023.神鳥恵那
「でも、本当にごめんね?」
「……何がですか?」
3人がテントに向かい、残された俺は神鳥さんの提案により撮影の見学のため彼女についていくと、テントの下に設置されているクーラーボックスからお茶を俺に差し出して謝ってきた。
何のことだろう。お昼を食べ損なったことか、暑い中外で待つことか……何にせよ、改まって謝られるようなことでもない。
「早退させちゃったこと。学生の本分は勉強なのにね」
あぁ、なんだそんなことか。
得心がいった俺は彼女と同じくガードフェンスに身体を預け、渡されたお茶に口をつける。
「半日くらい大したことないですよ。すぐ追いつけますし」
「だといいけれど……」
そう言いながらプシュッ!と軽快な音をたてて炭酸水を流し込む神鳥さん。
よく炭酸を一気に飲めるな……
「ぷはっ! あ、あともう一つ!キミに謝らなきゃいけないことがあったんだった!」
「な、なんでしょう……?」
「むふふ……」
炭酸を一気に空にしてもビクともしない彼女は、先ほどとは打って変わって軽快な口調で再度謝ってきた。
むふふて……
「いやさ、あのテントの中に連れて行って上げなくてごめんね~。さすがに女の子はお色直ししている姿を男の子に見られたくないだろうからさ!」
「は……?」
なんだって? テントに……俺が!?
「だから、テントの中に――――」
「き、聞こえてます! そんなの……見ませんよ!!」
まるでからかうようなその口調に少し声を荒らげてしまう。
マネージャーが一体何を言い出すんだ。もし行けることになっても……俺が耐えられない!!
そんな回答を予想していたのか、彼女はその回答に「キャー、こわ~い」と笑いながら頭を守るようなポーズを決め込んでいた。
「ごめんごめん。冗談だよ…………えっと、慎也君?」
「はい?」
「名前間違ってないよね? 慎也君って呼んで良い?」
「いいですけど……なんです?改まって」
先程のポーズから一転、なんだか雰囲気が変わったような神鳥さんは俺と視線を合わせることなく手に持つ飲み物を注視している。
「ありがと。 ……慎也君がちゃんとした人でよかったよ」
「ちゃんと、ですか?」
彼女は綺麗なフォームで空になった容器をゴミ箱に放り捨て、真面目なトーンに切り替わって空を仰ぐ。
そんな殊勝なことをしている気もないしできるとも思えない。
一体何を見てそう思ったのか。
「…………私の会社って何を作ってるか知ってる?」
「へ? いえ、わかりませんが」
そんな、話が噛み合っているような噛み合っていないような流れに戸惑いながらも俺はなんとか返事をする。
さっき名刺を見た時は一切読めなかったし、会社名とかそこまで意識してないから多分知らないだろう。
しかし彼女には予想外の答えだったのか、空を仰いだまま片手で目を覆い隠してしまっていた。
「あちゃー……多分慎也君も食べたことあると思うんだけどなぁ。 チョコとかグミとか、そういうお菓子メーカーだよ。 ――――こういうの」
「? ……あ!はい! 食べたことあります!」
スマホに映し出されたそれはメジャー過ぎる、とは言わないもののそこそこに知名度を持ったお菓子だった。
もちろん俺も食べたことがある。まさかこの会社を作っているのが神鳥さんだったとは……
「よかった。 あの3人は私が立ち上げた芸能事務所のグループでね、今はウチのお菓子のCM撮影ってわけ」
「なるほど……」
それで「ここにはウチのスタッフしか」と言ったのか。普通ならスポンサーくらいは確実に居るだろうにと不思議に思っていたが、そういうことなら自然な流れだ。
あれ?でも……
「ということはお菓子メーカーだとここ専属ですよね? CMでは他のお菓子の宣伝してた気もしますが……」
「あぁ、それね――――」
どこかでそういうことを聞いたことがある。同業者のCMは基本的に掛け持ちしないと。
なのに記憶の限りでは俺でも知っている有名なメーカーのCMをも担当していた。これはどういうことだろうか。
彼女につい疑問を投げかけてみるとそのままゆっくりと、けれど確かにこれまでの経緯を語ってくれた。
「――――最初は姪っ子を使った仲良し3人でCMを作って、それだけで完結する予定だったの…………それが何故か人気が出ちゃってあれやこれやとアイドル業になっちゃってね。
でも、私は彼女たちに学生生活も謳歌してもらいたいからって歌手活動とCM以外は全部拒否してたんだけど……それが逆にウケちゃったみたいでね。硬派だ~とかなんとか言われて人気になっちゃったの。それも掛け持ちすら許可が出るほどにね……」
