025.ライブの余韻の中
圧倒――――
それが今の俺の心を表すのに一番近しい言葉だろう。
唐突に授業を中断させてまで開催されたストロベリーリキッドのシークレットライブはただただ観客たちを感動させた。
この学校とは縁もゆかりも無いはずの彼女たちがこうして姿を現し、生徒たちのためにライブをする衝撃は相当のものだったのだろう。
ある者は手を振り上げて涙を流し、ある者は少しでも近づこうとして躍起になっていた。
当然俺も突然の出来事に衝撃を受け、ただただその場に立ち尽くしてしまっていた。
辺りに目を向ければみんなが前へ前へと寄っていて付近には誰も居ない。
そんな遠くからでも彼女たちは光り輝き、一番遠くの俺にすら届いていた。
彼女たちの歌声の中呆然とライブを見つめていると、ふと手のひらにとある感触が気になった。
俺の手の中には姿を現した際投げ捨てたエレナの変装セットが抱えられている。
その中の1つ、コートの裏側にテープで張られている紙の感触が指先に届いた。
「これは……」
コートを裏返して見た紙には俺へのメッセージだった。ご丁寧に『弟へ』なんて書かれているし、最終的に俺の手に渡るよう計算してコートを投げ捨てたのだろう。
『みんな~ ありがと~! 残念だけど時間が迫ってきてるから次が最後の曲だよ~!』
「「「え~!」」」
アイドルモードになったリオの言葉に生徒たちの嘆きの声が広がる。
それと同時に今までとは一転、アップテンポな音楽がしっとりとしたバラード調のものへと切り替わっていく。
『私達も寂しいから次の曲はまだどこにも公開していない新曲にしようとおもってるんだぁ!」
わぁぁぁぁ………!! と、先ほどとは一転して歓声が湧き上がった。
体育館の空気を完全にコントロールしているリオは歓声は落ち着くのを待って両脇に立っている2人と目を合わせる。
『この曲は私達にとって初めての試みをした曲だよねっ!アイ!』
リオのフリに江嶋さんがマイクを構えてゆっくりと口を開く。
『私が作曲して……』
江嶋さんの目配せを受けたエレナが最後の言葉を紡ぐ。
『私が作詞しました。 最後はしっとりだけど、楽しんでいってね』
そうして歌い出すのは3人の心からのものと錯覚するような言葉達。
今まで飛び上がったり手を振り上げていた観客たちはみな、静かにその歌声を聞き入っていた――――
―――――――――――――――――
―――――――――――
―――――――
「ここか……」
時は変わって放課後。
俺はとある場所の前で立ち止まる。
あれからライブを終えた体育館は混乱を極めた。
なんとか3人は体育教員室に逃げ込んだもののアンコールの声や出待ちしようとする者など阿鼻叫喚の有様だった。
教員陣はスケジュールを把握していたようで、そんな混乱も20分と経たず全員教室へ帰されたが。
そうして全員のテンションがさめやまぬ中迎えた放課後。俺は一人エレナの変装セットを持って指定された場所へと足を運んでいた。
コートの裏側に張られた紙を剥がしてみると『放課後、リオを匿った場所にて』との文字が。
確かにこれなら他の人物が見てもどこかを特定するのは困難を極めるだろう。現に辺りを見渡してみると流石は校舎の隅、人影など1つもない。
「失礼しま~す」
俺は一人指定された場所……科学室の扉を開ける。
幸い廊下側からの鍵は開いていたようですんなりと扉が動いた。
「あ、やぁっと来たわね~」
開口一番出迎えた声はエレナだった。
彼女たちは3人、扉の窓からは見えない隅の机でお菓子やジュースを広げている。
「やっとって……これでも終わってすぐ来たんだけど」
「私達はライブ終わってこっちに直行だもの……あ、扉の鍵締めてもらえる?」
確かに誰か入ってきちゃったら騒ぎだもんね。
彼女の指示通り締めるとこちらに来るように手招きをされた。
「……そんなにお菓子食べちゃっていいの?」
「いいのよ。 ここの教室を貸してくれた……キミの担任だっけ?その先生に貰っちゃってね。 今日はこれ以上の運動をしたもの」
俺はエレナが隣の椅子を叩くものだから黙ってそれに従い腰を降ろす。そうか、先生のか……ならいいやと思い広げられているお菓子に俺も手を付けた。
「へいへい、今日はどうだったかい? 私のド派手な登場は気に入ってくれた?」
向かいに座っているリオが机に肘を付け手に顎を乗せながら聞いてくる。その姿は壇上で輝いていた片鱗は消え去っていて、いつもどおり眠そう状態だ。
「あの2階からの登場だっけ? 正直……エレナに全部持ってかれちゃって……」
「な……なんてこった……」
あまりにもショックだったのか机に倒れ込んでしまうリオ。 そもそもどこから鉤縄なんて調達してきたの?
