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不審者が俺の姉を自称してきたと思ったら絶賛売れ出し中のアイドルらしい  作者: 春野 安芸
第2章

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030.その正体は

寒くなってきたのに夏の描写をしていると温度差で風邪ひきそうです笑

皆様も風邪にはお気をつけください。

「――――前貰ったウィッグのことだけど、手入れって普通のシャンプーでいいの?」

「エレナ……専用のシャンプー知らないの? 普通のは痛めやすいのよ?」

「えっ!? そんなのあるの!?」


 体育館の隅、彼女たちはそこに居た。

 女性が3人寄ればかしましい……そんな言葉を聞いたことがある。

 エレナたちも同様にかしましい。 そう思っていたものの隅でかたまりながらお喋りに興じるその声量は周りのスタッフに配慮しているのか非常に静かなものだった。


 聞こえる内容からして、以前誕生日会でエレナにプレゼントしていたウィッグについて話しているのだろう。

 そんな中邪魔をするのもどうかと思ったが少し寄って渡すだけだしと、思い切って近づいていく。


「それならエレナ、私の予備使う?」

「アイも持ってたのね……じゃあ帰ったら貰える?」

「まかせい。 …………おっ――――」


 俺から見て向かい合うように体育座りをしていたリオが真っ先に気づいたようだ。

 彼女の顔がこちらを向くと同時に2人の視線も集まってくる。


「エッ……エレナ……」

「はいはい。 たしかマネージャーの友人の子供……だったわね。どうしたのかしら?」


 江嶋さんの盾になるようにエレナが正面に立つ。さながら姫を守るナイトのようだ。

 なんとなく、そういう格好も似合うかもしれない。金髪をたなびかせる騎士……なかなか映えそうだ。


 ――――おっと、そんなこと考えている場合じゃない。 俺の役目を果たさなければ。


「ぁ…………」

「「?」」


 あぶない……

 また危うく声を出すところだった。サプライズなんだからこんなところで正体がバレるわけにはいかない。


 そういえば、神鳥さんからどうやって驚かすか聞いてないんだけどそこらへんは考えているのだろうか。


「――――! ――――!」

「…………あぁ、届けてくれたのね。助かるわ」


 とりあえず、目の前の事をこなすため手に持った飲み物とタオルを掲げたら理解してくれたようだ。ボディランゲージもばかにできない。

 俺は差し出された手に乗せるようにして飲み物とタオルを2セットをエレナに渡す。


「はい、アイ」

「ありがとう……ございます」

「私からもありがと。 リオ、この人が飲み物届けてくれたわよ…………リオ?」

「?」


 無事渡すこともできてようやくミッションを完遂できると一安心したのも束の間。

 エレナは3人目であるリオを呼ぶために振り返ったもの、そこには何も見当たらなかった。


「またどこか行ったのね……悪いわね。ちょっとすれば戻ると思うから」

「…………」


 代わりに謝ってくれるエレナに俺は首を横に振ることで「気にしない」とアピールする。

 リオは自由だし、普段からこういうこともあるのだろう。


 それにしても、やっぱり声が出せないって不便。


「忙しいのならリオの分も私が預かっておくわ。それでいい?」

「ん―――――」

「やぁやぁ、これはどちらの差し金かな?」

「!?」


 少しだけ声にならない声を出して首肯した瞬間――――

 背後から彼女の抑揚の無い声が耳元で響いた。



 ――――全く警戒していなかった。目の前の2人に意識を集中させていた。

 そのおかげで反応が数瞬遅れた隙を、リオが見逃すことはない。


 たかが数瞬、されど数瞬。

 突然後ろから掛けられる声に驚愕して飛び退こうとしたが遅かったようだ。

 リオはわずかにフリーズした俺を見逃すこと無く、飛び退く為に膝を屈めた瞬間、深く被っていた帽子を片手で掴む。


 きっと帽子を掴んだ際金色の髪の毛も同時に掴んでいたのだろう。

 頭で「しまった!」と思っても身体は止まることはできない。彼女と距離を取るために飛び退いた瞬間、帽子とウィッグを置き去りにしてしまった。


「あっ…………」

「……やっぱり」


 慌てて自身の頭に触れてみるも帽子の感覚はおろかウィッグの金髪すら見えない。

 それはそうだろう。二つとも目の前にいるリオの手の中だ。


 やらかした――――

 サプライズのつもりがバレてしまった。 そう諦めてマスクを外し、腕を脱力させていく。


「し…………慎也!?」

「前坂さん!?」


 どうやら2人は最後まで俺の正体に気づいていなかったようだ。

 その眼は大きく見開いて口は開き、見るからに驚いている。


「リオ、どうしてわかったの?」

「……叔母さんといる時の仕草とか、さっきの歩き方とか」


 そんなのでわかったの!?

