028.仕返し?
あの、ライブがあった日から翌週の月曜日になっても生徒たちの熱が冷めることはなかった。
それどころか先日のアレを見てファンになったという人も多く、休み時間になればどこかから彼女たちの歌声が聞こえてくるようになってしまった。
更にいえば俺は気づかなかったがネットかどこかで記事になったらしく、『ウチの高校にも来てくれ』や『大学の文化祭に』などの電話が増えてきたという愚痴がエレナからのメッセージに書いてあった。
彼女たちはそんな依頼に答える気も無いみたいで、業界の異端児らしく仕事は選んでやっていこうという方針で今までもこれからもいくそうだ。
俺は放課後、あの3人がライブをした体育館へ一人入っていく。
もう期末のテスト期間だ。普段ならバレー部やらバスケ部でごった返しになっている時間帯だが今は誰も居ない。
ふと壇上へ視線を移すとあの日見た大きなスピーカーは無く、ただただいつもの光景が広がっていた。
そんな景色も相まって、未だに俺はここへ彼女たちが来たことが信じられないでいた。
ひと時の白昼夢では無かったのだろうか。そんな事を思う時がたまにある。
けれど周りの過熱感がそれを許さない。確かに彼女たちはここに来たんだと、周りがそう訴えている気がした。
幸い、俺とエレナが話していたところを冷静に覚えている者は居なかったようで、彼女らとの関係性について疑う者は殆どいなかった。
殆ど――――
一応、一人だけいるにはいた。 それは目の前でやり取りを聞き、一番に察していた智也だ。
以前リオが侵入した時も察していたから当然か。けれど『何かあるのか』そのYES/NOを聞くだけで後は聞いてこなかった。
もう彼とは中学から3年を超える付き合いになる。きっと周りに言いふらすこともないだろう。そういう意味では何一つ心配していない。
それにしても、たかだか1~2時間で学校全体の空気をこうも塗り替えるのには脱帽した。
これが彼女たちか。これがストロベリーリキッドか。今まで3人の自然体しか見てこなかったから正直、ここまでとは思わなかった。
ここまで影響力を持つ人物だったとは。ついつい感嘆のため息が出てしまう。
ゴンゴン――――――――
と、ため息をついていると背後から鈍い音が広がった。
先生にでも見つかったのだろうか……勉強しに早く帰れ。そんな当たり前のような言われるであろう台詞を思い浮かべながら振り向くと、思わぬ人物が目に入る。
「やっ! 来ちゃった」
鉄製のシャトルドアに寄りかかりながら手を上げ、あっけらかんと笑顔を見せる彼女。
その首にはネームプレートが下げられて来校者ということを主張しながら。
「……なにかあったんですか?」
何故ここに……。
色々な考えが頭の中を巡ったが何も思いつかない。何か事故とか不味いことでも起きたのかと嫌な考えをしながら問いかけるものの、すぐにその明るい表情を見て考えを改める。
「――――神鳥さん」
言葉を繋げるように目の前に入るただ一人の人物、彼女たちのマネージャーである神鳥さんに声をかける。
そんな彼女はただ、車のキーを見せるだけにして俺の問いに応えた。
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車内にPOPな音楽が響いている。言うまでもない、あの3人の歌声だ。
あの後、突如現れた神鳥さんの有無を言わさぬ迫力によって、俺は黙って車に乗り込んだ。
今はどこへ向かっているのかわからない。ただただ彼女が運転する車の助手席に丸まって運ばれていくだけだ。
「ごめんねぇ。 急に連れ出しちゃってさ」
「い、いえ……」
信号待ち中、彼女が炭酸水を開ける軽快な音とともに口が開かれた。
視線は当然ながら前から離すことはない。けれど横から見たその顔はなんとなく上機嫌のようだ。
「そういえば部活とか大丈夫だった?あそこに居たのって準備してたんでしょ?」
「部活は高校に入って辞めまして。 体育館にいたのはなんか、なんとなくです」
ライブの余韻が忘れられなかった。そんな事は恥ずかしくて言えず適当に濁してしまう。