「ご、ごめんなさい……みんなで話し合ったんです。 ライブを披露するならサプライズにしたいって……」
口に運んでいたコップを置き、こちらに頭を下げてくる江嶋さん。
彼女はウチの学校の制服が着慣れていないのか、セーラー服胸元のタイに手を触れて弄っている。その姿も最高です。
「い、いえ! 凄い良かったです! でも、こういうライブって学校でしてましたっけ……?」
色々と彼女たちの行動には驚かされたが、何よりも驚いたのはちゃんと手順を踏んでライブをしたことだ。
リオの例が有った以上、正直勢いで行動すると思っていたがしっかりとウチの先生の手も借りてここに来たことが何よりも驚きだった。もしかしたら学校巡礼的な何かをしているのかもしれない。
「そんなワケ無いじゃない。 我が弟に姉がどれだけ凄いか知らしめるために事務所を通して計画したのよ」
江嶋さんの代わりにエレナがクッキーを食べながら答える。
俺一人のために……
3人はなんともなさそうだが、ただ俺一人の為にこんな大掛かりのライブを行ってくれたことに、どうしようもなく嬉しくなり、心の奥底から湧き上がってくる温かいものに少し涙腺がゆるくなってくるのを感じた。
「…………よく事務所が許したね?」
出てきそうになる目の汗を気合でせき止め、なんとも無いように問いかける。
そんな利益なんて何もない行動が許されたのが一番の驚きだ。
「それねぇ。 大変だったのよ? あの時はマネージャーもキミと知り合ってないから根掘り葉掘り聞かれるし……今なら二つ返事でOKだろうけど」
「だからか……」
そういえばあの時、俺の学校を聞いて何やら一人納得していた事を思い出す。そういう経緯があったからかあんな反応になったのか。
「でも最後はリオの泣き落としで一発KOよ!」
「うむ! 頑張った!」
エレナの目配せに胸元から目薬を取り出して誇らしげに胸を張るリオ。
泣き……落とし? ま、いいか。江嶋さんも拍手してるし。
「それで……どうでしたか? 私達のライブ。 ……生で見るのは初めてですよね?」
「はい。 えっと……」
江嶋さんがチラチラと上目遣いになりながら聞いてくる。
きっと彼女は無意識の行動なのだろう。その庇護欲の湧く表情を見るとうまく言葉が選べなくなってしまう。
「撮影のときも思いましたが……本当にすごかったです。 今目の前に居る3人は人の心をこうも動かすアイドルなんだなって」
「ふふっ。 ありがとうございます」
彼女は胸を撫で下ろしてその表情が微笑みに変わる。
そうしてゆっくりと首を下に向けた江嶋さんは口元を手で覆い隠しながらボソボソと言葉を発する。
「そ……それでですね……勝手なお願いなんですが、私のこと、ア――――」
「あっ!まずい!」
その慌てたような声は江嶋さんの言葉を途切れさせるには十分だった。
言葉を被せるように声を荒げて立ち上がった彼女はスマホと教室の時計を何度も見比べる。
「二人とも、そろそろ時間よ!」
「へっ……あっ!そうだった!」
「急がなきゃ……」
そう言って急いで荷物を纏めだす3人。この後も予定があるのか……忙しいな。
「慌ただしくて悪いけど、私達はこれで退散するわね。 また連絡するわ」
「うん、頑張って」
「ありがと……あぁそうだ。 ソレ、返してもらえる?」
「あ、ごめん」
エレナが少しだけ控えめに指差したのは俺の腕にかけている彼女の変装セット。
そういえばこれ返す為に来たんだった。
「はい」
「ありがと…………いやぁ、困ったわね」
「どうしたの?」
俺が渡したコートを来ながらわざとらしく困り顔をするエレナ。なんだろう、嫌な予感がする。
「まさかキミがそんなに私の汗が染み込んだコートを渡したくないなんて……そんなにいい匂いがしたの?」
「ま……前坂さん!」
誰よりも早くその言葉に反応したのは江嶋さんだった。
彼女は咎めるように顔を真っ赤にして俺の名を呼んでくる。
暑い中、長いことそのコートを着ていたのだろう。内側にはいくらかの汗が染み込んでいたようでエレナの香りがすることは確かに思っていた。
でも、だからといって渡したくないだなんて事は思っていない!……ハズ。
「そ……そんなことないからっ! ほら!時間マズイんでしょ!!」
江嶋さんの言葉と、リオから届くなんだか負のオーラが見える視線を感じた俺は彼女の背中を押して扉へと誘導する。
エレナもその誘導に抵抗することなく素直に廊下に出たところでコート類を押し込んだ。
「ごめんごめん。冗談よ。 ……ありがとね、いきなりだったのに楽しんでくれて」
「……こちらこそ、俺のためにありがとう」
俺たちは互いに前を向きながらお礼を言う。
そんな中、少し先にいる2人と合流したエレナはこちらに勢いよく振り返った。
「それじゃ、また会いましょ? またね、慎也」
「今度こそ名前を……な、なんでもないです! またです!前坂さん!」
「今度は一緒に授業受けようね、慎也クン」
「…………また…………」
三者三様の挨拶をしながら階段を駆け下りていく3人。
そんな中でもリオにツッコミを入れながら進む姿に、俺は苦笑しながらその後ろ姿を見送っていった。




