090.ダボダボエプロン
「ねね、荷物ってここらへんに置いてていい?」
「…………あぁ、そこらならいいよ」
太陽もだいぶ落ち、空が紫色になってきた頃――――
結局リオのお泊りを止めることができなかった俺は二人一緒に俺の家へと足を踏み入れていた。
なんだろう……どっと疲れた。
帰りの買い物でもリオは隙さえあればお菓子やジュース入れてくるし、重い荷物を持ちながらエレベーターに乗ったら別階の奥様が一緒に乗り込んできて――――
「あら、今日はリオちゃんなのね。 リオちゃん、エレナちゃんに会ったらお礼言っておいてくれる?『月曜に教えてもらったお菓子屋さん、すっごく美味しかった』って」
なんて言われたときには生きた心地がしなかった。
本当にマンション内でエレナが周知の存在だって実感したのもそうだし、なによりエレナがここに来たことを知らないであろうリオの前でそれを言ったことをだ。
そんな戦々恐々とする俺とは裏腹にリオはいつもの営業スマイルで華麗に応対していたが、俺からしたら一刻も早くその場から逃げ出したかった。エレベーターで逃げ場がないけど。
あと、『今日は』って人聞きの悪い。まるで俺がとっかえひっかえしてるみたいじゃないか。
でももし智也あたりに知られたら否定……できないな。実際には向こうから押し寄せて来てるというのに……
話を戻して、そんなこんなで我がリビングにて荷解き中。
エレベーターの出来事を気にしていないのか、リオはエナメルバッグから荷物を一つ一つ取り出していく。
歯ブラシに化粧水や乳液、あとよくわからない液体……化粧品にシャンプーセット、サプリメントにヘアスプレーとヘアオイル――――って、多くない?
なんだか軽いと言ってた割に相当多くの物が出てきてる。明らかに俺でも重いってレベルだろう。そんなものを軽々と持ってきたリオって……
「コレにソレに……ん、忘れ物はなさそう」
どうやら取り出しながら確認も兼ねていたようだ。
そう言っている間にもいろいろと出てきている。シャツにキャミソール、ハンカチに下――――
「――――ストップ、リオ」
「…………だめ?」
「だめ。それは袋に入れるか俺の居ないところでどうにかして」
もう中身が少なくなってきたであろう終盤に、彼女が取り出そうとしたものを寸前で呼び止める。
危ない危ない……。
危うく下着……ショーツを取り出されるところだった。そういったものは是非見てないところでどうにかしてくれ……………………いちご柄か。
「慎也クンったらエッチなんだからぁ……そんなもの履かずに来いだなんて……」
「俺そんなこと言った!? ちゃんと履いててよね!?」
トンデモ曲解を見た。
リオが着ているウチの制服は膝上まであるとは言えスカートだ。下に何も履いてないだなんて怖すぎる。
「冗談冗談。それで、エプロン持っちゃってるけど夕飯作るの?」
「これ? うん。もういい時間だし材料も揃えたしね」
俺はといえば片付けもそこそこに料理の準備だ。
お菓子の材料こそ買い損ねたがこの週末分の補填分は買うことができた。これで土日は……日曜日はゆっくりできるだろう。
「そかそか。でも慎也クンは座ってて。私が代わりに作るから。何にするつもりだったの?」
「……肉じゃがだけど……いいの?」
「まかせんしゃい。肉じゃがなら問題ないさね。 ほら、慎也クンは座って座って」
荷物を広げ終わったリオが今度は料理を作ると言い出してエプロンを奪い取られた。
俺は誘導されるがままにソファーへと。
言い出しっぺの彼女は奪い取ったエプロンを器用に自らの胸元に回し紐を結んで…………って、やっぱ男物だからダボダボだな。
「向こうに紗也のあるから持ってこようか?そっちのほうがサイズ的にも合うでしょ?」
「ううん、コレでいい。 待ってて。今最っ高に美味しい肉じゃが作ってくるから!!」
紗也のを持ってこようとしたのに行ってしまった。
リオも、エレナと同じく言い出したら止まらないことくらいは重々承知している。今回は俺にとってはちょっとした休息のいい機会だしお言葉に甘えさせてもらおう。
いや、今のうちに課題を提出するのもいいかもしれない。でも、でも今日は疲れた。ほんのちょっと……ほんの5分だけ。5分なら出来上がってもないし残りの時間で課題を進めることができるだろう。
俺はそんな誓いを自らに立てて、ソファーに倒れ込んでいった――――
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「んやクーン……慎也クーン」
「んんぅ…………」
なんだか優しい声が聞こえる。
心地よい肩の揺れも。
「起きて~。ご飯できたよ~」
「ごは……ん……?」
その言葉と、なんだかいい香りにつられて目を開ける。
「お、やっと起きたぁ。おはよ、慎也クン」
「…………えっと……今は……」
「今は8時。ご飯できたよ。 食べよ?」
8時……夜か。
えっと、今まで何してたんだっけ……学校終わってリオが来て、帰りに公園で遊んで…………あぁ、リオが泊まるんだった。
「やば……課題忘れてた」
「ぐっすりだったから。後で私も手伝うさね。 ほらほら、今はまず食べよ?」
身体を起こしてテーブルを見れば2人ぶんのお皿が並んでいた。
ご飯にお味噌汁、肉じゃがにサラダ。あとは……りんご?いや、梨を切ってくれたのか。
「手伝えなくてごめん」
「気にしなさんな。 本当は自然と起きるまで見守ろうか迷ったけどご飯もあったし、起こしちゃった」
「ううん、起こしてくれて助かったよ」
前はそのまま朝まで寝ちゃったしね。あれは一生の不覚。
またやらかしかけたし、今度からちゃんと目覚ましかけよう。
「はいっ、次は椅子に座ってぇ…………いただきます!」
「……いただきます」
ソファーから椅子へ誘導されて彼女の言葉を復唱する。
目の前には見事な和食の数々。これまでに何度か彼女の料理を見てきたが、確実に成長してきている。
「ほらほら、見てばっかりじゃなくって食べてみて?」
「じゃあ……早速………………ん、美味しい」
「うむ、よかった……」
圧力鍋でもつかったのだろうか。じゃがいもも中まで味が染み込んでいて凄く美味しい。
リオはしらたきを入れる派か。奇遇だ。もしかしたら糸こんにゃく派で代用かもしれないが、それでも使ってくれたことは嬉しい。
「さすがアイさんに習ってるだけはあるね。凄く美味しいよ」
「ん? それは……エレナから?」
「あぁ、うん。今週の頭に聞いちゃってね」
たしか休日は習いに行ってるんだっけ?あのときも結構眠くて朧げだがなんとなく覚えてる。
「そっかぁ……悔しいなぁ……秘密にして慎也クンを驚かそうと思ったのにぃ……」
「十分驚いたよ。味も俺好みだし、夏の始めを思うとすごく上達してる」
「そう?そうかな? そうだと嬉しいな……」
今回の並びを見ても、彼女は和食を中心に勉強しているのだろう。
和食っていいよね……洋食もいいけど味の染み具合とか、逆に塩だけで素材だけの勝負とか、かゆいところに手が届くって感じ。
「ささっ! いっぱい作ったから、どんどん食べて!明日アレンジできる分くらいは作ってるから!」
「そう? じゃあありがたく……」
俺は再度並べられた食べ物に手を付ける。
その間も、リオは自らの料理に手を付けつつニコニコとずっと笑っていた――――