「あー、あのライブすごかったからねぇ……気持ちわかるわぁ~」
必死のごまかしも意味をなさず、完全にお見通しだったらしい。思い出したらしい彼女も懐かしむように声を上げながら飲み物をホルダーに片付ける。
そうしてゆっくりとペダルを踏んでいき、車に横の重力がかかると同時に言葉を続けた。
「あの時はサプライズでごめんね?」
「はい……本当にびっくりしました」
そのクォリティの高さにも。
最初こそサプライズの彼女たちに呆気にとられたものの、生で見るライブの迫力はそれ以上の衝撃だった。今までライブに行く経験がなかった分、あの経験は忘れられないものになった。
「うんうん。 私も見てたけど慎也君、ビックリしすぎて固まってたねぇ」
「!? 見てたんですか!?」
彼女が見ていたことなんて気づいていなかったからつい驚きの声を出してしまう。
呆気にとられた姿を見られてたなんて恥ずかしい……
「2階でね。 アレだけ驚いてくれたら企画した3人も本望だよ~」
「俺からしたら恥ずかしいばかりなんですけどね……」
なんとなく横顔すら見られるのが恥ずかしくなってドアの方から外の景色を眺める。
そこには自転車に乗る学生、乳母車を押す女性など、いつもと変わらぬ光景があった。そんな光景を目にしてやっぱり俺は凡人なんだなと、懐かしむと同時に少し物足りない気持ちに襲われる。
「ごめんごめん。そこで提案何だけどさ……次は慎也君が3人のサプライズをしてみない?」
「…………へ?」
その、思わぬ提案に体ごと振り返って運転席に目を向ける。
彼女は目の端でその動きを捉えたのか、少し吹き出すように笑い声が出ていた。
「ほら、聞いたところによるといっつも3人に振り回されてるらしいじゃん? だから私が手を貸してあげようかなぁって」
「…………」
確かに先日は言わずもがな、以前からずっと彼女たち主導だった。いつかはその鼻を明かしたいという気持ちも無かったといえば嘘になる。
けれど、なんでマネージャーである神鳥さんが提案を? むしろ守る立場だろうに。
「心配せずとも、全面的に協力するよ? 私ってほら、面白い方に付くからさ。 リオもそんな感じでしょ?」
「……たしかに」
彼女の叔母ならその自由さがあってもおかしくないのか、変に納得ができた。
俺は前を向いている彼女にも伝わるようにゆっくりと首を動かす。
「じゃあ、お願いします」
「よしきた! …………といっても、もう車走らせてるから拒否権は無かったんだけどねぇ」
ですよね!
止まることなく走るからそうだろうと思ったよ。
今も車は止まること無く国道を走っていく。
3人は今どこで仕事をしているのだろうか。
「…………それで、慎也君からみてあのライブはどうだった?」
「え? さっき見てたんじゃないんですか?」
「慎也君の口から感想を聞きたいんだよ。 それで、どうだった?」
どうだった……
改めて聞かれるとどうなのだろう。
圧倒された。すごかった。未だに学校では熱が続いている。どれも俺自身の言葉だがこの場にはそぐわない気がした。
「――――あの最後の曲。 あれ、凄く心に響きました」
「うん、それで?」
それで……
「えっと、歌詞とかは覚えてないんですが……スッと心に入っていくような気がして……」
「…………うん、そっか。 よし!」
「うわっ!」
神鳥さんはそんな回答で満足だったのか大きく頷いた。
その瞬間、頷いた衝撃で脚に力が入ったのだろうか。一瞬だけ車が急加速して少し横に身体を向けていた俺は体勢を崩してしまう。。
「あ、ごめん。 でもそれをあの3人に言ってあげるといいよ。 喜ぶからさ」
「はぁ……」
そんな拙い言葉でいいのかな?
そう不安にも思ったがマネージャーである彼女がいうのならば問題ないのだろう。
「それじゃ、ちょっと飛ばすよ! 実はコッソリ抜け出して来てるから早く帰らなきゃいけないんだ」
「そんなのもう手遅れじゃ……」
「そんなこと無いよぉ。 じゃ……掴まっててね!」
ペダルをゆっくり踏み込んだのか徐々に車はスピードを上げていく。
俺はドアを必死に掴みながら彼女の運転する疑似ジェットコースターを体験していった。




