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032.中学生と……

「それで、お兄ちゃん?」


 冷房の効いた我が家のリビングにて、妹の可愛らしい声が空気を震えさせる。

 その言葉は俺に向いているものの視線はまた別の方向を差していた。


 …………寒い。

 夏だというのに身震いをするほどの寒さだ。温度調節を失敗したのだろうか。

 俺は一瞬だけ視線を目の前に座る妹から上にズラしてエアコンに向けると、表示されている気温は26度。

 つまり適温だ。それなのにこの背筋を凍らせるような寒気は一体……。


 ――――いや、そんなこと最初からわかっている。目の前の彼女から発せられる圧やら冷たい目が原因だ。

 しかしそんな事を感じているのは俺だけのようで、すぐとなりに座っている金色の少女は動じることなくニコニコと笑みを崩さない。


「お兄ちゃん?」

「はいっ!?」


 返事をした気になっていたが考え事に意識を向きすぎて言葉に出ていなかったようだ。

 再度呼ばれる声は低く、その冷たい目がこちらへと向けられたため少し上ずった声が出てしまう。


「この子……紹介してもらってもいいかな?」


 そう言って一瞬だけ隣に目配せをしてくる。

 たしかに、場をリセットさせる為に無理矢理家に連れ込んだはいいが俺が動かないでどうするというのだ。


「あー……下でも言ってたけど思うけどこの子は神代 愛玲菜(かみしろ えれな)。 小学生ながら姉を自称する不審者だよ」

「ちょっと!! 誰が――――って訂正するところが多すぎるのよ!!」


 はて、何か間違ったことを言ったのだろうか。

 確かに下で会った時点で不審者モードでは無かったが、今まで散々その不審者姿を惜しげもなく披露していただろうに。


「えっ…………もしかして、お兄ちゃん……警察沙汰?」

「……残念ながら」

「それも違…………違うわよ! ちゃんと信頼関係は結んでるわ!」


 何故最初言い淀んだ。

 それにしても、俺の言葉に合わせてわざわざスマホまで取り出して小芝居をしてくれるなんて。 さすが兄妹、わかっている。


「そうなんだ……残念」

「本気で通報する気だったわね……」


 …………さすが兄思いの妹だ。


「ごめん、冗談だよ。 少し前に知り会って以来たまに遊んでるんだ」

「えぇ、決して小学生じゃないわ。 高2よ、高2。 よろしくね?妹ちゃん」

「……前坂 紗也(まえさか さや)。 中2」


 エレナは彼女の目の前でしゃがみ、紗也は差し出された手を少し目を逸しながら握る。

 こうして見比べると逆の意味で3つ差に見える。 紗也は背丈が年相応または少し小さい程度だが、エレナはそれよりだいぶ小さい。

 やはりエレナは小学生ということでいいんじゃないかな。


「紗也ちゃんね。 お兄さんから聞いてるわ、海外に居たんですってね。 おんなじ髪型同士、仲良くしましょ?」

「…………」


 しかし会話の主導権という意味では年の功なのか、エレナがグイグイ引っ張っている。

 当の紗也は先程までの圧が消え去ってしまい、どう接すればいいかわからないといった様子だ。


 エレナが言う同じ髪型――――

 今はふたりとも背中まで届くきれいな髪を二つに纏めて両肩から前に出している。

 髪色さえ同じならば姉妹と間違われてもおかしくないだろう。 その場合、エレナが妹になるのは言わずもがな。


「それで紗也、どうしていきなり帰ってきたの? 近況なら頻繁……じゃないけど連絡してるのに」

「そう! そこだよお兄ちゃん!!」


 紗也は俺の言葉で目を覚ましたのか、エレナの手からスッと逃れて机に両手を置いて抗議のポーズを示した。

 さっきまでの人見知りから一転、俺に対してはハキハキと喋る紗也に対してエレナは目を丸くする。


「お兄ちゃん、前ホテルのレストラン行ったって言ってたでしょ?」

「? あ、あぁ」


 そういえばそんなことメッセージで言ったっけ。

 あの時は料理を写真で撮るなんてことはしなかったが、後にサイトに表示されていたものを送った覚えがある。

 当時は「美味しそう」とかいう感想ですんなり終わったはずだが。


「それをママに見せたら激怒しちゃってね……『こんな贅沢をさせるために一人暮らしと仕送りを許したんじゃない!』って。 それで直接調べるために急遽戻ってきたの」

「ぷふっ!」


 その説明を聞いて隣で吹き出している関係者。

 あれはちゃんと詳細も説明したはずなのに。


「紗也、それは奢ってもらったって言ったでしょ?」

「うん。 でもそれはそれで何か変なことに巻き込まれてるんじゃないかって心配で」


 変なことには巻き込まれてないけど変な人には……いや、言わないでおこう。


「そっか。 心配してくれて嬉しいけど、俺はこうして元気だから大丈夫だよ」

「あたしも一目見て安心しちゃった。 でも、女の人連れ込むようになったんだね……私の見てないところで」

「うっ!」


 彼女が勝手に来たと言おうとも思ったが、こうしてタイミングよく下で会った以上、そんな言い訳は通用しないだろう。

