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不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい  作者: 春野 安芸
第2章

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034.お買い物再び


 ガヤガヤと――――

 

 昼過ぎの駅前は相も変わらず喧騒で溢れていた。

 今日は平日、普段ならば大学生や社会人が歩いている程度であまり人口密度も高くない。

 しかし俺も含めた世の若者は夏休みに突入し、行き交う人々は大人よりも比較的若い人が多く見受けられた。


 夏休み。そう、もう夏休みだ。

 学校では無事にテストも返ってきて、同時に渡された成績表も中々悪くないものだった。

 長期休みが終わるまで居る事になった母さんと妹も、この成績なら一安心という表情をしてくれていた。


 そんな中、俺は休みにも関わらず朝6時に文字通り叩き起こされ、午後にはこうして一人家から少し離れた位置にある駅前へとたどり着いた。

 朝早くから起こされるのは納得いかないが、呼び出されるのは大歓迎だ。 だってそうだろう、呼び出した人が人なのだから。



「あの……前坂くん……ですか?」

「……!  はい!」


 待ち合わせ場所に着いた途端、背後から呼び出した人物の声で俺の名を呼ばれる。

 少し早いなと思いつつ振り返るとそこには、肩にかかるくらいの茶色の髪と黒縁メガネを掛けた顔立ちの良い少女が上目がちにこちらを見つめていた。


「あれ……? どなた、です?」


 思っていた人物と違っていた俺は肩透かしを喰らいながら目を丸くしてしまう。

 この人は……誰だ? 俺の名を知ってたし、知り合いか?


 知り合いで茶髪といえばリオしか知らない。 けれど彼女と比べても髪の長さはもとより、声も雰囲気も全く別人だ。

 付け加えればこの人ほど顔立ちの整っている人などストロベリーリキッドの3人……いや、妹の紗也を含めて4人しか心当たりはない。

 ならば誰だと自らの記憶を掘り起こしていると目の前の彼女が言葉を紡ぎ出す。


「私ですよ私! ……です!」

「えっ、なんです?」


 彼女の声が肝心なところで小さくなってしまったためうまく聞き取ることができなかった。

 思わず聞き返すとその小さな手が俺の肩に添えられて気づけば彼女の顔が耳元まで――――


「まっ……前坂さんの大好きなアイさんですっ!」


 その、まず彼女が言わなさそうな言葉がすぐ耳元で囁かれて自身の顔が熱くなっていくのを感じる。

 どうやらそれは諸刃の剣だったようだ。すぐさま距離を取った彼女の顔も真っ赤に染まっていた。


「え……えっと、リオの真似をしちゃいました。 やっぱり恥ずかしいですねこれ……」


 「えへへ」と恥ずかしがりながら笑みを見せてくる少女。

 最初はわからなかったが、どうやら目の前の人物は今日俺を呼び出した人物――――江嶋さんで間違いないようだ。

 じゃあ、その変装(?)は……


「江嶋さん……ってことはその髪染めたんですか!?」

「そんなことないですよ! これはウィッグです!あの時買ったアレです!」


 そう慌てたように少し髪をかきあげる江嶋さん。


 あの時、というのは以前一緒にエレナへのプレゼントを買った日のことか。

 そういえばそんなウィッグを選んでいたかもしれない。

 髪の毛1つでここまで印象が変わるなんて、女性ってすごい。


「そういえば……。 誰かわからなくって驚きましたよ」

「ふふっ。 前坂さんでもわからないなら今日の変装は大丈夫そうですね」


 と、1つウインクをしてダテであろう黒縁メガネをクイッと軽く持ち上げる江嶋さん。可愛い。

 本日の彼女はパフ袖の白いブラウスに翠色のバギーパンツ、浅葱鼠のパンプスに同色のハンドバッグという、涼やかさと楚々ととした印象を同時に感じさせるコーデ。

 茶髪の今でも似合っているが、元の長い黒髪でも十分映えそうだ。


「はい、似合ってます。 ……今日は夏の仕事に必要なものの買い出しでしたっけ?」


 そう問いかけながら朝の出来事を思い出す。

 彼女からの呼び出しは唐突だった。 俺が早朝母さんに起こされて家の仕事をしていると、ふとスマホが着信を告げる振動がポケットで震わせた。

 相手はもちろん江嶋さん。 内容は昼予定がないのなら買い物に付き合ってくれないかとのこと。

 当然予定など一切なかった俺は二つ返事で了承。 家を出る時、紗也に変な目で見られたのは心残りだが……


「はい。 その程度のことで呼び出してしまってすみません……どうしても男性の意見も聞きたかったもので」

「暇してましたので全然ですよ。 それに……」

「それに?」

「な、なんでもないです! 気にしないでください!」


 危ない危ない。思わずデートみたいとか言いそうになってしまった。

 前回は流れでそういう話も出てきたが今回は普通の買い出しだろう。


「? わかりました……それじゃあ早速行っちゃいます? 話し込んじゃうと夜になっちゃいそうですし」

「は、はい。 まずどこへ?」


 電話では待ち合わせ場所等は話したがその後どこ行くかまでは全く聞いていなかった。

 仕事に必要なもの……だめだ。想像がつかない。


「そうですねぇ……まず雑貨屋さんでしょうか。 たしかあっちの……少し先にあるみたいです」


 懐からメモ用紙を取り出してスマホと見比べる江嶋さん。きっとマップアプリを開いているのだろう。

 この辺は詳しくないが見た所なかなか栄えている地域。きっと雑貨屋くらいなら近くに店を構えているだろう。


「わかりました。 あっちですね」


 相手は男性恐怖症の江嶋さんだ。

 行きの電車内でどれほど近づいていいものか考えに考えた。 その結論として俺は、彼女の横を大回りで横切って数歩先を歩くように指が差された方向へと歩き出す。

 

「ま、待ってください!」

「……どうしました?」


 彼女の横を通り過ぎ、ほんの少しだけ先を歩いた瞬間、ふとTシャツが引っ張られる感触が。

 まだ何かあっただろうかと思い振り向くと、彼女は片腕を胸元で握りこぶしを作りながらもう片方は俺の服を掴んでいた。


 近づくと怯えだす彼女のことだ。 無理をして呼び止めたのかと思いきや震えは一切なく、視線が合った後無言ですぐ隣へと移動してくる。


「私だっていつまでも前坂さんの優しさに甘えられませんから! これくらいよゆーですっ!」


 真横で見上げてくるその表情は自然体で笑顔が作られており、俺もついつい頬が緩んでしまう。


 以前のように手を繋ぐまではいかなかったものの最初からここまで近いとは大きな進歩だ。

 互いの距離はもう5センチほどしかない。 少し動けば肩くらいは触れそうなほど。

 ついその距離感が恥ずかしくなって思わず離れそうになるものの、彼女がここまで頑張ってくれているんだと思考が過ぎり、一歩離れようとする足を意識して抑えつける。


 彼女の恐怖症を治そうとする表情はとても純粋で眩しく、結果をも伴うその姿につい見とれてしまった。


「…………前坂さん?」


 気づけば知らぬ間に移動していたようで数歩先に江嶋さんの姿が。

 今度は俺が待たせてしまったようだ。 今一度気合を入れ直して彼女の横へ小走りでたどり着く。


「すみません。行きましょうか」

「はいっ!」


 その眩しい笑顔と元気のいい声を合図に俺たちは街中へと歩き出す。

 彼女の透き通る声は暫くの間自身の中で反響し続けた。

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