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兄弟の姉妹デビュー

 


「お兄ちゃん!」


「だから気色悪い呼び方すんな!」


「だってお兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ!」


「それはあってるが他にも呼び方は色々あるだろ」


「色々ある中でお兄ちゃんって呼んでるだけじゃん」


「だから男のくせに気色悪いってんだよ」


 俺の名前は愛原(あいはら)星恋(せれん)、至って普通の男子高校生。

 少しコンプレックスをあげるとしたら中性的な顔と背が低いこと。


 それでこの女装した気色悪いのが弟の愛原花恋(かれん)、昔は至って普通の男子だったはずなのにいつの間にか女子の服を着始めたと思えば制服まで女子用になっていた。

 口調や言動まですっかり女の子になっていて、俺が何を言っても聞く耳を持たない。


「もう! 今日は初配信なんだからちゃんと準備して!」


「準備ってお前の配信だろ、俺関係ないんだよ」


 そう、今日この日から弟は今話題のVtuberとやらになる。

 3Dキャラクターに自分の声をあてて配信するとかいう意味わからないやつだ。

 男子高校生なら男子高校生らしく部活でもやれって言ってんのに知らないうちに、どこぞの企業に書類を送っていたらしく通ってしまったんだとか。


 花恋がどんな配信者になるかなんてどうでもいいし、もう勝手にすればいい。

 俺は何度も止めさせようとしたが頑なにやると言い張ってあっという間に家に配信部屋が出来上がった。


 双子部屋で共同空間にも関わらず並んでいく機材に何度ぶーたれたことか。

 同業者でも呼んで配信するのかふたり分の席まで作りやがって俺の場所が無くなるってんだよ。

 既に俺の机も荷物おきになって天板が見えなくなっている。


「お兄ちゃん何言ってるの? ぼくたち双子Vtuberになるんだよ?」


「は?」


 花恋は今なんと言った、聞き間違えじゃないなら双子Vtuberだとか何とか、企業だしペアを組まされてここで配信することになるのだろうか。

 だとしたら毎日知らんやつが入り浸るわけじゃねえか。

 最悪だ。


「それでこれがぼくたちのアバターね、見てみて」


「どうでもいいよ」


「どうでも良くない! 大切なアバターなんだから、ちゃんと見て?」


「俺関係ないんだからいいって言ってんだろ、俺午後から部活だから勝手にやってろ」


「部活? 昨日退部届け出しといたよ?」


「は?」


「だってこれからたくさん配信するんだから部活なんてやってる暇ないよ?」


「何やってくれてんだよ、お前の配信に俺の部活は関係ないだろ。今すぐ学校行ってくる」


「だめだって!! もう一回言うよ? ぼくとお兄ちゃんは今日から双子Vtuberになるの、わかった?」


「は?」


「だから、お兄ちゃんもやるの。それでこれがお兄ちゃん、いい?」


 待て、確かに花恋と俺は双子だ。

 聞き間違いじゃなければこいつは今俺もVtuberになるとか何とかと言わなかったか?


