058.Rock
世の中はクリスマスですね。
私は変わらずいつもどおりです。皆様は良いクリスマスを。
楽しい時間というものは何故あっという間に過ぎるのだろう。
授業中……特に昼休み前や最後の授業の時は1分が10分と思えるくらい長く感じるというのに。
もしも授業中の体感時間をこっちに持ってくれるなら、全てとは言わないが是非とも同じ時間に感じるくらいにしてほしい。
そのほうが人生としても有意義だしきっと退屈なんて言葉はこの世から消え去ってしまうだろう。
―――――と、つまらない話は置いておいて彼女たちのステージはそれこそ瞬く間に過ぎ去って残す所最後の一曲となってしまった。
ステージの中央では相変わらず別人のように輝いているリオが、その両隣にはエレナとアイさんがそれぞれ客席に向けて笑顔を振りまいている。
彼女たちの衣装を一言で表すなら――――浴衣だ。
いつの日かエレナの家で見た浴衣風でもあり、動きやすいようにしている為かミニスカートといっていいほどの丈の短さ、そして袖丈は長く踊って回るたびそれが綺麗にはためいて、見る者全てを魅了していた。
エレナの色は以前と同じ朱色、リオは黄色でアイさんは青色と。それぞれのイメージカラーが決められているのか彼女たちは偶に同色の扇子をはためかせたり手を振るような仕草でアピールしている。
当然というべきか、丈の短いスカートながらその対策はバッチリで、スパッツか何かはわからないが黒いアンダーを履いているのが目に入った。見えるたび紗也につねられてしまったが……不可抗力だ。解せぬ。
「最後の曲は~、ちょっと趣向を変えてみた、どこにも出してない新曲だよ~!」
リオの台詞に、まさか新曲が聞けるとは思っても見なかった観客がワァァ……!と歓声が大きくなる。
しかしそれも一瞬のこと。今まで曲の始まりと終わりには絶対に中央に居たアイが場所を譲るようにエレナと交代するのを見て歓声にざわめきと困惑の色が帯びていった。
「お兄ちゃん、なにかあったの?」
「さぁ……」
今まで全くストロベリーリキッドについて知らなかったであろう紗也はそのどよめきに不思議がっているようだ。
ネットでの動画、実際に目にしたライブ。そのどれを思い出しても場所を入れ替わるなんてなかった。それが定位置だったから俺も誰も自然だと認識していた。
しかし今回、そのあたりまえが崩されて、金髪の少女が中央に居る不自然さに妙な空気が訪れてしまう。
「悪いわね! 最後は作詞作曲振り付けと、私が全部担当したからセンターも譲ってもらったわ!」
俺としてはさんざん聞き慣れた、普段と全く変わる様子のないエレナの声が鳴り響く。
彼女の声に観客は最初こそどよめいたものの、それを受け入れるかのように再度歓声が沸き上がる。
エレナって全部抱え込めるほど実力あったの!?よくそんな時間もあったね……
「さいっこうに盛り上がる曲を作ったから…………みんな最後までよろしくね~~!!」
叫ぶようなエレナの言葉、そしてレスポンスを待つように突き出したマイクは観客の心を一つにするのには十分だった。
数瞬困惑したかのような雰囲気もエレナの力押しによって一気に霧散し、次の瞬間には会場のボルテージが一気に跳ね上がってここ一番の声を上げていく。それは川の向こうに届くほどに。祭りの客全員の目を引くように。
そんな魂の叫びを受け取ったエレナは満足したかのように何度か頷き、曲を操作しているであろう音響スタッフへと目配せする。
後に流れてくるのは エレキギターやベース、ドラムが前面に押し出されたロック。
イントロからリオとアイさんは踊りだし、曲が一気に盛り上がる瞬間、エレナは思い切り縦にジャンプする。
エレナは着地する直前、俺へとウインクを見せつけてきた――――――――
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一人、また一人と。
続々と会場周辺から観客が離れていく。
ステージは大成功だった。
素人目から見て大成功だし、きっと捌けた彼女たちもそう思っているだろう。
