027.幕間1.5
ピンポーン、と――――
私は以前教えて貰ったマンションの部屋番号を入力してとある人物を呼ぶ。
「は~い……って、璃穏ちゃん!?」
「紗也ちゃぁん……」
「どうしたの!? ……と、とりあえず上がって!」
インターホンのカメラ越しに見た私の顔はとてもひどいものだったのだろう。
紗也ちゃんは慌てた様子でエントランスのオートロックを開け、私は重い足を引きずりながら彼女の住む部屋まで歩いていった――――
「……それで、なにかあったの?」
「うん……」
あれから幸いにも人に見られることなくたどり着くことができた私は、紗也ちゃんの自室で冷たい麦茶を受け取りながらタオルで涙を拭う。
彼女は私が落ち着くのを待ってくれているのか、それ以上何も言わずに黙って私の顔を見つめてくる。少し恥ずかしいけど、そんな心遣いが今の自分には嬉しかった。
「私ね…………半年後……卒業したらすぐ引っ越しちゃうんだ……」
「…………そうなんだ」
ようやくマトモに話せるくらい冷静になったところで顔を伏せながら涙をこらえて説明を開始する。
黙って聞いてくれていた彼女は小さく言葉を受け取り、私の正面へと腰を降ろした。
あれから、紗也ちゃんと会ってから2年と少しの時が経った。
私達は相変わらずお昼休みにおしゃべりをしているしこうやって時々家にまで行って遊んだりもしていた。
そんな私ももう6年生。もう半年もすれば卒業が控えている。
1年のラグはあれど、中学に上がっても私達は一緒だと思っていた。それなのにお父さんの仕事の都合で遠くへお引越しが決まり、私は居ても経ってもいられず、飛び出すように紗也ちゃんの家へと走っていた。
「それって、この辺に通えないほど遠いの?」
「うん……お母さんが家の近くの中学にしなさいって……」
いくら遠くても電車で通えるならばそれでも良かった。
引越し先からここまでは2時間半をゆうに超えるらしい。私はそれでも通うと力説したが、お母さんはそれでも折れてはくれなかった。
私が目を落とすと彼女も落としてくれる。
その優しさに私は嬉しくなり、それ以上に寂しさが溢れて紗也ちゃんに抱きついてしまった。
「やだよぉ……もう、私のことを見つけてくれる人がいないなんて……やだよぉ……」
「璃穏ちゃん……」
お姉ちゃんなのに年甲斐もなく抱きつく姿に紗也ちゃんは何も言わずにただ手を回してくれる。
もう、紗也ちゃんという存在感のない私を見つけてくれる存在に出会ってしまった。
それなのに会えなくなるだなんて耐えられない。もう私を見つけてくれる人は居ないかもしれないのに……
「で、でも! お休みの日とか会えるよ!電車で移動するだけだからさ!」
「…………」
彼女が無理をして言ってくれていることを察しながら私は何も答えなかった。
電車で2時間半は大人なら余裕かもしれないが小学生にとってはそう簡単に往復できる距離ではない。毎週となるとお母さんが許してくれないだろうし、何よりお金の問題もある。事実上、卒業したらほぼ会えないというものだ。
「……ごめんね、力になれなくて」
「ううん。 私こそ、取り乱しちゃってごめんね」
お互い、多少冷静になったところで抱き合っていた手を離して持ってきてくれたコップに手をつける。
もう決まった以上、『嫌だ』なんて言っていたら紗也ちゃんを困らせてしまう。1年先のお姉ちゃんとして、これ以上失態を見せられない。
「大丈夫……うん、大丈夫だから。 向こうに行っても私、頑張れるよ」
「……ほんとうに?」
私の顔を覗き込むように彼女が恐る恐る問いかけてくる。
本当は怖い。頑張れない。けれどこうやって空元気を出す以外は道がなかった。また泣き言を言いそうになるのを首を振って耐え、今できる精一杯の笑顔を見せつける。
「本当だよ。 きっと向こうにも私を見つけてくれる人が居るかも知れないしさ!だから平気!」
「でも――――」
トントン、と――――