なんだか昔を思い出すかように遠くの空を見つめながらツラツラと語っていく神鳥さん。それは懐かしいのか寂しいのか、俺には心情を察することはできなかったが、ただ、1つだけ思ったことがあった。
「なんだか……3人らしいですね」
「……どういうこと?」
心の中に留めて置くつもりだったのにふと出てしまった言葉が彼女の耳に届き、訝しげな視線が俺へと向けられる。
どういうこと……俺にも不意に出た言葉だからうまく言葉にできないが……
「えと、動画ですけど3人の歌ってるところ見たんですよ。それがみんなすっごく楽しそうでそれに釣られて俺も見てて楽しかったっていうか……あと、エレナの家に遊びに行った時も――――」
「エレナの家に!? なんで!?」
「えっ……あっ……誕生日、お祝いに……」
エレナたちから聞いていなかったのだろうか……俺が誕生日のことを口にすると身を乗り出し、もはや掴みかかりそうな勢いで迫ってきた。
そんな俺の言葉を遮るほど驚いた様子に戸惑いながらもなんとか説明をする。これ、言ってよかったのかな……?
「あぁ、ごめん。 続けて?」
「はい……エレナの家に行った時も3人は本当に仲良さそうで……きっと今が充実しているんだと思います。だからそれがみんなに伝わって人気に繋がってるんだと思います」
彼女に説明しながらも俺は自分のことを棚に上げていると。そう自虐しながら中学の頃を思い出す。あの、部活に忙殺されていた時のことを――――
中学の頃、俺は合宿や大会に追われ、ずっとそのことを考えていた。それが今までのことだったしこれからも続くと思って何も疑問に思わずただただ部活に打ち込み続けた。
しかしある日、ずっと近くで見ていた智也が不満そうな、心配そうな表情でふと独り言が漏れるのを聞いた。「最近笑うどころか感情表に出さなくなった」と――――
それから今の自分のあり方に疑問を持った俺はひたすら考えた。心が死に、部活で良い成績を出してどうしたいのだろうと。未だにあの時見た智也の心配そうな顔は忘れられない。
「そか……でもあの子達、私が仕事を選り好みしてるから業界で友達一切いないけどそれでも?」
「本人じゃないんで本当のところはわかりませんが……3人とも楽しそうですし、いいんじゃないですか? ……ほら、今だって笑ってますし」
俺が言葉を終えると同時に3人が入っていたテントから特大の笑い声が響き渡る。一体どんな面白いことがあったのだろう。
それにしても友達がいない、か……あの日、エレナのプレゼントを買いに行く日にも江嶋さんは言っていた。「私達は異端のほう」だと。
きっと仕事を選びすぎてどこかから反感でも買っているのかもしれない。それでも、彼女たちが活動に嫌気をさすこともなく笑っていることはいいことだと信じている。
「…………会ってそんなに経ってない僕がいうのもアレですけどね。 ごめんなさい、無責任なこと言って」
少し楽観的なことを言い過ぎたかなと、今更ながら神鳥さんへ頭を下げる。
しかし彼女はそんなこと気にした様子もなく、頭を上げた時には微笑みを向けまま俺の肩を何度も叩く。
「そっかそっか。 それなら良かった!あっはっは!!」
「えっ、いや、本心はちゃんと聞かないとわからないですよ?」
微笑みが徐々に大笑いに変わり、大口を開けて笑うその姿に若干引きながらも付け加える。
ひとしきり笑っただろうか。彼女のその眼の端には涙が浮かんでいて、ハンカチを取り出そうとする俺を大丈夫というように手で制される。
「ううん、あの3人唯一の友人が言うんならきっと間違いないよ」
その声色は彼女の安心しきったような感覚を覚えた。
そこまで俺の言葉が響いたのだろうか。そうだとしたらなんだか嬉しい。
……唯一と言われるとそれはそれで心配になるが。
「俺の勘違いでないと、いいんですが……」
「うん、自信持って。 私もなんだか肩の荷が降りた気分だよ。 慎也君が友人になってくれて良かった。 でも―――――」
目の端の涙を拭き取りながら俺をも励ましてくれる神鳥さん。
しかし段々と。段々とその笑みがニヤついたものに変わっていきなんとなく背筋が冷たくなっていくのを感じてしまう。
「でも、友人が男の子だとは思わなかったなぁ…………なに?誰狙い!?」
「へ……? い、いや、そういうのじゃありませんって!!」
さっきとはガラリと雰囲気を変えてからかってくる神鳥さんにまたもや声を荒らげてしまった。
このコロコロ変わる感じ……これがリオとの血筋だというのか……?
