……こんなにあっさり倒せるなんて……俺、サイキョーじゃね?なんだよ。こんなに簡単に倒せるなら、実験とか言ってボコボコ殴られる必要もなかったんじゃないか?うんうん。馬鹿みたいだ。だってこれから先はこの拳銃、いやいや、もっと強い武器さえあればこの世界で生き残るなんてヨユーだし………うん」
実験その3
それはなんでも思い通りになる【夢の部屋】で想像り出した武器が異世界生物である魔物に有効かどうかを試すものだった。
目の前の結果を見れば、成功、いや。大成功といっていいだろう。
力も技術も努力も必要ないことが分かった。
ただ、ひとつ。軽すぎる引き金を絞る事さえできればいいのだ。
簡単だ。簡単過ぎるくらいだ。これなら生き残るだけじゃなくてこの世界を制することすら可能だ。そうだ。そうしよう。のんびり優雅にハーレムライフだ。だったら防御も今以上に強度を上げないとな。なんなら防具を作ってもいいし。
「よし。そうと決まればやることはいっぱいだ。こうはしていられない。さっさも夢の部屋に戻らないとな。はは…」
正体のよく分からないモヤモヤとしたこの感覚もきっとあの部屋に行けば綺麗さっぱり忘れられるはずだから。
倒したコボルトをそのままに、振り返り【夢の部屋】へと続く扉に向かう。
「………もっと達成感とかあるもんだと思ってた。」
ポツリと漏れた言葉がそのモヤモヤとした気持ちの答えなのだろうか。
それは今となっては分からない。なぜなら深く考える時間はなく、その時の感情は別の感情に上塗りされてしまったのだから。
――、がりッ
「!?」
何かが背後で動く気配。
恐怖と僅かな期待を胸に咄嗟に振り返った視線は当然、地に伏しているはずのコボルトに向かう。
「やっっっぱり生きてるじゃん!」
見れば未だに倒れているコボルトが小刻みに震えていた。
まるで進化でもしそうな様子にB連打したい気持ちを抑え、拳銃を構える。
「だよな?そうこなくっちゃ。これでトド、メ………ぇ?なんで?は!?ない!?え?何っ!?あれ!?」
訳の分からない状況に思考が完全に止まる。1つ、2つならなんとかなったかもしれないが同時に3つは流石にキツイ。キャパオーバーだ。
1つ。銃を構えた俺の腕もコボルト同様に小刻みに震えている。
2つ。構えたはずの手の中に、さっきまで握っていたはずの拳銃がない。
そして、3つ。極めつけが
が、りがり、がりがり、がりがりがりがりッ
不愉快な騒音を撒き散らしながら、すぐ目の前に"トンネル"が迫っていたのだ。
「うおっ!?」
逃げる時間はなかった。驚きに声を挙げるのがやっと。
逃げよう、などど考え付く頃にはトンネルの入り口が俺の身体を越え、気づけば飲み込まれる形で俺はトンネルの中にいた。
上も下も正面も真っ暗で、後方に唯一見える光がたった今俺を通りすぎた入り口だろう。それがもう遥か遠くにあり、一筋の光と表現する程度の細さしかない。
後方から指すその僅かな光ですらこの真っ暗なトンネル内では貴重な光源として機能してくれるらしく、俺の周囲をぼんやり照らしていた。
「えっと、何がどうなって…これは…氷柱?じゃなくて鍾乳石、か?ならトンネルじゃなくてここは洞窟、いや、鍾乳洞か?」
光が微かに照らす天井からは細い円錐型の物体が伸びていた。正にそれは冬に軒先から垂れる氷柱に見える。だが、地面を見れば同じような円錐がびっしりと生えているのに、踏んでも割れず、氷柱ができる程の寒さを感じない。
むしろ、暖かいくらいだからあれは氷柱ではなくて鍾乳石だろう。引いてはここが鍾乳洞であることを…
「っ!?」
完全な暗闇。
僅かにあった光が消える。
激しく揺れる地面に立つことができず、その場に尻餅をついてしまう。
慌てて立ち上がろうにもヌルリとした地面に手が、足が滑って上手く立てない。
頬に垂れる水滴までヌルッとした感触で気持ち悪い。
生暖かくて生臭くて…
「ぅっ!?ぅ"おえ"っ」
胃から込み上げる不快感を盛大にぶちまけた。
充満する生臭さと酸っぱい吐瀉物の混ざった臭いに鼻孔が晒されればぐらりと意識が歪む。
だが、そんな些細な事はどうでもいい。
「痛ぁあ"ぁあ"ぁあっ!?」
太股が断裂したかのような痛みに絶叫する。
無意識に患部に触れれば冷たい硬質な感触と生暖かいじっとりした感触がある。何がどうなってそうなっているのか。真っ暗で何も見えない。だが、何も見えなくて良かったと思う自分がいた。
もし見えていたなら恐らく正気を保ってはいられなかった。
ぶつり、ぶすり。
身体中に不快な音が響く。
足に、腕に、腹に胸に何が侵入してくる。
妙に気持ちの悪い温もりに全身を圧迫される感覚。
遠のく意識が、
ごきっ……ぐしゃ
音を最後に 途絶えた。
◇◆◇◆◇
「何で俺生きてんだ?どう考えてもおかしいよな?」
別に哲学的な事を言ってる訳じゃあない。
故に我ありとか言いたい訳でもない。
言葉通りの意味で、今更ながらこうして無事に【夢の部屋】に辿り着けた事が信じられないという話だ。胡座をかきつつ、振り返れば異世界とこの【夢の部屋】を隔てる扉がある。思えばこの薄い扉がコボルトに破られないのもおかしな話だ。
(全部、この部屋のせいだよなぁ)
自慢にもならないが俺は運動が得意だ、などとは口が裂けても言えない。
100メートル走は並以下だったし、筋力だって平均的だった学生時代。
それが社会に蔓延る運動不足の波に例外なく飲まれて出来上がった身体を有するのが俺だ。見ろや、この筋肉。ふにっふにだぞ!
