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不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい  作者: 春野 安芸
第3章

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065.天秤にかけるもの


「失礼しま~す」

「あら前坂君、ちょっと」


 夏祭りから数日経ったある日。

 俺は偶にこなすプールを独り占めしてノンビリと泳ぐため学校へと足を運んでいた。


 夏祭りの翌日……つまりエレナたちが帰った当日。三人は一瞬だけ自宅へと戻ってからすぐに仕事へと取り掛かったようだ。

 それもなかなか大口の案件らしく珍しく死ぬほど疲れたとの愚痴をその日の晩、電話口から三人の嘆きを俺は聞き届けた。

 泊まったのは失敗だったかと問いかけると一斉に否定され、気分転換できたから頑張れたとお言葉を貰って俺もいい気分で寝られたことを憶えている。


 そしてなんとなく週一程度の頻度行くようになったでプールで泳いだ帰り際、いつものルーティーンの如く体育教員室に鍵を返しに行くと珍しく先生の一人に呼び止められた。

 帰りにラーメン食べに行こうと思ってたのに、めんどくさい……


「…………何でしょう?先生」

「あらら~? せっかく毎回プールの許可出してあげてるのにそんな顔は酷いんじゃないの~?」


 めんどくさいのが顔に出ちゃっていたか。

 俺は何度か頭を振って引き締めてから再度呼び止めた先生と向かい合う。


「いい感じにお腹空いてたもので。すみません」

「奇遇ね、私もお昼まだだったのよ。 どこ行くか決めてたの?」

「…………ラーメン、です」

「ラーメン! いいなぁ……私も行きたいなぁ……」


 そんな若者みたいにチラチラと誘ってとアイコンタクトをしてくるが確か50後半は越えてたたはずだ。そろそろ身体に気をつける時期だろうに。


「俺は一人で行くんで先生も行きたいならいいんじゃないでしょうか?」

「ケチねぇ……誰かと一緒に食べるのがいいのでしょうに」


 先生のぼやくような言葉には少しだけ共感できるところがあって少し心が揺れ動いた。

 エレナと、リオと、アイさんと。確かに誰かと食べる時間はあっという間で、とても楽しい時間だった。一人暮らしの、あの無為な時間に戻れないと思うくらい、虚無は嫌だと叫ぶように。


「ま、まぁ。それで、何か用事でしょうか?」


 話題から逃げるように本題を目の前の先生――――新田先生へと問いかける。

 先生は元部活の顧問でもあり、去年担当してくれた元担任でもあった。

 それ故に他の先生方と比べても気楽に接し、頼みごともしやすい先生である。むしろそうでないとプール独り占めなんて出来ない。


「毎週プール使うんだったらもういっそ――――」

「――――部活には戻りませんよ?」

「…………ちぇっ」


 先生の言葉を先回りするように返答すると、図星だというように唇を尖らせてしまった。

 もう何度目だろう。さすがに何回か聞かれると様式美のように答えられる。


「……それだけですか? ならお暇しようと思うのですが……」

「いや、それだけじゃないわよ~。 あのね……何かあった?」

「…………はい?」


 よくわからない漠然とした問いに、つい質問で返してしまった。

 なにか……足も攣ってないし怪我もしていない。風邪も引いてない……と思う。


「なんかね? 夏休みに入ってから随分と明るくなった気がしたのよ。 中学までの前坂君って随分と大人しいというか……真面目というか……」

「そんなに暗かったです?」

「まぁ、その……ね? えぇ」


 随分と言葉を選んでいたようだが最終的には『暗い』で結論づいたみたいだ。

 俺、そんなだったっけ?


「決して悪いことじゃないのよ! ほら、今年度から親御さんいらっしゃらないじゃない?だからか拍車がかかってて心配でね……なのに夏休み入ったら一気に明るくなって『プール貸せ』だもの。先生驚いたわぁ」


 慌てたように補足する先生。

 失礼な、まるで恐喝みたいじゃないか。随分と懇切丁寧に交渉したというのに。


 ……そっか……明るくなったか。


「それは多分……今が一番満ち足りてるからかもしれません」

「水泳してる時よりも?」

「…………はい」

「……そっか」


 その返事に微笑を浮かべてくれる。

 すると先生は立ち上がって、リオと変わらないほどの身長をした先生はこちらへとゆっくりと近づいてきた。


「何があったかは知らないけど……決して逃さないようにね。それが学校と天秤にかけるくらいなら迷わずそっちを選びなさい。……それがきっと前坂君の幸せに繋がってくれるから」


 トンッと、拳を胸元へ突き出して活を入れてくれる。

 俺はその手と笑みを交互に見やってから、ゆっくりと頷いた。


「先生…………。 教師が学校を二の次にしちゃっていいんですか?」

「いいのっ! 教師は生徒の幸せを望むものですから!」


 これだ。これだから俺は先生に頭が上がらない。

 もう話は終わりというように自らの椅子に戻って手を振る先生に、俺は深々とお辞儀をして体育教員室を出ていった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「さて……と」


 校門を出た俺は暑い夏空の下これからのことを考える。

 さっき先生にいい言葉を貰ったが空腹は空腹だ。更に今の胃はラーメンを求めている。これはもう行くしか無い。ラーメン店に。

 もうお昼はとうに過ぎておやつも近い時間帯だが、むしろ人が少なくてゆっくり食べられるだろう。もうお腹が限界だから早く行かなければ。



 ザッと――――

 ここから行き慣れたラーメン店までの道のりを脳内で出し、最短距離を歩むため一歩を踏み出したその時だった。

 キキィィィ!!!と、後方から盛大なブレーキ音が鳴り響き、気づけばすぐ脇の道路へ勢いよく黒塗りの車が止められて俺は思わず後ずさりしてしまう。


 あっぶないなぁ……誰が運転…………ん?これ……この車って……タクシー?


「ヘイ!ボーイっ!! カッコいいわねぇ。ちょっとそこらでお茶しない?」


 車の窓がゆっくりと開き、顔を出したのは小さな顔に長い金髪。

 今どきそんなナンパの仕方する人なんて初めて見た。そもそもナンパ自体初なんだけど。


「へ~い? ボーイ?」

「何してるの…………エレナ」

「なぁんだ、聞こえてるじゃない。 ちょうど見かけたからつい、ね」


 悪びれもせず手を振るのは直近最も見た顔――――エレナだった。

 彼女は待て、と言わんばかりにハンドシェイクをしてから窓を閉め、今度は扉を開く。


「ってわけで、これからちょっといいかしら?」

「えぇ……ラーメン……」


 俺のお昼ごはんは?ラーメンは?

 そのつぶやきに彼女は表情を崩すことなく、乗れと言わんばかりにスペースを空ける。


「今回の要件、アイがピンチって言ってもかしら?」

「!! わかった。すぐ乗る」


 アイさんのピンチだと!?


  彼女の一大事となればラーメンなんて二の次だ。俺はすぐさま思考を切り替えて開かれた車に乗り込んでいく。

 大天使だぞ。そんな方相手にラーメンなんぞ太刀打ちできるわけがない。


「オーケィ! お願い!出して!」


 彼女は俺が乗ったと見るや、すぐさま運転手さんに声を掛けて車を走らせる。

 あ、いつもの人だ。お疲れさまです。


 今日は一体どんな案件だろう。

 少し不謹慎な気もしたが、これから起こるであろうハチャメチャな出来事に胸を踊らせていた――――

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