「どうだかぁ~……あっ!もう準備できたみたいだよ!」
彼女は無理矢理話を切り上げるようにテントの方向を指差す。
俺もこれ以上突っ込まれるのは勘弁だと、そう思いながら3人へ視線を移すとエレナも江嶋さんも、二人ともリオと同じ制服姿へ着替えていた。
違う部分としたらそのカーディガンの色だろう。エレナは水色、江嶋さんは白色、リオはピンクと。それだけでもなんとなく彼女たちの個性が現れていてそれぞれの良さが際立っている気がする。
けれどあと一つ。どうしても看過できないこともそこにはあった…………
「暑そう……」
「あははっ! 仕方ないよ~。これ秋用だもん!」
心から出た言葉に神鳥さんが笑いながら解説してくれる。
そうか、今から作るのなら出来上がるのはそれくらいになるのか。でもこれは……しんどそうだ。
「ねぇ! どう?これ。 可愛いと思わない?」
真っ先に駆け寄ってきたのはエレナだった。 彼女はその長い金色の髪をサイドテールにして前に流し、明るさを保ちつつ大人っぽい雰囲気を全面に押し出していた。
その姿に内心ドキッとしながらも気取られないように表情を引き締めて答えを探していく。
「……暑くない?」
「えぇ、死ぬほど暑いわ……じゃなくって! キミはどう思う?これ最高じゃない!?」
「はいはい、姉さんはすっごく可愛いよ」
「ぶぅ、なんか釈然としないけど……いいわ。 可愛いって言ってくれたしね!」
いつもより何割か増しで元気よく撮影場所であろうベンチに走っていくエレナ。少し見とれてたの、気づかれてないかな……
そう思ってその後ろ姿を眺めていると、不意にワイシャツの袖部分が何かに引っ張られている気がした。
「…………江嶋さん?」
「えっと、その…………」
引っ張っているのは江嶋さんだった。 彼女はそのまま手を離し、両手を合わせながら何かを言おうとしてはやめてを繰り返している。
「あのっ! 私はどう、ですか? かわいいですか!?」
江嶋さんのその、手をキュッと握りながら目を瞑り思い切り発する姿についつい見とれてしまう。
そんな恥ずかしがりながらも頑張って聞く姿は――――
「最高に可愛いです」
「えっ……」
…………えっ?
あれ?もしかして声に出てた!?
明らかに俺に反応して漏れた言葉みたいだし、これ絶対に出てる!
「いや、それはえっと……」
「いえっ! 大丈夫です。ありがとうございます!」
「あっ……」
何か自分の中で結論を得たのかそのまま走っていく江嶋さん。いや、違うんです!違わないけど!!
「むぅ、私は?」
「…………リオか」
暑さのせいか恥ずかしいせいか、顔が熱くなりながらその姿を見送るとふと声がかかった。
最後に後ろから声を掛けたのはリオ。
彼女は俺へ服を見せることなく背中同士をくっつけて動く気配を見せることはない。
「私には、『頑張れ』って言ってほしい」
「うん。 リオ……撮影頑張って」
「…………頑張る」
そう背中合わせの会話をしたリオも満足げに小走りで向かっていく。
何だったのだろう……あれで良かったのかな……?
「ムフフ……」
「……なんですか?」
少し離れた位置で撮影準備をボーッと見ていると何やら不吉な笑い声が俺の耳へと届いた。見なくてもわかる。これは神鳥さんだ。
「でぇ? 誰狙いなのぉ?」
「誰でもないんですって!!」
彼女の追求?は監督と思しき女性がやってくるまで止まることはなかった――――