兎に角、そんなだらしない奴が動けば視界から消える程に早くて、腕を振ればつまようじみたいに木を薙ぎ倒すようなバケモン相手に追っかけ回されて無事に生還、とかどんなアンビリーバボーな奇跡体験か。
「奇跡でもなんでもなくて、思い返してみれば、逃げ切れたのは俺の足があり得ないくらい早かったから、だよ。あんなスピード今まで出したことない。う~ん、異世界転移をきっかけに超パワーに目覚めてた、とか?ならそもそも逃げる事になってないか。他にはえっと……もしかして、これか?」
あり得ない足の速さは何らかのファンタジーが作用したと考えるのが自然だろう。ファンタジーが自然だと感じる現状もどうかと思うが、とりあえず今は戸棚に置いておく。
ともあれ、身体に目立った変化がないのなら、疑うべきは装備だろう。
見ればおあつらえ向きにこの部屋で創造り出した靴を履いているではないか。逃げる最中で相方を失い物寂しい様子だが、不思議なオーラを纏っている、というのは言い過ぎだが恐らくこいつのお陰に間違いないだろう。だが、何故?
「ん~…あ。そういえば【何かあったら走れるように】って。」
思い出したのはこの靴を出したときに呟いた一言だった。
もしかして、たったそれだけでオリンピックも真っ青のドーピングシューズが出てきたと?そんなのあり得る訳……ないこともないとしたら?
「ふふ」
自然と笑みが溢れる。
もし、本当にそうだとしたら、この部屋でできることはきっと足を早くするどころじゃない。例えば、身体を硬くすれば防御は要らないだろうし、最強の武器とか創造っちゃえば俺ツエー無双状態も夢じゃなってことだ。
「ふはは。楽しくなってきたぞ。そうと分かればすぐに行動に移して……も、だよなぁ。」
テンションに浮き上がりかけた腰をまた床に戻し、思考の渦へと舞い戻る。
逃げきれた理由は分かった。だが、"どうして生きてるのか"という疑問の答えは未だに分からないままだ。
「逃げ"出せた"ことがそもそもおかしいんだよなぁ。どうして逃げる前に襲わなかったんだ?」
目星がついた逃げ足が早くなった理由については後で試すとして、だ。
本来"狩り"とはそんな逃げ足の早い獲物を如何にして仕留めるかというのが肝になるはずだ。それをどうしてフラフラと森の中をさ迷う獲物であるはずの俺を狩り損ねる?
いくらでも影からこっそり襲えるだろう格好の獲物だったはず。
そんな俺に逃げる機会を与えた理由はなんだ?
