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不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい  作者: 春野 安芸
第3章

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055.兄を任せられる理想の人


「え~っと……その……」

「む~~!!」


 一体どんな心変わりなのだろうか。

 我が妹――――紗也は自らの足で立ったと思いきや、俺に抱きついて呆気にとられているリオをにらみ続けていた。

 いや、睨むと言っても頬を膨らませて眉を吊り上げてるだけで…………ただただ可愛い。


「紗也、突然どうしたの。 親友だったんじゃ?」

「……お兄ちゃん。 そうだけど……そうなんだけど!」


 頑張って言語化しようとしているが何やら上手くいかないご様子。

 どういうことかとリオへと顔を向けるも心当たりが無いようだ。アワアワしたまま困惑している。


「とにかく! 璃穏ちゃん!お兄ちゃんは紗也のなんだからねっ!」

「俺は俺のじゃ!?」

「紗也のなの!!」


 もう人も多くなってきたにも関わらず俺の所有権を大声で主張してきている。

 自分の事を名前で呼び始めたし……これは随分と久しぶりに本気で怒っている事が見て取れる。


「えっと……紗也ちゃん、落ち着いて……」

「む~……落ち着いてるもん!」


 リオの呼びかけには一層ささくれだって逆効果のようだ。

 立つ瀬が無くなった彼女はそれ以上続けることなく、助けを求めるようにしてこちらを見てくる。俺もなんでこうなってるかわからないんだけど……


「紗也、何か気に入らないことあった? あと、俺は俺のだよ」

「だってお兄ちゃん! 璃穏ちゃんとは昔引っ越す前に――――むぎゅっ!」

「はい、そこまで~」


 紗也が何か話そうとしたその時、会話を止めたのは母さんだった。

 母さんは紗也の癇癪が目に余ったのか、俺に抱きついているその頭に手をやって自らの懐に抱き寄せる。


「紗也、何が気に入らなかったのか知らないけど璃穏ちゃんを困らせちゃダメでしょ?」

「だってママ! ――――だって……」


 最初は母さんに抵抗しようと紗也は勢いよく顔を上げるが、段々と語気が尻すぼみになってしまう。


 紗也も気がついたようだが今の母さんはヤバい。

 表情こそ普段どおりの笑みを崩していないがその実、かなり怒っている。きっとリオには何故紗也が大人しくなったかわからないだろうが俺たち兄妹にはなんとなく、雰囲気でそういうものが感じ取れた。


「…………さて、璃穏ちゃん。 紗也がごめんなさいね。驚いたでしょ?」

「いえ、あの……紗也ちゃんは一体?」

「さぁ……わからないけどきっと大事無いことでしょ。 お詫びと言ってはなんだけどこれからしばらく慎也を好きにしていいわよ?」

「ふぁえ!?」


 思わぬ飛び火!?

 何をどう考えたら俺を好きにするっていう結論に至るんだ!?

 母さんは璃穏が俺に……好きって……言ったことは知らないはずだし、好きにするにしても親友である紗也と一緒にさせるだろうに。


 しばらく何を考えてるんだ的な視線で母さんを見ていると、その言葉を受けたリオが母さんに近づいてきて……


(あの、なんで私が紗也ちゃんよりお兄さん目当てって知って……?)

(やぁねぇ。 さっきから視線がずっと慎也に向いてたから嫌でもわかるわよ)

(あっ…………)



 何やら俺に聞こえない声量で会話しているようだ。

 むむむ……悪口でないといいのだが。



「さ、話もまとまったところで慎也。後は璃穏ちゃんと一緒に居なさい。 紗也はお母さんが見てるから」

「紗也、凄く不満そうだけど……?」

「いいのいいの。 ほら、今のうちにさっさと行っちゃいなさい」


 もう俺の相手をするのが飽きたのか手で追い払うように示している。

 そこまで言うのならば母さんに任せよう。


「……わかった。 お土産でも買ってくるよ。何がいい?」

「いいの? そうねぇ…………孫の顔が見たいからよろしく!」

「ふぇぇぇ!?」

「…………何もいらない、ね。 了解」


 その唐突な爆弾にリオは悲鳴を上げるが俺は呆れ果て、適当にあしらうように母さんに背を向ける。

 そして、初めて見るであろう赤面状態のリオの手を取り軽く引っ張った。


「ふぇ?」

「ほら、行こ? それとも……俺と行くのはお断り?」

「えっ……う、ううん!行く! 早く行こ!」

「……よかった」


 俺は慌てたような様子で先導するリオに引っ張られながら尻目で紗也を見る。

 その目は不満げな瞳だがきっと母さんが上手いことやってくれるだろう。俺は母さんに全てを託して足を動かした。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「…………ふぅ、ここまで来れば追って来ないかな」

「追われてすら無いけどね。 でも、よかったの?」

「?」


 祭りの入り口を抜け、人混みをも抜けた店裏の川辺。

 光も届きにくくなって軽く暗がりになっているそこでひたすら動かしていた足を止める。

 彼女は問いにピンと来ていないようでその頭には疑問符が浮かんでいた。


「紗也とは昔とはいえ親友なんでしょ? 一緒に回らなくてよかったの?」

「あぁ、うん。 今日の目的はお兄ちゃ…………慎也クンだからね。こうやって二人きりで回れるのは降って湧いた幸運だよ」


 そう言いながらリオはわざとらしく肩を上下させる。 その姿は先程までの儚さを覚えるような少女ではなく、今までずっと見てきたリオそのものだった。


「そっか……でも、驚いたよ。まさか昔からの知り合いだったなんて……言ってくれればよかったのに」

「それは……慎也クンには自分で思い出してほしかったから」

「――――ごめん」


 彼女の目論見とは裏腹に偶然が重なって判明してしまったことに俺は謝罪する。それに、未だに何をしたかとか思い出せないし……

 そんな罪悪感に苛まれていると、ふと俺の頭に彼女の手がそっと置かれた。


「ううん、いずれこうなるって予感はしてたから。 でも、これで分かってくれたかな?私が会った初日に告白した理由」

「…………うん」


 心寄せてくれる理由までは知らないがあの日、疑問に思っていたことは大体解決した。

 でも、それでも……俺は――――


「ごめん。まだ返事は出来ない。」

「――――うん。わかってる。 むしろこんなところで返事されたら私が困るかな? もっとロマンティックな所じゃないと」


 情けない返事を受け入れてくれる彼女は笑顔で、本当に気にしていない様子だった。

 俺は頭に置かれていた小さな手を取り、そっと手を繋ぐ。


「ありがとう。 それじゃ、母さんの言う通り二人で回ろうか。 時間大丈夫?」

「あぁ、うん。 リハは終えてるしギリギリの時間までなら……」

「……よかった。 よし、今日は俺が奢ろうか!バイトもして余裕はあるし!」


 ステージまでの時間はそこそこ余裕がある。ゆっくり一回りしても余裕だろう。

 それに、お金も余裕はある。母さんからまさかのお小遣いも貰ったし、バイト代だって。


「いや私が……ううん、それじゃあお願いしよっかな?」

「任せて」


 俺たちは暗闇から光に照らされた通りへと繰り広げる。

 その手はしっかりと強く握られたまま――――

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