061.青天の霹靂
「こら~! そろそろ時間よ~!!」
夜空に咲いた幾重もの華がやみ、その場に残された余韻とともに全員が星空を見上げる。
此処は街灯から少し離れた地点、幸いにも天候は快晴だと聞いていて光の海が見えると思われたがそこにはポツ、ポツと。微かに見える光が幾つか見えるくらいだ。
きっと花火の余韻が空にも残されているのだろう。月の光から見えるユラリと揺れる煙が、本来見えるであろう星空を遮っているのだと理解させた。
しかし星は見えなくても構わない。
ただ此処にいる全員が同じ思いで、同じ感傷を持っている事実に俺は心が震えた。
花火が上がり続ける時は俺たちも母さんが買ってきてくれた食べ物をつまみながらそれぞれの会話に花を咲かせていた。
そして宴もたけなわになった時に打ち上がるフィナーレ。それまでが前座だったかのように思うほど花火の連発が空気を震わせ、大地を照らし、輝く夜空に今までの会話を忘れてみんなが空を見上げていた。
そうして最後の今日一番の轟音と最も強い光量。
あのフィナーレを見るために俺は毎年見て、周辺の人たちもこの時期は通うわけだ。
けれど今年はアイドルを呼ぶほどだからかそちらにも気合が入っていた。そんないつもより心に残る時間だったから過ぎ去るのが本当に惜しい。
だからだろう。みんながみんな、その時間を惜しむようにただただ空を見上げているのは。
「お~い、3人とも~?」
周りは既に自身の中で飲み込み終えたのか、ガヤガヤと撤収するようなざわめきが聞こえる。
あぁ……この時間、三人のライブから始まり花火で締めの祭りはもう終わってしまったのか。アルバイトで手伝ったからか本当に、本当にもったいない気持ちが残っている。まだまだ二日も三日も続けばいいのに……
「なにボーッとしてんの……よっ!!」
「あたっ!」
「きゃっ!」
「むぅ……」
両足で入り込んだセンチメンタルという温かい沼に浸かっていると、不意に背後から三つの小さな悲鳴が聞こえてきた。それも散々聞き覚えのある声で。
無意識的にチラリと視線を向けるとひとり増えていた。いや、迎えが来たのか。
俺の後ろ……ストロベリーリキッドの更に背後にはこの夏知り合った大人の人……マネージャー兼社長である神鳥さんが仁王立ちしていた。
それも力づくで意識を戻させたようで神鳥さんの手にはバインダーがあり、当の三人はそれぞれ自身の頭に手をやっていた。
あぁ…………きっと縦でいったんだろうな…………
「痛いじゃない!」
「何度も呼びかけてるのに気が付かないのが悪いんじゃない?」
「それはそうだけど……もうちょっと優しくさぁ……」
「あ~、そっか! エレナは慎也君にカッコ悪いとこ見せられないもんね!」
「ちょっとマネージャー!!」
突然声をあげるエレナとわざとらしく逃げるポーズを見せる神鳥さん。途中は雑踏に紛れて聞こえなかったけど、何か気に触ることでも言ったのだろうか。
「慎也、エレナちゃんはどうしたの?」
「さぁ……俺も聞こえなかった」
「ふぅん……あら?」
母さんもその声を聞きつけたのか俺のところまで詳細を求めてくる。でも同等の把握レベルだと判断して閉口した母さんは言い合っている姿を見て小さく声を上げた。
「ねぇ、あの人はだれ?」
「あの人は三人の所属事務所の社長兼マネージャーみたい」
「名前は?」
「えっと……神鳥 恵那さん」
一度しか聞いてなくて思い出せるか不安だったが、案外するりと彼女のフルネームが出てきて内心驚いてしまう。
その名を聞いた母さんはまたもや「ふぅん……」と小さく声を発して口元を手で覆う。
しかし一瞬見えたその口端は大きく斜め上に上がっていて、息子の俺には何やら悪巧みをしているであろう嫌な予感が背筋を冷たくさせた。
「どうもはじめまして~! 私、前坂 慎也の母でございます~」
「あら? これはどうもご丁寧に。 はじめまして。私は三人のマネージャーを努めております神鳥…………んん?」
ツカツカとブルーシートの上を母さんは歩いていき神鳥さんの元へ歩いていく。
彼女も母さんの挨拶を聞くやいなや手に馴染んだ動作で内ポケットから名刺入れを取り出す。
きっとそれが長年社会人を続けてきたルーチンワークだったのだろう。神鳥さんは名刺入れから自身の名刺を取り出そうとすると同時にチラリと母さんの顔を伺った途端、その手の動作が止まるやいなや不思議そうな声とともにその顔を様々な方向から見定める。
「――――久しぶりね。大体20年ぶりかしら? 恵那さん」
「あぁぁぁ!! やっぱり!やっぱりそうじゃないですか!先輩!!」
「…………んんん?」
その、母さんの謎の言葉と神鳥さんの叫び声によって俺の思考は停止する。
えっと?なんて言った? 20年?何が?
