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不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい  作者: 春野 安芸
第4章

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077.2学期

 ガヤガヤと―――――


 周囲からは様々な言葉が聞こえてくる。

 そのざわめきは不穏な色などでは一切なく「おはよー」とか、「何してたー?」とか、そんな互いの近況を探るような言葉がほとんどだ。

 きっとみんな久しぶりに会うのだから積もる話もあることだろう。俺はそんな話し声を聞き流しながら一人廊下を歩き続ける。


 今日は始業式。

 色々あった夏休みも終わり、実に一ヶ月以上ぶりの学校だ。母さんと紗也も今日外国へと旅立ってしまったし、また以前と同じような一人暮らしの日々となる。

 一度独り暮らしの大変さを知り、再度母さんらの力に甘えてしまったものだから一人に舞い戻るのは大変だ。しかしこればっかりは仕方ない。

 父さんの仕事の都合だし、向こうへ行くのを拒否した俺が文句言うのはお門違いだろう。きっとまた独りの日常をこなしていけばいつか慣れる。そう思って過ごすしか無い。



「あ、前坂くん。おはよう」


 母さんと紗也…………主に紗也の居ない悲しさに耐えようともう一度奮起していると、ふと廊下の向こうから一人、見知った顔がこちらへと近づいてきた。

 元担任であり元部活の顧問である新田先生だ。俺は先生の手前で立ち止まってから軽く一礼する。


「夏休みはどうだった……って、毎週会ってたのに聞くことじゃないわね」

「ですね。夏休みはお世話になりました」


 ほぼ毎週学校のプールを独り占めして泳げたのはひとえに新田先生のお陰だ。

 先生は窓の方まで寄ってこちらに手招きしてくるものだから俺も黙ってそれに従う。


「そういえば前回話し損ねてたけど親御さん、戻ってたみたいね。どう?まだいらっしゃるのかしら?」

「ぇ…………いえ、夏休みだけだったようで今日発っちゃいましたけど」

「そう……タイミングが悪かったわね」


 なぜ先生がそのことを知っているのだろう。

 確かに部活の大会の送り迎えをしてくれている時に挨拶していたし、担任の時の三者面談で会ったりして顔見知りではあるが、そこまで連絡を密にする間柄だっただろうか。


 その不思議な視線が伝わったのか、先生は「あぁ」とひとつ納得したようにゆっくりと頷く。


「二週間くらい前……だったかしら?学校に来ていた妹さんに聞いたのよ。 初めてお会いしたけどとっても可愛らしい子じゃない。前坂くんとは全然似てなかったけど」


 なるほど。紗也も向こうに行くまではこの学校に通っていたし、いつのまにか来ていたようだ。それなら不思議ではない。俺に来たことを教えてくれても良かったんだけど…………


 あと、紗也は何時でも凄く可愛いから!俺の中で堂々の一位なんですからね!!

 似てないのも紗也は父似だから!ちゃんと血は繋がってる…………ハズ!


「その時『お兄ちゃんはどこですか』って聞くものだからプールを使う曜日を教えてたけど……会ってないの?」

「? 会ってませんよ?家では毎日ベッタリでしたけど」


 紗也は一体何しに来たんだ?

 わざわざ俺の泳ぐ日を聞くのならば来ると思うのだが。


 あ、あれか。ウチに居る時たまに紗也も洗濯物とか料理に手を出してたから、泳ぐ日に合わせてスタミナのつくものだとか洗濯の手伝いでもしてくれていたのかもしれない。

 黙ってそんなことをしてくれるだなんて…………お兄ちゃん冥利に尽きるよ。


「タイミング悪かったようね……私ってよくあるのよ。 よく知らないけどアイドルが来てたっていうじゃない。その時も風邪で寝込んじゃって」

「そうだったんですか?それは持ってないですね……」


 一学期、生徒にはサプライズで開催されたエレナたちのライブはそれはもうすごかった。

 まさか新曲まで披露してくれているとは思ってもみなかった。それを逃してしまったなんて先生も惜しいことをする。


 リオによると最近の仕事はその曲のレコーディングらしい。カップリングとして夏祭りに披露したエレナの曲も付くだとか。


「そうなのよ! あの日私もラーメン食べに行こうと思ったら仕事が舞い込んでくるし――――!!」

「あ……ははは……」


 やばい、これは長くなりそうだ。

 あと、先生の年齢でラーメンはホントお気をつけください。




「それでね、最近入ってきた新任の先生が――――」

「あっ! 前坂君だ!おっはよ~!」

「……あら?」


 それから五分ほど。

 先生の愚痴を適当に聞き流していると向こうから女生徒が一人、こちらへと駆け寄ってきていた。その声に呼応するようにノンストップで続いていてた愚痴は止まり、憤慨していた顔が先生然としたものに変わっていく。