 画面に映るのは水色で腰までありそうな長い髪をひとりは低めの位置でツインテールに結んだ美少女、もうひとりはひとつに結んでポニーテールにしている。

 片方は可憐な雰囲気を漂わせ、加護欲をそそるような可愛らしいデザイン、片方は凛としたしっかり者を思わせる。

 片方は美術室で絵でも描いてそうな雰囲気で、片方は弓道場で弓を引いていそうな雰囲気。


 これが俺と指さして言われたのはポニーテールの凛とした美少女の方。

 身長はふたりとも同じくらいでどこか俺たち兄妹を思わせる顔をしている。

 ふたりともふりふりワンピースのパジャマとの ネグリジェを着ている。

 決して露出が多い訳では無いが、とても可愛らしい格好だ。


「お兄ちゃんは弓道やってるからこの子も弓道やってる設定なの。ぼくの方はこっちで部活はやってないけどお兄ちゃん…ううん、お姉ちゃんのサポートする妹って設定だから」


「ちょっと待て…何故俺がお前と一緒にVtuberやることになってんだよ。俺こんなの応募した覚えないぞ、しかもアバター女じゃねえかよ」


「だって当然でしょ? ぼくたち美少女姉妹の双子なんだもん、だからデビューできるんだよ?」


「なんで俺がデビューすることになってるんだよ」


「ぼく一人じゃきっと難しいかなって思ったからお兄ちゃんと一緒って出しといたの、そしたら通ってぼく嬉しくて」


「だからなんで勝手にそういうことするんだよ」


 花恋のこういう突っ走る性格は昔から変わらない部分だけど人に迷惑だけかけるなと何度も言ってきた。

 確かに俺には頼ってもいいと言ったこともあったような気がするがこんな形で頼るんじゃねえよ。


「とにかく、俺はこんなのやりたくないからな。やりたいなら一緒にやってくれる人でも探してやるんだな」


 俺には珍しいほど怒気を含んだ声でそういうと花恋は体をビクッと硬直させて俯いた。

 頬に涙が流れていくのが見える。


「ごめんなさい…でもお願い…お兄ちゃんじゃなきゃダメなの…」


「だからそういうのが気色悪いって言ってんだよ」


「ごめんなさい…おでも兄ちゃんが一緒にやってくれないと…ぼくもデビューできない…だからお願いします…お願いします…」


「うっ…」


 俺に縋るように平謝りとお願いを繰り返す花恋を見るとさすがの俺もこれ以上言えなくなってしまう。

 こいつはこいつで夢のために頑張ってるわけで部活に勝手に退部届けまで出されたことに関しては追求するべきだとは思うが、少し協力するくらいはしてやるべきかもしれない。

 あくまで双子でなければデビュー出来ないなら俺の代役を見つければ良い話だし、花恋にはとにかく早くその相手を見つけさせてそれまではVtuberになってやろう。


「わかったよ、やってやる。でも直ぐに代役を見つけてこい。それまでは俺も協力してやるから」


「…やった! じゃあ早速だけで初配信は2時間後だから頑張ろうねお兄ちゃん!」


「おまっ、全く反省してないだろ、ちゃんと代役探せよ」


「わかってるー!」


 そう言って今まで流れていた涙はどこへやら、急に調子を取り戻して駆け足で部屋から出ていった。

 もしかしてあのまま放置してよかったやつかもしれないと変な話に巻き込まれたことを後悔した。



 ♦♦♦



 そして配信30分前、花恋に教えられた俺たちのぱいなったーは既にフォロワー5万人を超えていてVtube登録者も7万人に差し掛かっていた。

 30分後の初配信のライブ画面を見ると既に3万人近い視聴者が待機してチャット欄にコメントを打っているらしく企業勢のVtuberとやらはとんでもないと実感させられた。


 あれから花恋にVtuberについて色々と教えて貰ってわかったこととして、企業勢はこうして安定したスタートと約束された成功があること、その代わり入ってくるお金は少なく自由度も低いこと。

 個人勢は成功出来れば企業勢では敵わないほど高みに登れること、その代わり埋もれる可能性が極めて高いこと。


 俺と花恋は企業勢だから安定して成功できるけれど自由度は低く、お金に関してもそこまで入ってこないらしい。

 どうせやるならちゃんとお金は稼ぎたいからその辺はちゃんと聞いておいた。

 嫌々やるならバイトと思っておいた方が気が楽なのだ。


 それから俺たちの配信は基本的にふたり揃ってやることが原則らしい。

 配信内容によってはどちらかひとりでやるのは許可されるけど、俺ひとりでやることはまず無いだろう。

 企業側からやれと言われたらやらざるを得ないがそれも金のためと思えば耐えられそうだ。


 俺の代役に関しては花恋の方から企業側に連絡すると言っていたのでそこに関しては任せておくことにした。

 何しろ俺はその企業とやらと面識がない、ついさっき会社名を聞いたようなレベルでマネージャーとやらの名前と名刺は花恋から貰ったが、正直何も分からないのが現状だ。

 俺から連絡するより花恋から伝えてもらう方が伝わりやすいだろう。


「お兄ちゃん準備できた?」


「だからその呼び方やめろって言ってんだろ。準備って言われても何すればいいかわかんないしなぁ。喉乾きそうだからお茶は持ってきたけど」


「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ? あとはトラッキング用の器具を身につけたりかな。それは後でやるから、準備できたならこれに着替えてきてくれる?」


