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不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい  作者: 春野 安芸
第3章

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068.メレンゲクッキー


「あ、そうだ」


 廊下を曲がったところで壁を背に待ってくれていたエレナと合流してついていくと、ふと何かを思い出したように道中で立ち止まる。

 エレナの家と同じ間取りだと仮定するとリビング目の前。しかし彼女は扉を空けることなく目の前でこちらに顔を向ける。


「ねぇ、そこのドアあるでしょ?」

「そこって……ここ?」

「そうそう。私の家で言うと寝室にあたる部屋」


 ドアノブに手を掛けながら指差したのはすぐ横にある扉。

 彼女の言う通り、エレナの家で考えるとここは寝込んでいた時にお邪魔した寝室だったはずだ。ベッドと空気清浄機、あとエアコンもあったか。それ以外特に何も見当たらなかった部屋。そこそこ広いのにもったいない部屋の使い方をしていると思った記憶がある。


「アイの場合一日のほとんどをそこの自室にいるみたいだけど……絶対に開けないでね?」

「う、うん……」


 わざわざ立ち止まって言うことかと疑問に思いながらも素直に返事をする。確かに気になりはするが、人の家で勝手に散策するなんてことは常識はずれだって俺でもわかっている。

 けれど忠告した当の彼女は、何を思ったか自室の扉に手を掛けて開けようとしはじめる。


「開けちゃダメなんじゃ?」

「大丈夫よ…………ほらっ」


 そのままドアノブを捻り、押しても引いても開く気配がない。鍵穴も無いのに何故かと疑問を抱いたが、よくよく見れば足元に外付けの鍵が取り付けられていた。

 ……なるほど。確かに大丈夫と言うだけはある。


「――――ってことよ。開けたくても開けれないってわけ」

「了解。そもそも人の部屋に勝手に入る気は無いから大丈夫」

「あら? 私の部屋どころか寝室にも勝手に入ったのに?」

「うっ……」


 まるでカウンターを浴びせるかのようにからかうような笑顔で痛いところをついてくる。

 あれは、風邪だったし、それに……


「アイさんとリオにはちゃんと許可貰ったし……扉空いてたから……」

「冗談よ。あの時は助かったわ。 ――――ってことで、私も入ったこと無いから気になってるのよね、ここ」


 あれ、エレナも入ったことないんだ。よく行き来してるみたいだからてっきり部屋の隅々まで把握してるかと思ったら。


「……不思議?知らない事があるって」

「不思議というか意外かな。随分昔からの知り合いみたいな雰囲気だし」


 アイさんがエレナの家で料理作ったりパーティしたりと、この二人には友人以上の信頼が生まれている事は重々理解していた。

 彼女はそんな回答を予測していたのかゆっくりと首を横にふる。


「私だってプライベートの線引きはしているつもりよ。いくら小学からの付き合いだからってそこは踏み込むつもりも無いわ」


 尤もなことをいう彼女に俺は驚くと同時に、それ以上に腑に落ちた。

 エレナとは破天荒な部分も多々あるが、それと同時に心遣いや踏み込みの理解度が群を抜いている。相手が決して気を悪くしない部分を感じ取って自分らしさをを表現していることはここ最近理解してきた。

 そんなだからみんなが付いてきてくるのだろう。その上世間人気も高いのだろう。


「でも、気になりはするのよね。 ってわけで、もし部屋の中身聞きだしたら教え――――」

「――――教えるわけないでしょ~!」


 エレナの言葉を遮るように玄関の方から聞こえたのはアイさんの声だった。

 彼女は一気に詰め寄って自室の扉を塞ぐように位置取ってからエレナと向かい合う。


「まったく、エレナったらちょっと目を離せば変なこと教えるんだから。もぅっ!」

「あらら、バレちゃったわ。 止められちゃったしリビングに行きましょ?」

「りょ……了解」


 エレナは素直に謝りつつ視線を逸らすも見送るアイさんは眉を吊り上げながら本気で警戒していた。

 そこまで大事な物があるのかな。なんだか俺も気になって…………ってダメだダメだ。止められたばっかりなんだから自重しないと。


 思考を振り払うように首を振ると既に扉は開かれていてエレナはその先のリビングへ足を踏み入れていた。俺も追いかけるように、未だ自室を守っているアイさんを尻目にリビングへと入る。




 そこは開放感に溢れた一つの大きな空間だった。

 壁一面に張られた窓をベースに奥には低めの机と人が沈み込めるようなクッション、手前側にはダイニングキッチンと正方形の机を取り囲むようなL字型のソファーが配置されていた。