 俺、それほどまでにわかりやすい動作してるかな……


 そんな視線を込めてエレナと江嶋さんに顔を向けるも二人とも首を横に振ってくれる。

 ということは才能ってやつなのだろうか。末恐ろしい。 


「まぁ……うん、俺だよ。 はい、リオも飲み物とタオル」

「ありがと。 フフフ……まるで勝利の美酒のようだ」


 みんな一緒のスポーツドリンクだけどね。

 そんな美味しそうに喉を潤していくリオを見ていると、すぐにまだ中身の残っているペットボトルをこちらに差し出してきた。


「もういいの?」

「ううん。 でもその前に慎也クンもどうぞ?」

「へ? 俺は大丈夫だから……」

「…………」


 手振りで遠慮するも無言で差し出すのを辞める気配はない。


 さてどうしよう。確かに暑いジャケットを着てて今すぐにでも水分は欲しいが貰うわけにはいかない。

 どう断ろうか悩んでいると、スッと救いの手が差し伸べられた。

 俺の彼女の間には横から伸びる1つの腕が。


 助かった!そう思って腕の先を見るとエレナが俺を庇うように差し込んでくれていた。


「エレナ……」

「リオ、そういうのは姉としてよくないと思うの」


 そうだそうだ! 間接キ……なんて恥ずかしすぎる!もっと言って諦めさせて!


「だから……これは姉である私のを飲ませるのが一番よ!」

「……そんなの関係ない。エレナは自分の飲んでて」

「あら、たしかまだ飲み足りないんでしょう?早く飲んじゃえば?」

「むっ……」


 ……違う!これ救いの手じゃなくてガソリン投入の手だ!

 エレナとリオは見合っちゃったし、江嶋さんはアワアワしてるし……どうしよう。


「あらぁー。 慎也君バレちゃったわねぇ。 情けないぞー!」


 もはやダッシュで逃げてしまおうかと思ったその時、スタッフ側から一人空気を壊すように軽快な声が掛けられる。

 たすかった……神鳥さんだ……


「すみません。リオさんに見つかってしまいました」

「そうなのね、さっすが私の姪。 ……で、どうかしたの?」


 いつもと違う空気を察したのか少し真面目なトーンで問いかけてくる。

 そんな彼女に今まで見合っていたエレナが一歩踏み出した。


「私とリオ、どっちの飲み物を彼が飲むか話し合ってたのよ」

「……あぁ、なるほどね」


 1つ得心が言ったように手を叩く神鳥さん。

 何か良い解決方法でもあるのだろうか。諦めてもらうよう説得してもらいたいが……


「初いわねぇ、間接キスでしょ? でも残念。さっき私としちゃったから二番煎じね」

「「「えっ!?」」」


 その爆弾発言にその場に居た全員が彼女へと視線を集中させる。

 そんなのいつ…………あ、車を降りた時だ。あの時は何も考えずに差し出された炭酸を飲んだけど、それのことか。


「そっ……それなら私のキ……くらい平気よねぇ!?」

「エレナより先に言った私でしょ」


 なんだろう、神鳥さんのおかげで更に過熱感が増した気がする。

 少しだけ視線に「どうにかして」と抗議の意味をも込めてヒートアップさせた張本人を見ると通じたのか、ゆっくりと頷いてこちらに近づいてきた。


「ごめんごめん、実は慎也君の分もあるんだ。 はいこれ」


 彼女が近づいてバッグにから取り出したのは3人と同じ飲み物。

 た、助かった……


「……ありがとうございます。あるのなら最初から出してくれればよかったのに」

「ミッションを終わらせて戻ったら渡そうと思ってたよー。けど正体バレちゃってたから持って来たんだ」


 そういうことか。

 俺も3人と同様に未開封の蓋を開けて喉を潤すとエレナもリオも諦めたかのように差し出していた手を降ろした。


「ま、面白そうだったからちょっとだけ様子見てたけどねー!」

「早く助けてくださいよ!!」


 かしましいというよりやかましい俺の声が体育館に響く。

 なんだかサプライズになったようなならないような、よくわからない職場見学はリオにバレるというオチをもって幕を下ろした。


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