「着替える?」


「うん、準備できたんでしょ?」


 当たり前の顔で渡された紙袋を流れで受け取る。

 渡した花恋はと言うと、パソコンに向かって配信に向けて色々設定をいじり始めたらしく集中しているらしい。

 そのモーショントラッキングとやらに必要な服なのだろうと勝手に解釈して袋の上を止めているテープを剥がして中身を取りだした。


「は?」


 中から出てきたのは水色の薄手のフリフリしたなにか。

 パッと見今花恋が着ているものと同じように見える。

 というか今になって気がついたが花恋が着ている服は、俺たちが配信用に使うアバターと同じ服装じゃないか。


「おい花恋」


「お兄ちゃんどうかした?」


「これ、着る必要ないだろ」


「必要あるよ? ぼくたちVtuberとして今日が初めての配信なんだから形から入らないとだよ?」


 確かに花恋はともかく俺は女になりきるなんてやったことないわけだし形から入るというのは納得…するわけねえだろうか。

 あほか。

 こんなフリフリの服とか気持ちわりぃよ。


「いやいや、トラッキングに必要と言われるならわかるけどどう見ても要らないだろ」


「そういうことじゃ…うん、トラッキングに必要だから着なきゃ行けないんだよねー」


「まじか」


 トラッキングに必要なものなのかよこれ。

 この薄手の生地の中に小型のトラッキング用の機材が入っているのだろうか。

 だとしたらふたり分の衣装で一体いくらになるんだこれ…。


 確かに言われてみれば服や髪を自然に動かしているのについてはよくわからない。

 実際に同じ服を着て動いていれば中も同じ動きをしてくれるのかもしれない。

 なるほどVtuberの技術力もなかなか興味深いものがあるな。


「まあそういうことだから早く着替えてよねお兄ちゃん」


「わかったよ…」


 あらためて手に持った衣装を眺める。

 フリフリでリボンで装飾された水色のワンピース、レースのガウン、というよりネグリジェになっている羽織る上。

 薄手で若干肌の透けるニーハイソックス。

 おまけにアバターと同じ髪型のウィッグまでついている。

 Vtuberって毎回こんなのを着て大変なんだなと思わされる。


「花恋、ウィッグだけ頼めるか? 付け方わからない」


「おっけー! 服は自分で着れる?」


「無理そうだったら頼むわ」


 とりあえずワンピースタイプだから上下服を脱がなきゃいけないか。

 シャツとズボンを脱いでワンピースを手に取ると自分の体が目に入ってくる。

 弓道部として毎日鍛えて来たはずなのに一向に筋肉のつく気配のない華奢な体。

 焼ける気配のない色白な肌、細く長い手足は親譲りで嬉しいところだがいつまでも細いままで筋肉がつかない。

 健康的といえば健康的かもしれないが弓を引くなら腕周り肩周り、背筋はもう少し欲しいところだ。


 頭からすっぽり被ると見事な程にフィットして、花恋と全く体格が変わらないからオーダーメイドでしっかりやってもらったように着心地がいい。

 スカートは前部分の丈が短く後ろが長くなるデザイン、下を見下ろしてスカートから伸びる自分の足を見てため息をつきたくなる。

 言われてしまえばどう見ても女の子だ、花恋が女子制服を着ても違和感がないということは俺も同じということ。

 現実は悲しいものだ。


「お兄ちゃん着替え終わった?」


「まだ、これ着方大丈夫?」


「えっと、大丈夫だよ! あとはこれを羽織って…」


「靴下は自分で履けるからウィッグ頼める?」


「任せて!」


 そういうと花恋は袋からネットを取り出して俺の後ろに立つ。

 やりやすいように床に座ってやると膝立ちになって髪の毛をネットの中に収めるように俺の頭に被せた。

 花恋は慣れてるだろうからひとりで出来るんだろうけど毎回こんなことやらなきゃいけないなんて、こんなめんどくさいこと、どうしてVtuberになりたいなんて思うんだろうか。


