052.三食昼寝とおやつ付き
「それじゃ、私は帰るわね」
「えっ、もう?」
テントの外には誰も居らず、川辺には俺たち二人だけになった頃、エレナが思い立ったように声を上げた。
そんな彼女を惜しむかのように無意識で言葉が出てしまい、しまったと口元を覆う。
「もう……? あららぁ? もしかして、帰っちゃうのが寂しいのかしら?」
その表情は案の定と言うべきか、してやったりのニヤけ顔。
訂正するにはもう遅く、俺は諦めて立ち向かうために顔を向かい合う。
「うん。大好きなお姉ちゃんが帰っちゃうのは寂しいかなって」
「だいすっ…………そ、そう? それならもうちょっとだけ居ようかしら……」
あれ?
なんだか思っていた反応と違う。てっきり「姉と認めたのね!」とか振り切ったテンションになると思ったのにしおらしいというかなんというか……
エレナは置かれていたパイプ椅子に横向きで座り、左側を背もたれに預けてキイッと音が鳴る。どうやら片側に体重を掛けていたようで、少し椅子の足が浮いていた。
「そういえば……」
「ん?」
「その写真、いつ撮ったの?」
その写真と言いながら指差すのは俺のスマホ。
しかし声のトーンは落ち着いていて、怒ったり悲しんだりといった様子は微塵も感じられなかった。
「……夏休み入ってすぐの頃だったかな?」
「そう……だからなのね……」
「だから?」
なにやら一人で納得いったようにうなずくエレナ。
しかし俺にはどういうことか分からず頭に疑問符が浮かんでしまう。
「いやね、その日……帰ってからかしら、やけにアイの機嫌が良くって……なんでもない日にご馳走が出たのは初めてだったわ……」
そう言って見せてくれるのは彼女のスマホ。そこにはローストビーフにオムライス、はたまたピザなど、誰かの誕生日なんじゃないかと思うくらい豪勢な料理の数々が収められていた。これはすごい。 ……食べたかった。
「この日はマネージャーを呼んで4人でなんとか食べきったわ」
食べきったのか。食べ切れたのか。
見た感じざっと10人前弱くらいはあった。いくら4人でも全員女性だと大変だったろうに。
「そ、それは大変だったね……」
「ほんとよ。 でも、アイにあんなに気に入られるなんて…………どんな魔法を使ったのかしら?」
「? さぁ……」
そんなこと聞かれても俺にも全く心当たりはない。
俺が首を振ると分かってたかのように彼女は頷いてため息をついた。
「ま、あの子の後ろ向きな性格が解消されるのはいいことね。 そこについてはリオも喜んでいたし……ってそうよ!」
「!?」
エレナは納得いくように自ら言い聞かせていると思ったら突然、立ち上がってこちらに身体を向ける。
思い切り立ち上がった反動でパイプ椅子が揺れ、地面に倒れるにも関わらず彼女の視線は俺から動こうとしない。
「な、なに……?」
「リオのことよ。あの子、最近フラっとどこか行くことが無くなってアイの部屋に入り浸ってるのよね。なにかと思って見れば料理しているだけで私はソレにありつけるからいいけれど……何か知らない?」
「いや、さすがに2人のこと聞かれても俺が知るわけ無いでしょ」
「そうよねぇ……」
むしろそんなに普段から消えていたことに驚いたくらいだ。
それにしても料理ねぇ……リオには2度ほどお弁当を貰ったけど、それが関係してるってことは……ないよね?
「でも、私の誕生日からなのよ。 何かあったといえばキミと会ったくらいだし関係あるかなって思ったけど……気のせいね。ごめん、忘れて」
「ははは……」
会ったその日に告白されてるなんて言ったら……絶対驚くよね。
いやでも、未だになんで初対面で告白されたのかわからないし。そのせいとも限らない……と思う。
あれからずっとリオには返事を待ってもらっている。
学校のプールで会った日に再度思いを聞いたものの答えを出すには至らなかった。初対面にも関わらず昔から知ってるような感じだったのに答えをはぐらかされたし……
「まぁいいわ。 私にとっても得なことなんだし……」
「ねぇ……エレナは料理とか掃除しないの?」
「うっ!!」
ふと、何度かお邪魔した時に感じたことを問いかけてみるとダメージを追ったかのように後退りするエレナ。
そのまま数歩後ろに下がり、先ほどとは別の置かれているパイプ椅子にポスンと座り込む。
「りょ……料理はおいおい、ね……って、なんで私が掃除できないってなってるのよ!」
「いやだって風邪の日とかの惨状もそうだし、なによりアイさんが片付けてるみたいな雰囲気だったし」
「そ、それはぁ…………」
少し前の姉然とした雰囲気が嘘だったかのように、今度は見た目年齢相応の雰囲気を醸し出し始めるエレナ。
その視線はなんて言おうか迷っているようで、声を出そうとしては引っ込めてを何度も繰り返していた。
「そ、それなら! キミはどうなのよ!?掃除も料理もできるの!?」
「初めて会った時家汚くはなってなかったと思うけど……あとあの日料理も出したしね」
「確かに……で、でも!それなら問題ないじゃない!」
はて、何が問題ないというのか。
またも立ち上がって抗議をする姿勢を見せてきたと思いきや今度は何か思いだったかのように腕組みして頷き始める。 ……やっぱりエレナは見てて飽きないなぁ。
「ほら、キミにそこらへんをやってもらえばいいのよ。どう?住み込みで働かない?」
「住み込み?」
「えぇ。三食昼寝とおやつ付き! 今ならなんとバナナもおやつに含まれます!」
「……残念だけど、あの家からは通学がしんどすぎるから止めておくよ」
「え~!」
さすがに電車通学としても20分弱でかかるところを1時間越えになんてしたくない。
俺が即答で拒否すると今度は俺の直ぐ側まで小走りでやってきた。
「じゃあ!卒業してからは!?」
「それは……って、今アイさんが居るじゃん」
「アイのことはいいのよ。 それで、どう?」
いいんだ。
けど、卒業してからかぁ……どうなんだろう、俺。
「大学か就職かもわからないけど、その時次第かな」
「そう……なら、ちゃんと選択肢に入れるのよ!いいわね!?」
その言葉に何度か頷くと満足したように下がり、倒した椅子を丁寧に片付ける。
卒業……その時までこの関係が続くとは限らないが、そういう選択肢もありなのかも?
「じゃ、今度こそ。 迎えも来たし、私も本番の準備があるから帰るわね」
「あ、うん。 わざわざありがとね」
もうやることは終えたかのように俺からコートを回収し、再度不審者モードに戻るエレナ。
そうか……明日か……
「いいのよ。 それでなんだけどね……」
「?」
「私も……ちょっとは家事頑張るからっ!」
そう言って逃げるようにテントを出ていき、次第に見えなくなってしまう。
家事か……ちょっとじゃなくて人並みには出来てほしいところだがきっと少しでも大きな一歩だろう。
俺はさっき行われたステージを思い出しつつ、珍しく鼻歌を歌いながら帰路につくのであった。




