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049.幕間2.5

幕間後半です。

「ねぇねぇ聞いた!? 愛玲菜!」


 私が中3になったばかりの春、学校を終えた愛惟が真っ先に私のいる教室に飛び込んできた。帰り支度を終えたばかりの私は何事かと目を丸くする。


「私の一つ下に新しい子が来たんだって! それも可愛い子!!」


 机を挟んで正面に立つ愛惟は目を輝かせながら私の返事を待つことなく続けてくる。


 彼女はこの3年で見違えるほど綺麗になった。

 短かった髪は肩甲骨あたりまで伸び、言葉遣いも年相応の女性らしいものへと変化した。

 私としてもまさかここまで可愛くなるとは思ってもみず、おなじ女性としての羨望と共に誇らしい気持ちが多分にある。確かに少年(?)のときから素材は良かったけどまさかここまでとは。


「そう……それで、どんな子か見てきたの?」

「ううん、まだ……私なんかが行っても目障りだろうし……」


 そんな綺麗になった彼女でもまだまだ欠点は多い。

 一人だとかなり自己肯定力が低い上、何より男性恐怖症が相当深刻だ。男性の近くにいるのはもってのほかで誰かを介さないとロクに会話すらできない。

 幸いなことに先生も家庭環境の事を知っているのか、あまり強く言ってこない。それどころか世話役を頼まれたけど、元々姉としていつも一緒だから何も変わりないのよね。


「そう? 私には愛惟より可愛い子がいるとは思えないけど……」

「もうっ!またそんなこと言ってぇ……褒めても夕飯くらいしか作ってあげないよ!」


 夕飯は作ってくれるのね。


 私の家には料理ができる人が居ない。いや、正確にはパパが料理できるのだが、私が中学に入ると同時に転職してから仕事が忙しくなって帰るのが夜遅くになってしまった。

 そんな折、声を上げてくれたのが愛惟。彼女は料理のできない私やママの為に毎日料理を作ってくれている。腕前もずっとやってきたらしくかなり美味しくて、もはや抜け出すことが出来ない落とし穴にハマった気分だ。