「ネットつけたから、じゃあウィッグちょうだい」


「はい、花恋はひとりでこれできるんだろ、すげえな」


「慣れたらそんなに難しくないよ? お兄ちゃんもちょっとやればすぐできるようになると思う」


「さすがに慣れたくないな」


「しばらくは付き合ってもらうからね?」


「わかってるよ」


 そんな会話をしながら慣れた手つきでウィッグを被せ終わった花恋が俺の後ろからどいて、手鏡を渡してきた。

 おお、顔は俺だけどすっかり女の子だ。

 元々中性的な顔立ちだったからこれだけでも十分行ける気がする。

 まあさすがに女の子ですと言うなら多少化粧はした方がいいのかもしれないが。

 配信だからそこは関係ないのでこれで完成でいいだろう。


「じゃあメイクするね」


「は?」


「当たり前でしょ? 顔は出さないけどなりきらなきゃいけないんだから」


「わかった…」


 メイク道具を持ってニコニコしてる花恋を見て、もはや逃げ道は無さそうだなと今は付き合ってやることにした。

 ここまで楽しそうな花恋を見るのも久しぶりだからな、これくらいは許してやってもいい。

 これで外に出るなんて言ったら何がなんでも逃げるところではあるが。


「じゃあ一回ウィッグ外しちゃうね」


「それなら先にやればよかったんじゃないか?」


「一応違和感ないかなとかメイクどうしようかとか見たかったからね」


「なるほどな、じゃあささっとたのむわ」


 正直顔に何かをつけるなんて女は何考えてんだと何度でも思う。

 俺なら違和感が気持ち悪くてすぐに腕で拭ってしまうだろう。

 さすがに今それをやったら衣装も汚れてしまうかもしれないし、何より花恋の初配信の邪魔になってしまうかもしれないから我慢するつもりではあるが。

 無意識にやってしまうかもしれない。


 15分ほど俺は顔をいじくり回されてやっと解放された。

 再びウィッグをつけて渡された手鏡にはこの世の人間なのか疑いたくなるような天使が映っていた。

 いっその事アニメだとか漫画から出てきましたと言われた方がすんなり受け入れられそうな見た目の可愛らしい少女。

 まあ、俺な訳だが。


「化粧すげえな」


「でしょ? すごく楽しいんだよ?」


「花恋を見てればわかるよ」


「お兄ちゃんもやる? 道具は沢山あるから貸してあげる」


「いいや、やらん」


 花恋を見てれば楽しそうなのは十分伝わってくるがそれはあくまで花恋にとっての楽しいであり、俺が自分でやることを楽しいとは思えないだろう。

 今も顔の違和感を拭いたくて手がうずうずしてやまないのだ。

 これは慣れるまでしばらくつらいだろうな。

 いっその事どこかに固定して無意識にも触れないようにしておこうか。


 時間は既に配信10分前になっていて、俺は残ったニーハイソックスを足に通して一度トイレに行くことにした。

 トイレに行く前に一度洗面所によって自分を覗き込んでみたのだが、本当に化粧は凄い。

 これは素直に賞賛せざるを得ない、人の見た目をここまで変えるとは。


「お兄ちゃんなーに見惚れてるの」


「のわっ、そういう訳じゃなくて本当化粧すげえなって思ってたんだよ。俺でもこんなに可愛くなれるんだからなあ」


「何言ってるのお兄ちゃん、それはお兄ちゃんが元々可愛いからだよ? 化粧ってもっと色々やれば人の顔の形もある程度無視できるけど今回は薄化粧しかしてないからね?」


「そうなのか?」


「うんうん、お兄ちゃんは元から可愛いから軽くいじるだけでこうなれるんだよ?」


「へぇ」


 化粧は人の顔の形も変えられるのか、でも毎度それをやるなら整形に行った方がいいんじゃないか?