「慎也! ちょっと来なさい!!」
「え? あ、はい……」
唐突の展開に整理出来ずに立ち尽くしていると、唐突に母さんに呼ばれてただ黙って二人に近づいていく。
するといきなり母さんの手が俺の手首へ。そのまま俺を自らの正面に引っ張り両肩を抑えて神鳥さんに向ける。
「ほら、コレがあの人と私の生んだ第一子よ。 ほら、慎也。挨拶!」
挨拶って言ったって……一応俺と神鳥さん知り合いなんだけど。
「…………え~、こんばんは?」
「あぁ!だからなんですね! 慎也君たら前坂先輩に似てるって思ったんですよ!」
前坂先輩?母さんのことかな?
(前坂先輩っていうのはお父さんのことよ)
(……なるほど)
俺が混乱していると母さんが言葉少なく解説してくれた。
つまり、20年前から父さんと母さん、そして神鳥さんは知り合いだということか。
「でも……恵那さんも良かったわぁ。あれから色々あって結婚とか大丈夫かなって思ったけど、ちゃんと子供まで作ってるんだもの」
「子供……ですか?」
母さんの安心したような言葉に不思議そうな声を出す神鳥さん。
あれ? 前、神鳥さんって彼氏募集中とか言ってたような…………
「だってそうじゃない。璃穏ちゃんよ璃穏ちゃん。昔から姓が神鳥で気になってたけど結局親御さんの顔見る機会がなかったのよね。でも恵那ちゃんの子供でよかったわぁ。」
「先輩先輩」
「高校卒業してから連絡も取らなくなってたし私としてもすっごい心配で――――なぁに?」
一人満足そうにまくし立てる母を止める神鳥さん。
あ~、これは……
「違うんです」
「違うって、何が?」
「子供じゃないんです」
「…………へ?」
「あの子は私の姪っ子で…………私、まだ、結婚出来てないんです…………」
その、神鳥さんの悲痛な叫びに母さんは笑みのまま時間が止まってしまった。居づらくなった俺も肩に置かれていた力が抜けたと見るや急いでその場から少し距離を撮る。
「え、だって……でも……。 !!――――まって!ってことはもしかして……恵那さん、もしかして貴方……まだお父……あの人の事を…………」
途切れ途切れになりながらも発せられる問いに頷いたまま顔を伏せてしまった。
あっ、これ、修羅場なやつだったのか。
あくまで断片的な会話からの予測だが、父さん、母さん、神鳥さんは同じ高校の先輩後輩関係で、二人とも父さんに気を寄せてて神鳥さんは結ばれなかったと……
「気にしないでください……先輩。 あくまで私が20年も引きずってるのが悪いんですから……」
「でも…………」
そこまで聞いた辺りで居辛さの境地に達した俺は数歩づつ後退りして我が癒やしを求める。
確かさっきまでそこに……居た。
「紗――――」
妹の名を呼ぼうとしてすぐさまその声を引っ込める。
紗也の側には少し冷や汗を垂らしながらもなんとか会話しようとしているリオの姿が。
さっき話し辛いと言っていたが頑張っているのか。きっと、コレでようやく本当の再開となるのだろう。俺がそこに入っていくのは野暮なものだ。
「あらぁ? フラれちゃったわねぇ、し・ん・や?」
「…………ふんっ」
そんな時、背後から掛けられるのはよく聞いていた人の声。
まさかその喉から先程のロックが出たとは信じられないほど声色の違うエレナは励ましたいのかポンポンと俺の背中を叩いている。
「ほら、私の胸の中で泣いていいわよ? お姉ちゃんは受け止めてあげるから」
「ちょっとエレナ! それは破廉恥だよ!」
いつもどおり姉ムーブをする小学生とそれを赤くなりながら止める高校生。
一体どちらが歳上なのかと思いながら俺は彼女らと向かい合う。
「……紗也にも兄離れが必要だからね」
「そうね。お兄ちゃんにも妹離れが必要だけれどね」
うっ、それを言われると辛い。俺が少し怯んでいるとその肩をバンバンと大げさに叩かれた。
「大丈夫よ!姉離れは必要ないから!むしろどんとくるといいわ!」
「姉……アイさんかな?」
「なんでよ~!」
「そっか……私がお姉ちゃんか……」
俺のボケに乗ってくれるエレナと、真に受けているような気のするアイさん。
彼女らの励ましに俺も心を持ち直していると母さんから全員に声がかけられた。
「慎也!紗也! ちょっといい?」
「三人も、これからの予定が決まったわ」
何か話がついたのか二人して満足そうに指示を出す保護者達。
そんな様子に嫌な予感を感じながらも俺たちは黙って次の言葉を待つ。
「今晩は私の家で恵那ちゃんと三人とも、お泊りだからね!!」
「「「「え…………? えぇぇぇぇぇ!!」」」」
その、寝耳の水な話に俺たちは一瞬思考を停止してしまう。
もはや客など誰も居なくなった有料席に、俺たち子供組の驚愕の声が鳴り響いた。