紗也ちゃんが何かを言いかけようとしたところで扉がノックされた。
彼女が『はい』と返事をしたときに聞こえて来たのはあの人の声。
「紗也、俺これから部活だからさ。 留守番できる?」
「うん!任せて! …………そうだ!」
「紗也!?」
突然。
何かひらめいたように閉まっていた扉を開ける紗也ちゃん。そうして廊下に見えるはエナメルバッグを背負った制服姿のあの人の姿。
あの人……慎也さんは私の一個上だからもう中1だ。何かは知らないが部活に入ったらしい。そんな彼も突然扉が開けられたことに驚いたのか目を丸くして後ずさりをしている。
「お兄ちゃん!」
「はい!」
「質問です! 存在感のない人ってどうすればいいと思いますか!?」
詰め寄られているせいなのか、突飛な質問のせいなのか、何度も目を瞬きさせて紗也ちゃんの顔を見つめる彼の姿がおかしくなってついつい笑みがこみ上げてきてしまう。
兄妹ってこうやって遠慮なくぶつかれるのは羨ましいなと、私は笑みを外に出すことなくその姿を黙って見つめていた。
「存在感の無い……?」
「うん! 影の薄い人!」
そう言ってあごに手を当て考え込む慎也さん。
彼は……結局私の姿を見つけることができなかった。
他の人と同じく私が自己主張すれば見つけられるのだが、紗也ちゃんの兄ということもあって期待は大きく、見つけられないと解るや私は酷く消沈した。今はもうそんなことにも慣れて姿を捉えられな居ないことを良いことに自然体の彼の姿をのんびりを見ている。
「あぁ、そうそう。部活でこんな人が居てね」
「え?」
「なんか突然バク転したり語尾がコロコロ変わったり変なことばかりする人でね。普段から影が薄いってわけじゃ無いけど変なことしてたら余計目立つなぁって……それだけ、なんだけど……」
段々と、段々と彼の言葉が小さくなっていく。
私は一瞬何故だろうと不思議に思ったものの、すぐにその疑問は解消されることとなった。
彼女だ。紗也ちゃんは期待とは大きく外れた回答だったのか、とても冷たい目で彼の目を追っていたのだ。
「あ……あ! 俺もう部活だから行かないと! そ、それじゃっ!いってきます!」
もはや脱兎の如く家を出ていく慎也さん。
こちらからはあまり見えなかったがそんなに圧があったのか……
「まったく、お兄ちゃんったら……」
そうブツブツ言いながら私の向かいに座ってくる紗也ちゃん。
大好きな兄でもぶつかる時はぶつかるようだ。私も兄が欲しかったな……
「ごめんね、参考になるような答えじゃなくって……でも、あんな突拍子もない事を言うお兄ちゃんも素敵だけど」
こちらに謝りながら兄に怒り、終いには惚れ直すという、なんとも器用な真似をするも私には苦笑いしか出来ない。
「ううん。 それにしても……お兄さんも中学生になったし、彼女さんとか、結婚とかになったら大変だろうね」
「へ? 認めないよ?」
「へ?」
紗也ちゃんの可愛い声が部屋に響く。
しかしその表情は無、そのものだった。口調にも抑揚はなく目も瞳孔が開いていた。
「私がお兄ちゃんを手放すなんてありえないよ? だってずっと一緒だもん」
背筋に冷たいものが走る感覚に襲われる。
出会ったころもお兄ちゃん大好きだったけど今はもっと大きくなっているような……
「じゃ、じゃあ……もしもの話しだけど、お兄さんを任せられるような理想の人ってどんな人?」
「理想……うぅん……ありえないけど……」
そう言って先程の慎也さんと同じようにあごに手を当て考える仕草を見せる。それは兄妹だからなのか、真似してなのか……
「もしもなら、すっごい可愛くて性格も私とバッチリな人!」
もうそれは理想の女性だね。
私もそんな人に会ってみたいよ。
「じゃなかったらぁ……トップアイドルとか!!」
紗也ちゃんが続けて言い出したのはそれ以上に理想で、現実味の無い人物だった。
まぁ、理想って前提だし何でも良いんだけれど、それなら実質慎也さんは結婚できないような……
