048.幕間2
幕間前半です。
「――――ねぇ、こんなところで何やってるの?」
これは私――――神代 愛玲菜が小学生の頃の話だ。
夏休みが始まって以来毎日叩き起こされて行っている家業、畑仕事を終えてようやく時間ができたと一人で山を登っていた時のこと。
コツコツ積み重ねてようやく完成の見えてきた私だけの秘密基地に向かうと既に先客が居たようで、その者は岩にチョコンと座ってただただ空を眺めていた。
「えっ……あっ!すみません!ボク……」
呼びかけに振り返って見せた顔は随分と顔の整った少年だった。
彼すぐさま立ち上がり、私に向かって勢いよく頭を下げてくる。
女性にも見える立ち方に声変わりの吉兆すらない声。しかし親の意向が強く反映されるこの歳に不相応な5センチくらいしかないショートの黒髪が、少女ではなく少年だということを予想させた。
「あぁ、いいのよ座ってて。 こんなところに人が来るなんて驚いただけ……なにしてたの?」
「あの……ボク……ずっと一人で……山を登ってたらここにたどり着いて……」
少し要領を得ない回答だが、たまたま来てしまったということはわかった。
ぽつりぽつりとつぶやくその姿がどうにも怯えているようで、話しかける直前まで追い出そうとも思っていたのに毒気を抜かれてしまう。
「そっか。 名前は?」
「あい……です」
「あいね。 じゃあ、学年は?私は5年よ」
「4年……」
同い年くらいかなとも思ったけど年下か。けどまぁたかが一年。年上年下などと不毛な事を言うつもりなど一切ない。
座り心地の良い岩を譲った私は近くにあった別の岩に腰を下ろしてあいと向かい合う。
「そういえば……初めて見る顔ね。ここへは泊まりか何かで?」
「いえっ……一昨日引っ越してきて……そのぅ……」
なんと。
こんな田舎に引っ越して来る人がいようとは。
それなら私とも仲良くなれそうだと予感して腕に巻きつけられた時計をチラリと見る。
「まだ……お昼も過ぎたばっかりだしいっぱい遊べそうね。 私は愛玲菜よ。仲良くしましょ?」
「えれな……さん」
「愛玲菜でいいわ。 そうねぇ……近くに川があったから水切りいくわよ!」
「え!? ちょっと!」
私は困惑する少年に着いてくるよう促し、いくつかの小さな崖を下った先にある川へと足を向ける。
岩肌を滑り降りる中必死に着いてこようとする姿を見て、初めてとも言える友達と遊べることに心躍らせていた。
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「ふ~! 遊んだ遊んだぁ!」
川辺であいと遊び、気がついた時には日も陰りかける直前だった。
夏とはいえ川に入ることは無かったが、いろいろなことをして遊んだものだ。水切りから始まって石の積み立てや二人だけの鬼ごっこなど、様々なことを遊ぶことができた。
自慢ではないが私には友達がいない。この金色の髪に碧色の瞳、これが原因なのか殆どの期間を一人で過ごしてきた。同年代の子たちは初期こそイジメになりかけたけど、兆候を見るたび潰…………穏便に解決して今では気楽な一人の時間を満喫している。
ママによるとこの髪や瞳は周りの者にとって異端に見えるのだと言っていた。でも近所の人は優しいしパパもママも私の事を大事にしてくれていた。
だから同世代の友達が居なくとも特に気にしたことなどない。
けれど知らなかった。友達と遊ぶことがこんなに楽しいことだなんて。
私は今まで無かった満足感に打ち震え、同時にこの時間が終わることの寂しさを感じてしまう。
「私も……久しぶりに遊べて……たのしかった……!」
あいも気づけば敬語が抜けていて、心のままに楽しんでくれていたんだとわかる。
このまま明日も明後日も遊んでくれると嬉しいのだけど……
「ねぇ、明日も遊べる?」
「うん、いい……よ」
やった。
この夏休みは目一杯あいと遊べるかもしれない。
もしそうだったら、友達というより親友かも。でも、ママは男女間で友情は成立しないとか難しいこと言ってたし……ううん……
「そうよ!」
「?」
「アイ、あなたはこれから私の弟ね!!」
「…………へ?」
当然のことながらうまく飲み込めることができていないみたい。
「ほら、弟分っていうの?サカヅキを交わしたら姉弟とかテレビでやってたわ。ここにそんなものはないけど……これからも一緒に遊びましょ?」
なんとか心をうまく言語化できたと思ったけど未だあいはピンときていない。これ以上どうやって説明すれば……今の私には上手い例えが見当たらなかった。
「弟……?」
「そう!そうよ、あい! これからは私のことお姉ちゃんって思っていいのよ!」
「でも……ボク…………女の子だよ?」
「やぁねぇ、そんなの気にしないわよ。女の子なんて………………へ?」
「えっ?」
なんとも奇妙な間が私達の間で生まれた。
女の子?あいが? だってこんなに髪が短いし、男の子みたいな短パン履いてるし口調も男の子のソレだし怪我もしていないのに頬に絆創膏張ってるし……幾ら挙動や雰囲気が女の子っぽいとはいえ、まさか……ねぇ。
「だから! ボクは女の子なんだってば! ほらっ!」
そう言ってポケットから財布を取り出して見せてくれたのは保険証。
なになに……。江嶋 愛惟、こういう字を書くのね。 性別は…………女!?
