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不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい  作者: 春野 安芸
第2章

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039.誰もいない教室で

「……ねぇ、リオ」

「ん~?」


 あれから着替え中にリオが男子更衣室に突入――――なんてこともなく、一人で着替えることができた俺はプールへ続く鍵を締めながらスマホをつついている彼女を呼ぶ。

 本当に……本当にアクシデントがなくて良かった。かなり警戒して着替えて徒労に終わったが、それは仕方ない。


「俺はこれから鍵返して帰る予定だけど……どうするの?」

「あ~……ん~……どうしたい?」


 いや、俺に聞かれても。

 仕事とか無いのだろうか。以前抜け出してたからもしそうだったとするなら……


「今日、仕事は?」

「大丈夫、ちゃんと休みだぜぃ? あ、さっきまで暑かったから涼しいとこ行きたいかも」


 涼しいとこ……この辺りだと飲食店なら心当たりあるけど、いかんせんさっきお昼ごはん食べたばかりだしなぁ


「例えばぁ……慎也クン家とか?」

「それは勘弁して……」


 彼女が1つ思いついたように提案してくれたがそれだけは却下させてもらう。

 以前、エレナが家に来た日には一晩紗也が口効いてくれなかったんだから。朝になったら元に戻って本当にホッとした。


 結局理由は解らずじまいだけど、リオまで来たら同じことになりかねない。


「ふむぅ……じゃあ、この学校案内して?」

「へ? それくらいいいけど……冷房無いよ?ここ」


 正確には冷房は設置されているが起動していないが正しい。

 どのみち動かせないから一緒だが。


「それはまぁ、仕方ないさね。 じゃあ教室行きたい教室!慎也君が勉強してるとこ!」

「了解。 制服とはいえ気をつけてね?」

「は~い」


 今日は熱中症の危険もあって生徒の姿が無いから、誰かに見つかってパニックなんてことは起きないだろう。

 無事施錠の確認を終えた俺たちは校舎へと歩き出した――――



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「ここが慎也クンの教室…………」


 体育教員室にプールの鍵を返却し、職員室から教室の鍵を受け取ってようやく目的地にたどり着いた。

 リオはその間教室前で待機。さすがに先生に見つかったら面倒くさい。


「ほー! ふーん。 へー」

「何か物珍しいものでもあった……?」


 鍵を開けた途端我先にと駆け込んだリオは、そのまま教卓を覗き込んだり適当なロッカーを開けたり窓から外を見渡したりして、余すところなく観察していく。

 別に、いたって平凡な教室のはずなんだけど。


「ううん、全然。 前チラッと見たけど何も面白みの無い教室だね」

「でしょう?」

「……でも、慎也クンが勉強してるとなったら話は別かな?」

「…………」


 窓から下を見下ろしていた彼女は振り返って窓の手すりに背中を預けながらこちらを見つめてくる。

 その表情は逆光だからなのか、確認することが出来ない。


「好きな人が毎日どういう環境で勉強してるか、気になるでしょう?」


 好きな人――――

 そう臆することなく言う彼女が眩しく、魅力的で直視することが出来なかった。

 それでも彼女は返事を待つことなく、思いついたかのように言葉を続ける。


「そうだっ! 慎也クンの机ってどこ!?」

「えっ?」

「机だよ机! どこで勉強してるの?」

「あぁ……ここだけど」


 突然の話題の切り替えに呆気にとられたが、すぐに理解して自分の席……真ん中の後ろから二番目の机を指差す。

 教室来たから場所は把握してるだろうとも思ったが、そういえば席替えしたんだった。きっとそれを見越して聞いたのだろう。


「ふぅん……ここが…………あっ!」


 指差した場所へとゆっくり移動した彼女は椅子に座り、暫く観察していると突然何かを見つけたような声を上げる。


「置き勉してる~! いけないんだ~!」


 そう言いながら取り出したのは数学の問題集。そういえば結構な冊数置いてきてたっけ。


「夏休みの宿題に関係無いからね。 重いし」


 俺は今回出された宿題の数々を思い出しながら隣の椅子を借りて席につく。


 一応、ウチの学校は置き勉禁止だ。

 けれどそれを守っている生徒など殆ど居ない。俺だって中1のゴールデンウィーク越えてからは置くようになった。

 持って帰るのは課題で使う分だけで十分過ぎる。


「そっかぁ……ねねっ、そこの席って誰の席?」

「へ?ここ?」

「そそっ!」


 なんだか話題が二転三転するなぁ。なんとなくテンションも高めだし。


 確かこの席は…………誰だっけ?