 それに、初対面の時の例だってあるし。


「あら、何か問題があったかしら?」

「むっ」


 ふとエレナが零した言葉ににらみを効かせる紗也。

 しかし彼女は本気でそう思っているようで、そこに挑発などの雰囲気は全く感じられない。


「愛玲菜さん、でしたよね? お兄ちゃんの恋人かなにかです?」

「いいえ、慎也は私の……そうねぇ、弟分って感じかしら?」


 ここで本気で弟と言い切らないとは、さすがに空気を読んだのだろう。

 いつも振り回されている気もするが、その締める時は締める姿に感心する。


「弟分?」

「えぇ。 よく面倒をみる間柄かしら……友達以上~ってやつね」


 腕を組んで胸を張りながら解説するエレナ。

 それとは反対に紗也は身体を丸め、顔を伏せてしまう。


「紗也、どうしたの?」

「ぃらない……」

「へ?」


「いらないもん! お兄ちゃんが弟分とか!! お兄ちゃんの兄妹はあたし一人で十分だもん!!」

「さ、紗也!?」


 途端――――

 紗也が机を回り込んで俺に抱きついてきた。

 俺は当然彼女を受け入れるように抱きしめるも、その癇癪を起こすような姿に困惑してしまう。


「どうしたの……?」

「知らない……お兄ちゃんには私がいるもん……」


 もはやその言葉の意図が読み取れなくなってしまった。

 抱きしめる力は段々と強くなり、俺にはもうどうすることも出来ない。


「…………そっか」


 取り残されたエレナは何か納得したように立ち上がり、抱きついて離れなくなった紗也の背中をゆっくりと撫で始めた。

 その表情は微笑んでいて、少し寂しそうな気にもさせるもの。


「紗也ちゃん」

「……なに?」

「お兄ちゃんが取られるかと思っちゃったのよね。 大丈夫よ、彼はずっと紗也ちゃんのお兄ちゃんだから」


 その声はとても優しい口調で、撫でられていた紗也も徐々に力を抜いていき、顔をゆっくりと上げてくる。

 その瞳の端には涙が浮かんでいて、困惑している俺と目が合う。


「……本当?お兄ちゃん?」

「あ、うん。 もちろん。 俺が紗也を見捨てることは絶対に無いよ」

「……よかった」


 すると気が緩んだのだろう。紗也が背中に回している力がスッと抜け、様子を伺った時にはゆっくりと寝息をたて始めていた。


「……寝ちゃったわね」

「うん。 長旅で疲れてたんだろうね」


 ここから向こうまでは飛行機だけで半日――――12時間は余裕でかかる。

 それを超えて帰ってきたのだからその疲れは相当のものだろう。


「エレナもありがとう。 おかげで紗也も落ち着いてくれたよ」

「いいのよ……というか、私は何もしてないわ。 むしろ混乱させちゃったわね」


 そう言いながら眠っている紗也の前髪をかき分けて微笑んでいる。

 その姿はたまに見る、年相応の姉然とした姿だった。 いつもその感じだったら箔がつくだろうに。


「それにしても、キミと同じく紗也ちゃんも私のこと知らなかったわね」

「そりゃあ、海外居たからね」


 少し残念そうなエレナにフォローを入れる。向こうに居たらこちらの芸能事情なんて殆どわからないだろう。


「でも、行く前とかにも知ってくれる機会あったはずなんだんだけど」

「きっと……行く前はずっと英語の勉強してたし、娯楽を見ることが無かったんだと思うよ」


 あの時の紗也は随分と頑張っていた。普通ラインの成績だった英語を現地で話せるくらいまで習得するのは生半可な努力ではなかっただろう。

 その点、俺は喋れないから余計にすごいと思う。


「ま、キミも知らなかったし、そのほうが私も素でいられて気軽でいいのよね。 なんだかんだアイドルって大変――――」

「ただいま~!」


 エレナが言葉を言い切る前に玄関の扉の音と共に、一人の帰還を告げる声が鳴り響いた。

 二人して廊下の扉を注視していると、声のすぐ後にその扉が開き、一人の女性が姿を表す。


「たっだいま~! 紗也、お昼ごはん…………って――――」

「母さん……」


 リビングに入ってきた女性、母さんは買い物袋片手に紗也の名を呼ぶも、俺達の姿を見て固まってしまう。


「お、お邪魔してます……」

「えっ……あっ……」


 正確にはエレナの姿を見て固まっていたようだ。

 母さんは何度も瞬きをして目をこすり、その姿が本物か確かめている。

 これは……息子が彼女を連れてきたよか思われているのだろうか。そうだとしたら面倒なことに……


「ス、ストロベリーリキッドの!! 色紙!色紙あったかしら!?」


 と、買い物袋を机の上に放置したまま廊下に走り去ってしまった。

 彼女云々考えていた自分が恥ずかしい!


「ねぇ」

「ん?」


 そんな母さんを見送ったエレナは廊下へ目線を向けたまま語りかけてくる。


「私はアイドルとして接したほうがいいのかしら……?」

「……素のままでいいよ。 きっと……」


 俺たちは何度も部屋から部屋へ移動する母さんの姿を見守っていた――――


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