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046.水族館と

「いいの? 入場料出してもらって」


 あれから少し歩いた先にある水族館にたどり着いた俺は受付を終えたエレナに問いかける。

 使い古した財布をバッグに仕舞った彼女は肩をすくめ、フリーになっていた俺の手を再度繋いだ。


「これくらい大したことないわよ。 それともなに?私より稼いでるんだったら話は変わってくるけど?」

「いや……稼ぎは……さすがに……」

「でしょう? なら黙って奢られときなさい」


 俺が希望したんだしそれくらい出せるのだが、稼ぎを引き合いに出されたら手も足も出ない。

 いくら稼いでるのか検討もつかないが、普通の学生の俺と比べたら雲泥の差だろう。


「それより! ショーの時間見てくれた?」


 大人しく隣を歩いて入場した彼女が突然、繋いでいた手を下に押し込みこちらを見上げてくる。

 突然手を下にやるものだから少し体勢を崩してしまい互いの顔が近くなってしまうものの、エレナの頭はショーのことで頭がいっぱいなのか目を輝かせて全く気にしていないようだった。こんな中言うのは非常に心苦しいのだが……


「さっき終わったみたいで……2時間半後だって……」

「……そうなのね」

「どうする? 俺は待っててもいいけど」

「いえ、いいわ。 きっと私が飽きちゃうから……ショー無しで楽しみましょ?」


 輝いていた表情が一変、スンッと落ち込んだ表情を見せながら視線を正面へと向ける。

 タイミングが悪かった。ここの目玉であるショーを諦めるのなら彼女の満足いくものになるのだろうか―――――





 ――――そう心配したのも一瞬のこと。 それは全くの杞憂で終わってしまった。


「見てみて慎也!ペンギン!ペンギンが歩いているわ!」


 歩き始めて5分としないうちに突然腕が引かれ、何事かと目を向けると指差した先には飼育員に連れられたペンギンが列をなして客が通る通路を歩行していた。

 当然人一倍大きなリアクションを見せたエレナが行動に移さないわけがなく、水槽を見ていた俺を引っ張ってペンギンの近くに駆け寄った。


「ほらっ! 本当にヒョコヒョコ歩くのね~!ちゃんと順番守って偉いわぁ」


 さっきまでスンとなっていたのが嘘のように目の前の光景に見惚れるエレナ。

 すると列を先導していた飼育員のお姉さんがこちらを向き、ニッコリと微笑まれる。


「仲の良いごきょうだいですね。 楽しんでください」

「は、はい……」


 それだけを言い残して飼育員エリアへ消えていくお姉さん。

 一瞬金髪のエレナを見て兄妹か?とも思ったが今の彼女は茶髪のウィッグをしてるんだった。


「ふふん、やっぱり見る人が見たら私がお姉ちゃんだってわかるのねぇ……」

「絶対逆でしょ」

「またまたぁ、ご冗談を」


 それ何のキャラ?

 絶対お姉さんはエレナを妹として見てたと思う。


「ま、いいわ。 次行きましょ次!」

「りょーかい」



 俺は引かれる手に従い彼女の後をついていく。そうしていくつかの水槽を越えてたどり着いたのは一際大きな筒状の水槽だった。


「なんだか変な形ね。 何がいるの?」

「んーっと……イルカみたいだね」

「イルカ? ……あ、あの白いの?」

「シロイルカらしいよ」


 そこには小型の魚などは一切おらず、いるのはシロイルカただ一種だけ。

 俺が案内板のところへ一人歩いて戻ると彼女の側に一頭のイルカが近寄っていた。


「こっち近づいてきたわよ! ……近くで見ると中々柔らかそうな身体してるわ。赤身少なそうね」

「……お腹すいてきたの?」

「す、少しだけよ! それで、なんて書いてあったの?」

「あぁうん。 それは――――」


 彼女が後ろに立つ俺と目を合わせる為に振り向くと同時に言葉を失ってしまう。

 事態を把握してないであろう彼女はその表情を見ると疑問符が頭に浮かんでいた。


「何してるの?」

「エレナ……後ろ!後ろ!」

「? ……何にもないじゃない」

「うっそぉ……」


 エレナが水槽へ視線を戻すとソレは元の状態へと戻ってしまった。

 しかし再度彼女がこちらを向くと、またもやソレ……水槽にたゆたうシロイルカが口を大きく開けてこちらにアピールしていた。


「……? なにかあったの?」


 エレナが水槽を見るとシロイルカは口を閉じる。そしてこちらを向くと口を広げる。

 どこまで知能があるのか、そんな奇跡的に噛み合っている光景に呆気にとられてしまう。


「エレナ……次はこっちを向くと見せかけてすぐ水槽を見て」

「はぁ……まぁいいけど――――――――きゃぁっ!!」


 未だ事態を把握できていないであろう彼女は口を閉じているシロイルカを見、こちらを向く瞬間すぐに水槽へと視線を転じさせた。

 そしてかち合うのは口を大きく開けたシロイルカと彼女の視線。当然そんな事態になっているとは思っても見なかったエレナは、事態を把握すると小さく悲鳴を上げてにこちらに飛びついてきた。


