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週末のプロローグ『心』

おかしい。週末のプロローグは3話くらいで終わらせる予定だったのになぜこんなに長くなったのか。一応、残り2話くらいで終わる予定なので付き合って頂ければ幸いです。


では、本編をどぞ。

「緊張した」


強張った筋肉が緊張感から解放され、緩んだ身体から一気に力が抜ける。

そんな体たらくで立ってる事ができる訳もなく、背後にある扉にずるずると背を引き摺りながら腰が床に落ちる。


立ち上がろうにも支える腕に力は入らず、指先は細かく震えている。

床に打ち付けた尻がジンジンと痛むが、そこを擦るのも億劫だ。


こんな状態で動くのはしばらく無理だろう。


少しの間、気絶(?)していたみたいだけれど、森の中を走り回って消費した体力が完全に回復するにはもう少し時間が欲しい。そんな俺が今できることはゆっくりと呼吸をしつつ、動ける程度に体力が戻るのを待つことくらいか。今は何もしたくない…考えたくない。

自分でもそんな身体よりも精神面の方が重症なのが分かる。


(こんな時は寝ちゃえば一番楽な訳なんだけど、ちっとも眠くなりゃしない。現実の俺は寝てるから無理なんか?気絶はできる癖にって……はぁ)



考えないようにすればするほど、余計に考えてしまうのが人間というやつだ。不便極まりない。


眠るのを諦めて目を開ければ目の前に毛むくじゃらの巨体が写る。

そいつは溜め息を漏らした俺をどこか期待が込もった目で見つめていた。


「見てんじゃねぇよ」

『ワンッ』


俺の声に一鳴きして応えた溜め息の原因はそっぽを向く。


(やっぱり俺の言うことを聞くのか)


横を向けば特徴的な長い鼻と垂れた耳が良く分かる。ゴールデンレトリバーによく似た犬の頭に無理矢理に血走った眼を埋め込み、耳まで口を裂いたかのような2メートル超えの異形は単なる犬とするには躊躇われる存在感を放っていた。伸びた爪や鋭い牙のどれもが人に危害を加える形をしていてペットにするには野性が過ぎる。


【魔物】


ありふれ、聞き慣れてはいても決して動物園では出会えないファンタジーな存在をその姿から連想せずにはいられない。事実、目の前の異形もまた多くの場合で人間と敵対する立ち位置で登場する彼らのイメージから外れることなく、ちゃんと俺のことを襲おうとして来たのだからそう呼称することに躊躇いはない。


ただ、そんな禍々しい見た目の犬型の魔物【コボルト】が今は似合わない綺麗な"お座り"の姿勢のまま俺を見つめていた上に、そっぽを向けと言う命令に従うのだから色々と考えてしまうのも仕方がないのかもしれない。



(こいつが俺の言うことを聞くのは…ここが夢の中だから)



そもそも魔物なんかが現れる時点でここが夢の中だということだ。

この部屋に来る前の最後の記憶だって、仕事から帰って来てソファに寝転んだことなんだから俺は今もソファで居眠りをしている。そう。だからここは夢の中に違いない。


「はずだ。」


背後にある扉を見上げる。


壁に備え付けられている訳ではなく、1人で自立している扉が難なく俺の体重を支える不思議な光景もここが夢の中だと証明している。


だが、同時にここが夢の中じゃないのでは、と疑ってしまう理由もまたこの扉なのだ。


(扉の向こう側じゃ思い通りにならなかった)


ここが夢の世界だから、本来どこにも繋がっていないように見える扉から森へ行けるのはいい。


だが、もし本当にここが夢の世界だというのなら、この扉から行ける先もまた夢の世界の延長線のはずだ。この部屋と同じく俺が考えた通りにならなくてはならない。


だが、望んでもいないのに突然現れたコボルトが俺を襲うなんて状況を前に扉の向こうも俺の思い通りだなんて思える訳がない。


「消えろ」


そっぽを向いたままのコボルトの巨体が一瞬で煙になって消えた。

立ち上る煙を前に、考え至った答えは酷く単純で信じ難い。


「痛ぅ」


少し動くようになった手で頬をつねればジンっとした痛みが広がる。

これまで何度も試した夢から覚める定番な方法はやっぱり効かない。


(そもそもこの方法を試した人達の結末が夢オチでしたってあるんだろうか)


