091.電池切れ?
静寂が――――
静かな時が流れていく。
いつも賑やかしに付けるテレビも光を無くし、音楽も、話し声だってこの場には流れない。
ただ、コツコツとした机に硬いものが触れる音だけが響いてく。
しかし決して不快なんてことも無い。
むしろ、目の前のことに集中することができるから万々歳だ。ほら、今日泊まりに来たリオだって黙って、静かに時が過ぎるのを待って――――
「ねぇ~」
「……………」
時が過ぎるのを待って――――
「ねぇ~。ね~ぇ~。 し~んやク~ン」
「…………リオ」
待って、くれなかった。
後ろから退屈そうな声が聞こえてくる。
背中を向けていてその姿はわからないが、退屈そうにゴロゴロしている事は想像に難くない。
「ね~、イチャイチャしよ~よ~」
「…………はぁ」
俺は一つため息をついてから手にしていたペンを置き、クルリと椅子を回転させる。
そこにはベッドの上で一人、枕を抱いたままコロコロと退屈そうに回っているリオの姿があった。
彼女の姿は俺と同じく寝間着姿。
薄い青色の生地に所々ハートがあしらわれた綿製のパジャマで、角度的に見えそうな胸元を知ってか知らずか抱いた枕で隠している。
いつもはゆるふわで少しウェーブのかかった茶色い髪もストレートへと変貌しており、お風呂上がりだということを意識させて少し色っぽい。
「学校の課題あるから。ちょっとまってて」
適当にあしらうけどイチャイチャする気などまったくない。
いや、全くは言い過ぎか。俺達の今後のことを考えて血の涙を飲んだ結果、そういった事はまだ早いと結論づけたのだ。非常に口惜しいけど。
その為、課題が終わればすぐに紗也か母さんたちの部屋に逃げ込む計画を立てている。この部屋は……明け渡そう。
「さっきそれ言って何分経ったと思う~?」
「…………10分くらい?」
「1時間だよ~ 暇~!」
なんと。そんなに時間が経ってたのか。
確かに時計を見れば11時。ちょっと集中してしまえば時間が過ぎるのは早いものだ。
「もういい時間だし、そろそろ休んじゃえば?」
「全然眠くないし、泊まりに来た意味がなくなるじゃん」
そんなこと言われても。
けれど確かに仕事の合間を縫って来てくれてるのに邪険にしすぎるのもダメか。俺は黙って立ち上がり、リオがゴロゴロしているベッドの横へと足を動かす。
「おっ、ようやくその気になった? じゃあ早速イチャイチャしよう――――」
ドンッ――――――――!!
と。
寝転がっている彼女の頭のすぐ隣に片手を優しく叩きつける。いわゆる壁ドンのベッドバージョンだ。隣人への嫌がらせ目的ではなく、少女漫画的な意味のほう。
その突然の行動にリオの言葉も中断され、瞳孔が開いたまま互いに視線が交差する。
小さな丸顔に大きな茶色の瞳。
その瞳の奥にはどれだけの苦労があったのだろう。トップアイドルにまで上り詰めたのだから相当苦心してきたはずだ。
もしかしたら仕事をキャンセルしたり無理して会いに来てくれたのかもしれない。俺は空いた手でそっと彼女の茶色い髪を梳いていく。
「俺だって色々と我慢してるんだ。あんまりからかうと酷い目に遭うぞ」
…………なーんて。
ちょっとらしくないこと言っちゃったけどこれくらい言っとけばある程度わかってくれるだろう。
好いてくれるのは嬉しい。信頼してくれるのもわかるから凄く嬉しい。でも、それだと俺の心臓も持たないし、保護者でもある神鳥さんに申し訳が立たない。何よりまだ俺が身を固められるような環境じゃない。だからわかってほしい。
「しん……や………」
「なんてね。驚かせてごめん。 でも、これに懲りたらもうちょっと警戒し――――」
ベッドに置いた手を離し、立ち上がるため縁に腰掛けたその時だった。
俺がリオから目を離した瞬間、後ろからその細い手が俺の首に伸び、力いっぱい引っ張られる。
その体重すらかかった引き込みに不意を突かれた俺はなすすべもなく、二人揃ってベッドに倒れ込んだ。
「リ……オ……?」
気づいた時には俺の首には彼女の腕が絡みついていて、思い切り抱きつくようにベッドに横になっていた。
ちょうど首と肩の間に俺の頭が入り込んでいるものだから彼女の表情が全く見えない。
わかるのは力いっぱい抱きしめられていて彼女の柔らくも小さな体躯を全身で感じ取れることくらいだ。
「慎也クン、つーかまーえたっ!」
「なん……で……怖がると思ったのに……」
脅しの経験が無い俺からしたら渾身の脅しだったのだ。
最低でも驚いてわかってくれて、最悪泣かれると思ったのに……どうして。
「私がどれだけ押し倒されることを妄想したと思ってるの?そのまま純潔を散らすとこまでは毎日妄想してたんだからっ!」
「純っ……!?」
驚きの余り離れようとするがしっかりホールドされていて身動き一つ取ることが出来ない。
なんてことを妄想してるんだ!!