「俺が言いたかったこと……わかってくれた?」

「えぇ……。あれはびっくりするわよ……」


 俺たちのリアクションを見たであろうシロイルカは満足したかのように水槽の奥へと泳いで行ってしまう。


 もはやこの衝撃を共有できた喜びで今の状況を理解するのに時間を要してしまう。

 気づいた時には彼女は腕を小さく折りたたみ、俺の胸元にダイブして抱きしめている構図になっていた。


「あっ――――あー、次……行こっか?」

「え、えぇ。 次行きましょ」


 シロイルカという、なんともいえない犯人のお陰で妙な空気になった俺達は、それでも手を離すことなく次のエリアに向かっていった。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――




「ん~! 遊んだ遊んだ~!」


 日もだいぶ傾いてきた夕暮れ、タワマンへと戻っている帰り道で数歩先を歩くエレナが大きく伸びをする。


「今更だけど、病み上がりなのに大丈夫だったの?」

「もちろん! むしろここ最近で一番の好調よ!」


 一日も終わろうかと言う時に本当に今更だが、そう言えば彼女は昨日まで風邪でダウンしていたのだ。

 それなのにこの回復は一周回ってハイになってるんじゃないかとも不安になってくる。


「……なぁに? 大丈夫よ、心配しなくても」

「昨日の様子見てたら心配にもなるよ」

「……それもそうね、心配してくれてありがと。 でも本当に平気なのよ?」


 そう言って先導していたエレナは立ち止まり、こちらを振り返って俺の視線より少し下を向いて待ち構える。

 それは何かを待っている事はわかったものの、何のことかさっぱりわからない。


「なにそれ?」

「なにって、熱図りたいんじゃないの? ほら、おでこで。アイが風邪引いた時にはよくやってたわよ?」


 なにそれ羨ま――――じゃなくって。

 こんな道中で恥ずかしいことできないから。


「信じた!信じたから! エレナは元気だね!」

「ぶぅ……なんか釈然としないわねぇ…………あら、もう着いちゃった」


 楽しい時はなんてあっという間なのだろう。

 気づいた時にはタワマンが目の前でそびえ立っており、それがデートの終わりということを告げていた。


「帰ったら……アイに謝らなきゃいけないわね……」

「心配してたけど……怒って無かったからきっと許してくれるよ」

「そうね……アイは優しいもの」


 俺たちが見上げるのはマンションの高く上。もうどのくらいかわからないが首が痛くなるほど上空だろう。

 暫くどれほど上か見上げていると、いつの間にか近づいていたエレナがこちらに一つの封筒を差し出してきた。


「これは?」

「開けてみて」


 それは商品券などが入りそうな横長の封筒。

 触れた感じ少し厚みが感じられて一枚ではないことは理解できた。


「もしかして……今日のデートの領収書とか……」

「そんなもの請求しないわよっ! ちゃんと中身見てなさい!」


 怒られたので潔く中身を確認してみることにする。

 そこには4枚の紙。同種である3枚と、1枚だけ別個のもの。


「……チケット?」

「前に衣装見せたじゃない? そのお披露目として夏祭り会場でライブあるの。その最前列チケットよ」


 前……初めてお邪魔した日のことか。浴衣風の衣装で可愛らしかったのを憶えている。

 でも、それならば枚数が多すぎるような。


「3枚なのは?」

「ご家族の分よ。あの日渡しに行ったけどご家族が帰られてたじゃない……だから急いで確保してきたわ」


 あの日、突然現れたのに何もせず帰ったのは何故かと思ったが、チケットを渡しに来てたようだ。

 そんなに日もたってないのに、2枚も確保は苦労しただろう。


「それで残り1枚は花火大会の有料席よ。終わったらみんなで見ましょ?」


 最後の1枚は花火大会の団体用有料席と書いてある。

 そんないたれりつくせりな……ここまでお膳立てされたら行かざるを得まい。


「ありがと……絶対、行くよ」

「えぇ……それじゃ、今日はありがとね。楽しかったわ」


 エレナは小走りでエントランスに駆け込み、こちらに投げキッスをしてからマンション内へと消えていく。

 俺はもらったチケットを大切に封筒に仕舞い、大事に大事に抱きしめた。

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