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044.失くしもの

「無い……! 無い……!」


 エレナが風邪を引いた翌日、俺は自室で棚という棚をひっくり返していた。


「おっかしいなぁ……どこに置いたっけ……」


 学校の鞄、ポケット、タンス…………ありとあらゆる場所を漁ってみるもお目当てのものは見当たらない。

 次第に探している場所がなくなり、同じところをループしていることに気づいてからは手を止め、大人しくベッドへ腰掛けた。


「となると……あの家かなぁ。 財布……」


 昨日のスーパーでの買い物も、駅での改札もスマホ一つで全てをこなしてしまったから財布という存在を頭からすっぽり抜け落ちてしまっていた。

 もしかしたら昨日行ったエレナの家に置いてきてしまったのかもしれない。

 失くしても少量のお金と学生証くらいしか入れてないから致命傷というわけではないが、それでも一つだけ回収しないといけないものがあった。



 ――――そう、あの写真だ。

 あの時ゲーセンで撮ったアイさんとの写真。あれは他人に見られたら非常に厄介だろう。

 確かに変装はしているものの、見る者がよく比較してみれば特定に至る可能性だってある。けれどそれより、二人で撮った思い出の写真が誰とも知らない他人の目にさらされる事は心情的にどうしても避けたかった。



 さてどうしようかと頭を悩ませていると、ヴー、ヴーと、机の上に置いていたスマホのバイブレーションが鳴り響く。

 この特徴的な振動は彼女たち……ストロベリーリキッドの3人からの連絡だ。

 きっと財布に気づいて連絡を入れてくれたのだろう。


「もしもしっ!エレナ!?」


 相手の名前を確認することもなく、思わず決め打ちでその名を呼んでしまったがおそらく間違いでは無いはずだ。

 タイミング的にもエレナが一番妥当。彼女ならきっと財布の中身を勝手に見ないという思いもあって、ようやく見つかったかと安心感を抱く。


「あー……んー……ごめん、私」

「…………リオか」


 電話口の向こうから少しバツの悪そうなリオの声が聞こえてくる。

 焦っていたからか早とちりしてしまった。彼女からの電話とは珍しい。なにかの誘いだろうか……けれど今の俺には探さなければならないものがある。


「ごめん、リオ。 今ちょっと忙しくてさ……」

「もしかして、お財布かなにか……なくしたとか?」

「!!」

「図星だね。 大丈夫、私()何も見てないよ」


 その確信めいた口調に今どういう状況なのかを僅かながら把握する。

 何故リオが連絡を入れてきたかはわからないが財布は向こうにある。しかも、わざわざ見ていないと付け加えるのは誰かが見たということだろう。つまり見た人というと……


「エレナになにかあった?」

「ご明察。 とりあえず、連日になっちゃうけどこっち来てもらえないかな?」


 それからはマンション階下で彼女と会う約束をしてから通話を終了する。

 これは……なにか大事になってきた気がする。俺は一抹の不安を抱えながら再度あの家に向かうため玄関の扉を大きく開け放った――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