 まあ整形したら後戻り出来ないから化粧を頑張る人もいるのだろう。

 単純にお金がかかるのもあると思う。


「だからお兄ちゃんは毎日これくらいの化粧するべきだと思うの」


「は? ちょっと待て、なんでそうなる」


「だってお兄ちゃんも女の子の楽しさがわかってきたんでしょ?」


「いやいや、わかんねえよ。確かに化粧がすごいのは認めるけどそれとこれとは全くの別物だ」


「そうかなあ」


「そうだよ、俺は普通にしてたい」


「ぼくにとってはこれが普通だよ?」


 当たり前だよなんて言いたげに首をこてんと傾ける花恋を見て、こいつは本当に女の子なんだなと思ってしまった。

 ずっと男らしく男らしくなんて言っていたけどこれからは言わないようにしとこうと心に誓った。


「お兄ちゃんに言い忘れたことがあってね」


「どした?」


「声の出し方と喋り方。お兄ちゃんの声中性的だけど男の子だから、配信する時は喉を上げて女の子にならないとだよ」


「と言われてもなあ」


「えっとね、あくびした時みたいに喉仏を上げたまま裏声を出して…そしたら裏声を抜いていくの」


 言われるままにあくびの形を意識して喉仏を上げたまま我慢、それから裏声であーと声を出しながら裏声を抜いていく。

 次第に声が細くなって言って随分と可愛らしい声に変わってきた。

 そこまで普段と変わった訳では無いが確かに女の子らしくなった。


「こんな感じか」


「お兄ちゃんすごい…ぼくそれできるようになるの結構かかったのに、これすごく難しいし喋るの大変なんだよ?」


「そうなのか? そんなに大変に感じない」


「お兄ちゃん才能あるよ絶対! じゃあ配信中はそんな感じで喋ってね!」


「わかった」


 言うほど難しくはないし普通に喋るのとそこまで変わることなく喋れている。

 これなら思ったよりも配信は平気かもしれない。


「にしてもこれ本当に俺かよ」


 鏡を見て改めてそう思ったのだった。

 そのままトイレに行ったんだけどなんか妙な罪悪感に襲われた気がしたが無視した。



 ♦♦♦



「じゃあ最後に確認だけどぼくの名前は愛月(まなづき)かれん、お兄ちゃんは愛月(まなづき)せれんだからね」


「名前ほぼまんまだけど大丈夫かよ」


「事務所は平気って言ってたから大丈夫じゃないかな、ひらがなになってるし。もし友達とかに何か言われても知らんぷりしとけばいいんだからね」


「そうかなあ…まあ花恋はともかく俺はこんなことするわけないから平気かなあ」


「あ、お兄ちゃん、一人称は私にしてね!」


「俺じゃダメか」


「だめ! 俺っ子もいるけど私の方がお兄ちゃんのキャラに絶対いい」


「うっかり出た場合は」


「出さない!」


「はい」


 パソコンに映る配信画面は配信までのカウントダウンが始まっている。

 俺は衣装にいくつか小さな機材をつけられて画面の中の自分と同期が完了した。

 俺が右腕をあげると中の俺も同じように動いてくれる。

 少し面白いなこれ。


「お兄ちゃん…せれんお姉ちゃん、頑張ろうね!」


「あ、ああ…」


「もう少し色々喋らないとダメだからね?」


「わかってる…」


 思い返せば2時間前、どうしてこんなことになっているのか。

 2時間前まで普通に部活に行くつもりていたはずなのに気がつけば画面の前でこんな格好で弟と並んでいる。

 待機画面は既に6万人の視聴者を表示している。

 チャンネル登録者も8万人になったよと花恋が嬉しそうに跳ねていた。


 はてさて、つい2時間前まで普通にしていたはずの俺にこの人数を相手にできるだろうか。

 人生何があるかわからないと言うがさすがに分からなさすぎるだろこれ。


「じゃあせれんお姉ちゃん、始めるからね。控えめな感じに話せば大丈夫、でもクールなお姉ちゃんでいいけど少し可愛らしいとこ見せてね?」