夢は痛みで目が覚めるなどど最初に言った人物は果たして誰なのだろうか。証拠はあるのだろうか。責任取って欲しい。


周りを見渡すと真っ白な壁と天井が見える。釘の跡も継ぎ接ぎもなく、古いのか新しいのかも分からない。目映い程に明るいのに窓も電灯の一つもないのはどういう構造なのだろうか。


この不思議な空間は例えるなら、ありふれた言い回しだが"神秘的"と表現するのが相応しいだろう。


「はは…こんな所で目が覚めたら夢の中にいると勘違いしてもおかしくないだろ…やっぱり勘違い、なのか…この部屋だけが特別、なだけで」


この部屋の中では何でもできる。

いくらでも女性達と遊べるし、衣服も靴も出し放題。

どこかに行きたいと願えば、どこにでも行けそうな扉も出せる。


正に夢の空間だ。


だが、いざこの部屋を出てしまえばどうだったか。

魔物に襲われ、成す術もなく逃げ回るしかなかった外の世界は果たして夢の世界だったのだろうか。


「夢みたいに俺の思い通りになるのがこの部屋の特別な効果だとしたら。俺がそれを夢と勘違いしてただけで、すべてが現実だとしたら。」


【異世界転移】


そんなファンタジーな単語が頭に浮かぶ。

今でも夢だと考えた方がよっぽど現実的だ。


異世界へと案内してくれた扉は何も語らず、変わらずそこに佇んでいる。


「扉の向こうでは思い通りにはいかない。ただ、この夢みたいな部屋が俺の願い通りに異世界の現実世界へ行けるようにしてくれた"だけ"ってこと、か」


それを認め、うやむやとした感情を綺麗に洗い落とさば、残ったのは


「なんだよそれ」


恐怖だった。


それを実感した瞬間にぞわっと身体に寒気が走った。


ここは夢の世界なんかじゃないのではないだろうか。

俺の思い通りになるだけの特別な部屋。


そんな都合のいい奇跡のような効果のせいでそう錯覚していただけに過ぎない。


――のでは、ないだろうか。


夢の世界だから好き勝手にできる。

ここで起こることは俺の妄想。


――本当に夢なら。


扉の向こうの異世界ではそうはいかない。

何もかもが自由なのはこの部屋が"特別"なのだから。


まだ"そういう夢"を見ているという可能性はある。

ここまで全部含めて、俺の夢。


でも、だとしたら、何故、


――一向に目が覚める気配がないのか。


もしこの部屋の外で怪我をしたりしたらどうなるのだろう。

最悪、死んだら。


ここが夢の中なら怪我してもすぐに治せるだろう。

それこそ、死んでも問題ない気がする。


だが、もしここが現実だというのなら。



(この部屋から出るのが怖い)



