035.ざわめく心
「…………なにこれ」
「すっごいですねぇ……」
雑貨屋に着いた俺たちはエレベーターを降りた途端、目の前の光景に圧倒されてしまった。
そこにいたのは人、人、人――――
初めて来た店ではあるものの一目で普段とは違うと解るほどの人の量だった。
しかも大半は女性客。 見渡した感じ男性客は居らず、俺一人なら絶対に近づかない。
「あっ! 前坂さん、これじゃないですか?」
「えーっと…………あぁ、ですねぇ」
その答えは壁に張られていたポスターに書かれていた。
真っ先に入ってきたのはGRAND OPENの文字と今日の日付が。
どうやらこの店は今日新たに開店したようでそれに客が殺到しているようだ。
よく見るとそこらに開店セールとかのPOPがある。
「どうします……? 人も多いことですし、また別のお店探します?」
そう控えめに聞いてくるも彼女の視線はチラチラと店内を伺っていて明らかに気になってますといった様子だ。
……うん、そうだよね。新しいものって気になるよね。特にセールとかやってると。
「また移動で暑い外も辛いですし……ここにしちゃいましょ。 人多いですけど大丈夫ですか?」
「は……はいっ!大丈夫です! ありがとうございます!」
不安そうな表情から一転、明るく笑顔になってお礼を言ってくれる江嶋さん。
もう視線は店内に固定されていて「やっぱナシ」なんて言っても聞かないだろう。
しかしそれも我慢できなくなったのか、ズンズンと奥地へと侵攻を始めていく。
俺はその後ろ姿を見失わないようにカゴを手に取り慌ててついていった。
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「ありがとうございます前坂さん! おかげで必要な物は一通り確保できました!」
会計前のレジ待ち列にて、彼女のテンションが上がった声が聞こえてくる。
それは随分と堪能したようで満ち足りた表情。 それもそうだろう。もう店に入って1時間半、ずっと俺たちは店内をあっちこっち行ったり着たりしていて随分と歩き回った。
この店限定だが、ジャンルくらいは場所を見ずとも言えそうだ。それほど吟味する彼女に付き合ったから足が痛い。
「必要なものって……パーティグッズだったんですね」
俺は手にしているカゴに視線を落として中に入っているものを確認する。
そこには銀テープやバルーン、ガーランド等、パーティグッズが殆どを占めていた。
俺の役目はあまりにもファンシーになりすぎないよう客観的な意見が欲しかったらしい。 なんでもエレナらとだとヒートアップしちゃうとか。
「はい。会社からボーナスを頂いたので、せめて内々にささやかなお食事会でもとおもいまして……」
ボーナス!
父さんが特定の時期になるたび多かったとか少なかったとか一喜一憂していたもの!
そっか……働いてるものね。 俺にはイメージがつかないが、きっといいことなのだろう。
「いいですね。 料理は江嶋さんが?」
「私と……あと二人ともですね」
「え゛っ…………」
つい、その回答に変な声が出てしまった。
いやだって、エレナはほら……ねぇ。
「あっ、大丈夫ですよっ! 私達も付き合い長いのでエレナの担当範囲もちゃんと失敗しないよう決めてますから!」
「そ……それはよかった……」
ついつい以前の惨劇を思い出し、それが回避された事を心の底から安堵する。
そうだよね。俺が考えつくことを彼女が考えないわけないもんね。
「そこに前坂さんをお呼びするのは難しいですが……また日を改めて小さなお食事会でもします?」
「えっ! いいんですか!?」
彼女から出されるはまさかの提案。
それは願ったり叶ったりだけれども。
「もちろんです。 日付が決まったらまた連絡しますね」
「ありがとうございます!」
俺は彼女の方を向き頭を思い切り下げる。
誕生日会で食べた彼女の料理はどれも絶品だった。
またあの料理が食べられるとなるとお金を多分に払ってでも行く価値がある。
「あっ、前坂さん。 少し詰められます――――キャッ!!」
「――――アイさん!!」
彼女が俺の後方、レジへ続く列に空間ができて指摘したと同時だった。
江嶋さんの後ろを横切ろうとした二人組の女性が背中と接触し、押される形になった彼女が前のめりに倒れてくる。
咄嗟のことだった。
身体が傾いていく江嶋さん。そして結果的ではあるがその方向で待ち構えている形になる俺。
避ける?ううん、ここで受け止めなければ彼女が床にぶつかってしまうかもしれない。
もしすんでのところで踏みとどまっても今度はその反動でウィッグが外れてしまうかもしれない。
――――となればやるべきことは1つだ。
ほんの数瞬で取捨選択をした俺はカゴを落とし、一歩距離を詰めてその肩を受け止めるために手を伸ばした。
受け止めるといってもたかだかレジ待ちのほんの僅かな距離。伸ばした手は難なく両肩に到達してその柔らかい肌を受け止める。
「だ、大丈夫ですか……?」
「はい……なんとか……」
彼女の無事を確認しながら、先程ぶつかってきた女性がこちらに謝って来るのを適当に相手する。
無事転けることもなかったし、怪我も無いだろう。 それにしても焦った……
「あの……前坂さん……その……」
「へ……? あぁ!すみません!」
何か言い淀むようなその声で気づいたのは俺と彼女との距離。
彼女は肩を支えられながらスッポリと胸元に収まっていた。
少し横を向いているようだが上からではその表情までは見えない。
そういえばこんなに近くに居続けることは失敗したと、慌てて後ずさりし先程までの距離を保つ。
「いいえ、助けてくれてありがとう、ございます」
「そんな……。 怖かったですよね。あんなに近づかれて」
彼女が恐怖症になった理由は以前聞いている。
今はどれほどなのかはわからないがすぐ離れなかったのは悪手だろう。現に離れた今も目を合わせようとしてくれないし。
「ううん。 嬉しかったです。咄嗟に抱きしめてもらえて……それに、怖かったわけでは……」
「へ? それって――――」
「お客様ー、そろそろ宜しいでしょうかー?」
改めて聞き返そうとしたものの、それを聞くことは叶わなかった。
第三者の声が届いて振り向くと、既に俺たちとレジの間に客は居らず、店員さんが少し困ったような表情でこちらを覗き込んでいた。
もしかして……全部見られてた!?
「い、行きましょうか!」
「そうですねっ!」
互いに顔を見合った俺たちは顔を真っ赤に染めながら、ずっと見守っていたであろう店員さんの会計を黙って耐え続けていた。
次話更新は15日予定です。