 全体的に背の低い家具で構成されており、自然と窓に目がいくよう計算されているのかエレナのリビングよりずっと広く錯覚させられる。


「凄い……」

「ど、どうですか? 私のおうちは?」

「凄いでしょう!これがアイの力よ!」


 さっきまでとは一転、警戒が解かれ控えめになった彼女は少し伏し目がちに聞いてくる。

 何故か隣のエレナは誇らしげだ。ほっとこう。


「驚きました……凄いです。広く見せるためのコンセプトが一つに纏まっていてなおかつ実用性もあって……俺も住みたいくらい。それに……」

「それに……なんでしょう?」

「エレナのとこよりも整理されていて、同じマンションの一室とは思えないです」

「ちょっと待ちなさい!それ私の部屋が汚いっていうの!?」


 感想を述べたら突っかかられた。

 だって、直近の記憶って風邪の日だし。あの日廊下はおろかリビングまでものに溢れててグチャグチャだったじゃん。

 対してアイさんの家は小物一つとっても配置までバッチリで汚れているところなど一つもない。もはや比べるまでもないだろう。


「さすがにこの部屋と比べるとね……」

「そうよエレナ。 いっつもあの部屋全部私が片付けてるじゃない」

「そ、それは言わない約束よ!」


 俺とアイさんから集中砲火を喰らってたじろぐエレナ。

 アイさん……向こうの部屋までお疲れさまです。


 ずっとこうやって話しているもの悪くないけどそろそろ本題に入りたい。

 自ら燃料注いでアレだが、エレナを助ける意味を含めて話を切らせてもらおう。


「それでエレナ、ここに来た目的って……」

「あっ!そうでした! 慎也さんちょっと待っててください! すぐにお茶とクッキー準備しますので!」


 俺の言葉にいち早く反応したのはアイさん。

 彼女は思い出したかのようにキッチンへといってしまい慌ててお皿やらお茶っ葉やらを取り出していく。


 あれ、そっちじゃなくってエレナの用事の方を聞こうとしたんだけど。


「アイさん…………」

「ま、いいじゃない。 ゆっくりお茶しながら話しましょ」


 まるで大した問題でもないと言うように肩をすくめたエレナは一足先にソファーへと向かっていく。

 ま、たしかにアイさんも大事なさそうだし別にいっか。キッチンから漂ってくる甘い香りにお腹が軽くなった俺も彼女の後を追っていった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「美味しい!」


 アイさんが出してくれたクッキーを口にした俺は思わず言葉が出てしまう。

 これは……甘さ控えめのアイスティーも相まって随分と美味しく出来ている。


「よかった……今日は上手くいったんです。喜んで貰えて何よりです」


 彼女は一つクッキーを放り込んで肩を撫で下ろす。

 出してくれたクッキー……それはメレンゲクッキーだった。それもプードル型やパンダ、クマなど色や形を変えて多種多様な可愛い物に仕上がっている。

 口に入れた瞬間、シュワッと溶けて広がるのが実感でき、これはアイスティーと相性抜群だなと実感させられる。


「さすがねアイ。私も誇らしいわ」


 まるで教育者のように腕を組んでうなずくエレナ。

 むしろアイさんの教育を受けたほうがいいのではないだろうか。以前の料理を鑑みるに。


「ありがと。 慎也さん、作りすぎちゃったんで後で持って帰ってもらえませんか?」

「あ、はい。もらえるのでしたら喜んで」


 ふと彼女が向いたキッチンに視線をやるとたしかに大量のクッキーが。

 まさかアイさんの手料理が持って帰れるとは思わなかったな。アイドルの手料理……そう考えるとなんだか光栄に思える。

 紗也もお風呂に引っ張るくらいだし多分アイさんのことは気に入ってくれてるのだろう。見た目も可愛いしきっと喜ぶぞ。


「よかった。 ケーキボックスでいいでしょうか?袋だと危ないので……」

「はい。ありがとうございます」


 まさか持ち運びのことまで考えてくれるとは……やはり天使か。


「あ、アイ。こっちの明日の分も残してくれるんでしょうね?」

「ちょっとは残すけど……あんまり長くは置いておけないからすぐ食べてね?」

「もちろんよ。いざとなったら弟を呼ぶわ」


 こっちを見るなこっちを。

 またいきなり呼ばれちゃたまったもんじゃない。ただでさえ今日はお昼食べずに拉致られたんだから……って、あ。


「そういやエレナ。すっかり忘れてたけど、何の用事なの?」

「あぁ……それが目的だったわね」

「用事? 何かあったの?エレナ」


 エレナも忘れていたのか。

 確かアイさんに関することだったと記憶してるけど。本人は全く心当たりは無いようだ。


 彼女は紅茶を一つ口に入れ、一息入れてから続ける。


「ここまで引っ張っておいてなんだけどね…………アイの恐怖症が一段と酷くなったわ」


 そう、なんとも信じられないことを言うエレナ。

 チラリと隣に座るアイさんに目をやると、合点がいったのか彼女は恥ずかしげに頬を掻いていた――――

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