ふと、自分の腹がコボルトに爪で破かれ、齧られながら死ぬ光景が浮かぶ。



「っ!?ダメだっ!そんなの考えたら!」


慌てて、周りを見渡す。

コボルトはいない。腹も無事だ。


「おぇ…どうすりゃいいんだよ」


ここは何でも思い通りになる部屋。

なのに帰りたいとどんなに望んでもやはり夢は覚めてくれなかった。


◇◆◇◆◇


「腹、減ったな」


俺はどのくらいうずくまっていたのだろう。

窓も時計もないこの部屋では時間の感覚がかなり曖昧だ。


ただ、身体は時間に正確なようでどんなに落ち込んでいても腹の虫は空気を読んでくれないらしい。自己虫め。


「シーチキンマヨおにぎり。お茶。」


よく見るコンビニパッケージのおにぎりとペットボトルのお茶が目の前に出現する。ふわふわと宙に浮かぶそれを手にとり、一口お茶を含んだ口でおにぎりを齧る。


「旨い」


何てことはない、いつもの味だ。

ただ今はそれが良い。いつもと変わらない事にほっと息が漏れる。


「腹が膨れるのも味を実感できるのも夢じゃないから、か。服も出せるからこれで衣食住は問題ない、となればここに引きこもるか、……出るか。」


決めなければならない。


もうこの世界が夢だという可能性は捨てる。

夢のように何でも叶うのはこの不思議な部屋がもたらした錯覚に過ぎないのだと。


そしてひとたびこの部屋を出ればその効果はなくなる事も。


「どう考えてもこの部屋にいるのが正解だよなぁ」


馬鹿でも分かる答えだ。

ここに引きこもってさえいれば飯も水も時間も娯楽も好きなだけ、思いのままだ。

欲しい物は何でも手に入り、魔物なんていう馬鹿げた存在に命を脅かされる事もない。

女性は抱き放題だし、極論、老いる事すらないのかもしれない。


そんな空間に独り暮らし。

何なら現実なんかよりも素晴らしい生活が送れることだろう。


「ここで一生……か」


誰かが聞いていたら、こんな素晴らしいシチュエーションにどうしてそんなに元気がないんだ?と投げかけてくれたかもしれない。だが、そんな人物はいない。まあ、想像すりゃ出てくるんだろうけれど、今はどうでもいい。


肝心なのはどうやら俺がそんな馬鹿以下だということだ。

もしくは本当に誰かいてくれたら答えは変わったのかもしれない。



確かにここは俺の想像通りにできる世界。

飯も、娯楽も寿命さえも。



だが、逆を言えば想像(それら)が俺という範疇を超える事は決してないということだ。


予想通りの出来事。期待を裏切らない展開。望み通りの幸せ。

そんな代わり映えのしない毎日の連続に俺は耐えられるだろうか。


「耐えられなかったからこんな夢を見たんだろう」


思えば、仕事をして、食って寝るだけの退屈な毎日から抜け出したいとずっと思っていた。そんな俺がこの部屋に籠ったらどうなるか。そりゃあ、最初こそ楽しいだろう。だが、次第に訪れる退屈が心を蝕んでいくのではないだろうか。


それは、日々の変わらない生活に刺激を求めていたこれまでの生活と変わらないのでは、いや、もっと酷い物じゃないだろうか。


「絶対にここじゃない世界に行きたくなるに決まってる。」


だから"異世界に行ってみたい"なんてくだらない願いをしたんじゃないのか。退屈から抜け出すために。


振り返る。


こんなすぐ近くにその退屈から逃れられる扉があって、一生それを無視し続けることができるだろうか。


できる、訳がない。


「それならここに引きこもることを考えるよりも、外に出ることを考えた方がいいに決まってる。」


心は決めた。


いや、恐らく初めから決めていたのだ。


だから、この扉は現れた時からずっと変わらずそこにあった。


「だとしたら、何のために悩んでたんだか。」


残ったおにぎりも腹に詰め、考える。

そうなると、まずは何からしようか。



俺以外の誰かを出さなくて良かった。

"なんで笑っているんだ?"なんて質問されたら恥ずかしいったらない。


◇◆◇◆◇


「よし、行くか。」


震える手を決心で無理矢理抑え込み、ゆっくりと扉を開ける。

僅かに開いた隙間からそーっと覗けば木々が並んでいる様子が見える。


既視感に決心が揺らぐが、一呼吸置き、そのまま慎重に扉を開けていく。


森特有の土の匂いを乗せた湿った空気が肌を撫でる。

だからこの身震いは寒いからであってビビッてるわけじゃないんだからね。


「何もいない、か」


息を潜め、耳を澄ませ、変な物音や息遣いが無いか辺りを警戒する。

何に警戒しているかといえばもちろんコボルトのような魔物の存在だ。


何度も言うが決してビビってる訳じゃない。本当だぞ?


警戒しているのは扉を出た瞬間に襲われたのでは"実験"どころではないからだ。邪魔されたら敵わない。そうだとも。


「オーケー、オーケー、オールグリーン」


小声で安全確認。意を決して、一歩踏み出す。


前回同様、ぬかるんだ地面の柔らかさを足の裏に感じながらゆっくりと森へ侵入していく。だが、前回ほど深くは進まず扉からおよそ5メートル程離れた場所で立ち止まる。


「ひとまず、大丈夫そうか……よし」


扉から出てすぐさまガブリと噛みつかれることはなさそうだ。


「さっさと済ませよう。」


そそくさと懐に伸ばした手のひらに感じる硬い感触にほっと胸を撫で下ろす。取り出せば、どこにでもありそうなプラスチック製の透明なコップが森の中に僅かに差し込む光を反射した。