 夏休み入る直前に変わったから正直あんまり。


「ごめん、覚えてない。 女子ってことは覚えてるんだけど……」

「へぇ……女の子なんだ……」


 直後に襲うは背筋への寒気。

 突然のことに目を見開くと、彼女の視線がとても冷たいものになっていた。


 え!?何か不味いこと言った!?

 誰か忘れてたのがまずかったのかな……けどまだ会話したこと無い人だったし。


「ま、いいけど。 覚えてない程度なら……」


 そんな寒気も一瞬のこと。 何かを言い捨てながらパタリと机に身体を預けるリオ。

 なんだか知らないけど許された……?






「ねぇ」

「どうしたの?」


 彼女は倒れたまま暫く無言の時が続き、ふと声を掛けたと思ったら視線は窓の方を向いていてその表情が見えない。

 けれどなんとなく、声色的に哀愁を含んでいると感じられる。


「紗也……ちゃんもこの学校なの?」

「紗也? いや、海外の学校だけど……それがどうしたの?」


 何事かと思ったら紗也のことだったのか。

 ……あれ?俺、紗也の年齢言ったっけ? まぁ、ここには中学もあって3歳分マージンあるし適当でも当たるか。


「でも、戻ってきたらここに通うことがあるかも……?」

「へぇ…………私もこの学校に通いたかったな……」


 そう、小さく漏らすリオはなんとなく淋しげだった。


 教室に入ってから感じ取っていたが、リオはあれから雰囲気が別人のように変わっていた。

 ずっとどこかしら持っていた自由奔放さはなりを潜め、容姿は何段と上だがその性格はどこにでも居る少女のようだった。

 今まで自由な彼女が素だと思ったが、もしかしたらこっちのほうが素なのかもしれない。

 ――――そう思わせるほどの多面性を今の彼女には感じられた。



 ブー、ブー、と――――

 静かだった教室にスマホのバイブレーションの音が鳴る。

 ポケットに入っている俺のは……違うみたいだ。ならばあと一人しかいないと彼女の方に目をやると、一瞬スマホを見たもののすぐにポケットへと突っ込んだ。


「……出なくていいの?」

「うん、見なくても解るから。 ――――ほら」


 彼女が席を立ち、指を差した窓を見ると、外には一台のタクシーが。

 その側には最近よく見るようになった、彼女たち専属である運転手の女性が携帯を耳に当てて立っていた。……暑い中お疲れさまです。


「……さて、タイムリミットも来たことだし、帰るとするかねぇ」

「じゃあせめてタクシーの側まで……」


 と、俺も合わせて席を立とうとしたものの、彼女の手によって止められてしまう。


「日なたは暑いからここで大丈夫。 ……でも、1つだけいい?」

「?  いいけど?」

「よかった。 じゃあ、席を立って目を瞑ってくれる?」

「はぁ……」


 なんだか突然のお願いに意図が読めなかったが、とりあえず指示を聞くことにする。


 ポスッ―――と小さな音が鳴るような優しい衝撃が目を瞑った途端襲われた。

 同時に背中に感じるのは二つのものに包まれるような優しい圧力。


「これは……」

「開けないで!」

「はいっ!」


 何事かと確認するため目を開けようとしたものの、鋭い言葉によって遮られた。

 けれど、この正面に感じる柔らかいものと背中に回されているものは……


「ふぅ。―――いいよ」


 そっと身体に触れられている感触がなくなり、許可が出て目を開けた時には彼女が見えなくなっていた。

 慌てて辺りを見渡すと、教室のドアに荷物を一式持った彼女の姿が。


「それじゃ。 夏休み遊びすぎて宿題忘れないように気をつけるんだぜぃ~!」


 そう、いつもの調子で捨て台詞のように廊下を駆けていくリオ。

 彼女のただただ真っ直ぐな想いにやられ、口すら動かすことが出来ない俺であった――――

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