 と言われても弟よ、俺には全くわからないぞ。

 可愛らしく可愛らしく…とりあえずいつものように適当に受け答えしたらだめだろう。

 返事はああとかはいよりうんとかの方が可愛いか。


「うん、頑張ろう!かれん!」


「っ…うんっ! せれんお姉ちゃん!」


 一瞬固まった花恋の様子を見てこれで平気か少し不安は残るがもう時間もないしこんな感じで1時間もある配信を乗り越えようか。


 画面のカウントダウンが0の文字を表示する。

 事務所が用意したopムービーが流れて誰が描いたのか俺たちふたりのアバターのイラストが音楽とともに流れる。

 コメント欄もさらに盛り上がり始めて目で追えない速さで流れていく。


 そしてopが終わって俺と花恋のアバターが表示された。

 画面中央の下にコメントが流れていてその上にふたり並んで映っている。

 背景は可愛らしい女の子の部屋のようになっている、よく見るとこれ俺らの部屋と同じ感じじゃないか?

 部屋の内装デザインは女部屋だけど形とか配置は俺らの部屋と同じだ。



「やっほー、みんなおまたせ! かれんだよ! みんなぼくと仲良くしてくれたら嬉しいな!」



コメント

キタ━━━━(゜∀゜)━━━━!!

きたきたきたきた

ああああああああああ

こんにちは!

ああ、もう可愛い

ボクっ娘最高

これはやばい

( ゜∀゜):∵グハッ!!

こんにちは!



「ほら、お姉ちゃんも挨拶して?」


「う、うん、せれんだ…よろしく」



コメント

( °ω°):∵グハッ!!

これは伝説の始まりか

俺はせれんちゃん派

いや、かれんちゃんだろ

可愛すぎる

お前らわかって無さすぎ、男ならふたりまとめて推せよ

だよな

てぇてぇ

かわいい



 ものすごい速さで流れていくコメントに圧倒されてしまう。

 隣の花恋は平気な顔で笑顔を作ってコメントに笑い返している。

 俺もなにかした方がいいだろうか、けど笑顔も固くなりそうで花恋に任せとくか。

 まあVtuber活動も花恋の夢で俺はついでなわけだし。


「じゃああらためてぼくたちの自己紹介するね! ぼく達は双子の姉妹でせれんお姉ちゃんと妹のかれんだよ!」


 そう言って手書きのメモをこちらに回してくる花恋。

 そこには2人のプロフィールが大雑把に書かれている、これを読みあげればいいのか。


「えっと、私は弓道部で弓道をしている。かれんは私のサポートをしてくれて…」


「そうなの! お姉ちゃんの弓道の腕前すごいんだからね! 遠くの的も的確に射抜くんだから! みんなも心射抜かれちゃうかも?」


「かれん、私はそんなんじゃ…」



コメント

既に射抜かれた

もうグサグサきてるよ

せれんお姉ちゃん可愛すぎる

献身的に支えるかれんちゃんも最高

=(´□`)⇒グサッ!!

既に犠牲者出始めてるな



「せれんお姉ちゃんは少し人見知りなところがあるんだけどとっても優しいんだよー!」


「えっと…そうかな」



 なるほど俺はそういう感じにしとけばいいのか、俺はさりげなくサポートしてくれる花恋に感謝しながら次のメモを読み上げる。



「私の特技は弓道だけど、他にも料理とかは得意かな…」


「お姉ちゃんの料理はとっても美味しいの、いつもお弁当作ってくれるんだよー!」



 うん、喋ってて自分でも自分がキモイ、弓道やってるのは嘘じゃないしそこそこ上手くはなってきたけど、うん。

 こんな姉御キャラじゃないし自分がきつい。

 この子になりきると心に言い聞かせ続けて何とか及第点を貰える程度には演じれてると思うけど、立ち直れなかったらどうしよう。



コメント

せれんちゃんのお弁当をふたりで食べる…

想像しただけで10回死ねる

かわいい

こんばんはー!