「どこにでもありそう、というか本当にどこにでもあるコップたけど。」


紛れもない普通のコップを色んな角度から見回す。

特にひび割れも汚れもない。夢の部屋で俺が出した【特別なただのコップ】は変わらずただのコップのようだ。


「よし、やっぱり消えたりしない。」


何故、そのただのコップを意味深に見ているかといえば、【夢の部屋で想像した物は外に持ち出せるのか?】を確認しているからに他ならない。


実験の結果はご覧の通り。

夢の部屋で想像した物は持ち出せることが分かった。


ただ「やっぱり」と言う以上これに関しては持ち出せるだろう、という確信があった。


その理由は【靴】と【服】だ。


この靴もだが、初めて扉を開けて森へ入ったの時に森を歩くのに必要そうだからという理由で服と靴を出したのは記憶に新しい。その靴を履いたまま森へ入れていたのだから同じようにこのコップも大丈夫だろう、という理屈だ。


とはいえ、若干の不安はあったので案の定の結果に肩の荷が1つ降りた気分だ。


ただ、言い換えればここまでは想定内ということ。

肩の荷はまだまだ山盛りなのだ。


つまり、本番はここからだ。


「水よ、湧き出ろ。」


手に持つコップの底から水が湧き出て中身を満たすイメージをする。


―――が、コップから水が出ることはない。


俺の声が森に消えるのみ。


「やっぱりダメか。」


落胆する気持ちと、やはり無理だったかと納得する気持ちが織り混ざる。


落胆の理由は夢の部屋を出てしまえば、自分が無力だと痛感したから。

納得の理由は"やはり"と言うくらいだから、目の前の現象が予想通りだったからだ。


さっきは部屋の外では思い通りにならないと落ち込んでいたのだから、逆にここでコップから水が溢れ出すものなら焦ること請け合いだ。まぁ、別に水が溢れても良かったんだけど。それはそれで最高の結果だ。無理だったけど。


兎に角だ。

要はここまでは全て想定内。

実験ではなくあくまで確認に過ぎない。


次こそ本当の本当に本番の実験だ。


「上手く行ってくれよ?」


懐からもう1つのコップを取り出す。

姿形は左手にあるコップと全く同じだ。


「水よ、湧き出ろ。」


その新しいコップに対してもさっきと同じく水が湧き出るイメージを……するまでもなく今度はこぽっ、こぽっと音を立てながら底から水が湧き出し、中を満たしていく。


「~~~っ!?よし、よしよしよし!成功!上手くいって良かったぁあ!」


歓喜に震えながら両手にある2つのコップを見比べる。

水が湧き出なかったコップと、片や水が湧き出るコップ。


それぞれは見た目こそ同じだがその本質は全く違うものだ。


前者は本当に何の変哲もないただのコップだ。お気に召したら近くの100均でお買い求めください。


だが、後者。こちらは残念ながら非売品。

お買い求め頂くには俺と同じ目に合って貰うしかない。


まぁ、冗談はさておき、だ。


この2つのコップの違いが何かといえば、前者は夢の部屋で具現化した本当にただのコップ。後者は夢の部屋で具現化した水が湧き出るように予め設定した不思議なコップという点だ。


「あの部屋で想像した物なら外の世界にも持っていける。しかもそれに何か設定をしたら、そのままで!」


そうとなればやれることはたくさんある


「例えば、最強の武器を想像して俺最強なんて…ぐふふ。」


夢が広が……


『ハッ、ハッ、ハッ』

「うっ!?ずいぶんと早い再会で。」


短く荒い息に釣られ、見つめた視線の先に現れた存在に心臓が鷲掴みにされる感覚がある。もうなんやかんやで3回目の会合になるわけだが、ちっとも慣れる気がしない。


相も変わらず血走った目でこちらを見るコボルトがゆっくりと姿を表した。


それは正に、この森で初めて奴と出会ったシチュエーションそのものだった。ともすればまた襲われ、逃げまとうのか。


いや、今は状況が違う。

真後ろにある扉の中にすぐさま飛び込めば、難なく逃げ去ることが出きるのだから。


故に俺はコップを地面に置き、一歩足を引き……


「かかってこいやぁ!」


不格好に構えて叫ぶことにした。


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