「あ、先生! おはようございます!」

「おはよう、えっと……小北さん。 それじゃあ私はもう行くわ。前坂くん、二学期も頑張ってね」

「はい。ありがとうございます」


 駆け寄ってくる女生徒と入れ替わるように離れ、すれ違う生徒たちの挨拶を返しながら去っていく先生。

 よかった……駆け寄ってくれなければチャイムが鳴るまで愚痴を聞いていただろう。


「? 前坂君、何話してたの?」

「なんてこと無い雑談だよ。元担任だったからさ」

「ふぅん……」


 彼女――――小北 美代(こきた みよ)さんは外進と呼ばれる高校からの入学組だ。まだ一学期しか在学していないし新田先生について知らなくて当然だろう。

 先生が彼女の名を知っているのは驚いたが、きっと彼女はクラスの中でも明るくて社交的な存在だから、そういった人は耳に入ってくるのかもしれない。


「それで、小北さんが話しかけてくるって珍しいけど何かあった?」

「えっ!? 私って何度か前坂君と話してたけど……気づいてなかった?」

「……えっ?」


 …………そんな事あっただろうか。一学期の学校のことなんてほとんど記憶に無い。むしろエレナと出会ってからそっちの密度が濃すぎて全て塗りつぶされているような気がする。俺、学校で何話してたっけなぁ


「あー、うん、ごめん」

「も~! 私を見てもらって無かったなんて傷つくなぁ……」


 小北さんは拗ねるように窓に頬杖をつき、その場で片足をぶらつかせる。

 こればっかりは全く考えていなかった俺のせいだ。ただただ頭を下げるしか無い。


「ごめん! えっと、俺ができることなら何でも埋め合わせするからさ…………」

「――――! それ、ホント!?」

「えっ…………うん。 あ、でも法外なものとかはダメだよ!!」


 合掌するようにして咄嗟に出した言葉に、何やら彼女の瞳が光った気がした。

 もしかして、まずかった? 何でもって言っちゃったし何を要求されるのか……お金は……無いとはいえないけど勘弁してほしい。


「私を何だと思ってるのよ~! そんな事言わないって…………でも、お願いの前にこれ見てこれ!」

「……スマホ…………?  っ!! これは――――」


 どうやらお願いとやらはお金では無いようだ。

 代わりに前段階として見せたのは自らのスマホ。俺は差し出されるがままにその画面を覗き込むと、言葉を失ってしまう。


「ふっふっふ~! あの日前坂君を見かけたら思わぬものを見ちゃったから撮っちゃった!!」

「…………何がいいの?」


 つい、自分でも驚くほどの低い声が出てしまう。


 その画面――――写真は以前プールで泳いだ帰りでのことだった。

 ラーメンを食べに行こうと思ったらエレナの乗ったタクシーが来てアイさんの部屋まで拉……行った日。そのエレナと会話している様子がバッチリと収められていたのだ。

 別人だと言い訳しようにもお互いの顔はバッチリと写っているし、言い逃れのしようがない。


「えっ、あっ! そんな、脅すために見せてるんじゃないんだから……あんまり怖い声出さないで欲しいかな…………」

「っ、ごめん……つい…………」


 つい、エレナたちがそういったことに敏感になっているものだから俺にも影響されてしまっていたようだ。

 小北さんは少し怯えた様子でスマホを抱き、顔を伏せてしまった。


 その様子に俺も心の奥底から罪悪感が湧き上がってくる。

 まだ彼女の真意もわからないのに勝手に勘違いして怖がらせて。悪いことをした。


「えっと……これ、どこにも拡散するつもりもないし現場は他の誰にも見られてないから安心していいかな…………でも、前坂君ってそんな声も出せるんだね。ビックリしちゃった…………えへへ……」


 ゆっくりと顔を上げながら、少し笑みを見せて頬をかく小北さん。

 他の誰にも知られてないならよかった。でも、それならなおさら何故見せたのだろう。脅し以外に思いつかないが。


「それで……その写真がどうかしたの?」


 俺は努めて低い声を出さないようにし、平静を保って彼女の要望を問いかける。

 すると彼女も「あ、うん。ごめんね」と返事をしてからスマホを仕舞ってから俺の耳元に口を近づけた。


「前坂君ってストロベリーリキッドと……特にエレナちゃんと知り合いなんだよね?」


 突然クラスメイトの顔が近くに来たことで俺の心臓は高鳴ってしまう。

 彼女の可愛らしい顔が近くに、すぐ耳元に。そんなことで心を乱されかけたが、これはあくまで誰にも聞かれないようにする措置だろう。俺は鉄の意志を持ってなんでもないようにと表情を引き締める。


「まぁ、うん。その写真のとおりね」

「だよねだよね! だからさ、よかったら…………私にも会わせてくれないかな!? ファンなんだ!!」


 流れるように耳元から顔を離し俺の目を見た彼女の瞳は、心の奥底から期待に満ち、お宝を目の前にしたような様相をしていた。

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