最後にエレナが披露した曲も完璧そのものだった。
盛り上がった会場を一気に爆発させ、終わってもなおしばらくアンコールが鳴り止まなかったほどだ。
しかし終了時刻も迫っていたからかアンコールは行われず、アナウンスしていた女性のお礼の言葉をもって観客たちは続々と、名残惜しみながらその場を後にしていった。
最後の曲――――
今まではずっと歌も踊りもリオがトップだと、そう思っていた。しかしアレを見て考えが揺らいでしまうほどだった。それほどまでにエレナの歌も、ダンスも目を引き、心を揺れ動かされたのだ。
「璃穏ちゃんがこんなにすごかったなんて…………」
「うん…………」
隣で同じく放心している紗也も圧倒されたようだ。確かにすごかったし、まだこの余韻に浸っていたい。
そんな思いで二人して椅子に座って呆けていると、いきなり後頭部に衝撃が走り俺の身体は思わず前かがみになってしまう。
「…………ってぇ……」
「ほら、いつまでもぼうっとしてるの。時間無くなるわよ?」
どうやら俺に攻撃したのは母さん……そして武器はバッグのようだった。
幸いにもその中身は柔らかいものが多かったようで、頭にダメージこそ無かったものの、突然の衝撃でその言葉を理解するのに時間を要してしまう。
「……時間?」
「何?忘れたの? 花火があるじゃない。毎年見てるでしょう?」
「あぁ……」
そういえばそんなものもあったっけ。ライブの余韻に浸りすぎて忘れていた。
「今年はチケット貰ってるんだから絶対見届けるわよ。ほら、紗也を起こして」
母さんに促されるまま隣を見ると同じく紗也はまだトリップしていた。
さっきまでの会話はお互い無意識だったのか。そんなどうでもいい兄弟間の絆を感じつつ肩を揺すって意識を戻させる。
「――――あっ、お兄ちゃん? どうしたの?」
「花火行くってさ。 足大丈夫そう?」
「うん、平気。 もう治ったよ~」
あっという間に意識の戻った紗也は足をプラプラさせてその治りを披露する。
……うん。たしかに赤みも広がってないし痛くもなさそうだ。これならおぶらなくても平気だろう。
「あっ、でもぉ……お兄ちゃんにおんぶはしてほしいかなぁって」
「はいはい。 紗也、大丈夫なら早く行くよ」
「む~~!!」
一足先に出口へ向かった母さんに追いつくため俺も向かうと、出遅れてしまった紗也は頬を膨らませながら小走りで隣へ追いつく。
俺もおんぶしようとおもったけど……さっきから受付と司会してた女性の視線がずっとこっちを向いているんだ。悪いけど一人で歩いていって。
「ねねっ、お兄ちゃん」
「ん~?」
追いついた紗也の声色から察するに今は上機嫌そうだ。
よかった。リオと会った時はどうしようかと思ったけど母さんが上手くなだめてくれたのかな?
「たしか、家にあの金色の人も来てたよね?」
「そうだねぇ。 エレナって名前だよ」
質問に答えながら始まる前に貰っていたジュースで喉を潤す。
最後の方なんか俺も叫んでたから結構乾いてたみたいだ。いくら流し込んでも乾きが終わらない。
「きっとお兄ちゃんのことだから黒髪の人も知ってるんだよね……で、誰狙ってるの?」
「ぶふっ!! げほっ……げほっ……」
「わわっ! 大丈夫?」
全く予測していなかった問いに飲み物が気管に入ってしまった。紗也に背中を撫でられながら何度か咳き込んで息を整える。
思わず前方に居た母さんもこちらを振り向いたが、何でも無いと判断するやすぐさま俺たちを置いて一人先に向かってしまった。
「誰って……俺と三人はそういうのじゃないよ……」
「やっぱり黒髪の人も知ってたんだ。 でも、ふぅん。なら私が一番?」
俺の袖をつまみながら上目遣いで聞いてくる紗也。
久しぶりに会えた身内が他の人に移ってたら寂しいもんね……。俺はその小さな頭をくしゃくしゃと撫でてその手を掴む。
「当然。紗也が今も昔も一番だよ」
「……うん。 よかったぁ」
歩きながらコツンと腕に紗也の頭が当たる感触がする。
俺たちはピッタリとくっついたまま少し離れた母さんの後を追っていった――――




