073.演技か本気か
「これ、受け取ってください!!」
誰かの声が聞こえてくる。台詞なんて無いのに誰かが自発的に出した声が。
彼女たちは三人揃って走りながら俺の元へやってきた。カメラなんて無いもののように、目もくれずに。
そして同時に差し出すのは小さな便箋。封の部分にハートのシールが張られていることからその中身はなんとなく察することができた。そして撮影の意図も。
俺は三通の便箋に目をやってから彼女らの表情を伺う。しかし、そこで目を疑ってしまった。
彼女らは全員、頬を紅く染め本当に本気で渡しているようだった。いや、撮影なのだから演技だということはわかっている。しかし、それでも彼女らの表情はそれを感じさせないほどの本気を感じられた。
エレナは気の強さを抑えて目を瞑り、リオは少し伏し目がちになりながらもチラチラをこちらを見てくる。
一番驚いたのはアイさんだった。
彼女は誰しもを魅了するほど愛に焦がれた上目遣いをしながらもその目は決して俺の目を離すことなく、絶対の意思を感じられた。まるで本当に心からそう思っているかのように。
よく、誰かを立てるように一歩引くような所作を見せる彼女にまさかそんな一面が。まさかリオはおろかエレナにさえ譲らないような鬼気迫る思いを感じられて俺はつい後ずさる。
俺が彼女らに何か返事をしようと口を開く。そんな時――――
「すとぉーーぷ!!」
神鳥さんの静止の声が聞こえてきた――――――――。
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「お疲れさまでした~!」
公園に響くのは誰とも知らぬスタッフの声。
一人、また一人と人々は機材を手にして公園を後にする。
俺たちに降り注ぐのは紫がかって幻想的に見える遥か遠くからの光。
誰しもが見惚れるほど美しく、ほんの少しの寂しさを兼ね備えていた夕焼けは、どんな者であろうが等しく一日の終わりを告げていた。
そんな中、俺はただ一人ベンチの上で意気消沈顔を伏せる。
「は……初めてですし十分上手く出来てましたよ!日を跨ぐ時もあるのに数時間で終わりましたし!」
「数時間…………」
その声に少し目をやるも、自身の顔に力が入っていないことがわかる。
そう。アイさんの言う通り、あれからの撮影に相当の時間を要してしまった。
たかが1分すら満たないの素材の為に数時間。それも少なくとも半分は俺のミスで。
撮影を終える頃にはもう日も傾いて夕焼けになってしまっていた。
おかしいな……アイさんの家を出る時はおやつ時だったんだけどな……
神鳥さんは後片付けということでどこかへ。
リオによると管理者に電話だとか。人払いをしていたらしい。
「慎也、そんなに落ち込むんじゃないわよ。普通のコトよ普通」
「エレナ……」
落ち込んでいる俺を見かねたのか彼女がそっと隣に座ってくる。
彼女たちの格好は冬の装いから一転、夏相応の涼し気なものへと戻っていた。
いくら汗を見せない彼女たちであろうと真夏の中厚着は厳しいものだったらしく、腰を降ろした際彼女特有の香りとともに、ほのかに汗が感じられた。
俺はチラリとそちらに目をやると、優しげな表情でこちらを覗き込んでくる目が交差する。
「それにマネージャーも時間かかることなんてお見通しだったわ」
「……どういうこと?」
「撮影前に聞いたんだけど、夕焼けが綺麗な時に撮りたかったらしく、それまで練習だったのよ。さっきは予定通りって高笑いしてたわ」
「えっ――――」
思わぬ事実に目を丸くする。
まさか……俺がミスすることさえも折り込んでスケジュールを組んでいたというのか。
だとすればあれほどまで時間かかるのも納得がいく。
撮影というのもまず三人でグミを食べ、それからこちらに駆け寄ってくる絵を撮り、最後に俺に向かって同時に手紙を差し出すシーンを撮るものだった。内容的には意味がわからないが後で編集でなんとかするらしい。
