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不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい  作者: 春野 安芸
第2章

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036.3度の頷き


 科学的に一日の中で最も暑い時間を越え、少し影が伸び始めた頃。

 俺たちはフラペチーノ片手に街中をあてもなく歩き続けていた。


「う~ん……」

「……どうしました?」


 互いに少しだけ距離をとりながら隣り合って歩いていると、唐突に立ち止まって何やら考え事を始める江嶋さん。

 ちなみに買ったものは全て宅配業者にお任せして今は来たときと同じ荷物だ。俺一人だったら絶対に無理してでも手に持っていただろう。


「いえ、ふと思っちゃいまして。 し……前坂さんって普段どういうところ行ってるんですか?」

「へっ? 俺?」


 その思いもよらぬ言葉についつい聞き返してしまった。

 悩み事かと思いきやまさかの俺の事を考えてくれていたことに少し恥ずかしくなってしまう。


「はい! お友達とこうやって遊ぶときってどんなことしていますか?」


 両手を合わせて少しだけ首を傾ける仕草に可愛いと思いつつ、今まで遊んできた時のことを思い出す。

 俺が遊ぶといったら……智也か。でも基本家でゲームとかばかりだったし、外に行っても軽いキャッチボールくらい……こういう街中だと……


「……まぁ無難ですけど、ゲーセンですかね?」

「ゲームセンター、ですか?」

「はい。そこでよく対戦ゲームとかしたりしてました」


 思い返せばこういうところで殆ど遊んでこなかったな。今になって弊害が現れてしまうとは。

 智也とやってきたのはそういうゲームだったけど、江嶋さんは苦手そうだし……ううむ。


「そう、ですか…………そうだ!」


 更に深く考え込んでいた彼女は突然何かを思い当たったかのように顔を上げ、気づけば横を通り過ぎると同時に俺の手を取り、走るよう促してきた。

 いきなりの行動に驚いた俺は引っ張られるがままに彼女と一緒に駆け出していく。


「時間的に最後になっちゃいますが……ちょっと付き合ってもらえませんか!?」


 もはや事後報告なのにこちらに問いかけてくる江嶋さん。

 そんなサプライズを仕掛けたような笑顔を見せられたらこちらとしても拒否することは出来ない。

 俺は引っ張られるその手の温もりと、ほんのり汗ばんだ感触を堪能しながら頷いた。



 ―――――――――――――――――

 ―――――――――――

 ―――――――



「あー、なるほど。 ゲーセン、といえばここですものね」


 最寄りのゲーセンにたどり着き、迷わず目的地まで誘導された俺は彼女の意図に気がついて合点がいった。

 その普段は……というか智也とだと絶対に来ないであろう筐体の前でただただ立ち尽くす。


「えっと……ダメ、でしたか?」


 少し不安げな様子で問いかけてくる彼女は同時に残念そうだ。そんな悲しい顔をさせてたまるかと首を横に振って笑顔を見せる。


「全然。 大丈夫ですよ。 ただ……」

「ただ?」

「これ……やったことなくって勝手がわからないんですよね」


 俺は目の前の機械――――プリントシールの筐体を指差して冷や汗を垂らす。

 さすがに男2人で撮るなんて事は今まで無かった。こんなことなら紗也と一緒に撮りにくればよかった……


「あっ、そうなんですね……よかったです」


 乗り気ではないのが誤解だと気づいたのか、彼女は1つ胸をなでおろす。

 と、ポケットの財布から必要分の硬貨を取り出して自信満々の笑みを見せつけた。


「安心してください! 私はエレナやリオとなら何度か来たことがあるので」


 言葉を連ねながらテンションを上げて決定事項かのように筐体へ入っていく姿につい笑みが出てしまう。

 好きなんですね、これ……


「前坂さん! お金入れちゃいましたので早く早く!」

「あ、今行きます!!」



 慌てて中に入った時には既に初期設定が終わっていたようで後はポーズを取るだけとなっていた。

 俺は彼女の後ろに位置取りカウントダウンに合わせてピースサインを取る。


「はいっ、次の一枚きますよ! ……ずっとピースサインはダメですからね?」

「は、はい……」


 カメラを向けられるとなってしまうのだろうか、さっきから随分と押しの強くなった江嶋さんの迫力についつい後ずさりをしてしまう。

 これが彼女のアイドルモードとでも言うのだろうか。




『それじゃあいくよ? 3、2、1……』


 アナウンスの後にシャッター音が聞こえてくる。

 なんだか随分と枚数を撮った気がする。あと何枚だろうか……


『次が最後の1枚だよ! みんな思い思いのポーズで!!』


 ようやく最後か。もうポーズのネタがないんだけど。

 仕方ない。2枚目から使っている最終手段、相手に任せるを使おう。


「…………前坂さん」


 そんな完全に相手任せの思考になっていたところ、ふとアイドルモードの切れた彼女の控えめな声が届く。

 打ち合わせだろうか。どんとこい。 俺は彼女の言葉に耳を傾ける。


「…………」


『それじゃあいくよ? 3、2……』


 幾ら待っても訪れない続きの言葉を待っていると、ついには撮影の時間になってしまった。

 え、これどうすればいいの!? 何も考えてなかったんだけど!!