 昨日と打って変わってカンカン照りの空の下。

 これはこれで暑く、結局服も汗でビッショリ濡れてしまいながらマンションまで走ると、彼女はエントランスの影に立っていた。


「リオっ!」

「やぁやぁ、昨日ぶりだね。 エレナの看病は感謝するよ」


 そう何事も無かったようにこちらへ近づいてくる彼女は事前に用意していたであろうペットボトルをこちらに差し出してきた。

 2日連続で走った上、今日も中々の暑さだから凍る直前まで冷やされたお茶が身体中に染み渡る。


「ありがと……それで、エレナの様子は?」

「風邪が嘘だったかのように元気になったらしいよ。 でも、一つ問題が出ちゃって――――」



 部屋までの道すがら聞いた話は単純な話だったものだった。

 エレナが財布からこぼれ落ちた写真を見て、すぐに俺と一緒に写っているのは変装しているアイさんだと気づいたようだ。

 しかし彼女はその成否を当人に聞き、アイさんが認めたら何も言わずにあのモノクロの部屋へ引きこもってしまったらしい。

 アイさんが説明を試みようとするも鍵を閉められて打つ手なし。そのまま朝になってしまったから俺を呼んだと言うことみたいだ。



「―――――そっか……俺が忘れたばかりに……」

「とりあえず、財布はアイが預かってるから……そっちからかな?」


 彼女は俺のつぶやきに否定することも肯定することもせず、エレナの部屋の前にアイの部屋のインターホンを鳴らす。

 すると彼女も来ることがわかっていたのか、ほんの十数秒で姿を表した。


「あっ、慎也さん……」

「アイさん……えっと……」


 心の準備ができるよりも早くインターホンが押された上、すぐ出てきてしまったからなんて言えばいいか言葉が出てこない。

 この件は財布を忘れてしまった俺の失態だろう。引きこもった原因はわからないが、それが引き金となったのは間違いなさそうだ。


「あっ、お財布ですね! …………はい、どうぞ」

「ありがとうございます……その、俺が忘れたせいで……すみません」

「いえっ、気にしないでください。 私も突然出てこなくなっちゃって困ってるだけなので」

「それなら、ご飯は……?」


 その問いかけに彼女は黙って首を横に振る。

 病み上がり、または病んでいる最中なのに食べていないとは随分と無茶をする。風邪がぶり返していないといいのだが。


「と、言うわけで。 慎也クンにはこれを託そう」

「えっ? これは……パン?」


 今まで静かだったリオが突然、今まで持っていなかった袋をこちらに押し付けてきた。

 きっと一瞬自室に戻っていたのだろう。袋を広げて中を見ると、そこには惣菜パンや菓子パン、果てにはゼリー飲料など多岐に渡って入っていた。


「慎也クンなら開けてくれると思うから……あとは任せた!」

「お願いします……慎也さん」


 リオに背中を押され、アイさんの声援を受けて俺はエレナ宅の扉と向かい合う。

 本当に開けてくれるのだろうか。二人が知らないだけで風邪が悪化していたらどうしよう。


「じゃあ……行ってきます」


 背中に2人の声援を感じながら目の前の扉を開けると……すんなり開いた。

 きっとどちらかの合鍵を使って開けてくれていたのだろう。俺はそのまま一人、昨日と変わらず物に溢れた廊下を渡って彼女が引きこもっている部屋の前にたどり着く。

 そのまま思い切り開け放ってやろうかとも思ったが、どうせ鍵が閉まって開かないだろう。そんな非常識な考えを振り払って改めてノックする。


「エレナ、俺……慎也だけど」

「…………」

「昨日から食べて無いって聞いたから……パンとか持ってきたよ?」


 何も返事がなく、寝ているかもしれないがダメ元で声をかけ続ける。もし返事がないままでも継続して呼びかけていこう。

 そう考えていた時、カタンと扉の向こうで物音が聞こえた。


「エレナ……?」

「……入って。 鍵、開いてるから」


 短いが、たしかに彼女の声が聞こえてきた。

 よかった。起きてくれていた……そう内心ホッとしながらドアノブに手をかけると、言葉の通り引っかかる感触の無いままゆっくりと扉が開いた。




 部屋の中は真っ暗だった。日中だというのにカーテンは締め切られており、その遮光性バッチリの代物のお陰で部屋の中は輪郭すら把握できない。


「そのまま、ベッドに座って」


 と、どこからか声が聞こえてくる。同じ室内に居ることはわかったが方向までは分からなかった。

 全く見えないのに最奥のベッドまでか……昨日の記憶だとそのまま真っすぐだし、何も散らかっていない事を信じて正面へ歩いていく。


「――――とと。 これでいい?」


 ベッドへは何も労することなくたどり着くことができた。最後は脚にフレームがあたって少しバランスを崩しかけたがそれだけで、彼女の指示通り腰を下ろす。


「えぇ。いいわ…………よっと」


 今度は声の場所も把握できた。 座っている俺の後ろ側、ベッドの向かい側からだ。

 彼女は一瞬力を入れるように声を出し、少しバネが伸縮する音の後、背中にトスンと軽い衝撃が加わる。


「そこに、居るの?」

「えぇ。ちゃんと居るわよ」


 今度はすぐ後ろから。この衝撃は彼女によるものだった。

 未だに背中にはなにか触れている感触がし、エレナと背中合わせで座っているという事を理解するのにあまり時間は要さなかった。


「急に閉じこもったって聞いたけど……」

「その前に……体調、大丈夫? 風邪移ったりしてないかしら?」

「あ、うん。 快調だよ。エレナは?」

「絶好調よ」


 昨日から変わらず自分のことより俺を心配してくれるのは嬉しいが、まず自身のことを考えてほしい。

 けれどエレナも治ったことは喜ばしいことだ。つまり悪化して閉じこもった線は消えたと。


「よかった……閉じこもっちゃって悪かったわね」

「ううん、なにかあったの?」

「さぁ?」

「さぁって……」


 あまりにもあっけらかんというものだから力が抜けてしまった。

 なら、なんで食事までせず閉じこもってたというのだ。


「写真、見たわ。 アイとのツーショット」

「うん……」


 エレナは突然、思いついたかのように本題を切り出してくる。

 そうストレートに宣告されると居心地が悪くなってしまう。別に悪いことなんてしたつもりはないが、それでも咎められているような……


「別に怒ってるわけじゃない……ただ、わからないのよ」


 背中に再度小さな衝撃が走る。位置的に頭を上げてぶつかったようだ。彼女はそのまま上を見上げ、体重を一層強くしてこちらにかけてくる。


「あの写真を見て心がざわついたわ。 なんだか、今まで仲の良かった友達が取られて私一人がそこに取り残されるような……」

「エレナ…………」

「でも、それがなんでかはわからないわ。アイと仲いい人が増えて喜ばしいことなのに、私も誇らしいはずなのに……」


 彼女も、その思いが分からずに戸惑った結果一人きりで考えることになったようだ。

 一晩考えてその結果は芳しいものでは無かったようだが。


「また考えてたらモヤモヤしてきたわ…………あぁぁぁ!慎也!!」

「はいっ!」


 頭を抱えだしたと思ったら今度は突然上から俺の名を呼ぶ声が降り注ぐ。

 どうやら彼女はベッドの上で立ち上がったようだ。身体を捻って見上げると目が慣れたお陰かその見下ろす輪郭が薄っすらと見えてくる。


「…………? エレナ?」


 彼女はそれ以上言葉を連ねることなく、ただただ黙ったままになってしまう。

 しかしよく見ると身体が大きく揺れていて深呼吸していることが見て取れた。


「すぅ…………はぁ………慎也! これから私とデートしなさい!!」 

「…………はい?」


 突拍子もない宣言についつい脳が思考を放棄してしまう。

 その暗闇で見えない彼女の表情はきっと――――――――


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