「紗也ちゃんは本当にお兄さんのことが大好きなんだね」
「うん!!」
一部の曇りのないその表情は、私の悩みなど吹き飛ばすのには十分だった。
私達はそれからも、小学校を卒業するまで仲良しの関係は続いていった――――
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――――あれから3年が経った。
小学校を卒業し、田舎に引っ越した私はなんとなく記憶に引っ掛かっていた慎也さんの言っていた人物をイメージして真似てみることにした。
そうしたらそれが見事に嵌まり、以前の悩みなどなんだったのか私のことをみんなが認知してくれるようになった。
当然、一人になればキャラの変更も止んで存在感はなくなるのだが、それはそれで使い分けられる。
欠点としては人前ではずっとそんなキャラでいたものだから本来の性格を忘れてしまったことか。
そんな嬉しい出来事もあり、向こうの中学でエレナとアイと出会い私はひょんな事でアイドル活動を始めるとあれよあれよ。見事人気に火が付いて気づけばかなり高い位置まで来てしまった。
「この人気も一過性のものだろうし、流れに乗れるうちに乗っておけばいいのよ。あとはマネージャーがどうにかしてくれるわ」
とはエレナの談。
確かにこの人気もマネージャー……私の叔母の手腕によるところも大きいのだが、できることなら人気を維持していたい。
部屋で一人になるとふと思うことがある。
あの時紗也ちゃんがいなければ今の私は無かっただろう。あの時あの人の助言がなければ今の私は無かっただろう。
そういった意味では私はあの兄妹に返しきれない恩がある。
「慎也さん……ううん、おにいちゃん……」
誰もいない部屋で私の小さな言葉がスッと溶けていく。
今思い返してみると浮かんでくるのは彼の顔。
グラウンドでドッジボールしている顔。紗也ちゃんに詰め寄られて目を丸くしている顔。紗也ちゃんを見ている時の目が砕ける顔。
ほとんど話してこなかったのに彼についてよっぽど詳しくなってしまった。
彼女の話を聞いているうちに、彼の遊んでいる姿を見ているうちに、気づけば私の心は惹かれていたのだ。
けれど今となっては会うことは叶わない。
会う度胸もないし機会もない。
ただただ私の胸を焦がすばかりだ。
「…………そうだ。今日はエレナの誕生日だ」
スマホの日付を見てふと思い出す。
机の上にはエレナのために用意した可愛い犬のハンカチタオル。
私はそれを取ろうとして……止めた。 プレゼントだし、食事を終えてからでも十分だろう。
幸いエレナの家は2つ隣だし私達3人とマネージャー以外誰も来ることは無い。
私は身の着である下着に軽くタオルケットを羽織ってエレナの部屋の扉を開ける。
鼻まで漂ってくるは美味しそうな料理の香り。 今回もアイが頑張ってくれたのだろう。
テーブルの上に並ぶご馳走の数々を期待して、私はリビングの扉をゆっくりと開けた――――
――――そうして目の前に現れたのはご馳走の数々…………ではなく、私が3年も想い続けた彼の姿だった。
その姿を見た時は自分が信じられなかった。動悸が止まらなかった。
なんで、なんでエレナと抱き合っているの? どうして? どうして私じゃないの?
おかしい、おかしい。 私は彼の為に、私と彼は…………彼は私のものなのに
そんな思いが頭の中を何度も駆け巡り、叫びだしそうになったところで、一周回って冷静になった頭が現状を把握した。
2人はまだ抱きしめ合っていない。エレナが勝手に近づいて頭を勝手に乗せているだけだ。
そうだ。私は彼と一緒になるために歌も踊りも努力して今ここに居るんだ。エレナに負けるわけにはいかない。
彼のためにも、一番良いところで声を掛けよう。
そう決意して私は心臓が高鳴る中、2人の間にゆっくりと、気付かれないように入っていった――――
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