「ありがと。今日の夕飯は?」

「ん~……海老とか買ってちらし寿司なんてどうかな?」

「最高! 愛惟、結婚して!!」

「きゃっ! も~、はいはい」


 これで何度目の告白だろう。

 私は愛惟に抱きつき、彼女もそれを受け入れてくれる。

 もう愛惟さえいてくれれば生きていける気がする。あとは愛惟が了承してくれればいんだけどね……


「――――ってそうじゃなくって! 新しい子のこと!」

「……あぁ、私も聞いたわよ。誰か引っ越してきたみたいね」


 私が振られると同時に思い出したかのようにさっきの話題を引っ張り出してくる。私も顔は知らないけど噂程度では聞いていた。


「うんうん!これからちょっと見に行かない?」

「え~。 それより早く買い物行って洗濯物取り込まなきゃならないんだけど……」

「先週もそう言って愛玲菜が洗濯物を畳んだ時、逆にぐちゃぐちゃになったって知ってるんだからね?」

「うっ!」


 なんでその事を!?…………って、言うのはママしかいないわね。

 思わぬ反撃に弱っていると彼女は私の手をキュッと握ってくる。


「ねねっ!愛玲菜。 行こ!」

「…………仕方ないわねぇ」

「やった!」


 私はバッグを手に持ち愛惟と一緒に教室を出ていく。


 しかし階段に差し掛かったその時、何かを目の端に捉えた。


「誰?」

「? 愛玲菜、どうしたの?」

「……いえ、なんでもないわ。 行きましょ」


 なにか茶色いものが映った気がするけど……気のせいね。

 私は彼女に問題ない事を伝え、階段を降りていった――――







「あれぇ?」

「どうしたの、愛惟?」


 階段を降り、1年生の教室が近くなったところで愛惟が声をあげる。

 それは何か探しものをしているようで、あたりを頻繁に見渡していた。


「ううん、もっと人がいるかなって思ったんだけど誰も見に来てないみたいで……」

「ほんとね。何かあったのかしら……ねぇ、ちょっと!」


 上級生がここに来るのが珍しいのか生徒たちはチラチラと様子を伺いながら帰宅していく。

 そんな中で一人、適当な女子とすれ違いそうになるところを呼び止めた。


「はいっ! 何でしょう……神代先輩……」

「ちょっと聞きたいことがあるだけよ。 今日、1年に新しい人が来たって聞いたけど?」


 中学生に上がったばかりといっても結局は田舎だ。

 出ていく人はいれども入ってくる人はほぼ居ない。だからそんな人がいるとどこかしら噂になってしまう。

 現に呼び止めた子も名は知らずともその顔には見覚えがある。愛惟を守り続けてきたせいか、こうやって話しかけるたびみんなに怯えられるのよね。


「ぇ……あぁ、神鳥さんのこと、ですね。 それが、学校が終わった途端いつの間にか消えちゃったみたいで……」

「神鳥……」


 いつの間にか消えた。

 そんな事があるのだろうか。新顔で最も注目を浴びるであろうこの時期に。


「愛玲菜?」


 少し考え事をしていると愛惟に余計な心配を掛けてしまったみたいだ。

 私は何でもないと首を振り、適当な言葉を見繕う。


「ううん、なんでも。 珍しい名字だなって」

「それを言ったら愛玲菜だってそうじゃない。 神代って、同じ神の字が付いてるよ」

「……それもそうね。 悪かったわね呼び止めて。お疲れ様」

「は、はい! お疲れ様です!」


 名も知らぬ後輩は背筋の伸びたお辞儀をして足早のこの場を去っていく。

 これは残念。多少興味はあったのに骨折り損とは。


「……どうしよう」

「いないものは仕方ないわよ。いつかは見ることにもなるでしょ」

「うん……そうだね、それじゃあお買い物して帰ろっか。 付け合せは何がいい?」

「決めていいの!? それじゃあ……茶碗蒸しが食べたいわ!早く行きましょ!」


 私は「はいはい」と苦笑する愛惟の背中を押して学校を出る。

 その時、件の人物に見られていることも知らずに――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「愛玲菜ぁ……あの子、まだ見ないんだけどぉ……」


 ちらし寿司の日から1週間ほど経った放課後。

 私達以外誰も居なくなった教室で愛惟は私の机に身体を預けて嘆き出す。どうやらまだ新しい子を探していたようだ。


「それはそれで凄いわね。何か特徴とか聞いてないの?」

「うん……可愛くて茶髪で……時々不思議な事を言う不思議な子みたい」

「不思議って、二回言ってるわよ?」

「それくらい不思議なんだってばぁ。 教えてくれた子がそう言ってたもん!」


 なんだろう、殆ど情報がない。

 せいぜい解ることは茶髪くらいか。確かにその髪色は珍しいが明度がわからない。


「ま、見ないんじゃ仕方ないわね。 諦めて夕飯のこと考えましょ。今日はなにかしら?」

「えっとね……今日は――――」


「――――ねね、二人とも。ちょっといいかい?」

「「!?」」


 机に掛けていたバッグを手に取り、教室を出ようとしたその時だった。

 突然扉に手をかけた私達に後ろから声をかけられ、驚いて振り返ると教壇の向かい側に一人の女生徒の姿が。


「…………見ない顔ね。貴方が噂の神鳥さんかしら?」

「およ? 噂になってるのかい?嬉しいねぇ」


 愛惟をかばいながら問う私に(とぼ)ける少女。

 夕焼けの逆光に照らされているがわかる。 ここの制服に身を包み、肩にギリギリ届かないくらいの綺麗な栗色の髪…………間違いない、彼女だ。


「教室には私達以外誰も居なかったハズだけど、どうやって入ってきたの?」

「ん?普通に扉からだぜぃ。 どうにも私はかくれんぼとか得意みたいでねぇ」


 その、やけに大げさなリアクションをする姿は違和感を覚えた。なんとなく動作に慣れていないような……


「悪いけど私達はこれから買い物をするの。愛惟、行きましょ…………愛惟?」


 なんとも奇妙な感覚を覚える彼女から退散しようとすると、愛惟はその場に固まったまま動こうとしない。まるで見とれているような、そんな様子で。


「か――――」

「か?」

「可愛い!!」

「へ?」


 愛惟は件の少女を見つめていたと思いきや突然声を上げて少女に近づいていく。

 そして私と同じく動揺している少女の手を取って向き合った。


「ねぇねぇ!下の名前は何ていうの?すっごく可愛いけどどんな化粧品使ってるの?アイドルでもやってたの?」

「お、おぉぅ……」


 その勢いに圧され少女もタジタジだ。

 しばらく私も呆けてしまったが我を取り戻して愛惟を引き止める。


「愛惟!そんなに詰め寄って驚いてるでしょ!」

「…………はっ!そっか……ごめんね、神鳥ちゃん……あまりにも可愛くって……」


  意外と早くに気がついた愛惟も早々に彼女へ謝っていく。 こんな愛惟、初めて見た。


「ううん、大丈夫。 私は神鳥 璃穏(かんどり りお)。 璃穏って呼んで」

「うん。よろしくね、りおちゃん 私は愛惟でこの子が――――」

「愛玲菜よ」


 紹介されたからには私も大人しく自己紹介をする。

 そっか、りおっていうのか。 どんな字を書くんだろ。


「うん、よろしく。 それで、声を掛けた理由なんだけど…………」


 彼女はそれから少し横を向いて何拍も深呼吸をし、再度私達と向かいあう。

 その時開いた瞳には決意の炎が宿っていて……


「私と――――アイドルやってみない!?」

「「…………へ?」」


 私達はその内容が処理できず、問い返してしまう。



 これがストロベリーリキッドの運命の出会いだった。

 そして私達はアイドルの階段を着実に昇っていき、遠くない未来、大切な人と出会うことになる――――


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