「本当に……女の子だったのね……」
「最初から気づいてると思ってたよ……でも、そう勘違いしてくれてたのは嬉しいな」
保険証を回収した愛惟はその場に座り込む。
それにつられて私もその場に腰を下ろした。
「嬉しい?」
「うん……ちょっとあってね……」
少年……いや、少女はそう言いつつ少し居心地の悪そうに視線をあちこちに移し出す。
もしかして誰もいなことを確認しているのだろうか。彼女はひとしきりそうやって落ち着いた後、ゆっくり深呼吸して私と向き合った。
「愛玲菜……。 あのね、聞いてほしいことがあるんだけど――――」
――――それから彼女の口から出たのは驚きの連続だった。
辛い家庭環境という、両親が中の良い私から考えたらまさしく物語といっていいほど現実味のない話。
そんな環境で育ってきた彼女が引っ越してまず選んだ道は強く見せることだったという。そのため女の子らしさより男の子らしさを優先し、らしく振る舞うことで強くなろうとしたらしい。
「そんな事があったなんて……」
「うん……」
日も少し山に隠れ始め光にも赤みが強くなってきた頃、愛惟の話を聞いて二人して顔を下げてしまう。
そんな私の心の中は怒りで打ち震えていた。
「ちょっと待ってて、愛惟。 その父親、一発バットでフルスイングしてくるわ」
「えっ……ちょっとまって! それはダメだよ!」
学校のバットを取りに行こうとするとすると服を引っ張って止める愛惟。
止めないで!そんな酷いことをする人には一発天誅を与えないと!
「その人は凄いいしゃりょう?とかで仕返しできたから大丈夫って聞いたから!だから大丈夫だよ!」
「いしゃりょう……」
いしゃりょう……医者料? いや、慰謝料か。ドラマで何か見た。受けたら辛い罰らしい。
愛惟が止めるならやめるけど、だとしても怖い思いをした愛惟が報われない。なら――――
「愛惟っ!」
「わっ!」
私は服を摘んでいる愛惟の手を掴み、そのまま引き寄せてそんなに背の変わらない身体を抱きしめる。
彼女は唐突の出来事に対処することができず丸々私に身体を預けてくれた。
「愛惟! これから私がお姉ちゃんになってあげるわ!だから……安心して……守ってあげるから……」
「愛玲菜……ちゃん……」
心からの叫びに受け入れてくれたのか愛惟も私の背中に手を回してぎこちなくも私を抱きしめてくれる。
これからは私が守ってあげよう。そして一緒に遊んでいよう。ずっと。
「でも――――」
「?」
「まずは、その男の子っぽさを直さなきゃね」
「えぇ!?」
その宣告に愛惟は相当ショックを受けたのか涙が浮かんでいる。
だって男の子になりきれてないもの。女の子らしくしたらきっと誰にも負けないほど可愛くなれそうなのに、もったいない。
私は抗議し始めた愛惟をなだめつつ、二人笑い合って家へと帰っていった。
しかし、この時の私は何も知らなかったのだ。
これから嫌でも知ることとなる真実などいざ知らず、ただただ無邪気に笑っていたのだ。
この歳を境に1ミリたりとも身長が伸びなくなり、1年後愛惟に抜かれてしまうことなど、この日の私は知る由もなかった――――




