060.轟音とともに
「へぇ……なかなか広いじゃない!」
ストロベリーリキッド一行も受付も終え、揃って指定場所にたどり着くとエレナが感心したように言葉を漏らす。
ロープで区分けされ、俺達に割り当てられたエリアは寝転がれるほど広く、見晴らしのいい箇所だった。
さすがは最大十人は入れるチケットか。それが二枚分もあるものだからその広さは相当なもの。もはや全員が寝転がって見るのも余裕なほどで俺も小さく息を吐いた。
「さて、慎也。 お母さんと紗也は今からつまめるもの買ってくるからここで待ってて貰ってもいい?」
「えっ!? ママ!?」
俺たち家族は揃ってビニールシート上に荷物を置き、さて時間までノンビリしていようといったところで母さんが片手に財布、片手に紗也の腕を持って話しかけてくる。
今までずっと俺に張り付いていた紗也も、まさか引っ剥がされるとは思ってなかったのか驚愕の声を上げながら躓きかけたところを母さんの体にポスンと収まった。
「ママ!あたしは大丈夫だから一人で行ってよ!」
「だーめ! 紗也もそろそろ兄離れしなさい。それと……」
母さんはチラリとエレナたちを見やってから俺の耳元へ顔を寄せる。
「私達邪魔者は花火直前まで戻らないから少しは進展しなさいよね! あと、この中に色紙あるからアイちゃんにサイン貰っておいて!」
畳み掛けるように耳打ちした我が母は紗也を引きずるようにして受付から外に出ていってしまった。
母さん…………
うわっ、本当に色紙入ってるし……絶対このこと見越して持ってきてたな。
母さんが残していったトートバックを漁りながら呆れていると、その様子を見守っていた彼女たちも続々とビニールシートに入り込んで持ってきていた荷物を置いていく。
「なかなかアグレッシブなお母さんね。 さっき何言われてたの?」
「あぁ……荷物見ておいてってことと、あと……アイさん」
「へっ? あ、はい!なんでしょう!?」
エレナの問いに適当にごまかしながら返事をする。
と同時にアイさんを呼ぶと、まさか呼ばれると思っていなかったのか手にしていたスマホを落としそうになる。
「いきなりすみません……。 さっき母さんからサイン貰うよう頼まれまして……お願いできませんか?」
「サイン……あっ、サインですね! 全然大丈夫です!むしろ喜んで!!」
色紙とペンを受け取り、サラサラと慣れた手付きでサインを書いてくれるアイさん。
うーん、やっぱりアイさんは優しい。それに真剣に向き合っている姿もかわいい。
そんな姿に癒やされていると、いつの間にやら彼女は熱が入ってしまったのか色紙の余白に可愛らしい絵を描き始めていた。これは――――金魚?
「上手ですね」
「えへへ……アイドルを始める前は家事するかお絵かきするくらいしか無かったので」
だからか。随分と躍動感がある。 波紋も描いているし何故か入っていた多色のペンが功を奏したか。
「ん……?」
そんな綺麗な絵に見とれていると、ふと視界の奥に何か動くものが目に入る。
エレナはいつの間にか受付の女性と談笑していて、残るはリオ。彼女はシートの端に小さく体育座りをしてボーッと空を見上げていた。
「――――リオ」
「…………あぁ、慎也クンか。やっほ」
俺の呼びかけに向いた彼女は眠たげ……というより元気が無さげだ。返事をするも覇気がない。
「ライブお疲れ様。もしかして疲れた?」
「ん……そんなこと無いんだけど……なんかね……」
歯切れの悪い返事をしながら小さく手を招いている。こっちに来いということか。
その合図に従って俺は同じように隣で体育座りをする。
「ありがと。 なんか……思わぬ再会でキャラがつかめないっていうか……」
「キャラ?」
「ほら、相対する人によって感覚って変わるよね? 昔紗也ちゃんといたときの私と今の私って違くて……どう反応すればいいのかなって」
確かに俺も学校の友人や彼女たちとは気安さというか感覚が変わってくる。つまり……
「中学デビューする前の友人と会って戸惑うみたいな?」
「そんな感じになるの……かな? たぶんそう」
彼女の場合文字通りデビューしちゃったからな。
そういった意味でのギャップもあるだろうが、ふむ…………
「前のリオについて詳しいワケじゃないから勝手な意見だけど――――今のまま接していいんじゃないかな?」
「でも、紗也ちゃんに引かれたりしたらどうしよう…………」
つまるところそこに集約するわけか。
久しぶりに旧友に会ったのにすこし素っ気ない態度だったのはそれが理由というわけだ。
そんな事は杞憂だというのに。俺はそう感じながら紗也を励ますのと同じ要領で彼女の頭を優しく撫でる。
「ぁっ――――」
「紗也はさ、そんなことで絶対引かないから大丈夫だよ」
「ホント?」
「うん。 十数年一緒だった俺が保証する」
「ん…………」
その言葉で安心したのか、もっと撫でてというように首をこちらに傾けてくる。
俺もその要望に答えようと手に意識を向けたところで――――大きな音が鳴り響いた。
「出来ました!!渾身のサインです!!」
ドォン――――
アイさんの声と同時に鳴るのは轟音。ともに咲くは空の巨大な一輪の花。
それは一瞬のことだった。
誰しもが輝く夜空に気を取られたその時、その人物は動き出した。
彼女は自らの影の薄さ、花火の注目を巧みに操り、背後に忍び寄る。
「慎也クン」
「リオ?」
気づけば彼女は背中に居た。
座ったままおんぶをするように首から前へ腕を出し、顎を乗せる。
当然、ピッタリと張り付いているものだから彼女の柔らかな感触が強く伝わってくる。
今までに無いほどの密着具合を気にする素振りも見せず轟音の中、彼女は小さな声で、かろうじて俺に聞こえるよう耳元で呟いた。
「私、慎也クンが好き。紗也ちゃんよりも、エレナやアイよりも。アイドルを捨ててもいいくらい貴方が好き。ずっと……ずっと貴方と一緒に生きることを考えて過ごしてきた」
それは気を抜けば聞き逃すほどの小さな声だった。けれどハッキリと。俺の耳には一言たりとも聞き逃すことなく耳にした。理解した。
「――――お兄ちゃん?」
どれだけ呆けていたのだろう。
いつの間にか戻ってきていたのか、紗也がこちらを覗き込んでくる。
その声でようやく我を取り戻した俺は慌てて振り返るも既にリオは居らず、背中の感触も失われてしまっていた。
「大丈夫。 おかえり、紗也」
紗也から食べ物を受け取りながらその視線は必死に彼女を探す…………居た。
リオは同じく戻ってきていたエレナとアイさんの向こう側に座って花火を見上げていた。
その姿を捉えると同時に気がついたようでこちらをチラリと見てくる。
そうして彼女は人差し指を立て、口元に当てながら恥ずかしげに小さく微笑んだ――――