「どうして俺を襲う前に姿を現した?意味が分からん。」
もちろん俺は獲物になった経験も無ければ、狩人でもない。
だからコボルトの行動に何か隠されたメリットがあった可能性はある。あるのだが、そんな事は頭をどんなに捻っても明確な答えが出ない。
「もしかして狩り自体したことないとか?なんて、まさかな。」
唯一出た答えも笑いも取れなきゃ、突拍子もない冗談のような案だった。
コボルトが俺以上に狩人初心者で、狩り云々をテレビ知識の俺以上に知らない。だから獲物の前にノコノコ現れてから襲ってきた。そんなあり得ない説。
「……が、あり得るとしたら………コボルトは狩人側じゃなくて襲われる側とかだったり?獲物は狩りしなくていいし、ね。いやいや、ないかー。あんなに大きくて怖いのに。ないない。ないでしょ~…ないよね?」
◇◆◇◆◇
「んだありゃっ!?!?」
謎の気持ち悪いトンネルに呑み込まれ、包まれた真っ暗な視界がテレビ画面が切り替わるように真っ白な視界、【夢の部屋】内の景色に変わる。
「はぁ、はぁ…ギリギリ接続を切るのが間に合った。」
激痛を感じた太股に触れ、何ともなっていない事にホッとする。
だが、あの様子だと扉の向こうに残してきた【自己模造】は無事では済んでいないだろう。操作していた俺ですら全身にじっとり油汗をかき、肌が服が貼り付いて気持ち悪いのだから。
直前に感じたヌルリとした粘液の感触と生臭さ、胃液の臭いを思い出すだけで
「おえぇ…俺まで吐きそう。」
コピーと同じくさっき食べたおにぎりを吐き出しそうになるのを、なんとか口を抑えて耐える。ゲロの味などさっきの一回で十分だ。
「うっぷ。はぁ。あれってたぶん生き物だよな。長くて大きな…蛇かミミズとか?鍾乳石みたいなのが実は歯で、ヌルヌルなのは唾液的なおっぇえぇ~」
必死に飲み込んだ胃液を再び戻しそうになりつつも、俺の死という最悪の想定に対応できた事にほっとゲロを下ろ…いや、胸を撫で下ろす。
仮にコボルトがこの異世界内では小さな小さな"獲物"の立場にいるとしよう。
そうすると、当然必要なのはコボルトを狩る"狩人"という配役だ。
この狩人がコボルトより弱い可能性はあるだろうか。
更に言うならば、その狩人に出会った俺が助かる見込みはあるだろうか。
簡単だ。答えはノー。
どう考えても自分が死ぬ未来しか見えない。
そんな環境におめおめも飛び出す?ないだろ。
じゃあ、やはりこの部屋に一生引き籠るかといえば、それもお断りだ。
なら、どうするか。
安全な場所から、少なくとも調査は必要だろう。
加えて、そんな狩人がどのくらい強いのか検証するためにも体感しやすい実験台がいる。そう、例えば
「俺の代わりとか出せたり……えぇ~…出せたよ。そっくりってか本人じゃん。ついでにその感覚を共有とかできたり……うっぇ、何んだこれ?2人分の視界が混ざって気持ち悪ぅ。なら、こっちの感覚を切ってとかできたり…するんだね。本当になんでもありかよ。うぉ、本体が倒れるっ!?」
という経緯で出来上がった俺のコピー君は最後まで天寿を全う出来たようだ。可能ならこの【夢の部屋】まで戻ってきて欲しかったがそれは望みすぎだろう。
コボルトの攻撃を耐えきった【強化した皮膚】でも、あのミミズ……は気分が悪いからヘビ。ヘビとしよう。トンネルヘビの牙は容易く貫くことが分かったし、恐らく、トンネルヘビのようなコボルトを獲物扱いできる存在が外にはゴロゴロといるだろうことも分かった。それだけで、彼は十分に仕事を果たしたと言える。
ちなみにそんなバケモンに俺はどんな風に見えていたのだろうか。
「たぶん見えてすらいなかったんだろうなぁ……せめて美味しく食べて頂けますように」
身代わりになって散った自らの分身に感謝の祈りを捧げる。
黙祷。
「……さて、と。これからどうしようか。」
この夢の部屋で設定した武器はコボルトに有効だと分かった。
自らの防御力も上げられることが分かったから、防具を用意するのも容易いだろう。そして、これらを踏まえればあのトンネルヘビだって今後、余裕で対応できるようになることはずだ。何よりも最悪、今回みたいにコピーを用意すればどうとでもなる。
「うん、だから大丈夫……なんだけど、なんだかなぁ」
何もかも問題ない。
だが、それが酷く退屈だと考えてしまうのは我が儘だろうか。
なんならコボルトに追いかけられている時の方が楽しかった気さえする。
何故?何?と考えていた時はもっと、だ。
退屈から抜け出すためにこの【夢の部屋】から出たいと思ったのに結局、この部屋の外にも退屈が広がっていると分かっただけではないだろうか。
「これならこの部屋にいても変わら……ん」
感じた違和感が何かと言われれば、よく分からない。
ただ、何かが変化したという感覚があった。
見渡すが白い部屋は壁も床も白いままで、何も変わらない。
どこまでも白い景色は果てなく白くて白くて。
白くて白くて白くて白くて――俺までも真っ白に
「あ」
意識を真っ白に塗り潰されるのに抗うことはできなかった。