でも、それならアレくらいで怯むわけもないか……逆に俺が捉えられて……ミイラ取りがミイラだな。
「さぁって、これで朝までイチャイチャ……しよ?」
「しないしない。まだ課題だって残ってるんだし……」
「…………しないの?」
「?」
いつもの通り返事をしたら今度は彼女の声が高く、小さくなりその絡みついていた手の力が緩んでいく。
その隙に距離を取り、はたから見れば押し倒すように腕で支えを取りながら彼女の表情を伺うと、目を伏せながらチラチラとこちらの様子を伺っているリオの姿があった。
「リオ……?」
「しないん……ですか?慎也さん……。 私、恥ずかしいのを堪えて、こんなに頑張ってますのに……」
「っ――――!!」
いつもの彼女とは打って変わってしおらしく、儚げな様子へと変貌していた。
目の縁には薄っすらと涙が浮かんでいていつもの射抜くような視線も今は合わせようとはしない。
そっか……リオだって恥ずかしいのに頑張ってるんだ。
俺はそんなことも知らずにいつもどおりずさんな返事を……
「ごめ……そんなに傷つくとは、知らずに…………」
「――――っ!隙ありぃ!!」
「えっ…………なぁっ――――!!」
俺も謝りながら目を伏せたその時だった。
彼女はまたもや俺の腕に絡みつき、こちらに引き寄せてくる。
その勢いのまま二人の顔の距離は近づいてき…………そっと唇のすぐ横に柔らかな感触が触れてくる。
「ふっふっふ……アイのマネをしてみたけど、案外できるものね」
「やられた……」
彼女はそれで満足したのか、柔らかな感触が触れて以降拘束する気は無いようで俺はベッドに腰掛ける。
リオ…………一瞬でアレほど空気を変えられるなら名女優になれるよ。顔真っ赤だけど。
「アイさんの真似だったのか……すっかり落ち込んでると思ってた」
「ごめんごめん……でも、慎也クンも、避けようと思えば避けれたのに……ありがと。私はイチャイチャできて……満足…………」
段々と彼女の言葉が跡切れ跡切れになっていき、最後の言葉を振り絞ったかと思いきやその顔が伏せっていき動かなくなってしまう。
「………………あれ?リオ? もしかして……寝ちゃった?」
もしかしたらと思いそっと彼女の様子を伺うと、電池が切れたように眠っていてスゥスゥと規則正しい寝息が聞こえてくる。
なんだかんだ疲れてたんだなリオも。お疲れ様。
でも、勝ち逃げされたようで悔しい。
俺は少し卑怯だと思いつつ、その垂れて隠れた髪を分けつつ、頬に自らの顔を近づけて――――
「――――おやすみ、リオ。今日はありがとね」
課題はまた明日でいいだろう。
リオに脇へと追いやられていた布団を掛け、そっと離れて電気を消す。
俺の唇が頬に触れた瞬間、ビクンと大きく彼女の身体が跳ねたのはきっと気のせいだろう。
だってそうじゃなきゃ、そうじゃなきゃ今の俺の顔は真っ赤どころでは収まらないから――――。