弓道するせれんちゃん想像したら吐血した( ´゜Д゜)・;’.、カハッ



「なあかれん、なんか物騒なコメントがあるんだけど大丈夫か?」


「大丈夫じゃないかな、それにせれんお姉ちゃんが可愛すぎるからいけないんだよ?」


「え、私のせいか!?」



コメント

せれんちゃんのせいだね

せれんお姉ちゃんがかわいいから

せれんお姉ちゃんに甘えたい

踏まれたい

よしよしされたい



 コメント欄が黄色一色というか俺に対する欲望が羅列している。

 Vtuberはこんなのを相手に毎日やらなきゃいけないのか、俺は既にいっぱいいっぱいで逃げ出したいくらいなのに。

 花恋はこんなの当たり前と言わんばかりの堂々した態度で笑顔を浮かべている。

 素直に花恋をすごいと尊敬する。

 俺は頬をひきつらせて次のメモに目を通すしかないというのに。



「みんな欲望ダダ漏れだよー! お姉ちゃんがあっぷあっぷしてるからストップー!」


「こ、こわ…」


「大丈夫だよお姉ちゃん、頑張ろ?」


「あ、ああ…」



コメント

なんだこれ

双子姉妹てぇてぇ

百合はいいですなあ

かわいい

でもせれんちゃんに厳しくされたいって思っちゃうよな

えー、甘やかして欲しいよ



「ちょっと質問とか受けてみる?」


「うん、いいよ」


コメント

はいはーい、ふたりのお互いに好きなところは!?



「好きなところか、かれんは変わってるけどまっすぐで素直なところは好きかな。たまに人に迷惑かけるからそういう時は怒るよ」


「お姉ちゃん、ちょっとそういうのじゃないと思うんだ?」


「じゃあどういうの答えればいいんだよ」


「うーん、お姉ちゃんの好きなところ…すごく可愛いところとかいつも厳しいんだけどとっても優しくて色々助けてくれるとことか」


「私と変わんないと思うんだけど、それ恥ずいからやめろ」


コメント

止まらぬ姉妹ワールド

せれんちゃん慣れてきたのか自然になってきてる

話し方ちょっとかっこよくて近づきずらい姉貴分みたいな感じだな

お姉ちゃんとしてはありじゃない?守ってくれそう

せれんの姉御!


「やめろ、私はかれんの姉だ」


「お姉ちゃん、そんなに睨んだらだめだよ。もっと優しく、ね?」


「あ、ああ。そうだよなごめん」


コメント

せれんちゃんのキャラすこなんだが

不器用な姉御とか最高でしかない

照れさせたい

かれんちゃんにだけ優しいとかてぇてぇかよ

てぇてぇだよ

かわいい

しかも料理得意とか最高でしかない


「お、お前ら褒めても何も出ないからな」


「お姉ちゃんは素直じゃないな〜、ほら笑って笑って」


「こ、こうか」


「だから硬いよ〜、そういえばぼくね、この前テストで100点取ったんだよー!」


「そうなのか? よく頑張ったな、かれん」


 花恋が勉強を頑張ってテストでいい点を取った時、決まって俺は花恋を撫でてやる。

 なぜかこうしてやるとこいつはとても喜んでくれる。

 人肌恋しいのかもしれないけど親のところに行けばいいと思ったりもした。

 まあ親のところでも撫でてもらって俺のとこに来るわけだから、つくづく犬かなにかかと思ったほどに花恋甘えたがりだったりする。

 テストでいい点を取ったならいつもみたいに撫でてって…なんかコメント欄バグってないか?