『1…………』


「ごめんなさい!」


 パシャッ!と……

 謝罪の言葉のすぐ後に写真へ収める音が鳴る。


 見れば俺の腕には細い腕が巻き付いていて、微かに彼女の持つ胸元の女性的な部分がその肘に触れて感触がダイレクトに伝わってくる。

 予想外のことが起これば人の脳はショートするもの。もちろん俺も例外ではなく、そんな彼女の行動に対応するどころかショートを起こしてただただ黙って見つめてしまう。


「あっ……ごめんなさい! すみません、迷惑でしたよね!」


 なんとか意識を取り戻せば一瞬のうちに距離を取って謝罪の3連打。

 もはやなんて言えばいいかもわからず、口が動かない。


「そ、そうだ! 最近の筐体って早いんですよ! 落書き無しにしたのでもうすぐ出てくるかと……!」


 もはや逃げるように筐体から出て排出口まで急ぐ江嶋さん。

 彼女の姿が見えなくなってようやく自由に動くようになった俺は急いでその後を追っていった。



「江嶋さん!」

「すみません。 もう出てきましたので、切っちゃいますから待っててもらえますか?」


 追いついた時には既に現像が終わっているようだった。

 追いついた彼女は視線を合わせることなくハサミの置いてある台に駆け寄り、手慣れた手付きで二等分していく。


「…………できました! 付き合ってくれてありがとうございます」

「は、はい。 俺こそありがとうござ―――――」


 ようやく目が合った彼女の表情は普段と同じものだった。

 差し出された写真を受け取ろうとしたものの手を伸ばして指を動かした瞬間、突然写真が宙へ舞い、俺の指も空を切ってしまう。

 その犯人はもちろん江嶋さん。 彼女は高く持ち上げた写真を口元まで持っていき笑みを向ける。


「え、江嶋さん?」

「ほしいですか?これ」

「は、はい……」


 もちろん欲しいに決まっている。


「それじゃあ、一個だけ私の言うこと聞いてくれるなら渡しちゃいます」


 その声はこころなしか震えているような気がした。

 緊張……?恐怖……?俺には何かがわからないが黙って頷いて次の言葉を待つ。




「それじゃあ……。 私のことアイって呼んでください。私も慎也さんって呼びますので」


 その、口元は笑みを作っているものの、琥珀のような瞳は真っ直ぐ俺の目を見つめていて、そこに冗談な要素など1つもないことを感じさせた。


 恐怖症もあって、あえて名字で呼んでいたからその提案は心底驚いた。

 俺はもう一つうなずいてその二文字を口に出すため重い重い唇を動かし始める。

 

「…………アイ……さん」


 その恥ずかしさや嬉しさも含まれる言葉は、少し時間がかかったもののなんとかその2文字を発音することができ、聞き届けたその瞳がゆっくりと細くなっていく。

 さん付けでも合格ラインだったようだ。


「ありがとうございます……えへへ、思ったより恥ずかしいですね……」


 頬を掻きながら恥ずかしがるアイさん。

 俺も恥ずかしいです。

 なんてことを言うわけもなく、その手に持つ写真を取ろうとしたら再度宙を舞ってお預けされた。


「でも、これで二回目ですね。その呼び方?」

「へ?」

「気づいてなかったんですか? さっき雑貨屋さんで私が倒れ掛けた時……」


 …………思い返せば、たしかにそんなこと言ったような気も?

 あの時は反射だったから全く思い出せない。


「あの時はありがとうございます。嬉しかったです……今度こそ写真をどうぞ」


 今度こそ宙を舞わない写真を手に取り、その中身を確認する。

 ピースを取ったり手を広げたり、様々なポーズを取る俺たち。そして――――


「えっと……最後のは、付き合ってもらったお礼というかなんというか…………。 ぜったい!誰にも見せないでくださいね!」


 彼女が懇願してくる最後の写真が目に入った。


 目をキュッと固く瞑って俺の腕に抱きついてくるアイさんと目を丸くして彼女を見る俺――――


 女性と初めて、それもアイドルとの2ショットの写真なのだ。俺も恥ずかしくて人に見せるのは憚られる。 

 そんな恥ずかしくも微笑ましい写真をそっと財布に入れ、3度目の頷きをするのであった。

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