手紙を差し出す瞬間で終わるため俺は棒立ちだけでいい。なのに本気で驚いたり震えたりして何度かNGを出してしまったものの、休憩を含めあれほど長丁場になるのは妙だとも感じていた。
「だから慎也クンは大丈夫。上手く出来てたよ」
「――――ありがとう。みんな」
エレナとは反対側にリオが座り、優しく声を掛けてくるのを噛み締めながら、三人にお礼を言う。
彼女たちがそっと笑いかけて来るのを見て俺も自然と笑顔が溢れる。あぁ、みんなに励まされてるんだから元気出さないとな。
「いやぁ、ごめんごめん。待った?」
俺が立ち直ったところで奥から電話を終え、封筒を手に持った神鳥さんがやってきた。
もう周りとの調整は終わったのだろう。俺は両脇の彼女たちに手でお礼を言い、ベンチから立ち上がって神鳥さんと向かい合う。
「えっと、神鳥さん。手間掛けてすみません」
「いいのいいの!無茶振りしたのに助かったよ! はい、これお給金。手渡しなのはごめんね?」
そう言って軽い様子で手渡してくる封筒は、さわり心地で紙幣が数枚だということは理解できた。
まぁ、棒立ちだったし2千もあれば御の字だろう。そう思ってチラリと中身を確認する。
「…………? ―――――!! 神鳥さん!これって多すぎません!?」
「そんなこと無いよ。確かにやることは少ないけれどウチの三人のやる気を出させてくれたから正当な報酬だよ」
「でも……!」
その封筒の中に入っているのは紙が10枚だった。しかし千の単位ではなく、発行されているものの中で最高額の紙幣が10枚。まさか桁が一つどころか、下手すれば二つ違うほどの大金が舞い込んできたことに手が震えてしまう。
「慎也さん」
「アイさん……この額っておかしいですよね? 俺、ここまでのことなんて……」
「いえ、ちゃんと貰ってください。安くてもいいとかタダでもいいと言うのは価格破壊の基ですよ」
「…………」
「黙って受け取れ」とニュアンスの含んだ彼女は真剣そのものだった。
どうやら神鳥さんもミスで渡したということはなく、逆に俺のリアクションをみて楽しんでいたのか今見るとニマニマしていた。
価格破壊……高くても安くてもいけない。
きっとこれが出演料の適正価格なのだろう。なんとなく、雰囲気的に色が入ってるとしか思えないが。
けれどみんなが言うのならば仕方ない。俺は黙って封筒をしまう。
「よしっ!それじゃあ慎也君の出演祝いも兼ねてちょっといいお店行っちゃおうか!」
「出演祝!?」
「もちろん!今日は慎也くんが主役なんだから! あ、先輩には一報入れておいてほしいかな?」
まさかのちょい役なのに主役になってしまった。
先輩って誰だ…………? あ、母さんのことか。
「やった! じゃああそこはどう?何でも出してくれるあのお店!」
「いいね! あそこお寿司はもちろんラーメンも対応してくれるのが凄いよねぇ」
「!? ラーメン!!」
まさかエレナたちの会話に『ラーメン』という言葉が出るとは思わずつい声が出てしまった。
そういえば昼からラーメンを食べたかったことをようやく思い出す。ここに来るまで、ずっとそれだけを考えていたんだった。
「お?いいねぇ乗り気だねぇ。 じゃあ決定!ワゴンタクシーも呼んだしそこにしよっか!」
そう上機嫌で公園の外へと足を向ける神鳥さんにエレナ。
え、待って!俺まだ母さんに電話してないんだけど!
「――――慎也さん」
「――――慎也クン」
先に向かう二人を呼び止めようとした時そっと両手に乗せられるそれぞれの掌。
その腕を伝うように二人の顔を見るとアイさんとリオが揃って俺の手に触れていた。
「今日はありがとうございました。怒られる前に一緒に行きましょ?」
「さすが慎也クンだった。私も、誇らしかったよ」
二人の笑顔に呼び止めようとしていた気が失せる。
電話はまた着いてからでもいいか。そう思いつつ二人から握られる手を俺も握って、外で待っているであろうタクシーの元へと歩いていった――――