コメント

、、、

。。。

、、、

。。。

、、、

……



「あれ、みんなどうしたんだ」


「お姉ちゃんの無意識にやられたんだと思う」


「そんなに変なことしたか」


「とっても可愛かったよ?」


「そんなことないだろ」



コメント

いや、最高でした

ごちそうさまです

かれんちゃんにだけ見せる笑顔って感じで最高

また顔硬くなってる

自然な笑顔可愛すぎて死ねる

花恋ちゃんとのてぇてぇも最高すぎて

切り抜き頼むわ



「変な人たちだな」


「そんな事言っちゃだめだよ? お姉ちゃん」



 花恋がいなかったら、というかひとりで配信なんてバイトだと思い込んでも無理だと悟った。

 こんなの捌ききれるわけが無い。

 コメントだから全て目を通さなきゃ行けないのに流れは速いし目に飛び込んでくるのは欲望の数々、かわいいだのなんだの。

 中身が男だと知ったらこいつらなんて言うかな。

 それはそれで見てみたいと悪戯心が動きそうになったけど花恋のためにささがにやめておいた。

 こいつの夢かかってるもんな。


 それからも自己紹介やタグ決め、視聴者の呼び方など訳分からんことを決めたりして長い一時間がすぎた。

 最終的に私派閥と花恋派閥みたいなのが出来上がってそれぞれにタグと呼び方が決まった。

 ペアのタグも決めて時間がかかったわけだ。


 こんなに大変な配信も多少慣れてくれば大変でも楽しみを見つけられるもので最後の方は無理のない範囲でなるべく楽しんだ。

 つまんないつまんないと思い込んで過ごす1時間ほどきついものは無いからな。

 できるなら楽しいと思えた方が楽に決まっている。


「はあ、でもやっぱり私こんなの続けられる自信ない」


「続ける自信がついたら続けてくれる?」


「代役見つかるまでだけどな」


「ええ、でも最後の方ちょっと楽しそうだったよ? お姉ちゃん」


「何事も少しの楽しみを見つけなきゃやってらんないよ」


「ほんとに楽しそうだったのに」


 何を言ってるんだか、女装だって足がすーすーして落ち着かないし変な罪悪感でドキドキするし、女になりきるつらさもよくわかった。

 こんなの誰が続けたいんだか、弟のことだが花恋がよくわからなくなる。


「今だってお姉ちゃんって呼ばれて何も言わないし配信終わったのにいつまでも女の子座りだし、お姉ちゃんも女の子だね?」


「は? 配信終わって忘れてただけだよ。俺は兄だ、それとお兄ちゃんもやめろ気色悪い」


「えー、素直じゃないなー!」


 花恋が当初言ってた可愛らしく女の子らしくとは遠く離れたキャラになってしまった気がするけれど、何故か不器用な姉御キャラとして受けたのでまあ及第点だろう。

 要は視聴者が満足するなら配信者としては十分なんだから花恋のためにもう少し頑張ろう。


「ちょっとコンビニ行ってくるけどなんか買ってこようか?」


「じゃあシュークリーム買ってきて! それとお姉ちゃんその格好で行くの?」


「は? あ、着替え忘れてたありがとう。それと俺は兄だ」


「言わなければよかったかな」


「言え」


 まあ俺の言動ひとつひとつに視聴者が湧いてくれて面白いと思ったのは事実だ。

 まだまだ不器用感は否めないだろうけどこういうのも悪くないと思ってしまった俺だった。


「たしかに女装も悪くないかもな」


「お兄ちゃん?」


「なんでもない、じゃ行ってくる」


「行ってらっしゃい!」


 これは俺と花恋の美少女双子Vtuberとして活動していく始まりの物語。

 結局代役など見つかるはずもなく妥協に妥協を重ねて結局なんだかんだ続けることになるのはもう少し先の話。


希望が多い...というかとある方から決定打貰ってしまったので不定期になると思いますが連載にします!

基本短編予定から始まってるので1話1話が長く不定期な感じです。

1話あたり1万文字超えるのが当たり前になると思います。

気長に待っていただければと思います。

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